読むウェブ ~本とインタラクション

第7回クロスメディア

今年はウェブマガジン元年といわれており、雑誌とWebをつなぐ試みが活発化している。なかでも出版社による既存の雑誌と連動した新しい展開が興味深い。Googleで「ウェブマガジン」をキーワードに検索してみると、ビジネスから文芸、スポーツ、ファッションなどさまざまな分野のウェブマガジンが表示される。大半が無料で閲覧でき、広告の収益によって運営されている。ウェブマガジンでは、この「広告費」というのが重要である。雑誌の多くは、書店での販売と広告収入によって成り立っているが、販売の利益だけで維持している雑誌は少数。むしろ、発行部数が少なくても購買力の高い読者を獲得し、大きな広告収入を得ている雑誌の方が安定している。ウェブマガジンの場合、無料閲覧が基本であるため、安定した広告収入を得るには「読者の質」が重要視される。

電通が2月に発表した2006年の広告費調査では、新聞、雑誌、ラジオ、テレビの4媒体は揃って前年割れ、ネット広告は29.3%の増加という結果。ネットの広告費は3630億円、ラジオ(1744億円)の倍以上で雑誌(3887億円)に迫る、という内容であった。雑誌を抜くのは時間の問題と思っていたが、今月16日に発表されたネット広告費のまとめを見ると、2007年の試算で24.9%増の4534億円となる見通し。雑誌広告を上回るのが確実となった。雑誌広告費がネットに流れるなか、雑誌メディアのウェブ展開は避けられない状況にある。

Webと雑誌の融合

3月24日、男性向けのファッション誌「zino(ジーノ⁠⁠」が創刊された。ちょい不良(ワル)オヤジという造語を広めたファッション誌「LEON」⁠主婦と生活社)の編集長だった岸田一郎氏による新雑誌ということで注目されている。昨年の11月、創刊に先駆けて公開されたウェブマガジン@zino(アットジーノ)はWebと雑誌の融合というコンセプトを打ち出しており、紙のメディアでは不可能だった読者のトラッキング(追跡)をベースとした行動分析型のコンテンツ作りを進めている。読者ターゲットは「LEON」と同様の富裕層である。年収1000万以上の富裕層をターゲットにしたウェブマガジンは前例がなく、動向を注視している業界人も多い(⁠⁠@zino」に関しては次回詳しく紹介したい⁠⁠。

タイラー・ブリュレ氏が
1996年に創刊したWallpaper
(画像は現在公開されているWebサイト)
タイラー・ブリュレ氏が1996年に創刊した「Wallpaper」(画像は現在公開されているWebサイト)

海外での話題も紹介しておこう。2月に創刊されたMonocle(モノクル)はタイラー・ブリュレ氏による新雑誌である。⁠Monocle」は出版、Web、そして放送を融合させた新しいグローバルメディアブランドとして展開し、欧州、北米、アジア太平洋地域を中心に流通している。まさにグローバルなメディアブランド誌である。タイラー・ブリュレ氏はフリーのジャーナリストを経て、1996年にWallpaperを創刊、国際的な大成功をおさめる(タイムワーナー社と資本提携を結び世界50ヵ国で流通させる⁠⁠。世界的に有名なカリスマ編集長として出版界で知らない人はいない。そのWallpaperを離れ、満を持して創刊したのが「Monocle」である。雑誌の編集には「Vogue」「GQ⁠⁠、⁠Wired⁠⁠、⁠Conde Nast Traveler⁠⁠、⁠The Independent」などで活躍していた実績のあるエディターやライターが参加している。日本からは中田英寿氏がeditor at largeとして編集に参加している(nakata.netのヒデが世界が注目する新雑誌「Monocle」のエディター・アット・ラージへ就任を参照⁠⁠。

