本連載は、2007年1~7月(第1~11回)の続編になります。「 ディスプレイで読む活字」と「インタラクション」をテーマに、Webと雑誌の融合やUGC(User-Generated Content)と書籍、オンラインイベントとの連携などを取り上げてきました。約3年振りの再開となりましたが、今回からはテーマを「電子書籍」に絞り、最新動向を紹介しながら、新しい書籍(および雑誌)のカタチについて考えていきたいと思います。
回顧録~電子ブックの始まり
私が、電子ブックに興味を持ったのは、今から22年前です。1987年にApple Computer(現Apple)がリリースした「HyperCard(ハイパーカード) 」に衝撃を受け、デジタル化された新しい書籍について考えるようになりました。HyperCardは、ソフトウェアエンジニアとして働いていたBill Atkinson(ビル・アトキンソン)氏が開発した、ハイパーリンクを実装した商用オーサリングソフトです。1つのカードにテキストや画像をレイアウトし、ボタンを使って複数のカードをリンクしていくという、とてもシンプルな開発環境を実現していました。HyperTalkというスクリプト言語を使えば、プログラムを実行することも可能だったので、本格的なアドベンチャーゲームも制作されています。当時、パソコンショップには、HyperCardで作られた電子ブックがフロッピーディスクで販売されていましたが、電子絵本のような作品が大半だったと記憶しています。
1989年、HyperCardで作られた電子ブックの名作「Cosmic Osmo(コズミックオズモ) 」がリリースされます。CyanのMiller兄弟(Rand MillerとRobyn Miller)の作品です。デビュー作は、1988年の「The Manhole(マンホール) 」 。Cosmic Osmoは、絵本とアドベンチャーゲームをミックスした実験的な電子ブックでした。この作品に影響を受けて、HyperCardを使い始めたクリエーターも多かったことでしょう。
この頃、議論になっていたのは「本がデジタル化されると、読書スタイルがどう変化するか」ということ。当時は、まだパソコンが普及しておらず、デザインの現場では版下を作成していた時代ですが、大学や専門学校にはMacintoshが導入され、すでにデジタルデザインの教育を模索していました。研究会などで、話題になったのは以下のようなテーマです。
パソコンで読む電子ブックが普及し、新しい読書のスタイルが生まれる
小説と映画とゲームが融合した、まったく新しい電子ブックが登場する
学校の教科書の一部が電子ブックに置き換わる
特に、教科書のデジタル化については、熱心に議論していました。米国の事例を参考にしながら、HyperCardをエンジンにしたデジタル版の教科書を開発し、実験的に授業で採用するなど、さまざまな取り組みがおこなわれました。
アプリケーションとして開発される電子ブック
1991年、Apple ComputerがQuickTimeをリリースし、マルチメディアの時代に突入します。本にオーディオデータを付加したり、ビデオを組み込むなど、マルチメディア版の電子ブック「エンハンスドeBook」が作られるようになります。さらに、データベースや検索機能、ノート機能、ドラッグ&ドロップでゲームや音楽を作成できるコンストラクション機能などが、次々と組み込まれ、アプリケーション化した電子ブック「アドバンストeBook」も登場します。 1991~1995年頃は、CD-ROMを媒体として提供される電子ブック百花繚乱の時代だったと言ってよいでしょう。海外でも話題になった作品「GADGET」を制作した庄野晴彦さんのようなクリエーターが次々と登場し、作家性やクリエイティビティを競い合う、とてもエキサイティングな時代でした。これだけ、盛り上がった理由の一つは、メジャーな開発環境があったことでしょう。MacroMind社(後のMacromedia社、2005年 Adobe Systems社に買収)のDirector(ディレクター)という使い勝手の良いオーサリングソフトが普及したことで、開発作業の敷居が下がり、アマチュアや若いクリエーターでも容易に参入できたのです。
図1 「 AMNESTY INTERACTIVE」( 1994年の作品) アムネスティ・インターナショナル (Amnesty International)の電子ブック
図2 「 LE LIVRE de LULU」( 1995年の作品) Romain Victor-Pujebet(ロマン・ヴィクトール・プジュペ)原作の電子ブック。プレイステーションやセガサターン、ピピンアットマークなどのゲーム機にも移植された人気作品
2010年、電子書籍元年
さて、ここからは20年後(現在)の話しです。2007年11月、米国でAmazonのKindle(キンドル)が登場してから、徐々に電子書籍の動向に注目が集まっています。3月末(日本は4月末)に発売されるAppleの新製品「iPad(アイパッド) 」も、電子ブックリーダーとして期待が高まっており、Wiredなどのパブリッシャーからアプリ版マガジンのプロトタイプなどが公開されています。さらに、Googleが電子書籍プラットフォーム「Google Edition」のサービスを今秋にも開始すると言われています。現在の状況が続けば、Amazon、Apple、Googleの三つ巴の乱戦になる可能性もありそうです。今年は電子書籍元年と呼ばれていますが、( 残念ながら)日本ではまだ本格的な電子書籍市場の将来像が見えていません。
電子書籍とは何か?
