脳と機械が融合する ~電脳通信時代の到来

脳情報にアクセスできる時代に

「電脳会議」上ではコンピュータの話が語られることが多いかもしれませんが、今回は人間の脳を電脳化して通信する話です。

「電脳通信」の前に「情報通信」の歴史をひも解いてみます。記録がないのでよくはわかってはいませんが、人類は「言葉」を生み出すことでリアルタイムに情報交流ができるようになりました。さらに、⁠文字」の発明で知識を時空間を超えて共有できるようになったのはご存知のとおり。その後ラジオやテレビなど視聴覚情報をリッチに伝送できるようになり、インターネットでその速度や範囲に革命が起きたというのが、大まかな情報通信の歩みです。

そして2019年現在、人類はついに言葉や視聴覚情報を超え、⁠脳情報」へのアクセスを可能にし、新しい情報革命が起きています。意識することはないかもしれませんが、脳は我々にとって唯一の情報処理臓器であり、その情報表現は感覚・運動意図・スキル・感情・記憶・意思決定・好意・覚醒度・言語など多岐に渡ります。その情報を、機械を使って「読み解く⁠⁠・⁠伝送⁠⁠・⁠書きこむ⁠⁠・⁠仮想化」するのが「ニューロテクノロジー」と呼ばれる分野で、各国政府の大規模投資、新技術の研究発表、Facebookをはじめ民間企業の大規模投資が相次いで発表されるなど、急速に注目を浴びています。

2019年は電脳通信元年

2019年にNature誌に発表された研究で、皮質脳波(ECoG)と呼ばれる脳の表面に留置した電極から取れる脳情報から、その人がどんな文章をしゃべろうとしているかを音声として合成できることが報告されました図1⁠。これまで、私たちが日常でおこなっている会話を脳から再構成するのは非常に困難だと思われていましたが、研究者らは、別の人たちでモデル化した「声道の運動情報⇒発話音声」モデル、つまり「唇や喉、顎など発声に関わる運動器官がこういう動きをしている時にはこういう音が出る」と推定するモデルを作りました。それを「脳情報⇒声道の運動(の推定⁠⁠」モデルと組みあわせる2段階のモデルを作ることで、かなり精度を高め、発話内容の再構成に成功しました。

図1
図1
Anumanchipalli, G. K., Chartier, J., & Chang, E. F. (2019). Speech synthesis from neural decoding of spoken sentences. Nature.

さらに、言語を介さない純粋な脳情報同士の通信形態である「ブレイン―ブレインインターフェース(BBI⁠⁠」の成功例もワシントン大学のグループから報告されています。これは、ある人から脳波を計測し、その人が「手を動かしたい」と思ったらそれを感知し、インターネット経由で遠く離れた人の脳の運動野に届け、刺激装置を介して直接刺激をするというものです。刺激すると、その人の手が動いて「あぁ、遠くにいるあの人は今、動きたいと思ったんだ」という考えを、一切の言語情報抜きに伝えることができました。

電脳ネットワーク ~多人数の脳を接続して共同作業ができるように

2人の脳だけでなく、3人の脳をネットワーク化し意思決定をする「ブレインネット」の技術も2019年に開発されました図2⁠。発表された研究では、3人×5チームの各チームが、テトリスを模倣したゲームを16回試行します。チームは、脳情報の送信者が2人、脳情報の受信者が1人で構成されていました。送信者2人は脳波計を装着し、ゲームのスクリーン全体を見て、底辺の窪みを埋めるために落下ブロックを回転するか、しないかを決めます。受信者は、落下するブロックは見えているのですが、底辺がどうなっているかわからないため、落下するブロックを回転させるべきかはわかりません。

図2
図2
Jiang, L., Stocco, A., Losey, D. M., Abernethy, J. A., Prat, C. S., & Rao, R. P. N. (2019). BrainNet: A Multi-Person Brain-to-Brain Interface for Direct Collaboration Between Brains. Scientific Reports.

送信者2人が回転する/しないを決めたら、スクリーンの左右それぞれにとりつけられた17Hzか15Hzで点滅しているLEDに注意を向けます。回転する(YES)場合は17Hz、回転しない(NO)場合は15Hzです。脳波は注意を向けている視覚対象の点滅周波数に同期して変化するので(SSVEP:定常状態視覚誘発電位⁠⁠、脳波の周波数の分析結果から送信者の意図が解読され(YES/NO⁠⁠、閾値に達したらその内容で決まりです。

その脳情報を、TCP/IPネットワークを経由して、受信者の後頭葉(視覚野)への磁気刺激に変換します。情報がYESの場合は被験者がフォスフェン(眼内閃光)を感じる強度で刺激し、NOの場合には閾値よりも低い刺激に設定していました。受信者もEEG(脳波計)を装着していて、フォスフェンが見えた場合には、先ほどと同様にSSVEPでYES/NOを決め、YESの場合は画面が回転します。その画面は全員がシェアしていて、受信者の判断がまちがっているかを送信者側が確認し、同様に回転させて直すか(YES)そのままいくか(NO)を決めて、再度、受信者に脳情報を送信します。

非常にシンプルな情報のやりとりしかできていないですが、送信者も受信者(意思決定者)も、手足や言葉を一切使わないで、純粋な脳情報のみで協力してこの課題を8割を超える精度で達成できました。これは、社会参加を望む麻痺患者さんらにとっては、とても有望な技術だと思います。

人類は遂に脳情報へのアクセス技術の端緒を開き、サイバーパンク世界に歩み始めました。

いっしょにこの新しいフロンティアを切り拓いていきませんか?

茨木拓也(いばらきたくや)

株式会社NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット アソシエイトパートナー。
1988年東京都に生まれる。早稲田大学文学部心理学科卒。東京大学大学院 医学系研究科 医科学修士課程(脳神経医学専攻)修了(MMedSc)。同・医学博士課程を中退後、2014年4月にNTTデータ経営研究所に入社。
総務省「次世代人工知能社会実装WG」構成員(2017年、第六回)。早稲田大学商学部招聘講師(2018年)。国際会議「脳科学の事業応用」第一回実行委員長(2019年9月)。
神経科学を基軸とした新規事業の創生や研究開発の支援に多数従事。分野は製造業を中心に、医療、ヘルスケア、広告、Web、人事、金融と多岐に渡る。趣味は仕事と日本酒。
著書に『製品開発のための生体情報の計測手法と活用ノウハウ』(情報機構社、2017年)がある(第一章を担当)。