クロスメディアなブランド誌Monocle
クロスメディアなブランド誌「Monocle」

まずは「Monocle」のサイトにアクセスしてみてほしい。Webページには雑誌の柱となっているAFFAIRS、BUSINESS、CULTURE、DESIGN、EDITSの5つのカテゴリが表示されている(頭文字を順に並べるとA、B、C、D、Eになっているのが面白い⁠⁠。⁠Monocle」にはWeb配信による報道機能も備わっていて、ブリテンやミニドキュメンタリー、インタビューなどが放送される。雑誌のインタビュー記事がWebではビデオ映像として配信される等、メディアの特性を生かした使い分けが明確になっている。スタッフとして元BBCのブロードキャスターも参加しているので、配信される映像のクオリティが高い。是非ともご覧になってほしい(iPod用のビデオファイルもダウンロードできる⁠⁠。雑誌で扱った情報のアーカイブも充実しているが、Webでしか実現できない表現が随所に生かされている。何より、先に紹介した日本の「zino(ジーノ⁠⁠」同様、最初から「雑誌とWebの融合を前提とした企画」で進められていることに注目してほしい。

大衆メディアからクラスメディアへ

提携する非営利団体に購読料を寄与する
キャンペーンを展開するGOOD Magazine
提携する非営利団体に購読料を寄与するキャンペーンを展開する「GOOD Magazine」

オンラインマガジンを展開する上で考えておきたいのは「クラスメディア(class media)の段階的詳細化」である。特に広告収入による安定した運営を維持するには不可欠なものだといえる。⁠メンバー登録⁠⁠、⁠ビヘイビアトラッキング(行動追跡⁠⁠、⁠段階的詳細な高品質コンテンツの提供」が重要なキーワードとなる。読者層の把握が進むと「有料」の考え方も高度化する。ヒントとなる例を紹介しておこう。カリフォルニア発のマガジンGOOD Magazineは年間購読を申し込む際に、提携している非営利団体(Creative CommonsやUnicef、Donars Chooseなど12団体)から1つを選ぶ「choose GOOD」というキャンペーンを展開している。雑誌購読費として支払った20ドル全額が非営利団体へ寄付されるのである。GOOD MagazineのSubscribeのページをご覧になっていただきたい。年間購読者をGOOD Magazine主催のイベントに招待したり、コミュニティ形成の軸にするなど、マガジンというメディアを多角的に活用している事例として参考になる。

このようなプロフェッショナルワークに対して「UGC(User-Generated Content⁠⁠」ベースの大衆メディア・マガジンの可能性も注目されている。ここではプロが提供するコンテンツの範疇でとどめておきたいが、UGC系マガジンはいずれ取り上げたいテーマである。なお、用語としての「UGC」は一般ユーザーによって生成されるコンテンツ、⁠CGM(Consumer-Generated Media⁠⁠」は消費者主導型および消費者によって生成されるメディアとして捉えている。

業界のパラダイム

Microsoft社とAdobe社が開拓する新しい市場(Webとデスクトップの溝をうめるデスクトップアプリケーション開発のマーケット)は、クロスメディアなオンラインマガジンの展開においても大きな影響をあたえると予想される。Web業界で実績をもつクリエーターが、アプリケーション開発の分野でも実力を発揮できるようになれば(粗製乱造についての危惧も無視できないが)ある種のパラダイムが起こるだろう。Apple iTunesは、ストア(iTunes Store)とプレーヤー(iPod)をつなぐ基幹的な役割を担うデスクトップアプリケーションである。コンテンツを売るショップアシスタンスであり、PCのユーティリティでもある。iTunesは、ユーザーを囲い込むことに成功しているわかりやすい事例だ。このモデルをオンラインマガジンに応用するなら、専用のデスクトップアプリケーションを使った「特集売り」も可能になり、近い将来登場するであろう電子ブックとの連携も容易におこなえるようになる。WebとOSを密接に連携させ、モノとつなげられるアプリケーションの開発は、今まで発想できなかった新たなアイディアを生み出していくはずだ。

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