“作る機能”は、求められる機能の1つでしかない
Web制作業界では国内最大手として知られるIMJグループ。社員数はグループ全体で800名を超え、1996年の設立から16年目を迎える老舗企業です。今回は、同グループの1社、株式会社IMJモバイルのDirection本部本部長、川畑隆幸さんを訪ねました。
冒頭では便宜的に「Web制作業界」としましたが、“Web制作会社”と呼ばれる企業が今実際にクライアントから求められていることは、Webサイト制作の領域に留まりません。IMJグループも“Web”や“制作”という枠組みには到底収まりきらない幅広い事業を展開しています。まずは、ここ最近クライアントから期待される役割がどう変化してきているのか伺ってみました。
川畑さん「クライアントからは『デジタル領域の専門家』と見られることが多くなってきました。広告代理店的な仕事の求められ方も多くなりましたね。もともとが制作会社なので“作る機能”も持っていますが、それは求められる機能の1つでしかない。『デジタルマーケティングをサポートするパートナー企業である』というのが私たちの認識ですし、クライアントからもそうした役割を求められていると思っています」
クライアントからの要望は多様化・高度化・複雑化の一途をたどり、技術の進歩も目覚ましい。「Webサイトを作って納めるだけでは先がない」と危機感を持つWeb制作会社も多い中、今IMJグループはどんな期待に応え、どんな組織に変わろうとしているのか、そして社員にはどんなキャリア転換やスキル習得が求められているのか。今回はこうしたアプローチでIMJグループの人材育成に迫りました。
飾らず率直に語られる川畑さんのお話は、IMJグループに留まらず、Web制作業界が共通して抱える課題として聴こえてくることもしばしば、“Web制作業界の縮図”のようにも感じられました。前編、後編に分けてたっぷりお届けします。
組織を細切れにしない、グループ企業を15社から8社へ
では、まず「Webサイトを作る」から「デジタルマーケティングをサポートする」へと社会的役割の軸をシフトしていく上で、どのように組織を変えていく必要性を感じているのか伺ってみましょう。
川畑さん「今までは制作スキルをどんどん尖らせていくっていう流れだったんですけど、それとあわせて作ったものをどう活かしていくかであったり、マーケティング的にどう意味をもたせていくかが重要視されるようになっています。クライアントのビジネスに対して、Webを使ってどういうインパクトをもたらすことができるか。それを考えられる人たちをどれだけ増やせるかが、とても大事だと考えています」
こうした考えのもと、グループ企業を15社から8社に統廃合する大規模な組織再編を実行されたわけですね。
川畑さん「今まではプロジェクトやクライアントの規模によって、それを担当するのが別々の部署だったり会社だったりしました。たとえば超大型案件はIMJが担当し、中規模ぐらいはグループ内の別会社が行う、というように。規模によって担当企業が変わるのが、暗黙の了解みたいなところがありました。
でも、クライアントからリクエストされることをベースに考えたとき、企業体として別々である必要ってあるんだっけ?みたいなところから企業再編の話が出てきています。過去においては確かに、クライアント規模やプロジェクト規模によって企業体を分けたほうが小回りよく動けた時代がありました。けれど今は組織をまとめてしまって、クライアントのリクエストベースで組織を編成したり、プロジェクトチームを編成するほうが効果的。そういう認識で統廃合が進んでいるイメージですね。
“制作会社”としてリクエストをいただくケースもありますし、Webを使って今後どう戦略的に収益を上げていくか、ドライブをかけていくかといったご相談をいただくケースもあります。どんなリクエストにも対応するためには、グループ内からその案件に最適な人材を配置したプロジェクトチームを組む必要があります。そのため、できるだけ組織を細切れにしないようにしている。今、まさにその途中というところです」
“効率”や“安定”に目を向けると、固定的なチーム編成で案件を進めたほうが良いように思える一方で、“効果”や“成長”に目を向けると、案件に合わせフレキシブルにチームを編成できたほうが良いという判断も出てきます。前者と後者、どちらの体制がよいかは、その時々の市場の変化スピードや、その組織のステージによっても判断が異なるかもしれません。いずれにしても、自分たちにあった体制を自覚的に選んでいる状態でありたいですね。
