「ちょっと無理じゃね?」レベルの目標を立てる
前回 に引き続き、クックパッド技術部長の井原正博さんにお話を伺います。前回は、採用段階で「強い個」を集めることへの並々ならぬこだわりを伺いましたが、その「強い個」がきちんと成果を出している状態にするために、どのような取り組みをされているのでしょうか。
クックパッド技術部長の井原正博氏
日々改善を図ったり、新しいものを吸収するといったことは、放っておいても勝手にやっていくし、定期的に場を設けて何かを勉強するといったこともないそう。しかし、半年に1回の目標設定では、個々人が普段の思考の枠組みから解放された頭で目標を考えられるよう、こんな仕掛けが。
井原さん 「期の頭には、目標を1個だけ立てるんですね。半年間にやることはいろいろあると思うんですけど、そんなものは皆やるに決まっているので、目標に入れる意味がない。ここで立てる目標は、“ おぉ、それはちょっと半年でやるの無理じゃね?” ぐらいの目標。“ 井原さん、それ、やめておいたほうがいいんじゃないですか?” っていうレベルの目標を立てるようにしています。それは、18ヵ月後にどうなっていたいかってところから逆算して、じゃあこの半年でここまで行っておかないとねっていう目標を立てるんです。
楽天の三木谷さんですかね、“ 月まで行こうと思わないとロケットは作れない” って。そうなんですよね、大島まで行こうと思ったら、船でいいじゃんで終わってしまう。積み上げでやっていくと、やっぱり積み上げの延長線上のものしかできないんですよ。月まで行こうと思うから、パラダイムシフトが起こる。どうやったらできるんだろうって考えに及んで、新しい技術を見つけてくるとか、やり方をまったく変えてみるといった動きが出てくる。そういう個々の判断とか意志決定の変化みたいなものが、会社を動かしていくと思うんですよね。なので、それがやりやすい目標設定にしているつもりです」
「結果として、達成しないこともありますよ」と苦笑する井原さん。それでも、100を目指したときの80点と、80を目指したときの80点では、同じ80点でも成り立ちやアウトプットが全然違うので、今のやり方がいいかなと思っているとのこと。これはぜひ部分的にでも取り入れてみては?
表 クックパッド流の目標設定
期初に立てる目標は1つだけ(それ以外の仕事も皆当たり前にやることが前提)
長期(18ヵ月)の目標を立てた上で、逆算して短期(6ヶ月)の目標を立てる
期間内にぎりぎり達成するか、無理じゃないかレベルの目標を立てる
目標は本人が立てる
思考のフレームワークを共有する
また、目標をこれと定め、それを実現するための思考のフレームワークを社内で共有している点も興味深いところ。前編で紹介した「やりたいこと」「 得意なこと」「 やるべきこと」の3つの輪もそうですし、サービスを組み立てるのにも「EOGS」( Emotion Oriented Goal Setting)というフレームワークをワークシートに落とし込み、ユーザの欲求に基づいたゴール設定とその実現方法を考えるステップを共有しています。
※EOGSについてご興味のある方は、クックパッド採用説明会などに足を運んでみては。
井原さん 「こうしたフレームワークを一個作ると、その仕組みを全社員に適用していけます。皆コピーして使えるので、そこのコストはほぼゼロになりますよね。これが一人の頭の中だけにあると、全員に言ってまわらなきゃいけない。仕組みを作ってコピーを無料にするっていうのは、プログラムでも紙でも同じ。サービス開発でも同じです。『 クックパッド』の中で起きていること、たとえばユーザさんがすごい手間をかけて自分たちでやっていることを見つけてきて、それをシステムとしてもっと簡単にできるようにするだけで、すごく使われる機能が生まれます。それと同じだと思うんですよね」
さすがのエンジニア脳。では、こうした思考のフレームワークは、どのように作っているのか。外から学びを得ることが多いのでしょうか。
井原さん 「『 Good to Great(邦題:ビジョナリー・カンパニー) 』はすごい参考にしていると思います。“ 100年続く企業、100年ユーザさんに幸せを届けられる企業を作る” っていうのは、そういうところから引っ張ってきています。あと、GoogleとかFacebook、37signalsとかはものづくりの考え方がすごい似ている、まぁ似ているのか影響を受けてそうなっているのかはあれですけど、何社か真似しているところはありますね。
これも、あるものを上手に使うっていう考え方の1つですね。料理でもそうですけど、ゼロからの創作ってあんまりないですからね。やっぱり今までの叡智の上の積み上げで新しいものを作っていくものなので」
自分たちの創作活動は、今までの叡智の上にある。それをわきまえた上で上手に使うというのはとても大切に感じます。そのとき、ただ使いまわすのではなく、自分たちの理念のもとに新しいものを創造していく姿勢を学びたいですね。
言葉で促すより、自然に挑戦できる環境を作ること
大規模なサービスを運営する中でも、スタッフが臆せずチャレンジしやすい環境づくりもなされています。2ヵ月ほど前に導入したのが、普段使っているプログラムから切り離して、プラグインのような形で新しい技術を追加し、試行できる仕組みとのこと。導入後の変化は?
