NHN Japanといえば、「 ハンゲーム」「 NAVER」「 livedoor」を展開する国内最大手のインターネット企業。2012年1月1日には、ネイバージャパン、ライブドアと経営統合し、今後さらなるパワーアップが期待されています。今回は同社を訪問し、ライブドアの前身、オン・ザ・エッヂ時代から技術部門を支えてこられた現NHN Japan 執行役員/CTOの池邉智洋さんにお話を伺います。技術力に定評がある同社ですが、「 研修はほとんどやらない」職場環境。「 放置」と「無茶ぶり」の裏側に、どんな人材育成の仕組みが隠されているのかを探ってきました。
NHN Japan 執行役員/CTOの池邉智洋氏
大前提は、独特の「Webの空気感」をわかっている人
はじめに、そもそも採用段階でどんな人を採用し、どんな集団を形成しているのか、Webクリエイティブ職の選考で重視しているポイントを伺いました。
池邉さん 「最近はSIerの方など、Web業界以外からの応募も割と多いんです。それはまったく問題ないんですが、インターネットとかWebが好きで、ユーザとしてもちゃんと使っていないと、入社しても難しいのかなぁとは思っています。Web業界って歴史は浅いんですけど、独特のWebの空気感みたいなものはある気がしていて、そこをまったく知らずビジネスライクにこなそうと思っても、技術力とは別の部分で難しいことが多いのかなと。ですから、そういうところは気にしていますね」 。
独特の「Webの空気感」に触れているかどうかは、応募時の自己PRの仕方や、面接時のコミュニケーションなど、選考中の何気ないふるまいにも表れているようです。
池邉さん 「簡単に言うと、自己PRの中に普通にソーシャルメディアの情報が書いてあるとか、“ ブログにこんないいこと書いているので見てください” と送ってくるとか。一方で、職務経歴書にずらずらーっと職歴が並んでいて、“ これ、何やったんですか?” って訊くと、“ いや、守秘義務が…” って返ってくると(苦笑) 。サブジェクトだけ見ると、ちゃんとやってるんだろうなっていうのはわかるんですけど、ちょっとねぇと思うところはあります。
開発職であれば、ちゃんとコードを見たいと思っているので、キャリアのある方でGitHubとかにコードをあげていれば、そうしたものを提示していいと思います」 。
選考時に何を使ってどこをアピールするか、さまざまなところからその人が「Webの空気感」にどれくらい馴染んでいるかは伝わってくるものですね。
採る人は、画一化していないほうがいい
「インターネットとかWebが好きで、ユーザとしてもちゃんと使っている人」は大前提として、もう1つ採用時に気にかけているポイントを伺いました。
池邉さん 「個人的には、人が画一化していないほうがいいと思っています。いろんな考え方の人とか、いろんなバックグラウンドの人がいて多様性があったほうが、生き残れるんじゃないかなと。世の中の状況もいろいろ変わっていきますし。ですから、割といろんな人を採りたいっていうのはあります」 。
「結果的に」ではなく、「 意識的に」人材を散らしているところが興味深いですね。
1つのサービスを育てる人、傭兵的に渡り歩く人
NHN Japanでは現在、全社員の約4割がエンジニア、デザイナー、マークアップなどの開発業務に携わっているそう。サービスの開発体制は「企画・ディレクター/エンジニア/フロントエンド側のマークアップエンジニア/デザイナー」とオーソドックスな構成。サービス規模に応じて、3~10人超のチームを組織して開発にあたっています。
過半数の人は1つ(あるいは2つ)の担当コンテンツをもって開発にあたっているそうですが、全員が全員、特定のコンテンツを担当しているわけでもないのだとか。
池邉さん 「愛情をもって1つのコンテンツをやれる人もいれば、そうなると“ 飽きたわー” とか言い出す人もいるんですよね。ただ、“ 飽きたわー” とか言い出す人は、逆に名もない荒れ地みたいなところを突っ走れたりもするので、それはそれでいいと思っています。
Webの開発って、“ 開発” と言いつつ実は開発の部分が少ないと思っていて、とくに我々のようなコンシューマ向けだと、オープンさせてから開発するというか、運用面のことが非常に多い。それが毎回毎回派手で面白いかというと、むしろそうではない施策が当たったり、ユーザを増やすには大事だったりする。そこはほんとに、性格的に向く向かないがあるかなぁと思っています。