いかに考えられる人を増やすか、まず専門の箱を用意する
さて、組織体制を最適化しても「クライアントのビジネスに対して、Webを使ってどういうインパクトをもたらすことができるかを考えられる」人材を増やさないことには時代のニーズに応えられません。
これはどこも頭を抱えている課題かもしれませんが、IMJグループの人材増強策を伺ってみると、まず1つのアプローチとしては、ラボのような「考えるのを専門とする組織」を用意することに取り組んでいるそう。すでに多くの社員を有し、対外的にも名が知られている組織でこそ採れるアプローチかもしれませんが、先に箱を作ることで、その専門家を集め育む“場”を明示的に持つのは有効な一手ですね。
場を作ることで、さらにその専門性を高めたい経験者を外から採用したり、中から素養ある人ややる気ある人を配置転換するといった具体的な動きにつながっていく。また、「これが専門」と掲げた組織に属することで、本人もそれを軸に今後のキャリアプランをどう考えていくか自然と意識も高まっていく。こうしたことを考慮した取り組みのようです。
1消費者としての体験がないと、いいUIは作れないはず
しかし、「考えるのを専門とする組織」づくりだけでは事足りない。グループ全社にわたって各社に「考える」力の増強が求められる時勢ですが、IMJモバイルではどんな取り組みをしているのでしょうか。まずは川畑さんの人材育成に対するお考えを伺ってみました。
川畑さん「新人に『何を勉強すればいいですか?』みたいな質問を投げかけられることがよくあるんですけど、私はいつもきまって『いいから遊んで!』と答えています。
こういう会社に入ってしまうと、Webのサービスに触れることがあたりまえになってしまって、一般消費者の気持ちから離れちゃうんですよね。あたりまえのようにほとんどの人間がスマートフォンを持ち、PCを持ち、毎日のようにWebサイトを見て、コマースサイトで買い物したことある人って聞いたら全員が手を挙げるような会社です。
でも、一般消費者が全員スマートフォンを持って毎日のようにWebを見ているかっていうと決してそうではない。一般消費者の気持ちやシーンに触れる機会は、こういう会社に入れば入るほど、本当は詳しくなければいけないのに実際は離れてしまう。
最近のキーワードで、UX(ユーザエクスペリエンス)という言葉があります。ユーザ体験をどう価値として提供していくか、体験をどうUI(ユーザインターフェイス)に落としていくかみたいな話が最近よく出てきますけど、1消費者としての体験がないと、いいUIは作れないはずなんですよね、学問的な流れでいっても。
しかし、Webの会社にいると、一般消費者がWebにどっぷりつかっている感覚に陥ってしまう。これはすごく危険なことなんだろうなぁって思っています。なので『いいから遊んで!』っていうのは新人によく言っていることですね」
学びたい意欲やエネルギーに溢れ、「何を勉強すればいいんだろう」と模索しながら大量の本を読み、勉学に励んでいる方もいるかもしれません。ただ、本を読んで知識を身につけるだけが学習じゃない、というのは肝に銘じておきたいところ。
1消費者として生活を味わい、場面場面で自分がどんな感情を抱いたか、実際にどう行動したか、他の人はどんな反応を示したか、それはどんな思いに基づくものかにアンテナを張って過ごすことは、それこそ仕事に直結する学習になります。
洋服屋でのシーン1つとっても、店員さんに声をかけてもらってアドバイスをもらいたいこともあれば、放っておいてもらいたいこともある。こうした場面場面の感情と行動の積み重ねが、サービスを作るとき役立つ財産になりますよね。
研修できっかけを与え、自主的なワーキンググループへ
続いて、IMJモバイルで実際に行っている人材育成の取り組みを伺いました。
川畑さん「この上期にはトライアルという形で、HCD(人間中心設計)の分野で著名な浅野智先生に来ていただき、4回シリーズでHCDの研修を行いました。そこから刺激を受けてワーキンググループを立ち上げるメンバーが出てきて、今は自主的にチームで勉強会を開いたりして集まっています。
