2009年のWeb標準

あけましておめでとうございます。株式会社ミツエーリンクスの木達です。昨年の年初、2008年のWeb標準と題して、Webコンテンツのフロントエンド実装に用いられる標準とその周辺の動向につき、短期的な予測などをごく簡単に書かせていただきました。それに引き続き本年もまた、同様の趣旨で記事を書かせていただくことになりましたので、よろしくお付き合いください。

2009年のWeb標準を考えるうえでのテーマとして、私は「アクセシビリティ」⁠モバイル対応」⁠マークアップ品質」の3つを挙げたいと思います。

2009年はアクセシビリティに再注目の年

9年半もの時を経て、昨年12月にWeb Content Accessibility Guidelines ⁠WCAG⁠⁠ 2.0が勧告されました。1999年5月に勧告された前バージョンの1.0から大きく改善されたのは、第一に特定の技術に依存しない内容となった点、そして個々の達成基準を満たしているかどうかの判断がより客観的に下せるよう配慮された点です。

WCAG 2.0が勧告されたことの意義は、決して小さなものではありません。アクセシビリティに関連するものの多くが、WCAG 2.0ベースへと移行し始めているのです。たとえば米国ではリハビリテーション法508条が、英国ではPAS 78というガイダンスが、それぞれWCAG 2.0を参考に改正される見込みです。またアクセシビリティ検証ツールのなかには、既にWCAG 2.0への対応に着手したものもあります。そうした移行は決して英語圏に限ったものではなく、日本を含め年内には世界中で活発化するものと予想しています。

日本においてはWebアクセシビリティのJIS規格、⁠JIS X 8341-3 高齢者・障害者等配慮設計指針 - 情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス - 第3部:ウェブコンテンツ(通称「WebコンテンツJIS⁠⁠」が2004年6月の公示以来、多方面で利用されてきました。JIS規格は制定や改正から5 年以内に内容を見直すよう法律で定められており、WebコンテンツJISも例外ではありません。事実、WebコンテンツJISもWCAG 2.0と調和するよう改正されつつあります。

国内の一部のWebサイトでは、一連の動きを見越してか、WCAG 2.0にいち早くコンテンツを対応させようという動きも既に出始めています。これは、Webの利用者に占める高齢者や障害者の割合が高まるなか、アクセシビリティの重要性や必要性が日本でも広く認知されていることの顕われと言えるかも知れません。余談ですが、日経パソコンの実施する企業サイトランキングの評価対象に含まれていることから、アクセシビリティを意識されているWeb担当者が少なくないとも耳にしていますから、その影響も多少はあるものと思います。

来るべきWebコンテンツJISの改正に備えるという意味でも、Webデザイナーや開発者の皆さんには、今のうちからWCAG 2.0の概要を把握しておくことをお勧めします。本稿執筆時点では、勧告の日本語訳は公開されていませんが、2008年4月30日付の勧告候補の日本語訳については、日本規格協会のWebサイト上で読むことができます。概要をつかむためには良いスタートが切れるのではないかと思います。

またアクセシビリティに関しては、WAI-ARIAを巡る動きからも目が離せない年になるでしょう。私は世界最大のアクセシビリティ関連イベント、Technology & Persons with Disabilities Conferenceに昨年参加しましたが、そのとき既にWAI-ARIAに関連した発表が多く聞かれました。W3Cにおける仕様策定と並行して、Internet Explorer ⁠IE⁠⁠ 8を含むWebブラウザや音声読み上げソフトの側での対応が着々と進められています。2009年中には、リッチインターネットアプリケーションのアクセシビリティに対するより多くの取り組み、WAI-ARIAの実装例を目にすることができるようになるものと期待しています。なお、日立のWebサイト上でWAI-ARIAおよび関連文書の日本語訳が公開されています。

スマートフォンの普及とモバイル対応の変化

昨年7月のiPhone国内発売開始は、携帯電話市場のみならず、Web業界においても大きな話題であったと思います。iPhone独自のインターフェイスに最適化されたWebサイトやWebサービス、それらを構築・運用するためのASPサービスなども多く登場し、iPhone対応は業界の一角に定着した感すらあります。

iPhoneはその高機能さ・多機能さゆえ、携帯電話としてよりむしろスマートフォンに分類されるでしょう。2005年にWindows MobileベースのW-ZERO3ウィルコムから発売されたのを機に、日本でも普及のきざしが見え始めたスマートフォンを巡る動きは、昨年のiPhone登場に触発されたかのように活発化しています。

スマートフォンの今後を占ううえで注目したいのが、プラットフォームにAndroidを採用した携帯電話(以下「Android携帯⁠⁠)の存在です。既に米国ではT-MobileからG1という機種が発売されていますが、NTTドコモとKDDIの2社は、2009年度中のAndroid携帯の発売を明らかにしています。それだけ、端末自体の高性能化や通信速度の高速化を背景として、スマートフォンへの需要が高まって来ているということでしょう。

