ネットだから気をつけたい! 著作権の基礎知識

第6回社員のモノは会社のモノ? -「職務著作」いう考え方

はじめに~「職務著作」のデフォルト・ルール

(1)

(A氏)は会社(B社)の指示により、自社が所属する業界団体(C協会)主催の研修の講師を過去5年にわたって担当していました。

最初に研修を担当した際に、C協会から研修用教材の作成もあわせて依頼されたため、数十ページの教材を作成することになったのですが、A氏は会社の業務が多忙だったこともあり、作成のための作業をもっぱら自宅で帰宅後や休日などの業務時間外に行っていました。また、C協会の事務局に教材を提出する際には、一応B社の上司にも内容を確認してもらったのですが、特に大きなチェックが入ることもなく、ほぼそのままの形で受講生に配布されています。

今年の夏、私が別の部署に異動になったことから、研修の講師を後任のD課長が担当することになったのですが、聞いたところによると、D課長は私が作成した教材の一部を加除修正しただけで、基本的な部分を残したまま自分の教材として配布したそうです。

いくら会社の業務と関係する仕事とはいえ、自分のこれまでの労力を考えると何だか割に合わない気がします。会社やD課長に対して、使うのをやめるように、ということはできないものでしょうか?

会社にお勤めの読者の方の中には、毎日企画書の作成やパワーポイント等によるプレゼン資料の作成に追われている方も少なくないのではないでしょうか。

"どうせ使い回しのパッチワークだから・"などと自嘲気味に呟く声も聞こえてきそうですが、そうはいっても、作成した成果物が全く創作性を備えていない、とは言い切れないわけで、こういった日々の労作が「著作物」として著作権によって保護される余地も皆無とは言えません。

また、よりクリエイティブな業務に従事している方であれば、自分が創作したデザインや文章表現、コンピュータプログラムといった創作物が、世の中に広く出回ることもあるかもしれません。

このような場合に、実際に"作成(創作)行為"を行った社員と会社との関係をどう考えればよいか、それを決めるのが、今回取り上げる「職務著作」をめぐるルールです。

「職務○○」と聞くと、数年前大きな話題になった事件のことを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。

そう、特許の世界では、社員が会社の業務に関して行った発明をめぐる一連の訴訟("青色LED訴訟"として知られる中村修二教授の事件や、日立製作所の事件などが有名です)において、社内規程に基づく取扱いの是非や、発明者である社員に支払われた対価額の妥当性等が争われ、"発明は誰のモノか?"と、世論を二分するような議論が湧き上がったのが記憶に新しいところです。

しかし、これはあくまで特許の世界における「職務発明」の話であり、著作権法の世界の話である「職務著作」に注目が集まることは、これまであまりなかったといえます。

それはどうしてなのでしょうか?

著作権法には「職務著作」について、以下のような規定が置かれています。

法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。

2 法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。

第15条(職務上作成する著作物の著作者)

これを見ると、⁠職務著作」に関する原則的なルールが、⁠別段の定めがない限り、職務上作成した著作物の著作者は法人等(会社)となる」⁠=著作権及び著作者人格権が会社に帰属する)というものであり、「発明に関する権利が発明者個人に原始的に帰属し、契約・勤務規則等によって事前・事後に承継を受けない限りは会社のものにならない。また、権利を承継した場合は、会社が発明者に対して相当の対価を支払う必要がある」という、⁠職務発明」のルールとは全く正反対のものになっていることが分かります。

また、上記のとおり、⁠職務著作」に関する著作権法の条文には、"会社が著作者である"というために、「法人等の業務に従事する者が・作成するものであること」「職務上作成するものであること」という要件に加えて、「法人等(会社)の発意に基づくものであること」「法人等(会社)の名義の下に公表するものであること」という要件が規定されており、これを満たさなければ著作権等が当然に会社に帰属することにはならないのですが、我が国の多くの会社では、これまで上下の指揮命令関係が比較的明確になっていたため、通常の業務の中で一般の社員が作成するような著作物の多くが、上司の指示等、⁠会社の発意」によって作成されるもの、ということができたのではないかと思いますし⁠、作成した社員の名前を全面に出すことなく、一律に「会社」の名の下に公表されることも多かったように思われます⁠コンピュータプログラムについては、の要件自体が、そもそも不要とされています⁠⁠。

