昨今の人工知能(Artificial Intelligence;AI)技術の発展は目を見張るものがあります。IBMのWatsonはクイズ番組で人間のチャンピオンに勝利し、囲碁でもAlphaGoがプロに勝利できるようになりつつあります。微分積分などの複雑な計算は言わずもがな、最近では車の自動運転ができるようになるのもあと一歩といったところです。AIはどんどん賢くなっていき、「AIの反乱が起きる」とか「人類の脅威だ」とかいろいろ言われるようになっています。
ところでそんなに賢いAIがあるのに、なぜ食事の際に食器を片付けたり、洗濯物を干してたたんだりしてくれるAIはいないのでしょう?「歩く」というごく基本的な動きでも今のロボットはどうにもぎこちない動きしかできませんし、人間と対等に話すこともできません。研究者たちがゲームにうつつを抜かして開発をサボっているのでしょうか。いえいえ、実はこのような人間にとってはかんたんなどころか当たり前すぎて普段は意識すらしないようなレベルのことが、AIにはとても難しいのです。人間にとってかんたんなことはAIには難しく、逆もまたしかりです。この逆転現象はモラベックのパラドックスと呼ばれています。
たくさんのコンピューターを使用したチェスロボットには勝てない。でもチェスしかできないロボットに比べて人間はいろいろできる
なぜそのようなパラドックスが起きるのでしょうか? 理由はいろいろありますが、ざっくり言ってしまえば、人間(動物)とAIは根本的に設計が異なるからだといえます。人間にとって難しいこと(たとえば複雑な数学の問題を解く)を肩代りしてもらうためにコンピューターは生まれましたが、その延長に今のAIは存在しています。人間(動物)はというと、何が起きるかわからない大自然にうまく適応して生き残っていくために知能を発達させていきました。そもそもスタート地点からしてAIと動物の知能はずいぶん違うのですから、両者の溝が深いのも当然といえます。そのような理由から、いまだにドラえもんのように「人間のような心を持った」ロボットはいませんし、人間は自分でシャツにアイロンをかけないといけません。
そこで「動物のような知能を実現するためにはどうすればいいのか?」という研究がにわかに盛んになってきています。本書ではこの「汎用AI(AGI: artificial general intelligence)」とよばれる技術について、脳科学と情報工学の見地から解説しています。汎用AIはまだ一般的に有名ではありませんが各研究機関がこぞって着手しており、この技術によって産業革命、IT革命に次ぐ変革を起こせるともいわれます。ぜひご自身の目でAIとはなんなのか? 汎用AIとはなんなのか? 今後の世界はどうなるのか? について確かめてください。