ですから、向かない人は1つのコンテンツを担当するのではなく、傭兵のように各コンテンツを渡り歩いて必要なところを手伝っていく。新しいもののノウハウは、割とその部隊が蓄積しています。もちろん新しいものなので大変な目に遭うこともあるんですけど(笑) 、そこで得たノウハウを各コンテンツの担当の人たちに引き継いでいくことで、コンテンツ担当側は同じ失敗をしない、というふうにまわしています」 。
サービス志向と技術志向、どちらの人材も活かす
多様な人材を採用していることが、ここで活きてくるわけですね。「 画一的に人を採らない」で終わらせず、「 画一的に仕事を割り振らない」 。採用と現場に一貫性があるからこそ、多様な人材が活きてくる。いろんな考え方/バックグラウンドの人材を採ったところで、画一的な仕事の振り方しかできなければ宝の持ち腐れになりかねない。これは肝に銘じておきたいところ。
池邉さん 「エンジニアの仕事へのアプローチって、サービス面からアプローチする人と、技術面からアプローチする人がいると思っているんです。前者は、まずサービスがあって、それをどう技術を使って伸ばすかを考える。後者は、この技術を使いたいとか、こういう技術があるとこのコンテンツでこういう面白いことができそうだとか考える。弊社の場合、バランス的にはサービス面からアプローチする人が多いと思いますが、どちらからのアプローチもあってよくて、そこのバランスをうまく調整できるのがいいのかなぁと考えています」 。
いわゆる「研修」はほとんどない、現場が忙しいと「放置」も多い
さて、大まかにどんな人たちがどんな職場環境で働いているのか見えてきたところで、本題の人材育成の話に入りましょう。冒頭で触れたとおり、全社的なビジネスマナー講習など除けば、研修らしい研修はほとんどやっていないそう。新卒もアルバイトからそのまま移行する形で、年に1~2人入ってくるという感じなので、開発のお作法のようなものもアルバイトの時期に現場で教えてしまっているのだとか。
とはいえ、習得した技術の陳腐化も早いし、時流にあわせて新しく覚えていかなきゃいけないことも多い業界。また手がけるプロジェクトも徐々に大規模化・複雑化していけば、おのずと求められる仕事能力も高度化していく。こうした中で、皆さんどのように成長を遂げていっているのでしょうか。
池邉さん 「現場が忙しかったりすると、最初は放置されていることも多いんです……(笑) 。ただソースコードはアルバイトであっても割と自由にアクセスできますし、意外と皆見ているなと思いますね。
あとは、IRCをよく使っていて、先輩社員が何をやって何を考えて何を議論しているかっていうのを見られるんです。全部ログも残っているので、どういう企画のもとにこんな実装になっているのかっていうのを知ることができる。これは大事なことだと思っています」 。
「放置」の裏側に、めくるめく「観察学習」空間
一見すると「放置」 。しかしてその実態は、かなり魅力的な「観察学習」空間が広がっている。意識的に仕組みづくっているというよりは、自然発生的にそうした場が生まれ、大事にされているということかもしれません。いずれにしても、この環境下で学べることは非常に高濃度ではないでしょうか。
むやみに「アルバイトはここまで、正社員はここまで」といった閲覧権限を与えず自由にソースコードを見られるようにしているのもポイントですが、企画段階から一通りのプロセスをIRCで確認できる環境は、非常に充実した学習環境だと思いました。
同じソースコードを見ても、そこから何をどれだけ読み取れるかは熟達度によって異なります。どうしてAのやり方ではなく、Bのやり方を採用したのかといった問いを立てて、最終アウトプットから設計プロセスを逆読みし、その妥当性を検証したり、新たなノウハウとして吸収したりできるのは熟練の成せる技。知識や経験が少ないと引っかかりも少なく、同じソースコードを見ても読み取れる情報量が限定的になりやすいのです。
この部分を、うまくIRCが補完しているわけです。学習の観点でIRCが果たしているのは、言わば「熟達者の認知・思考プロセスの可視化」です。最終アウトプットに至るまでに、先輩社員が事実をどう捉え、何を問題視し、どう解決しようとしたか。それが可視化されていることで、ソースコードを見ているだけでは読み取れない熟達者ならではの認知・思考プロセスをたどり、一人でも学ぶことができるわけです。
また、どんなに優秀な先輩社員のアウトプットも、あらゆる案件に通用する最適解とはならないのがクリエイティブの仕事。一見同じように見えるA案件とB案件も、企画趣旨や予算・納期によって重視するポイントや対処法が異なり、最適なアウトプットも変わってくる。さまざまな案件で先輩社員がどう判断を変えていくのか、IRCを通じて多くのケースを観察できるのは、多様な状況に対応できる応用力を養う上でも魅力的です。