すごく乱暴な、教える側の勝手な言い分なんですけれども(笑)、学ぶのは結局現場のメンバーなんですよね。なので、研修の後に私が何かしたかっていうと特に何もしていないんです。『こういうことが必要なんじゃなかろうかって俺は思っているんだよ』っていうことで、きっかけを最初に与えるだけ。研修に参加してそれの必要性を感じれば、後は現場でなんか勝手にプロジェクトが立ち上がるだろうなと期待していたら、案の定立ち上がってくれた(笑)。
これは私がそういう性格だからっていうのもあると思うんですが、勉強しろって言われると、しない……(笑)。勉強って、しろと言われるとしないけど、自分でしようと思えば勝手にするじゃないですか。勉強とか、学ぶとか、成長とかっていうのは、誰かに言われてするものじゃないと思っています。本人が気づきをもって、本人が意識を持って初めて取り組まれるもの」
広い見地から、今学ぶべきテーマを特定してきっかけを与える。あとは自ら動き出すのを期待し、見届け、後方支援にまわる。川畑さんのお話から感じるのは、ご自身の肌感覚で無理や不自然を感じるようなことはしない、あの手この手を尽くすより、本質的に意味があることを選んで取り組まれているということ。若手から中堅まで幅広い層を包み込む、懐の深いマネジメントをされている様子がうかがえました。
外部から講師を招いて研修をするということ
HCDの研修はトライアルということでしたが、実際にやってみていかがだったでしょうか。
川畑さん「今まで外部の先生を招いてというのはあまりやっていなかったんですが、今回は予算をとって先生に来ていただいて、業務時間内に行いました。
社内のメンバーだけの勉強会って、どうしてもなぁなぁになりがちなところがあって……。『とはいえプロジェクトごととかクライアントごとに違うよねぇ』っていう一言によって体系化されなくなっちゃうんですよね。このクライアントとこのクライアントではやり方が違うから、共通項で学ぶべきことってなかなか見つからないという結論に陥りがちだったんです。けれど、今回は外部の先生を招いたことで、学問としてこうであるっていう共通項を得られて、すごく良かったなぁと思っています」
内々に集まって勉強会をするときに起こりやすいのは、お互いへの気遣いもあって「そういう答えもあるよね」「そういう捉え方もできるよね」と進めていたら、これという結論が何一つ出ないまま終わってしまったというもの。こうなると「みんな、大変な中で頑張ってる。明日から私も頑張ろう!」というモチベーションアップ効果に終始してしまいます。
「学問」とか「理論」って、うまくつきあうことが大事ですよね。それに従って仕事すればうまくいくってものでもないし、かといって自分の実体験からの学びだけで仕事をこなしていては、なせる仕事の成果も限定的なものに留まってしまう。
先人の知識や知恵は貪欲に享受して、自分の見えていない領域、抜けている視点を開眼させてもらいながら、一方ではすでに体系化された学問なり理論を批判的に捉える目も大切。中立的な立場で、自分の手がける案件に応じた活用をしていくのが実務家のスタンスだと考えますが、いかがでしょうか。
個々の興味関心軸で、学習の場はあちこちに
IMJグループでは、研修という改まった形を取らないものも、社員の旗ふりで数多く学習の場がもたれているようです。
川畑さん「わかりやすいところでは、主にマークアップをやるメンバーが、 HTML5だとか、JavaScript、jQueryあたりを取り上げて、スマートフォン向けのマークアップのスキルを高めていこうって自主的に勉強会を開いていたりしますね。それ以外にも、個々に課題感をもって自主的にやっているワーキンググループがあります。
これは、IMJモバイルだけでなく、IMJでも同様です。いろんなテーマで興味のあるメンバーが集まって、勉強会までいかなくても新しい技術についてディスカッションをしたりするというのは、常に行われている感じです」
こうした活動は、業務時間外に社員が率先して行っているそう。多様なキャリアを持つ皆さんが自分の興味関心や課題認識を軸に集まり、議論したり知識を交換したりする場があるってすばらしい。仕組みを作って学ばせるというより、本人が自然体で学んでいける風土があるという印象を受けました。
後編では、普段の業務の中でどのような学びの仕組みを設けているのか、激変するWeb制作業界で社員の中長期的キャリアをどう考えているのかに迫りたいと思います。お楽しみに。