スマートフォンには、デスクトップPC用Webサイトを表示できるだけの能力を備えたブラウザがインストールされています。搭載レンダリングエンジンの種別という点では、iPhoneのMobile SafariもAndroid携帯のChrome Liteも共にWebKitを用いていますが、Internet Explorer MobileOpera MobileNetFront Browserに加え、Mozillaが開発中のモバイル機器向けブラウザであるFennecなども考え合わせると、あたかもブラウザ戦争の戦場が、デスクトップPCからスマートフォンへと急速に拡大しつつあるように感じます。

モバイル対応と言えば、通信キャリアや世代別でのサイト設計、実装、テストが必要であり、場合によっては機種単位の相違にまで留意する必要があります。しかしスマートフォンへの対応に限定して考えるならば、いかにブラウザシェア競争が激しさを増そうとも、デスクトップPC用と性能的に遜色ないブラウザ群に絞り込めるぶん、対応に要するコストは下げられます。いささか極論になりますが、スマートフォンが普及すると、モバイル機器のみを対象とするサイトを新規に構築するよりも、デスクトップPC向けに制作した既存コンテンツをモバイル機器からでも利用しやすくするアプローチが有効な場面が増えてくると思います。

とりわけ景況が悪化する昨今の状況下では、モバイル端末ごとにコンテンツを自動的に最適化して送るタイプのASPサービスやゲートウェイ、あるいはモバイル対応能力を有するCMSといったツールへのニーズが高まるかもしれません。同一のコンテンツをより多様な機器から利用できるようにすることは、アクセシビリティの確保・向上に通ずる部分がありますから、モバイル対応のトレンドは一層そうした方向へと変化し始めるかもしれません。

W3Cにおいては、モバイル対応に関連して2008年中に複数の文書がMobile Web Initiativeより勧告されています。Mobile Web Best Practices 1.0が昨年7月、つい先月にはDevice Description Repository Simple APIW3C mobileOK Basic Tests 1.0が勧告されました。これらが国内であまり話題に上らなかったように感じられるのは、海外と比較したときの日本の携帯電話市場と、それに紐づくコンテンツ実装手法の特殊性に起因するかもしれません。

しかしiPhoneが発売され、2009年度中にAndroid携帯の登場を控えた今、日本のモバイル対応は大きく変化しつつあるかもしれません。そしてその変化の鍵を握るのは、Web全体について言えることですが、相互運用性を最大化するためのツールとしてのWeb標準であると、自分は信じます。

マークアップ品質の再定義に向けて

昨年の記事2008年のWeb標準のなかで、私は「今後スタイルシート作成における対象ブラウザのベースラインとして、それまでIE6としていたところをIE7に変更するサイトが増えてくる⁠⁠、またそれに連動して「IE6を理由にこれまで採用できなかった実装手法も、積極的に利用されるようになる」と予想しました。

残念ながら私の携わった(あるいは直接的に知る限りの)プロジェクトでは、サポートブラウザからIE6が外されることはありませんでしたし、ゆえにマークアップ上にも大きな変化は起きませんでした。理由はさておき、日本ではIE6からIE7へのバージョンアップしているユーザーの割合が海外ほど高くないような話を伝え聞いており、短期的にみてこの状況が大きく変化する材料は見当たりません。私の昨年の予想はあまりに楽観的過ぎた、というわけです。

しかし、今年はIE8がリリースされます。CSS 2.1を含む各種Web標準に準拠するべく精力的に開発が進められてきたIE8の登場は、今後のWebデザインのあるべき方向性を示すであろう重要なマイルストーンと捉えています。IE8以降では、もうhasLayoutプロパティの存在に悩まされずに済む(注:標準モードの場合)というだけでも、登場を待ちわびている人は少なくないのではないでしょうか。おそらく3月に米国で催されるMIX 09で、リリース時期を含む詳細が明らかになるものと予想しています。

IE6やIE7が今でいうところのNetscape 4やMac版IEのように、一般的なサイトにおけるサポート範囲外となるまでは、まだしばらく時間を要しそうです。しかしIE8の登場によって、新しい実装手法への取り組みや、⁠企業サイトでは難しいにせよ)そうした取り組みを実験的にでも採用する動きが活発化することを、私は期待したいと思います。

たとえば、CSSで複数カラムのレイアウトを実現するのに、従来であればfloatもしくはpositionプロパティを用いることが一般的だと思います。しかし、比較的最近出版された書籍Everything You Know About CSS Is Wrong!のなかでは、displayプロパティでtable-cell(注:IE6やIE7ではサポートされていない値)を指定する手法が紹介されました。手法の是非はさておき、スタイルシートもマークアップも共に非常にシンプルな手法で、興味深いと思います。IE8では叶いませんが、いずれIEOperaSafariの最新版よろしくCSS3のセレクタをサポートするようになれば、マークアップは意味的でよりシンプルかつコンパクトになるはずです。

そう遠くないうちに、Firefox 3.1Opera 10という2つのブラウザが正式にリリースされることでしょう。本稿執筆時点では前者のβ2バージョン、後者のαバージョンがリリース済みです。ブラウザ側の進化に負けず劣らず、私たちWebデザイナーや開発者も思考レベルのバージョンアップを重ね、サポートブラウザのベースラインに変化が訪れるときに向けて備えるべきです。2009年は、そうした意味での「備え」の年にもなるかもしれません。そしてその「備え」のなかから、マークアップ品質が再定義されるように思います。

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