「放置」と「無茶ぶり」の相乗効果
しかし、見れば学べる環境を完備したとしても、本人が見に来なければ意味がない。そのあたりは、最初から自主的に見にくるような人材を採用している、ということになるのでしょうか。
池邉さん 「ライブドア時代から、つぶれない程度の無茶ぶりというかなんというか、ある程度時間に余裕のある案件であれば、ちょっと背伸びするくらいの無茶ぶりがされていてですね。仕事を振られると、なんとかしようといろいろ調べると思っていてですね…」 。
と苦笑しながらお話しされる池邉さん。それが奏功しているようで、これはまさに「放置」と「無茶ぶり」の相乗効果ですね。放置された空間に置いて、今の自分の力量だけでは如何ともしがたい、ちょっと背伸び案件を無茶ぶる、しかしそこにはさりげなく先人のソースコードとIRCのログが見られるようになっている。なんて現代的な学習空間でしょうか。
いや、ふざけているわけではありません。「 無茶ぶり」は「挑戦機会」とも言い換えられるわけで、目の前の現実をどう受け取るかは本人次第。「 無茶ぶり」されるって、自分ひとりだったら臆して手を出さない仕事領域に踏み込むチャンスを与えられているって受け取り方もできるんですよね。ものは言いよう、考えようです。
ちなみに、「 本当にダメだった場合はIRCで先輩社員とかに訊いてくれれば、全然問題はないですし」ともおっしゃっていました。「 本当にダメだった場合」に厳しさが、「 全然問題はない」に寛容さが表れる絶妙の一言。また、IRCでは日々ものの進め方や実装方法について議論がなされているため、自分のアウトプットにもさまざまなフィードバックが得られ、日々手ほどきを受けていく過程で成長していくところも多分にあるのでしょう。
無茶ぶりできるマネージャーの意識改革も大事
ところで、無茶ぶりされるほうは受けるほかないとして、無茶ぶりするほうはどうなんでしょうか。マネージャーにもタイプがあるわけで、慎重派の方もいらっしゃるでしょうし、特にマネージャーになったばかりだと無茶な仕事を人に振るのは不安も大きいと思うのですが。
池邉さん 「確かに最初の頃はみんな、人に任せるくらいだったら自分で……みたいになりがちですね、自分の経験上も。それはマネージャーとの面談とかで話します。一人で何かを倒してほしいと言っているわけではなくて、そのチームであなた一人ではできないことをやってほしい、それをマネージャーには期待しているんだと。
まぁ実際は、確実にできるような仕事から振っていく人もいますし、“ なんかあったら自分がなんとかするからちょっとやってみて” みたいな振り方をする人もいますし、そこは人によりますね。ただ総じて、そんなに優しくはないというか……(笑) 、手取り足取りという感じはあんまりないかなぁと思います」 。
勉強会への登壇も推奨、人に説明するのも学習効果あり
こうしてたくましく育っていくNHN Japanの皆さんは、各所で行われるWebクリエイティブ職向けの勉強会などでもよく登壇されています。こうしたイベントへの参加は、会社としても推奨しているのでしょうか。
池邉さん 「推奨は、していますね。まぁ、みんな勝手に行っているんですけど(笑) 。ただ、“ 人に説明する” ってすごく大事なことだと思っています。できるとか、知っているというより、人に説明するって一段高い知識が必要だと思いますし、割と発表するために調べて新たな発見があったりもするので。会社のことでも、発表したところで問題ない話が多いですし、それを整理して話すのは会社にとっても、またその人のキャリアにとっても意味があることだと思うので、割と推奨していますね」 。
まさしく。勉強会で話す内容をまとめていく過程では、自分自身の仕事の振り返りをして、他でも応用可能なノウハウに昇華していくことになります。その発表を起点に生まれる人のネットワークから、多様な意見交換ができるのも魅力ですね。
それにしても、池邉さんのお考えは実にインターネット的で、まさにインターネット企業のCTOだなぁという印象を持ちました。ネガティブなほうを基本にものを考えるのではなく、ポジティブなほうを基本にして、オープンに、かつフラットに物事の可能性を追求していくのが自然体。それで懸念されることがあれば、それにだけ例外的な対処をすればいいというスタンス。会社の利害だけでなく、個人のキャリアに立脚してお話しされているところも、印象に残りました。次回はさらに踏み込んで、中長期的な人材育成に迫ります。お楽しみに。