「意味がないもの」を作っている人が好き
前回に引き続き、面白法人カヤックのCTO貝畑政徳さんにお話を伺います。「変われる人」というのがカヤック共通の採用条件とは前編の話で触れましたが、技術者に関していえば「ものづくりが好き」も欠かせない条件とのこと。
貝畑さん「僕は意味のないものを作っている人って好きなんですけど、なんでかっていうと、意味がないものってその人にとって意味があるんですよ。その人が自分で欲しいもの、作りたいものを作っている。それは自分でものを作りたい欲求が強い証拠。それを形にしているエネルギーが、僕の中では一番の評価ポイントです。技術力はあるけど何も作っていないとか、大学での課題しかやっていませんでしたって人は、僕の中で“技術はあるけどエネルギーはない”って判断になっている。作りたいという内発的なエネルギーをもっている人を優先して採っているっていうのはあります」
いかにモチベーションを長く維持し続けるか
とはいえ、その内発的なエネルギーを長く維持し続けるのは難しいもの。そこで考案されたのが前編で紹介した「180度評価」ですが、それだけではありません。カヤックでは普段から、本人がモチベーションをもてる環境づくりを大事にしていました。
貝畑さん「一番単純なモチベーションって向上心とか好奇心ですよね。もっとうまくなりたいとか、新しいものを触りたいとか。だからカヤックでは、効率よりエンジニアの向上心とか好奇心を優先して、やりたいようにやらせているんです。エンジニアがこれを使ってやりたいといった技術を採用するケースが多い。もちろん、他のエンジニアの意見を取り入れて修正することもあるし、やったことはしっかり情報共有していますけど」
業務効率 vs 本人のモチベーション
リスクはもちろん承知の上。それでも、やりたいようにやらせる。このアプローチは「内発的エネルギーを生み出す」以外にも大いにメリットを生み出しているようです。
貝畑さん「効率は良くないんですよ、正直。現在カヤックでは言語を統一していませんが、言語を統一しないと、“この言語を使える人が他にいない”という状況になるリスクはありますし、、短期的に見ればスピード感も落ちると思います。
でも言語を統一しないことで、エンジニアが勝手に新しい技術を外からもって帰ってくるので、それが次のビジネスの種になったり、クライアントワークとか他のサービスに活きるといったメリットがあります。
逆に、これだけやってくださいって話になっちゃうと、ほんとそれしかやらなくなっちゃうので、そこから外の世界に伸びていかないですよね。だから結構自由なほうが長期的にみるといいのかなぁって。常に新しい技術を取り入れているので、変わり身の早さというか、すぐに新しいものに飛びつけるようにはなっていますね。このように変化することも重要だと考えています。そういう意味では今は言語を統一していないけれど、ある年は言語を絞ってみるという選択をしてもいいかもしれない。それぐらい自由でいいと思います」
今多用されている技術も、この先なくならないとも限らない。変化の激しい業界を前提としたとき、業務効率とモチベーションをどうバランスさせるかは、今一度考えてみたいところです。
Webクリエイティブ職は過渡期にある
実際、変化の波は差し迫っているよう。Webクリエイティブ職は今、どんな過渡期にあるのでしょうか。カヤックの「今」を伺ってみました。
貝畑さん「フロントエンドは今一番ニーズがある部署で、業界的にもたぶんそうなっていくと思います。今まではフロントエンドでできることが限られていたけど、スマートフォンが出てきて、クライアントサイドでできることが増えてきて、フロントエンド側にもプログラミングのスキルが必要になってきています。
職種の垣根がなくなってきているので、カヤックでは両方とも技術部で統一しちゃいました。技術部にサーバサイドとフロントエンドエンジニアを両方入れて、その中で課が分かれている感じになっています。またその中にマークアップやJSのエンジニアが所属するHTMLファイ部とうネーミングのチームを新設しました。だから情報共有とかも基本がっちゃんこしてやっていますね」
過渡期は自分の「変われる力」度を評価するチャンス