そうなると、結局、社員が創作した著作物の多くが半ば自動的に"会社のモノ"となる、という結論に落ち着くわけで、⁠職務著作」ルールは実務に「職務発明」ルールほどの強烈なインパクトを与えるものではない、というのがこれまでの一般的な理解でした。

「職務著作」ルールがあまり注目されてこなかった背景には、こういった事情があったのではないかと思います。

時代の変化が招く「職務著作」トラブル?

このように、これまで注目されることの少なかった「職務著作」ルールですが、最近になって、会社と社員のいずれが著作者となるか、について正面から争われる事件がチラホラ登場するようになりました。

「職務発明」をめぐる紛争が多発した背景には、⁠個々の社員の権利意識の高まり」に加え、⁠いわゆる"終身雇用"時代が終焉したことにより、これまで会社に忠実に働いてきた人々の不満が爆発した」といった事情もあったと言われていますが、こういった事情は「職務著作」をめぐる紛争においても、何ら変わるところはありません。

そして、上意下達的な仕事の進め方に変化の兆しが見られ、しかも様々なツールを用いて個々の社員が高度な創作活動を行いうるようになってきた今(例えば、プレゼンテーション用の資料ひとつ取ってみても、以前に比べればデザイン上の創作性は遥かに高いといえるでしょう⁠⁠、これまで必ずしも「職務著作」ルールを明確に意識していなかった企業内の実務と法律で定めるルールとの食い違いが引き金となってトラブルが起きる可能性を否定することはできません。

実際、冒頭に紹介したA氏のケースと似たような事例が、裁判所に持ち込まれて争われているのですが(知財高裁平成18年10月19日判決⁠⁠、そこでは、「教材(講習資料)の作成名義として記されているのは業界団体(C協会)の名称だけであり、A氏の所属する会社(B社)の名義は記載されていない」という理由で(上記の要件を満たさないとして⁠⁠、"著作者はA氏である(会社の著作物とはいえない)"と判断されています。

もっとも、裁判所は続けて、A氏がB社やD課長による教材の利用を「黙示的に許諾」した、と判断し、加除修正についても「同意に基づく改変」にあたる、として、A氏側の損害賠償請求等を退けています。

また、別の事例として、次のようなものもあります。

(2)

(甲氏)は、現在の会社(乙社)に入社後、プログラムの開発を担当していました。ある時、私は大学院時代の研究成果を元に、業務に関係する特殊なプログラムの開発を提案したのですが、上司の反対にあったため、独自に開発を進め、⁠プログラム丙1」を完成させました。また、会社を一時休職して海外に留学した際に、既に開発したプログラムをさらに改良して「プログラム丙2」を完成させました。

当初、乙社は、これらのプログラムの採用に消極的だったのですが、やがて方針を転換してこれらを業務に用いるプログラムとして採用したほか、他のメーカーにライセンスする等して利益を上げています。

これまでの私の苦労を考えると、丙1や丙2が"会社のプログラム"として一方的に利用されるのは不当ではないかと思うのですが、創作者として私が法的に何らかの主張をすることはできないものでしょうか。

ここでは、⁠プログラム丙1・丙2」の創作に関し、「職務上作成するものであること」という要件や、「法人等(会社)の発意に基づくものであること」という要件が、問題となりえます。

