毒の事件簿

毒というと、どんなイメージをもつでしょうか? 人の健康や命を奪う怖い物質と思われるかもしれません。

命を奪うという意味では、生きるのに大切な水でも、飲みすぎれば水中毒で命を落とします。砂糖や油も、とりすぎれば、生活習慣病で命を縮めることになります。でも、水や砂糖、油は毒とはいいません。つまり、毒は、わずかな量で命を脅かすものといえるでしょう。

身の回りにはいろいろな毒が存在しますが、私たちは、経験上、毒の扱い方を知り、毒を無毒化する方法を知ることで生活しているといえます。

人間の歴史を紐解くと、そんな毒がいろんな事件に関わっているのがわかります。

例えばローマ皇帝の場合です。ローマは王政から帝政に変えることで、優れた皇帝をむかえ帝国を拡大していきました。しかしその一方で、なぜこんな人を皇帝に選んだのかという皇帝も現れています。

例えば、第4代皇帝クラウディウスは、痛風や言語障害があり、精神的に障害があったといわれます。さらにその次の第5世代皇帝ネロはキリスト教徒に対する残虐な刑や、自ら火を放ちローマを灰燼に帰した行為など、まさに狂気のさたです。

不思議なのは、もし皇帝がこのような性質ならば、皇帝に選ばれるはずがないことです。

ネロが17歳で皇帝に選ばれたときは、その聡明さが買われました。若い時聡明だった皇帝がなぜその後変貌したのでしょうか。一つの原因として考えられるのが、鉛です。

鉛は重金属で、毒性が強く、体内に入ると排出されず蓄積されていきます。その中毒症状は、とり続けていると、だんだんと重くなっていきます。鉛は、造血臓器に障害を起こし慢性貧血を起こします。さらに病状がすすすむと、不眠、幻覚を起こします。年齢が高くなるにつれて精神に異常をきたしたのは、この鉛中毒だと考えると納得できます。

では、なぜ皇帝が鉛中毒になったのでしょうか。

実は、皇帝自らが喜んで毒を飲んでいたというのです。その原因はワインにあります。当時のワインは今よりも品質がよくないため、ローマ人はワインを飲みやすくする方法を発明したのです。それはワインを、鉛製の杯に注ぎその杯を火で加熱してから飲むのです。

これにより酸っぱいワインが甘くなるのです。

なぜ甘くなるのでしょうか。そのしくみは……。続きは本書でお楽しみください。