プロローグ
何もわからない。5日前に上司の呼び出されて言われた一言。
「お前、異動になったから。次はWeb営業部な」
Web営業部はうちの会社でもあまり目立った部ではない。Web2.0という言葉が流行った際に役員の指示で作られたものの、結局、売上も上げられずに金食い部と言われている。その部に異動になったのだ。
今日から仕事というものの、何をしたら良いのかわからない。だから、とりあえずサイトを眺めてみている。このWeb営業部で運営しているサイトはいわゆるEコマースサイトで、うちの会社で取り扱っている雑貨販売を行っている。
となりに座ることになった柏木さんに聞いたところ、コンテンツの中身については、社内のデータベースと連動して自動的に更新されているものの、売上以外はほとんど管理をされていないらしい。そして、どうも自分はそのあたりのテコ入れのために呼ばれたとのこと。あとで部長に呼ばれて、自分のミッションは「サイトを良くすること」であると告げられた。
とは言っても、インターネットについては家でちょこっと触る程度で詳しくはない。しかし、目の前の仕事はそれをやれということらしい。そこで、大学時代の同級生でWebの仕事をやっているという矢島に助けを請うことにした。幸い、矢島はそれほど忙しくならしく、今夜飲み屋で会うことになった。
矢島との飲み
「Web解析ツールは入れてるの?」これが矢島の発した一言目。異動になったことを報告し、自分が自社のWebの売上以外の管理をしなければならないという話をしたあとのことだった。そんなものがあるのかと目をまるくしていると、矢島が丁寧に教えてくれた。
矢島によるとWeb解析ツールとは、Webサイトがどのように利用されているかなどを知ることができるツールのことを指しているとのこと。まずは、いくつかの方法があることを教えてくれた。これによってできることが変わってきたりもするらしい。
主な方法は3つ、「ログ方式」「パケットキャプチャ方式」「タグ方式」があるとのこと。これはそれぞれ数字の集計の仕方によって呼び方が変わる。矢島はすでに頭の上に?マークが出ている自分にたとえ話で話をしてくれた。
「ブラウザを立ち上げてサイトを見てるときは、その裏側でサイトを収納しているサーバとIEなどのブラウザがキャッチボールをしてるんだ」
「キャッチボール?」
「そう。URLってあるだろ、あれがサーバの住所みたいなもので、それをたよりに“Aのページをください”とブラウザがお願いすると、サーバがそのコンテンツを返してくれるんだ」
「なるほどね。ということはそのキャッチボールの回数を数えるみたいなもんか?」
「そう。さっきの3つの方式はその場所が違うと思えばいい」
「ふ~ん。具体的にどう違うのさ」
「ログ方式は、サーバ側でやりとりの記録が残ってるから、それを集計するんだ。パケットキャプチャ方式は、第3者の人がキャッチボールの行き来を観察している感じかな。あとタグ式は、やりとりをしているボールとは別にブラウザがやりとりの詳細を別の集計しているサーバに手紙にして送っているような感じだ」
3つの方式
なるほど、これだとわかりやすいと納得していると、矢島がそれぞれの違いを教えてくれた。
「ログ方式の場合、自分のサーバの記録を集計することになる。大きなサイトになればなるほどやりとりの回数が増えるから、これを集計するのはすごい時間がかかってしまう場合もある。また、自分でうまく使いこなさないと基本的な情報しかとれないんだ」
「基本的な情報しか取れないと何が困るんだ?」
「実はサーバは、キャッチボールをする時に返す相手はわかっていても“誰”というところは知らないんだ。だから、おまえがAページに行ったあとにBページを見に行ったとしても、それは別々で記録される。そのままではおまえがAページからBページへ移動したことがわからないんだ」
「ふ~ん。で、何をすればわかるようになるんだ?」
「具体的にはCookieというものを利用する。これはブラウザ側に付けられるタグみたいなもので、そこにおまえをIDなどにして管理するんだ。キャッチボールをする際にはこのIDの情報も一緒になってくるから、それも記録をしておけば集計することができるようになる」
「なるほどね。じゃあ、そのIDをつける作業をしなきゃいけないんだな」
「そうだな。システムにそういう改修をすればできるだろう」
「そうか…それはお金がかかりそうだな」
1つのキャッチボールにもドラマがあるらしい。ちなみにCookieを使ってタグをつけることを業界の人は「Cookieを食べさせる」とか言うらしい。
次にパケットキャプチャ式について教えてくれた。
「パケットキャプチャ式はさっきも言ったように第3者の人が数えるんだ。これはコストがかかる」
「人件費みたいなものか?」
「おぉ、そうそう。要はその計測をする人を用意しなければならないからなんだ。これは社内でWebサーバと同じ場所にもうひとつ集計をしてくれるサーバを立てるんだ」
確かに第3者を用意するのにはコストがかかる。そりゃそうだ。ただ、その代わりとして大量のデータを集計することができるし、社内にサーバがあるために安心なのだそうだ。
そして最後にタグ方式。
「タグ方式は手紙を他のサーバに渡すんだ。この相手は社内のサーバのこともあれば、ASPサービスを使った外のサーバの場合もある」
「手紙だと今までと何が違うんだ?」
「手紙はいろいろ書けるだろ?キャッチボールを観察しているだけではわからない情報なんかも、手紙に書いておいて集計することができるんだ」
「へえ~面白いな」
「たとえば、そのページがキッチン用品だったとするだろ。そうすると"私が見ているページはAという商品で、カテゴリはキッチン用品です"といった内容が送られるわけだ。これを集計するとAという商品もわかるが、キッチン用品というカテゴリの人気も一緒に集計できるんだ」
「なるほど自由度が高いな。でも、デメリットもあるんだろう?」
「もちろん。ブラウザには手紙のフォーマットをコンテンツと一緒に送る必要がある。サーバには事前にコンテンツごとに手紙をくくりつけておく必要があるんだ」
「それはずいぶんと大変だな」
「確かにな。一度やってしまえば終わりなんだが、特に大規模なサイトの場合は結構大変なんだ」
実際にWeb解析ツールを導入する際は、サイトの規模や予算などによって方式の選択が変わるとのだそうだ。なるほど、とりあえず自分がこれからやらなければならないことは分かった。まずは、ツールの選定である。これは非常に骨の折れそうな作業だが、矢島がビールをおごることを条件に相談にのってくれるということなので、定期的にお願いすることにした。持つべきものは友である。
つづく