直接の「業務指示」を観念しにくい休職・留学中に作成したプログラムの著作権の帰属が問題になったことなどもあって、裁判所の判断が注目されたのですが、結局、知財高裁は、「職務上作成する」という要件を、業務に従事する者に直接命令されたもののほかに、業務に従事する者の職務上、プログラムを作成することが予定又は予期される」場合も含むと広く解釈し、また、「法人等の発意」についても、法人等と業務に従事する者との間に雇用関係があり、法人等の業務計画に従って、業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には、法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも」法人等の発意があるといえるとすることによって、自己に著作権が存在することの確認を求めた甲氏の請求を退けました(知財高裁平成18年12月26日判決⁠⁠。

社会常識に照らした結論の妥当性を重視した判断だと思われますが、このようなタイプの紛争が世に出てくるようになったこと自体に、時代の変化を感じずにはいられません。

一般的に、⁠職務著作」ルールの背景には、

会社の内部では日常的に無数の著作物が創作されているため、それらについての著作権や著作者人格権の帰属が一元化されていないと、会社の活動や著作物を利用しようとする者の活動に大きな制約が生じてしまう。

といった問題意識がある、とされています。そして、それゆえに、⁠著作物の創作者個人を「著作者」とする(=著作権・著作者人格権も創作者個人に帰属する⁠⁠」という本来の原則を大幅に修正するルールも許容されているのです。

しかし、どんなに便利なルールであっても、法の定める要件をきちんとクリアしていなければ有効に活用することはできません。社員対会社、あるいは社員同士の著作権トラブルを生じさせないためには、日頃から「職務著作」のルールをしっかり意識して、実務を進めていく必要があるといえます。

また、会社が著作者となるに足る要件を満たしているかどうかが疑わしい著作物を改変したり、他の用途に転用したりする場合には、念のため作成した本人に可否を確認する、あるいは、むやみに改変・転用等を行わない、といった安全策をとることも一考に値するのではないかと思います。

応用編~直接の雇用関係がない場合に「職務著作」ルールを適用できるか?

ここまで、会社と雇用関係にある者が著作物を作成した場合を念頭に置いて、⁠職務著作」ルールを見てきましたが、このルールが問題となるのは、会社と著作物を作成した個人との間に雇用関係が存在する場合だけではありません。

例えば、次のようなケースが考えられます。

(3)

Y社では、ここ数年、商品パッケージのデザイン制作をフリーデザイナーであるX氏に依頼していました。 Y社はX氏との間で雇用契約等を結ぶことなく、あくまで業務請負契約に基づいて仕事を依頼していましたが、X氏がまだ駆け出しの若手だったこともあって、仕事を依頼した際には、Y社内にX氏のための作業場を設け、Y社の担当者が直接具体的な指示等を出す形で作業が進められていました。また、制作されたパッケージには、制作者としてのX氏の氏名等は記載されていませんでした。

やがて、報酬をめぐってトラブルが起きたことからX氏とY社の関係は疎遠になってしまいましたが、Y社では、業務請負契約の中に、⁠制作されたデザインの著作権はY社に帰属する」という条項を盛り込んでいたこともあって、その後も引き続きデザインをパッケージに使用し、新しい商品に合わせてデザインを一部改変するなどの利用行為を行っていました。

ところが、ある日、X氏より、⁠貴社が使用しているデザインの著作者人格権は、私個人に帰属するものであるから、私に無断でデザインを改変することは認められない。この状況が改善されないのであれば、訴訟も辞さない」という抗議が来ました。

このような状況を受け、Y社としては、今後どのように対応していくべきでしょうか。

ここで、X氏が制作した著作物に対して「職務著作」ルールが適用されず、X氏個人が「著作者」となった場合でも、契約中の「著作権はY社に帰属する」という条項により、⁠著作(財産)権」そのものはY社に移転すると考えられます。

しかし、前回の連載で説明したとおり、⁠著作者人格権」は著作者の一身に専属する権利ですから、"著作者がX氏個人"ということになれば、著作者人格権はX氏の下に残ったまま、ということになり、Y社によるその後の著作物の利用に制約が出ることは否めません。