井原さん 「この仕組みを入れて、明らかに開発は活性化したと思います。実際、ユーザにまで公開できていないものでも、スタッフにまで出しているものの数がすごい増えました。やってもいいんだよ、もっとがんがんやっていいんだよっていうのを、仕組みとして保障してあげたというか、そういう環境づくりはしています。
口でこう、やってもいいんだよとか、もっとこうやろうぜっていうのは簡単で、言えば終わりなんですけど、そうじゃなくて、普段いる環境の中に、普通にそれが組み込まれている状態、意識しなくてもそういうチャレンジが起きている環境を作るのが、マネジメントだったり、組織を作るってことなんじゃないかなっていうふうに思いますね」
うーむ、深い。こうした思想に基づいて、「 強い個」がきちんと成果を出している状態を作り出そうとしているんですね。
「もっとカオスでいい」
現在も積極的に採用活動を展開され、組織規模はこの先さらに大きくなっていくはず。そこで何か意識していることはあるのでしょうか。
井原さん 「もっと、やりたいことやろうぜって感じじゃないですかね。大きくなればなるほど、もっとカオスでいいと思うんですよね。たぶん意識しないと動けなくなっていくと思うんですよ。環境とか状況とかって置いておくだけで悪くなっていくものなので、キープするだけでも結構大変。それをもっと良いものにしようとすると、もっといろんなことにチャレンジして、もっといろんな失敗をしていかないと、絶対ダメだと思うんですね。そのときに、個人が責任とか権限をもって、意志決定をして、きっちり失敗したり、きっちり成功していくこと、それがきちんと起きる環境にし続けるっていうのは大事かなぁと思います」
エンジニアからマネジメントへの転向
長期的なキャリアパスとしては、エンジニア志向とマネジメント志向の2つの方向性で給与体系を整備しているそう。先々マネジメント側に行かないと給与が上がらないといったことはなく、部長より高い給与をもらっているエンジニアもいらっしゃるとか。では実際、社内にいらっしゃる方はどちら志向が多いのでしょうか。
井原さん 「うーん、どっちかっていうとものづくりをしていたい人が多いかなぁとは思いますね。マネジメントは、管理職っていうイメージだとそもそもなりたい人なんて誰もいないと思うんですけど、人がもっている力をもっと活かしたいみたいな人も、今はそんなにいないですかねぇ」
なるほど。とはいえ、井原さんご自身はマネジメントのお仕事。まさに、人がもっている力をもっと活かしたいという志しのもとにお仕事をされている様子が伝わってきます。
井原さん 「僕は、人を採用するとか、引っ張ってくるとか、その人が本当に得意なことややりたいことって何なんだろうっていうのを、なんとなく感じて、なんとなくいい感じにしていくみたいなところが上手だと思われているみたいなんですね。まぁ造作なくやっているつもりなんですけど。そこが一番この環境でバリューを発揮していると思うんですよ。たぶん佐野さん(社長)より上手。なので、これをやっているのがうちの組織にとっても一番いいのかなぁとは思いますね。いろんなエンジニアが気持ちよくものを作って、世の中を幸せにしていっている状態を作り続ける。今僕が一番やりたいことは何?って聞かれたら、そう答えますかね」
3つの輪を体現する井原さんのキャリア
もともとはエンジニアだった井原さん。このマネジメント志向は、周囲からの期待を受けてマネジメントの仕事をする中、ご自身の中で変化が生まれていったということなのでしょうか。
