新春特別企画

主戦場はWebへ――3年目に向けた電子出版ビジネス

2011年振り返り

あけましておめでとうございます。技術評論社の馮です。2012年を迎えました。昨年の日本は、3月の東日本大震災という大きな、そしてとても悲しい出来事を経験しました。そこで、改めて物質的な価値、それに対するデジタル化、インターネットの重要性について考えさせられる一年でもありました。

電子出版に関しては、2010年を元年と捉えると昨年が2年目で、過去何度かあった「電子出版の元年」と比較して、⁠比較的)前に進んだ2年目だったのではないかと思います。

具体的には、2010年後半から始まったさまざまな電子書籍販売サイトにコンテンツが集まりはじめたり、また、iPhone/iPad向けにストア型アプリによるコンテンツ配信が増えました。

一方で、昨年書いた2011年の電子出版ビジネスはどうなる?で書いた、GoogleやAmazonの動きについては、日本国内では大きな進展はありませんでした。それでも海外では、Amazonが専用端末Kindle Fireを発売したり、また、そのAmazonの端末以上の出荷台数(米IDC調べ2011年第1四半期)となったBurnes & NobleのNOOKが新バージョンを発表するなど、専用端末の動きが活発になっています。

専用端末に関して、日本で大きなニュースとなったのが2011年11月の楽天株式会社によるカナダKoboの買収です。楽天はすでにパナソニックの専用端末UT-PB1に関して、楽天Rabooの提供を開始しているなど、電子出版事業に向けて積極的な動きを見せています。その他、SONYも10月にSONY Readerの新バージョンを発表し、とくに自炊ユーザに好評のようです。

ただポジティブなニュースだけではなく、2010年鳴り物入りで登場したシャープGALAPGOSの初代2機種の販売終了のニュースが発表されました。このように、日本国内の専用端末を取り巻く状況はまだまだ不安定です。また、このニュースの直後には、株式会社TSUTAYA GALAPAGOSのシャープ子会社化が発表されるなど、国内の事業者間での電子出版ビジネスは混沌としている状況と言えます。

HTML5が広げたWebの表現力、そしてEPUB3

さて、結局のところ、ここ日本では「電子出版2年目」は、おそらく皆さんが想像したような市場拡大には至らなかったと言えます。少なくとも私自身はまったく市場が作れなかったと感じています。その要因はコンテンツ不足であることは否めません。

その中で、1つの方向性が見えてきているのも事実です。それは「Webを利用したコンテンツ展開」です。2011年5月にW3CからHTML5の最終草案が発表され、ブラウザ各社はこぞってHTML5への対応を表明し、推進しています。昨年まで突出したブラウザシェアを獲得していたMicrosoftもIE(Internet Explorer)6の撤廃、そしてIE9、IE10での積極的なHTML5対応を謳うなど、この流れはますます勢いがついています。

この要因の1つは、スマートフォン/スマートタブレットの普及が挙げられるでしょう。コンテンツ提供者にとっては、HTML5を利用することで、マルチデバイス対応がしやすくなるからです。

前段が長くなりましたが、こうした背景の中、電子出版におけるコンテンツも、HTML5をベースに、CSS3によるレイアウト、それらをパッケージ化したEPUB3という流れが生まれてきています。この点は、前出の昨年の記事に書いた流れになっていると言えます。私たち技術評論社でも、この流れを見据えた電子出版サービスの開発を行い、2011年8月29日に「Gihyo Digital Publishing」をリリースしました。

Gihyo Digital Publishing(GDP) 
http://gihyo.jp/dp

Webへのシフトは私たちだけではなく、たとえば、米最大手の1つ、Amazonは次期電子コンテンツフォーマットKindle Format 8でHTML5のサポートを表明していますし、日本国内の大手電子出版事業者ボイジャーがBooks in Browserを発表し、独自フォーマットからWebへのシフトを発表しています。

その他、昨年の記事でも紹介した株式会社paperboy&co.のパブーEPUBとPDFによるコンテンツ販売を行う達人出版会なども、HTMLあるいはEPUBによるコンテンツを拡充してきています。

このように、2012年の電子出版市場の主戦場は「Web」になると予想できます。そうなると、コンテンツを提供する出版社は、これまでの紙に向けた編集やグラフィックデザインに加えて、Webデザイン、⁠Webによる)情報設計という考え方が求められていきます。また、それに適合したワークフローの整備も必要となるでしょう。

作り手・売り手・読み手、もう一度考える

主戦場がWebになったとき、改めて電子出版市場はどうなるのでしょうか? まず、ビジネスとしては、従来のEコマースと同じようにインターネット上における商取引モデルの確立が必要になります。また、日本で大成功した携帯電話のコンテンツビジネスのように、より簡便な決済システムの準備というのも不可欠です。この点については、今、各事業者のせめぎあいが始まっており、また、iPhone/iPadに関してはAppleの審査といった別問題もあるため、各社が試行錯誤している状況です。

それでも、PayPalが少額取引サービスを拡充・整備したり、GoogleのWeb/Webアプリ向け決済システムGoogle In-APP Payments API for the Webの日本国内対応が12月に発表されるなど、その土壌は着々と整備されています。

また、電子出版に限って言えば、Web経由でのコンテンツ提供以外に、HTML5/CSS3のデータをEPUB3にパッケージ化して提供するパッケージモデルの構築も可能です。こちらは、いわゆる物販に近いモデル構築も想定できますが、やはり決済システムの利便性をどれだけ高められるかが鍵を握ります。

