もてなしの気持ち

都会で一人暮らしをしていると、自分が住む近隣の住人との接点がなかなかないなあと思うこのごろ。アパートやマンションでは表札が出ていない場合も多いから、隣の家に住む人の名前すら知らないなんてことは多々あるそうですが、読者の方々はいかがでしょうか。

実家で暮らしているときは、留守時は荷物を隣の家の人が預かってくれているなど、わりと会話する機会も多かったりしますが、やはり日中自宅にいる人が少ないということや、自分自身の帰宅時間もわりと遅いため、コミュニケーションがどうしても貧しくなります。

うれしかった傘のおもいで

あるとき、自宅から徒歩10分ほどの近所を歩いていたら、急に激しい雨が降ってきました。⁠困ったな、早く帰ろう」と急ぎ足になったとき、後ろから声をかけられました。⁠傘をお貸ししますから、ちょっと待っていてください⁠⁠。すぐ近くの家から初老の女性が、傘を差し出してくれたのです。驚いて、⁠大丈夫です、すぐ近所ですから」というと、⁠家にはたくさん置き傘があるから持っていって」と半ば強引に手渡されました。素直にお借りしましたが、⁠急な雨』『通りかかった見知らぬ人に傘を貸す』行為が結びつくのが素晴らしいなぁと思いました。そんなわけで、突然の雨にはいつもこのことを思い出します。

私は引っ越しするとき、出ていくとき、隣人には挨拶をするのですが、その行い自体にとても驚かれたり、目も合わせてもらえなかったりすることがあります。そのたび「そんなに変な人間に見えるのだろうか」⁠でも人に会うことを仕事にしているわけだから、おかしい人には見えないだろう」などと自問自答し、⁠あまり見知らぬ人と関わりたくないのかな」と自分を納得させながら、距離感をはかる難しさをつくづく感じるのでした。

今、大切にしたい「もてなし」

おうちで楽しむ にほんのもてなし筆者の広田千悦子さんは、いつも人への接しかたに意識を向け、よく「コミュニケーションはおもしろい、不思議だ」とさまざまなお話をされます。そして、⁠もてなし」という言葉はいろいろなとらえかたができますが、本書での「もてなし」は日々の暮らしのなかで出会うことができる、誰にでもできる心遣いの提案。広田さんが考える、さまざまな心の尽くしかたを紹介していただきました。

たとえば

自分のために飾られた季節の花がいい香りをさせていることに気がついたとき。

友達が好きな食べものを覚えていてくれたとき。

挨拶のあとになにげない会話が続いて心がほぐれたとき。

出かける際にきれいな靴がきちんとそろえてあったときなど。

~はじめにより抜粋~

この本では、人と共有したい楽しさや喜びをさりげないかたちで表す方法がイラスト豊富にのっています。自分の周囲を見回すこと、その大切さが本書を読めば、なんとなく染みこんでくるはず。いつかの雨の日、傘をお借りしたときのような気遣いや優しさはこういうことなのだな、とページをめくってしみじみ。

このところ、めまぐるしいほど社会問題は頻発しています。それら情勢にばかり気をとられることなく、まずは自分の目に直接触れるもの、そばにいる人に対して誠意をもって応対する「もてなし」の気持ちを忘れずに持ち続けたいものです。