来年には全社員の1割が新卒入社に
前回に引き続き、VOYAGE GROUP執行役員CTOの小賀昌法さんにお話を伺います。VOYAGE GROUPは現在、正社員が約200名、業務委託・アルバイトなど含めると300名弱の組織。エンジニア、デザイナーは正社員で80~90名、業務委託含めて100名弱。新卒も2005年頃から大々的に採用し始め、来年には全社員の約1割が新卒入社になるのだとか。
小賀さん「Web業界だと即戦力を採る会社が多いと思うんですけど、私たちは事業開発会社としてやっていく上で、若い力ってすごく重要だと思っているんですよね。思いがあって、その思いをのせて物事を進めていかないと、新しいものを切り拓いていくことって難しいと思うんです。そうしたときに、やっぱり若い奴らってガッツあるじゃないですか。精神論とか別に好きじゃないんですけど、成長したいという意欲がすごく強い若者がいるのは、会社にとっても活性化になりますし、いいもの作るのにすごく重要かなと思っています」
クリエイティブ職は成長に時間がかかる
この“若い力”を、いかに“成果を生み出す確たる力”に育てていくかは、いろいろ考えられているのでしょう。新卒のクリエイティブ職の育成は、どんなふうに取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
小賀さん「まず、“クリエイティブ職はそんなにすぐ育つもんじゃないよね”っていうふうに考えています。クリエイティブ職は成長に時間がかかる。それを見越して、“画一的に何かを育てるのは良くないだろう”というふうに、宇佐美(社長)や役員とも話しています。まだまだうちはベンチャーという規模でもありますし、一人ひとり個別に育てていったほうがいいよねと。
一応、新入社員教育のパッケージはあります。その後エンジニアは4人とかいう規模で、システム本部で教育してから各事業部に配属するということでやっているんですが、たとえ4人でも成長の速度はバラバラなので、結局個別になっちゃうんですよね。でも、それがいいというふうに思っています」
「頭で理解して手を動かす」の繰り返しでしか定着しない
“すぐ育つもんじゃない”という割り切りは確かに現実的。では、それを踏まえてシステム本部ではどんな研修をやっていらっしゃるんでしょうか。
小賀さん「できるだけ自分で手を動かして作る機会を設けるようにしています。頭で理解して手を動かしていくっていう繰り返しでしかスキルは定着しないと思っているので、そこは意識をしていますね。
教える側がしんどいので、お題は同じにするんですけど、それぞれの成長速度を見ながら弱い点など個別にフィードバックしています。2人で組ませるとお互いの強み・弱みが出てくるので、そこで教え合うというグループワークも意識的に取り入れていますね」
自分で手を動かして作るという学習スタイルは、お題を用意するのにも、個別対応・評価するのにも時間や労力がかかります。でも、もし今社内でやっている研修が通り一遍のもので、やるだけやって結局何の学習にも結びついていないなぁと感じているなら、これを機に見直してみてもいいかもしれません。
育成の仕組みもコンテンツも、毎年ブラッシュアップし続ける
学生向けのインターンでも、新卒研修と同じような取り組みをしているそう。期間は4週間で、2週間が講義、2週間がグループワーク。その育成のためのコンテンツや仕組みを、新卒の育成にも使っていって、それをどんどんブラッシュアップするというサイクルをまわしているそうです。
小賀さん「毎年4月に新卒研修をやって、8月にインターンをやって、最近では中国からの新卒エンジニアも採用しているので、その研修が10月。こうして4月、8月、10月と3回新人を研修する機会があり、それを秋冬にブラッシュアップして、また次の4月を迎える。
なので一年通して、若い子に対してどういうことを教えればいいの?っていうのは考えていますね。また、世の中のトレンドはどんどん変わっていっていますし、レベルも上がってきているので、そういうのも組み合わせてブラッシュアップしています」