課題:既存コンテンツと新規コンテンツ

さて、繰り返しになりますが、課題となるコンテンツの増やし方について考察してみます。2010年、2011年と、デバイスが拡充し、販売店となる電子出版サイトが多数増える中、なかなかコンテンツが増えませんでした。その理由として、権利関係による問題が多いのですが、その部分については、読者の皆さんにコンテンツを提供するために、私たち出版社や関係各所・関係者間で(いわば裏側で)調整すべき問題だと考えており、今回は、コンテンツを作る部分に焦点を当てますので、ここでは触れません。

それ以外の部分で、私が今強く意識しているのが、

  • 既刊書・既刊雑誌(すでに紙で発行されているもの)の電子化
  • 新規電子コンテンツの制作
この2つを切り分けて考える必要性です。

というのも、これまで紙の形で発行しているものの多くが、InDesignやQuarkXPressなどの(紙を前提とした)レイアウトソフトによる組版が行われているため、紙のようにグリッドが固定されたレイアウト(A5やB5など判型が固定されている)のものを、たとえばHTML5/CSS3などのデザインにレイアウトし直すには大きなコスト(時間的・金銭的)が掛かる可能性があるからです。さらに、仮に変換を行ったとしても紙のレイアウト状態と同等のレイアウトを、HTML5/CSS3、あるいはEPUB3で実現できるかというと、非常に難しいと言えます。

このあたりについては現在、AdobeのInDesign CS5.5や次期バージョン6でのEPUB3への変換や、株式会社モリサワが雑誌向け電子雑誌オーサリングツール「MCMagazine」を開発するなど、さまざまな取り組みが行われているので、いずれ解決される可能性があります。それでも、直近で実用的な対応が可能かというと正直難しいと私は考えています。

ですので、まずはすでにInDesignなどのデジタルデータが用意できている書籍・雑誌についてはPDFへの出力を、紙のものしか残っていないものについてはOCRスキャンによるPDFの形で提供することで、つまりPDF化を推進することで既刊書籍・既刊雑誌の電子化、それによるコンテンツの拡充が図れると思っています。

一方、新規の電子コンテンツの制作については、あらかじめHTML5/CSS3のマークアップを意識した編集(情報設計)を行い、また、制作フローも従来のWebデザインと同じようにHTML5/CSS3のマークアップを踏襲することで、電子コンテンツのWeb化が図れます。ただ、単純なマークアップだけでは、いわゆるWebページのような構造になってしまうため、そこに、書籍や雑誌の要素や構造を組み込む必要があるわけで、そこが出版社として取り組むべきポイントがあります。

現在、Gihyo Digital Publishingでは以下のようなコンテンツを無料提供しています(要ユーザ登録⁠⁠。

EPUB3用XHTML作成ガイド - Gihyo Digital Publishing版 br> http://gihyo.jp/dp/ebook/2011/G11B01

これは、Gihyo Digital PublishingにおけるEPUBのXHTMLの書き方を説明したガイドブックです。電子出版向けコンテンツを制作する上で注意すべきポイントなどを体系的にまとめていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。

ただ、新規での制作に関してはまだまだ問題があるのも事実です。たとえば、Webブラウザごとの表示がブレる場合があること、適切なEPUB3リーダーがまだあまりないことなどです。さらに、EPUB3については現在仕様策定が進んでいる状況でもあり、EPUBリーダー側の開発状況によって、コンテンツが閲覧できなくなる問題なども発生しうる可能性がある点にも注意しなければなりません。

iBooks 1.5のバージョンアップによる問題とその対応について br> http://gihyo.jp/dp/information/operation/201112/0801

こういった問題は過渡期ならではとも言えるのですが、コンテンツ提供者として「読者の方にストレスのない新しい読書体験を提供すること」をつねに考えていかなければなりませんし、できる限り不要なトラブルを少なくしていきたいと思っています。そのためにも、EPUBコンテンツ制作者側の取り組み、そして、EPUBリーダー開発者の取り組み、それぞれがうまくマッチできる状況を望んでいます。

2012年の展望

最後に、私たち技術評論社が展開するGihyo Digital Publishingの2012年の展開について紹介します。まず、何と言ってもコンテンツを増やすことが重要です。そこで昨年末に次のような企画を発表しました。

2011年の技術系Advent Calendarを電子出版で提供しませんか? br> http://gihyo.jp/dp/information/operation/201111/2801

これは、最近日本の開発系コミュニティが年末に取り組んでいるAdvent Calendar(クリスマスに向けて1日1記事を公開していくもの)を、無料で電子化して無料で配布するという試みです。今回多数のコミュニティ、開発者の皆さんに協力していただくことができ、40以上ものカレンダーの電子化が行えることになりました。現在、鋭意電子化作業を進めており、1月下旬から順次公開していく予定です。お楽しみに。

このAdvent Calendarの電子版配布により、技術系コンテンツを拡充します。そして、春には雑誌スタイルの電子コンテンツの提供、その後の新規コンテンツの拡充を図っていく予定です。

また、前述した既刊書・既刊雑誌の電子化については、現在PDFによる販売を進めています。こちらも併せてご覧ください。

以上、2011年の振り返りから2012年の展望についてまとめました。私たちは技術系コンテンツを提供する出版社として、たくさんのIT技術者、IT関係者の皆さまに優良な電子コンテンツを提供し、たくさんの読者の方に満足できる新たな読書体験をしていただけることを目指します。そして、来年の新春企画では、少しでも大きくなった日本の電子出版市場に関する記事が執筆できるような状況になるよう取り組んでまいります。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