現在、本や雑誌をスキャンしてPDFに変換したデータも、プログラミングされたアプリケーション版もすべて” 電子書籍(もしくは電子ブック)” と呼ばれています。本連載では、「 電子書籍とは何か?」をあらためて考えていきたいと思います。まず、全体を俯瞰しやすいように、電子書籍を「フォーマット」 、「 プラットフォーム」 、「 リーダー」の3つの視点で見ていきます。電子書籍を、どのようなプロセスで購入し、どうやって読むのか、利点はなにか、どんな問題を抱えているか等々、多層的に検証していくことで、体系化することが可能になると思います。また、80年代、90年代に作られた電子ブックとの違いも明らかになってくるでしょう。
図3 電子書籍フォーマット、電子書籍プラットフォーム、電子書籍リーダーの3つ視点で「電子書籍」を俯瞰する
電子書籍プラットフォームには、Amazonの「Kindle Store」やSonyの「Reader Store」 、Barnes & Nobleの「Bookstore」などがあります。Appleの「App Store」も電子書籍の有力なプラットフォームになっています(提供されている電子書籍の数はゲームを上回り、現在トップです) 。さらに、米国では電子書籍専門のストア「iBookstore」がオープンする予定です。
図には記載していませんが、国内には「電子書店パピレス」 、「 eBookJapan」 、「 理想書店」 、「 コミックi」などがあります。
図4 有力な電子書籍プラットフォームには、Kindle StoreやReader Store、Barnes & Noble Bookstoreなどがある
電子書籍リーダーは、「 読書専用端末」と「汎用端末」に大別されます。KindleやReader、Nookなどは、読書をするための専用機です。 Appleの新製品「iPad」は、タブレット型の汎用端末ですから、パソコンのような使い方が可能です。リーダー(ソフトウェア)をインストールすれば、電子書籍リーダーとして使用できます。その他、スマートフォンや携帯電話、携帯ゲーム機も同様です。
図5 電子書籍リーダーは、専用機と汎用機に分けられる。図には記載されていないが、パソコンもリーダーをインストールすれば読書端末として利用可能。
電子書籍フォーマットは、「 オープンな標準規格」と「独自フォーマット」に大別できます。今回は詳細を省きますが、オープンな標準規格には、 IDPF(International Digital Publishing Forum)が策定している「ePub」があります。フォーマットはプラットフォームとリーダーによって決まってしまう場合があります。たとえば、 Kindle Storeで買った電子書籍は、AZWもしくはTopazという独自フォーマットになっていますので、利用できる読書専用端末はKindleだけです。 NookやReaderでは読めません。ただし、iPhoneおよびiPod touch向けにリーダー(Kindle for iPhone/iPod touch)を提供していますので、App Storeからダウンロードすれば読書端末として使用可能です。その他にも、Kindle for PC、Kindle for BlackBerryも提供されています。
図6 電子書籍フォーマットは統一されておらず、オープンな仕様から独自の仕様までさまざまである。
O'Reilly Media(オライリーメディア)で電子書籍を買って、iPhoneで読む場合、どのような流れになるのか示してみましょう。O'Reilly Mediaの電子書籍は、ePubやMobipocket、PDF、APKなどのフォーマットで提供されています。iPhoneで読みたい場合は、 ePubフォーマットを選択し、Stanzaというリーダー(アプリ)で読むことになります。StanzaをApp Storeからダウンロードして、( Stanza内のBookstoreから)購入したい本を選びます。Safari経由でチェックアウトすると、 Stanza内に電子書籍がダウンロードされます。
図7 App StoreからStanzaをダウンロードし、Stanza内から本を選び、Safari経由で購入。電子書籍は、Stanza内の本棚に納められる。
図8 iPhone用の電子書籍リーダー「Stanza」
O'Reilly Mediaは、App Storeにも電子書籍を用意しています。App Storeで購入したアプリ版の電子書籍は、Stanzaと一体になっていますので、ダウンロード後、すぐに読むことが可能です。Stanzaから購入した場合は、手続きがあって面倒ですが、Stanza内の本棚に収納されていきます。App Storeで購入した場合は、アプリ版なので、買うたびにアイコンが増えていきます。10冊買うと、10個のアイコンが並ぶことになります。
図9 App Storeで購入した電子書籍は、Stanza(リーダー)と一体になったアプリ版。Safari経由の面倒な手続きなしで購入できる。
まとめ
1987年、Apple Computerが「HyperCard(ハイパーカード) 」をリリース
1991年、Apple ComputerがQuickTimeをリリースし、マルチメディアの時代に突入
1991~1995年、CD-ROMを媒体として提供される電子ブック百花繚乱の時代
2007年11月、米国でAmazonのKindle(キンドル)が登場
電子書籍を「フォーマット」「 プラットフォーム」「 リーダー」の3つの視点で見ていく
電子書籍リーダーには、「 読書専用端末」と「汎用端末」がある
電子書籍フォーマットには、「 オープンな標準規格」と「独自フォーマット」がある
80年代はフロッピーディスク、90年代はCD-ROMを媒体として、パソコンショップや書店などで流通していた電子書籍が、現在は読書端末一台あれば、ネット経由で購入し、その場でダウンロードできてしまいます。しかも、読書の続きをスマートフォンやパソコンを使って再開できるのです。今後、読書スタイルがどう変化していくのか、とても興味があります。日本の電子書籍市場がどのように発展していくのか、見守りつつ、私自身も積極的に新しい試みを実践していきたいと考えています。
今回の記事では、2000年前半のエピソードをばっさり割愛していますが、追々取り上げていきたいと思います。また、電子書籍関連のPodcastを毎日更新していますので、ご興味のある方はアクセスしてみてください。
電子書籍メディア論 - 日刊徒然音声雑記
URL :http://admn.air-nifty.com/web_design/
次回からは、「 電子書籍の種類とフォーマット」( 第13回) 、「 電子書籍のプラットフォーム」( 第14回) 、「 電子ブックリーダー(ハードウェアとソフトウェア) 」 ( 第15回)といった流れで、各テーマについて詳しく取り上げていきたいと思います。