本来のプログラミング教育の目的
新学習指導要領によって、小学校では2020年度、中学校では2021年度、高校では2022年度からプログラミング教育が必修化されました。
プログラミング教育とは一体なにか、本来の目的をご存じでしょうか?
「プログラミング教育」というキーワードだけで見ると、「IT大国を目指し、システムエンジニア(SE)を養成するぞ!」というようなニュアンスに取られがちですが、本来の目的は思考、創造、問題解決能力の向上です。
ボタンでかんたんに動かせる家電、欲しいものはたいていお金を出せば手に入ってしまう。自分で考えなくても、世の中には便利なものであふれています。想像したり、工夫しなくても快適に過ごせる時代です。技術の進歩の恩恵を享受しつつも、その中にある子どもたちは、考える機会を奪われていると言っても過言ではないのです。
そこで注目されたのが、プログラミングです。先進国の中でも日本の子どものパソコン普及率は低いこともあり、パソコンの普及率を上げることも目標の1つですが、プログラミングは、何かしらの目的があって、それを実現するためにコンピューターへの命令をプログラミング言語で指示していきます。思い通りに動いてもらうためには、どんな命令を出すか、どのような順番で処理してもらうのかを考えなければなりません。思考の組み立て方(アルゴリズム)を学ぶ手段として有効と考えられています。そのプログラミング思考にいち早く目をつけ、プログラミング教育の第一歩をつくったのが著者の戸塚滝登先生です。
いちからプログラミング言語をつくった小学校教諭
1970年代はじめにアメリカのマサチューセッツ工科大学では、Scratchの母体となった世界最初の子ども用プログラミング言語『LOGO』が開発されていました。戸塚先生は、小学生にプログラミングの授業を始めて行ったパイオニア的存在として知られていますが、このLOGOを数ページだけの資料をもとに、日本語でできる日本語版LOGOを自作しました。WindowsやmacOSはその頃ありませんでしたので、DOSという黒い画面のパソコンですべて独学で作るには大変な苦労があったと想像します…。戸塚先生は80年代初頭から20年間以上に渡ってプログラミング教育を実践しつづけました。
あらかじめ決められた課題があるわけではなく、題材は身近な自然現象を探究する理科、日常生活にひそむ算数や数学など。たとえば自分の興味のある天体を観察している中で、木星の衛星の軌道が気になる、それを観察ノートに記録し、書いた観察ノートをもとにプログラミングして衛星の軌道をシミュレートするなどです。子どもたちの自主性を重視し、やる気を引き出すためのサポートを先生は行いました。
自分の行ったプログラミングの成果を発表する中で、自分では思いつかない発表を参考にしたり、うまくいかない場合は他の子からアドバイスしてもらったり。その結果、引っ込み思案だった子が積極的に発言するようになったり、相手を思いやる、予想外の発想をする子が現れたりしたそうです。さらにその授業を受けた子どもたちはどのような大人になったのか、追跡調査の結果が記されているのが本書です。
プログラミング教育の神髄がここに
プログラミング教育について解説した書籍は多数あります。ただし、Scratchなどのプログラミングソフトの使い方に重点を置き、本来の目的である思考、創造、問題解決能力を育てることが、なおざりにされています。それは一重に、「プログラミング教育」の「プログラミング」が最優先になっているためです。パソコンに不慣れな教員が多い中では、子どもたちにプログラミング教育を行う以前に、自分たちがその手段を学ばなければならない……。本質に行き着けていないのです。パソコンとプログラミングはあくまで手段であることを広く認知される必要があるのかもしれません。
著者の戸塚先生の長年にわたるプログラミング教育の本当の姿を、この本に凝縮しています。ぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。