一度力入れて作った学習コンテンツを「例年通り」でまわすか、「ブラッシュアップ」し続けるかは、翌年以降の成果に大きく影響を与えますよね。そしてWeb業界に身をおく以上は「例年通り」では済まされない前提をもっているとも言えます。あっという間に「そういえばこれ、3年おんなじの使ってる」とかいうことになりやすいので気をつけたいところ。
現場の社員が入れ替わり参加することで、新しい気づきも
さて、エンジニアの新卒研修はシステム本部の方々の持ち回りですが、インターンに関しては各事業部の皆さんにも声をかけて参加してもらっているとのこと。忙しい職場ではなかなか現場の理解を得るのが難しそうですが、業務を抜けての参加協力はスムーズに得られているのでしょうか。
小賀さん「これがですねぇ、うちはそういうのが好きな人間が集まっていることもあって、ほっとくとやり過ぎちゃうんですよ。エンジニアとかデザイナーって結構教えるの好きじゃないですか。なので逆に、やり過ぎなところをちょっと待ってねって止めているぐらいなんです……(笑)」
中長期での必要性を説きつつ、短期での成果を見せる
なるほど……。では、忙しい現場から社員を送り出す事業責任者の方々は、いかがですか。
小賀さん「事業責任者に対しては、やはり懇々と中長期的に必要なんだってことを言っていくことかなと思っています。それから、そういう経験をして本人が現場に帰ってきたときに、フィードバックが返せているかどうかですね。“インターンの学生と触れ合うことで、彼は成長して現場に戻ってきましたよね”ってことが見えるようにしたいと思っています。
なので私のほうでは、彼・彼女は新人育成の場でこういうことを持ち帰ってくれるだろうというふうに、ある程度考えながら進めているところがあります。やっぱり短い期間で成果が見えるってことは大事だと思います。育成もそうだし、事業もそうです。そういうことは何かにつけて意識していますね」
“中長期的にこれは必要なことなんだ”というメッセージをきちんと言葉にして現場に働きかけつつ、“短期での成果が見える”ようにして現場に共有する。この両輪によって、現場と協調しながら前進していっているのですね。これは深い……。
スペシャリスト職の4つのグレード
VOYAGE GROUPでは中長期的なクリエイティブ職のキャリアパスも、体系だてて考えられていました。まずは、大くくりの職種分類とグレードについて。
小賀さん「弊社には大きく『ゼネラリスト職』と『スペシャリスト職』というのがありまして、それぞれにグレードがついています。クリエイティブ職はだいたい『スペシャリスト職』になりますが、こちらは一番下がプロフェッショナル職[P]、その上にスペシャリスト職2[S2]、3[S3]、4[S4]というグレードが設けられています。
表 スペシャリスト職のグレード4段階
P | S2未満 |
S2 | 自分の業務を一人でこなせる、いわゆる一人前。与えられた仕事を、非クリエイティブ職の人間ともコミュニケーションをとりながら一人で成し遂げられる |
S3 | 自部門を超えて専門性を発揮できる |
S4 | 社内外で専門性を発揮でき、社内外に認められている。事業に多大な貢献ができている |
小賀さん「S2が一人前レベルなので、ここまではまず基盤となる能力を身につけてもらいたいと思っているんですが、S3、S4に進むときには、自分の思う道に進んでいいよっていうふうにしています」
スペシャリスト職の3つのキャリアパス
S3、S4になったとき、「自分の思う道」としてどんなものが想定されているのか伺ってみると、大きく3つの方向性が提示されました。
- スペシャリスト職の3つのキャリアパス
- 専門性をさらに磨く方向性
- プロジェクトマネジメントができる方向性
- チームマネジメントができる方向性
小賀さん「チームマネジメントができるというのは、プロジェクトマネジメントと別に捉えています。プロジェクトには始まりがあって終わりがあるものですけど、子会社とか事業部の中にはチームがあり、そこのリーダーは当然プロジェクトのマネージャーとは違う。チームメンバーの育成のことを考えたり、複数プロジェクトに対してチームが成果を出すことを考えなきゃいけないので」
スペシャリスト職からゼネラリスト職にチェンジすることも可能