「自分が担う仕事の領域が広がっていく」ことに対して、カヤックの面々はどんなふうに受け止めているのでしょう。
貝畑さん「エンジニアは喜んでいますね、やれることが増えたので。フロントもやっていいんだって話ですよね。 今までは一人で開発はできてもデザインが苦手っていうのがあったけど、今はフロントエンドのFlashとかJavaScriptもエンジニアが覚えて、まるっと一人でやってしまう状況になってきました。HTMLメインだった人たちも、もっとCSSを頑張ろうとかJavaScriptを覚えようっていうふうに、やれることは広がった感じですね」
「変われる人」かどうかというのは、こういう過渡期にこそ明らかになるのかも。変わらなきゃいけない局面に立っている今、しっかり新しい技術を自分に取り入れて、それを使って作る活動を始めているかどうか。これは「変われる力」を備えているかどうかを見る自己チェック指標になるかもしれません。
「使えない経験値」をばっさり捨てられるかどうか
「あれ、なんだかんだいって何も変わってないな、自分……」と思い当たってしまった人は、これまでに培ってきた経験値と決別する覚悟が必要になってくるかもしれません。
貝畑さん「経験値にも長く活かせるものと活かせないものがあって、使えない経験値はばっさり捨てられるのが“変われる力”ですよね。開発フローの知識やマネジメントのスキル、ものづくりのセンスとかデザインセンスは活かし続けられるけど、活かせない経験値はばさっと切って、すぱっと次の考え方に切り替える。その力があれば、今後何歳になっても問題ないかなって思っています」
ばさっ、すぱっ、これが結構大変。「変われる力」って一口に言っても、分解すると次の4つくらいは必要になってくるのではないでしょうか。
表 変われる力
1 | 情勢や事情に応じて自分の経験値を「使える経験値」と「使えない経験値」に分類する能力 |
2 | 「使えない経験値」は、汗水流して培ってきた経験・能力でも潔く捨てられる心意気 |
3 | 「使えない経験値」に代わって、新たに身につけるべき能力・経験を特定する能力 |
4 | 自分ができない/わからないことを新たに習得していく学習能力と高いモチベーション |
歳を重ねるほど、経験は積みあがる一方、新しいものを習得するのは大変になっていくもの。自分が積み上げた経験を尊ぶ気持ち、新しいものを習得するのが億劫だったりしんどかったりする気持ちと真正面から向き合えないと、実際に「変わる」ことは難しいかもしれません。
また「使えない経験値」をばっさり捨てても自分の中に「使える経験値」が残る状態をつくっておかないと、ここぞというときに手放せないんじゃないかな、とも思います。捨てたら何にも残らないという不安感を抱えながら自分の財産をばっさり捨てるって、なかなかできることではありません。だからこそ、前編で取り上げたような基礎体力づくりは、本当に重要なことだと思うのです。
広がるWeb業界、業種も垣根がなくなっていく
では、カヤックではWebクリエイティブ職の中長期的なキャリアをどう考えているのでしょうか。これというキャリアパスを体系立てて示すことはしていないそうですが、その背景を伺ってみました。
貝畑さん「Webの業界が、僕の中では広がっているイメージがあって、たとえばソーシャルゲームが出てきたことで、ゲーム業界とつながっていると思うんですよ。ゲーム業界からWebの業界に来る人が増えているし、逆もある。Web業界の中でも、プロモーションの仕事をしていた人が大手の広告代理店に行くとかできると思うし、そうやって垣根を越えて行けるような世界に広がっている印象があります。
だからあんまり体系立ててキャリアモデルを示すこと自体が難しくて、個々人でフィットするものを選択していかないといけないのかなって気がする。個々人で将来のビジョンも違うので、型にはめるのは難しい気がしますね」
会社と個人のビジョンを重ね合わせていくこと
業種も垣根がなくなっていくし、職種も分化したり融合したり新しい専門領域が生まれたりと変化が激しい。そして当然、一人ひとりの将来のビジョンも異なる。そんな中でカヤックが大切にしているのは、本人と1対1で話す時間をもち、会社のビジョン、各組織のビジョン、個人のビジョンを重ね合わせていくことだそう。