そこで、Y社としては、X氏との関係において「職務著作」ルールを適用できるかどうかが、大きな関心事となってくるのです。

最高裁は、⁠観光ビザで滞在してアニメーション製作に従事していた外国人デザイナー」「法人等の業務に従事する者」に当たるかどうかが争われた事件で、

「法人等の業務に従事する者」に当たるか否かは、法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して判断すべきものと解するのが相当である。

(最高裁平成15年4月11日判決)

と述べて、雇用契約が成立していないことを理由に「職務著作」ルールの適用を否定していた高裁の判断を覆しました。

この理屈で言えば、契約上は「請負」⁠受注者側の業務遂行上の独立性が強いため、前記の要件を満たさず、本来は「職務著作」ルールの適用が想定されない)であっても、その作業が、発注者による強度の「指揮命令・監督関係」に基づいて行われている、という実態が存在するのであれば、⁠職務著作」ルールを適用して、当初から発注者側に「著作権」「著作者人格権」がともに帰属する、という結論を導くことも可能、ということになります。

近年、⁠請負契約に基づいて作業を発注しているにもかかわらず、発注者側が請負事業者のスタッフに対して直接指揮命令・監督を行う」という行為が"偽装請負"として社会的に厳しい批判を浴びています。そのような世相を考えると、⁠違法行為によって作らせたにもかかわらず、成果物に関する権利は全て発注者に帰属する」という上記のような帰結に違和感を抱く方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、雇用態様をめぐる労働法のルールと、著作権、著作者人格権を誰に帰属させるべきか、という著作権法のルールは、本来まったく別の次元で議論されるべき話です。特に、著作権法の「職務著作」ルールは、実際に著作物を作成した者の保護だけではなく、作成された著作物を利用する者の利益にも配慮して作られているものですから、たとえ違法・脱法行為であったとしても、外部から見て会社の直接の指揮命令下で作成された著作物については、会社を「著作者」とすることに理があるのではないでしょうか。

各種コンテンツやソフトウェアの制作・開発現場では、既に様々な雇用形態に属するスタッフが混在して作業にあたっている、というのが実態ではないかと思います。

「職務著作」ルールは、先に挙げた「請負」をはじめ、⁠派遣⁠⁠、⁠出向」といった様々な雇用形態のスタッフに適用しうるものですが、仮に適用するとしても、前記の要件だけでなく、②~④の要件についても、きちんと満たしているか、ということは当然問題になってきますから、会社の中でルールを運用する側としては、正社員の場合以上に注意を払う必要があるといえるでしょう。

なお、労働者派遣契約に基づいて派遣されているスタッフが著作物を作成した場合、"派遣先"との関係では、⁠著作物作成の対価が直接支払われていないので、最高裁の判決によれば『法人等の業務に従事する者』といえない」という問題要件①が、"派遣元"との関係では、⁠派遣元会社の名義の下での公表が予定されている著作物ではない」という問題要件④が生じてきます。
正社員か派遣社員か、によって作成したものに関する権利の所在が異なる、という帰結は明らかに不自然ですから、妥当な結論を導き出すために、現在様々な解釈が試みられていますが、実務サイドとしても、就労開始前に、派遣先会社‐派遣元会社‐派遣される社員の三者間で、著作権譲渡、著作者人格権不行使、成果に対する対価の支払い等に関する特約を契約のオプションとして盛り込んでおくなどして、後々の憂いを取り除いておくべきだといえます。

おわりに

今回は、仕事柄、もっぱら会社の側の視点から筆を進めてきましたが、冷静に考えれば、私自身も、いつ冒頭で紹介したA氏のような立場になるか分かりません(さすがに、今書いている原稿が会社の著作物になることはないと思いますが(笑⁠⁠。

公と私の別が曖昧なのが、日本の会社の良いところでもあり悪いところでもある、というのは良く言われていることですが、著作物の作成に関していえば、会社や取引先との間で不毛なトラブルを引き起こさないためには、どこまでが"会社の仕事"としての成果で、どこからが"個人のワーク"に属する成果なのか、日頃からもっと意識しておかないといけないのかなぁ・と思った次第です。

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