現在の傾向としては「専門性をさらに磨く」志向性を持つ方が一番多いようです。このキャリアパスで、子会社の社長より高い年収をもらうプログラマーも少なくないそう。また一方で、スペシャリスト職の方がゼネラリスト職にチェンジすることも可能だそうです。
小賀さん「子会社のプログラマーとして入った人間が、子会社の社長になって、今は本体の事業部長をやっている、そういうキャリアケースもありますし。新卒で入って、子会社のプログラマーをやって、子会社の社長や役員をやっている者もいます」
多様なキャリアパスがあって、それぞれ成果を上げている人たちが社内にいるのは心強いですね。
3つの軸からなる評価制度
では、気になる評価制度も伺ってみましょう。まず一番大きな評価軸として、次の3つが挙がりました。
- スペシャリスト職の3つの評価軸
- 実績
- 能力
- CREEDコンピテンシーフィードバック
「実績」は、自分が所属している部門の目標に対して、どれだけ貢献できたか。「CREEDコンピテンシーフィードバック」は、グループ全体で大切にしている価値観に対して、それに合致した言動が出ているかどうかを周りの人に評価してもらうもの。いわゆる「360度評価」に近い。
この2つの評価軸は、多くの企業、あらゆる職種で採用されていますよね。しかし、「能力」も正式な評価制度の中に含めているのは興味深い。評価が難しそうですよね。
7つの軸で「能力」を評価する
では、どのようにスペシャリスト職の「能力」を評価しているのか、詳しく伺ってみましょう。
小賀さん「能力、ここが一番難しい。たとえば子会社の社長とかが評価するといっても、エンジニアあがりじゃないとエンジニアの能力って測れないですよね。なので能力に関しては、エンジニアがエンジニアを評価する、デザイナーがデザイナーを評価する場を設けています。それが『技術力評価会』で、そこで正式な能力を評価しています。
P、S2の人たちは、自分の作ったシステムに対して『こういうものを作りました』って資料を作って説明します。S3、S4がそれを受けて質疑応答を行い、能力がどれくらいかをみていきます。ただ、漫然と評価していくのではなく、そこで使う判断軸を7つ設けています」
ということで、こちらがVOYAGE GROUPの7つのエンジニアの「能力」評価軸。
表 エンジニアの7つの「能力」評価軸
1. | サービスや事業を理解しているか(そもそもサービスや事業への理解が浅いと見当違いのものを作ってしまう) |
2. | プロジェクトの要件や制約条件を理解しているか(プロジェクトには要件や制約条件がつきもの。これを明確に定義して作ることも欠かせない) |
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3. | 可用性(24時間365日動くシステムを作るために単一障害点をなくしているか、障害が起こったときに復旧・検知しやすいようになっているか) |
4. | 性能(きちんと性能が出る設計か、どこかで詰まるような設計になっていないか) |
5. | セキュリティ(セキュリティは堅牢か、昨今サービス提供する上では欠かせない指標) |
6. | 変更容易性(作ったものは1回出して終わりではない、フィードバックを受けてどんどん改善していけるよう変更容易な設計・実装になっているか) |
7. | テスト容易性(プロジェクトの制約によっては品質に時間をかけるのが難しいことも。テストが簡単にでき、プロデューサー含め専門職以外も実施しやすいよう配慮されているか) |
一番重要なのは「自分の頭で考え、答えられるか」
この評価、実は「1~2」と「3~7」で分かれています。まず「1~2」の軸がわかると、何を作ればいいかがおのずと見えてくる。それを前提に、作ったものを評価する軸が「3~7」。評価者は、まず「1~2」でプロジェクトの前提を確認して、「3~7」ではこの前提を踏まえた質疑応答を展開して能力を検証、そうして妥当な評価ができるように仕組みづくっているんですね。
とはいえ、技術力評価会の評価者は、評価対象となるプロジェクトに関わっていない人が担当するそうなので、本人が自己申告する「1~2」にそもそも抜け漏れやズレがあると、「3~7」で妥当な評価をするのは難しいのでは?このあたりをどう考えているのか尋ねてみると。