貝畑さん「やりたいことをやれる環境は作っているけど、やっぱり会社のビジョンと各組織のビジョンと個人のビジョンというのがあると思います。
会社と個人のビジョンが極端に異なるところにある場合、自分の目標と成長プロセスを考えると、会社のビジョンとの間に違和感が生じると思うんです。そういう時には話し合って、会社の将来のプロセスを具体的に語ったりしながら、個人と会社のビジョンをうまく融合させていくようなことはしています。まず1対1で話して、後は180度評価で同じ目線で語り合う場をもっていく。きちんと階段を昇れているかチェックしてあげるのが重要だと思っています」
半年に一度のタイミングでジョブローテーションの仕組みがあり、エンジニアからディレクターや管理系に職種転換を希望する方もいるそうです。また、技術的な限界が来たなというとき、マネージャーになったほうがいいとか、それなりの方向性を示すこともあるそう。ただ、そのときにも突然「君はマネージャーの勉強をしてください」みたいなことにならないよう、普段からマネジメントスキルを身につけられる環境を作っている(詳しくは前編参照)。それで「あ、この人マネージャーできるな」って思ったら「マネージャーやる?」って話をするのだそう。
本人がそう小難しいことを考えなくても、この環境でやっていれば勝手にどこでも通用する人間になっている。そんな組織にしたいとのことでした。
技術的な限界とどう向き合うか
それにしてもWebクリエイティブ職にとって“技術的な限界”とはなかなか無視できないテーマでは?貝畑さんは「好きな分、技術的な限界を感じる」と自然体で口にします。そこで率直に、技術的な限界とはどういうふうに感じるものか尋ねてみました。
貝畑さん「僕は単純に、もう覚えられないと思いましたね、新しいものを(笑)。勉強するのがしんどくなっちゃって。自分が作りたいものを作る技術はもうあって、そこを追究する気はもうない。僕は作りたいものが先行するタイプなんですけど、作りたいものが一人でできないと、いろんな人の力を借りなきゃいけないから、じゃあ僕はもう開発は抑えてディレクション業務をやろうって発想になっていたりとか」
自分の今を静かな目で観察し、それを正面から受け止めて、自分のなすべきことを自在に変容させていくしなやかさが感じられて、まさに「変われる力」を体現しているように思いました。
1クリエイターとして突き抜けている姿を見せる
最後に、貝畑さんご自身の今後のキャリア観について伺ってみると、先の「勉強するのがしんどくなっちゃって」が並大抵の勉強ではないことが伝わってきます。
貝畑さん「普通に考えると、僕はCTOなので経営をやっていかなきゃいけなくなるんだろうなぁと感じているんですけど、技術の代表としては、好きなことやっていけるんだっていう姿を見せたほうが、カヤックで働く他のエンジニアはテンションあがると思っているんですよ。
今ゲームを自分で開発しているんですけど、その姿を見せて、“CTOでも自分で作っちゃうのか、すげえな”みたいな、“しかも一番早く作っちゃうんだね”って姿を見せて、1クリエイターとして突き抜けているってことが、まぁ一番いいのかなって。それをやるときに僕はどういう努力をしているかとか、どういう技術を磨いているか、どういう考え方をしているかってところが伝わっていけばいいんじゃないかなって思ってはいますけどね。まぁ、やりたいことやりたいだけなんですけど……(笑)。
そのかわり、相当やってるんで、そこまでやらないと好きなことはやれないんだよっていう、なめんなよっていうアピールはしていますね。そんなやりたいことだけやって、ずうずうしいこと言うな!みたいなところも、日々伝えながらやっています」
可能性とあわせて、それを実現する厳しさも伝えていく。そして何より、その姿を上司として間近で見せ続けていく。カヤックには「生涯1エンジニアでいたい」という人も多いそう。目の前にこんなCTOがいてくれることは、おおいに刺激的だし、支えになるだろうなぁと思いました。
次回以降もいろんな刺激をお届けできるよう、方々訪ね歩いていきたいと思いますので、ぜひ末永くおつきあいください。