好評発売中の『栗本慎一郎の全世界史~経済人類学が導いた生命論としての歴史』、4月13日の刊行以来、おかげさまで各方面から様々な共感メッセージをいただいていますが、ここではその白眉とも言える精神科医・名越康文氏の書評(5/20配信「生命―社会―宇宙を貫く<世界史>の本」)を紹介させていただきます。
人気メルマガサイト「夜間飛行」に掲載されたものですが、開口一番、「ぜひ、世界地図を手元に置きながら読んでほしい本です。僕は高校生向けの副読本の<地図・年表>と見比べながら、あっという間に、興奮とともに読み終えました」とあります。
「世界地図を虚心坦懐に眺めてみてください。(略)僕らはあまりにも、ユーラシア大陸の『中心』について、何も知らなすぎる。そう考えざるを得ないと思うんです。世界史の『中心』について僕らが『あまりにも知らない』ということは、逆に、そこにこそ何か、僕らがいまだ気づいていない認識のゆがみ、あるいはつかみそこねている真実のカギが眠っていることを思わせます」
名越氏が「本書には、僕らがまったく知らない『全世界史』が紹介されています」と語るように、そこにはこれまでの歴史学が見落としてきた「本質を見つけ出すための視点・ヒント」が様々な形で提示されています。
「仮に人類の歴史が大きなひとつの生命体だとすれば、これ(注・ヨーロッパ史を中心に構築された従来の歴史)はあまりにもわかりやすすぎるのではないか。それは解剖され、分類され、整理されつくした『標本』に過ぎないのではないか、という疑念がわいてくる」
確かに、『中央アジアの歴史が空白であること』そのものは、今の我々の常識からすれば世界観に残された『小さなほころび』に過ぎません。しかし、栗本さんの射程は、そのほころびから、いまある生命観、世界観、宇宙観をひっくり返そうというところまで伸びています。さらにいえば、その試みは昨日今日始められたものではなく、栗本さんが名著『パンツをはいたサル』以来、脈々と積み上げてこられた、栗本生命論の集大成
なのです。
栗本氏が描いているのは、ユーラシアを疾駆する遊牧騎馬民のごとく、生き生きと躍動する、文字通りの「生きた歴史」。その鮮烈な世界観を感じとる一助として、本書がさらに多くの人に伝わってほしいと願っています。