小賀さん「まず、ちゃんと自分の頭で考えているかっていうのが最重要だと思っています。例えば『実はそうなんです。この部分で障害が起こったとき、復旧するまでサービスが一時的に止まってしまいます。ただ、今回のプロジェクトではこういう制約があるので、ここはリスクとして捉えています』と。『じゃあ、そのリスクをなくすためにはどうすればいいの?』と尋ねられたら、『もし時間やリソースがあったら、こういうふうにやればいいと思います』という答えができれば、もちろん合格ということになります。
もしかしたら本人が勘違いして捉えているかもしれないんですが、ちゃんと自分の中で考えて、『こういうふうに考えて、こういうものを作り、指摘された問題点に対してはこういうふうに考えています』っていうアウトプットができるかどうかを重視しています」
適正な評価を出せるかどうかで、評価者を評価する
また、もとになる資料は評価日の1週間前までに提出させて、その1週間の間に評価者は資料を読み込んでおく、わからない部分はある程度事前に質問をこなした上で評価日を迎えるというように進めているそう。その場のやりとりだけの評価にならないようにしているんですね。
小賀さん「評価する側にいるグレードの高い人たちは、自分が人を評価するときに、いい評価が出せるかどうかで実力をみられる側面もあるんです。評価するの、難しいじゃないですか。だからこそグレードの高い人間がそれをやるし、それができない人間にはちゃんと指摘します」
こうした中で、本人が自己申告する内容の抜け漏れやズレも顕在化させながら、より適正な評価を返して、個々人が自分の現在の能力を確認し、さらなる成長を遂げるためのアドバイスを行なっているんですね。
「能力」を評価する意味を考える
皆さんは、自分の「能力」にフォーカスして評価をもらう機会って定期的にありますか。昨今は「成果主義」ということで、所属する組織から「実績」にフォーカスした評価のみ返されている方も多いかもしれません。
しかし期中に手がけたプロジェクトの「実績」は、自分の「能力」以外のさまざまな要素を含んで結果が出ます。そのため、「実績」の評価が「能力」の評価とイコールではないし、“もっと時間があれば”“もっと予算があれば” “あの人が足を引っ張らなければ”といくらでも言い訳できる状態でもあります。
自分の「能力」にフォーカスした評価にはそうした逃げ場がなく、真正面から自分の現在の能力を受け止めることになります。そこが「能力」評価の一番の意義だと思います。適正な評価で自分の現状の能力を把握することは、次にどういうステップを踏むかを着実に計画立てていく上で欠かせないことですし、長期的な個人のキャリア形成はもちろん、組織力の向上にも有効です。それだけに、VOYAGE GROUPの能力評価の仕組みは意義深いものに感じました。
年齢を重ねれば重ねるほど、周囲から率直な評価をもらう機会は少なくなるのが常。社内外を問わず、信頼をおける評価をしてくれそうな仲間に率直な意見をもらう場を作ったり、プロジェクトを終えた時には前ページの評価軸で 自己評価してみるなど、自分の現在の能力を見極める機会は定期的に設けられるといいですね。
さらに大きくなっても、今の良さを消さず持続可能な組織を
最後に、小賀さんご自身のキャリア観について、お話を伺いました。
小賀さん「自分でソフトウェアを作って提供するっていうのももちろん好きで、これまでやってきたんですけど、もっといろんなことをやりたいなぁと思ったときに、自分一人の力では手が足りなくなってきました。そこで一歩ひいて、じゃあそういうものを作れる人たちを作る環境を作るっていう、メタソフトウェア開発的なことを手がけるようになって、今はそれがすごく面白いですね。
それも、単発でやっても面白くない。事業が成功して会社が大きくなっていくときに、今の良さを消さずに持続可能な組織を作っていくっていうのが、すごくチャレンジングだし、やりがいだなと思っています」
従業員数が300人を超える規模になったときって、組織としては転換期と言われますよね。そのときに、今のこの良さをいかに持続させるか、これは本当に難しいテーマだなと、ここ10数年のWeb業界を振り返っても感じるところがあります。ぜひこのチャレンジには、期待していきたいですね。