「ずかん」解き明かす⁠光と感性の壮大な物語

私たちの生活のなかの色たち

私たちは毎日、数えきれないほどの「色」に囲まれて暮らしています。スマートフォンの高精細な画面、街角を彩る広告、そして移ろいゆく季節の風景。しかし、⁠なぜ空は青いのか?」⁠なぜ金は金色に見えるのか?」といった問いに、自信を持って答えられる人は意外と少ないかもしれません。

ずかん色は、日本初の写真教育機関をルーツに持つ東京工芸大学「色の国際科学芸術研究センター」が監修を手がけた1冊です。物理学、生物学、テクノロジー、そして芸術まで、あらゆる角度から「色」の正体に迫っています。本書は、小学校高学年以上を対象として全編にルビが振られており、科学の基本や伝統の美を親子で楽しみながら学べる、まさに一生ものの知の図鑑といえます。

「色」は物体についているのではない?

本書の冒頭で突きつけられるのは、物体自体に色があるのではないという驚くべき事実です。私たちが「赤いリンゴ」を見るとき、それはリンゴという物体が太陽光のなかから「赤以外の波長」を吸収し、残った「赤の波長」を反射しているに過ぎません。その反射光が私たちの目に届き、脳が「赤」として認識することで、初めて色が生まれるのです。

この「色」という不思議な現象を学問として切り拓いたのは、万有引力の発見で知られるアイザック・ニュートンでした。彼はプリズムを用いて、白い光が実は虹のような多色の集まりであることを解明しました。その約100年後、文豪ヨハン・ゲーテは、ニュートンとは異なるアプローチで「人間の心が色をどう感じるか」という心理的な側面から色彩を研究しました。工学的なニュートン、芸術的なゲーテ。この二つの潮流が現代の色彩学の源流となっているのです。

自然界が仕掛ける「光の魔法」

本書が解説するなかでも特に興味深いのが、色素によらない色「構造色」の仕組みです。例えば、宝石のように輝くモルフォ蝶の羽には、実は色素は含まれていません。羽の表面にある微細な構造が、特定の光だけを反射・干渉させることで、あの独特な輝きを生み出しているのです。

また、私たちが何気なく見上げている空の青さも、大気中の粒子が光を散乱させる「レイリー散乱」という物理現象によるものです。夕暮れ時、太陽の光が厚い大気を通過するようになると、散乱しにくい赤やオレンジの光だけが私たちの目に届き、空を真っ赤に染め上げます。こうした科学の裏付けを知ることで、いつもの風景がこれまでとは違った深い意味を持って立ち現れてきます。

図1 モルフォ蝶やカワセミの美しい羽の色は、羽の表面にある微細な構造が光を反射・干渉させる物理現象「構造色」によるもの。(本書16〜17ページより)

現代技術が実現した「理想の黒」と「光の点描」

私たちの生活に欠かせないスマートフォンやテレビのディスプレイ技術についても、本書はページを割いています。かつての「ブラウン管」から「液晶⁠⁠、そして最新の「有機EL」へ。その進化の歴史は、いかにして「純粋な色」を再現するかの挑戦の歴史でもありました。

特に有機ELは、材料自体が自ら発光するため、バックライトが必要ありません。そのため、⁠黒」を表現する際には発光を完全にゼロにすることができ、吸い込まれるような深いコントラストを実現しています。また、最新のゲームやCGで描かれるリアルな世界は、GPU(画像処理装置)が1秒間に何十回という猛烈なスピードで、数百万個もの画素(ピクセル)の色を計算し直すことで成り立っています。私たちが目にしているデジタル画像は、極微小な「光の点描画」といえるでしょう。

日本の美意識:「質感」と「陰翳」の哲学

本書の後半では、日本人が大切にしてきた色彩感覚が紹介されています。ここで強調されるのは、単なる色味だけでなく「質感」という要素です。

能装束を顕微鏡で拡大してみると、そこには染色された絹糸と、和紙に金箔を貼った「引箔(ひきばく⁠⁠」が複雑に織り込まれているのがわかります。厚さわずか1〜2ミリの凹凸が、光を反射・吸収し、見る角度によって衣装の表情を劇的に変化させるのです。

図2 絹糸と引箔が織りなす光の芸術。照明角度ひとつで変幻自在に表情を変える、装束の深淵。(本書116〜117ページより)

また、小説家・谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で説いたように、日本人は「影」のなかに美を見出してきました。江戸時代に流行した「笹紅(ささべに⁠⁠」は、その象徴的な例です。紅を厚く塗り重ねることで、あえて赤ではなく「緑色の金属光沢」を放たせる。この神秘的な色は、ほの暗い蝋燭の火の下でこそ、最高に美しく輝いたといいます。

同じものを見ていても

ずかん色は、私たちが当たり前だと思っている視界が、実は物理現象と生命の神秘、そして人類の知恵が交差する奇跡的な場所であることを教えてくれます。

「同じものを見ていても、感じている色は人それぞれ、あるいは生き物それぞれで違うかもしれない⁠⁠。その想像力を持つことは、世界をより深く、より優しく理解することに繋がります。本書を読み終えた後、あなたの目に映る世界は、きっと昨日よりも少しだけ鮮やかになっているはずです。