井原さん 「入社したときは、ものづくりがしたくて、やってみたんですよ。でも、なんかね、あんまり上手じゃないんですよね(笑) 。普通にプログラム書くとかはできるんですけど、クックパッドのレベルのサービス開発っていうのは、たぶん僕より上手な人がいっぱいいる。その代わり、今僕がやっているようなことをやれるような人は他にはいない。なので、そこをやっているほうが僕自身も気持ちがいい。苦しくないんですよね。なので、僕の場合はサービス開発とかいろいろなことをやってみて、あぁやっぱりここがはまっているねってところに戻ってきた感じだと思います。
なので、皆いろんなことやってみたらいいと思うんですよね。やってみないとわからないと思うので。ただ、それがわかってはまっている人は強いですよね。本当に気持ちがいい状態。やりたくてやっていて、かつ得意で、やっているだけで会社から評価される。すごくいい状態。だからそういう社員をいっぱいにすることが、いい組織の1つかなぁとは思いますね」
「やりたいこと」「 得意なこと」「 やるべきこと」の3つの輪の重なりに矢を命中させている井原さんのキャリア。それはいろいろな経験を経ることで、「 わかってはまっている」状態をつかみとったものと言えそうです。
世界のエンジニアにとって、一番働きたい会社を作りたい
では、ご自身の10年、20年先について思うところはあるのでしょうか。
井原さん 「僕は今あるものを頑張ってやろうって感じでずっときたので、あんまり考えていないですねぇ。ただ、少なくともクックパッドって会社が、世界のエンジニアにとって一番働きたい会社って言ってもらえるようになりたいなぁとは思いますね。まだ、全然ですけどね。どのくらいかかるのかわからないし、僕が生きている間にはできないかもしれないけど、エンジニアが世の中のために自分の力を使うことができて、それがきちんと評価される、そういう会社を作るっていうのを今はやっていたいなぁと思います。楽しいですしね!優秀な人が入ってくるっていうのは。なので、なので、楽しくてしょうがないなぁって感じです」
クックパッドのオフィスキッチン
「生涯ものづくり志向」の再考
「生涯エンジニアでいたい」「 生涯ものづくりの仕事を続けたい」という志向をおもちの方は多いと思います。今、エンジニアやデザイナーの肩書きをもって仕事をされている方の多くはそうかもしれませんし、今の仕事にやりがいをもっていればこそ、そう感じるのも至極自然な流れだと言えます。
ただ、「 未知の仕事」をそのまま「自分にあわない仕事」とか「非クリエイティブな仕事」と位置づけてしまうのも早計という思いがあります。私は、社会的な目的を見据えて1つの仕事を捉えたとき、創造性でない仕事などないと思うのです。
マネジメント職というと、相対的にみて非クリエイティブな仕事と捉えられがちですが、実際できるマネージャーはおおいに創造的であり、コトづくりや組織づくりを預かっています。もし、先入観による拒否反応でマネジメントへの転向は論外だと思ってきた方がいたら、そこから解放された上で「3つの輪」が重なるところが自分にとってどこなのか、考えてみてもよいのでは。もちろん、いろいろな経験を経て、生涯ものづくりの仕事を続けたいという思いを強固にするかもしれません。いずれにせよ、「 わかってはまっている」状態を作れたら素晴らしいですよね。