電子書籍に関する2回目の記事です。今回は、電子書籍フォーマットのオープンな標準規格として注目されている「EPUBフォーマット」を取り上げてみたいと思います。
筆者は、3月頃からEPUBフォーマットを採用した電子ブックのオーサリングを始めていますが、なかなか一筋縄ではいきませんね。現在も試行錯誤が続いています。
現在普及している電子書籍フォーマット
5月10日から、国内でもiPadの予約がスタートし、ジワジワと盛り上がってきました。iPadをKindleのように読書専用端末として活用したいという人も多く、電子書籍を読むためのリーダーアプリ「iBooks」にも注目が集まっています。iBooksは、EPUBフォーマットを採用しているため、小説など文字主体の書籍が大半です。残念ながら、電子書籍プラットフォームの「iBookstore」は、今のところ米国だけのサービスなので、日本では利用できません。ただし、DRMフリーでもiTunes経由で転送できますので、個人が作成した電子書籍が流通し始めるかもしれませんね。
EPUBフォーマットについては具体的に説明する前に、電子書籍フォーマットの種類について大まかに把握しておきましょう。図を見てください(前回掲載した図です)。EPUB以外は、すべて独自フォーマットです。
電子出版で先行しているAmazonは、独自フォーマットのAZWとTopazを採用していますが、Kindleでしか読めないわけではありません。iPhone/iPod touch、iPad、パソコン(Windows、Mac OS X)、スマートフォンのBlackberryなどに、専用のリーダーアプリケーションを提供しています。競合するSony ReaderやBarnes & Noble Nookでは読めませんが、読書専用端末以外のデバイスに対しては、Kindleと同期可能な読書環境を提供しています。
米国のO'Reilly Mediaでは、Kindle向けに、Mobipocketフォーマットの電子書籍を提供しています。USB経由で転送しなければいけませんが、読書専用端末(Kindle)で読みたいと思っている読者のニーズに応えています。ちなみに、MobipocketはAZWのベースになったフォーマットです。
電子書籍の種類
電子書籍の定義は、とても曖昧です。「紙の本をスキャンしてPDFに変換したファイル」も電子書籍、「アプリケーションとして開発されたインタラクティブなブックコンテンツ」も電子書籍と言われています。
電子書籍フォーマットを大型書店のフロア案内図にあてはめてみると、イメージしやすくなるかもしれません(フォーマットを表示している円の大きさは、著者の主観にもとづいています)。
本の種類と電子書籍フォーマットの関係は、表現方法によって変わってきます。たとえば、コミックの場合、静的なコンテンツ(紙の再現)として提供したい場合はPDFでよいかもしれませんが、動的なコンテンツ(コマ単位のオートスクロール等)ならアプリ化しなくてはいけません。対象とするデバイスによっても、電子書籍の作り方が異なりますので、ワークフローにも影響してきます。
EPUBフォーマットは、電子書籍の標準規格として知られていますが、書店にあるすべての本に適しているわけではありません。今のところ、教科書や美術書、写真集などをEPUBフォーマットでリリースするパブリッシャーはないと思います。
文字主体の欧文の書籍に適したEPUBフォーマット
それでは、EPUBについて詳しく見ていきましょう。EPUBは、IDPF(International Digital Publishing Forum)という米国(ニューヨーク州)の標準化団体が策定しているオープンな電子書籍フォーマットです。すでにGoogleやApple(iBooks)が正式採用し、Sony ReaderやBarnes & Noble Nookなど、Amazon Kindle以外の主要なリーダーはほぼ対応しているため、事実上の標準規格になりつつあります。
EPUBフォーマットは、「文字主体」の欧文の書籍に適しています(もともと欧文小説のデジタル化がベースになって検討された仕様)。書籍のページは、XHTML 1.1のサブセットでマークアップしますので、作成が容易です。サブセットですから一般的なWebデザインのごく一部しか表現できませんが、プレゼンテーション機能は、電子書籍を読むためのリーダーアプリケーション側で実行しますので、特に問題はないでしょう。
Webデザインのような自由度がないため、結果的にシンプルでセマンティックな構造化ドキュメントとして品質保証されているという状況かもしれません(制作者側から言えば「誰が作っても同じ」ということになりますが)。
ただし、詳細に見ていくと同じEPUBフォーマットでも、素人ぽい画面の書籍と見栄えの良い書籍があります。これは、制作者側のスキルの問題ではなく、リーダーアプリケーションのデフォルトスタイルが原因です(見出しと段落が過度に接近しているレイアウトなど)。見栄えが整っている電子書籍は、CSSのスタイルで上書きしており、書籍の全ページを手作業で調整しているようです。素人ぽいデザインの書籍は、「自動変換」で処理しているのでしょう。
日本語の対応はこれから
現在、日本語については「表示できる」というレベルですから、国内で普及している独自フォーマットのように、縦書き表示や禁則処理、ルビなどは適用できません。
IDPFは、4月6日(現地時間)に次期バージョン「EPUB 2.1」に関する草稿(現行バージョンは2.0.1)を公開しましたが、日本語の仕様についても記載されています(IDPFに加盟している日本電子出版協会が策定したEPUB日本語要求仕様案を参照してください)。
EPUBフォーマットの特性
EPUBフォーマットは、コンテンツ全体がリフロー処理されるため、ページの概念がありません。さらに、拡大やスクロールもありません。長い巻き物をイメージしてください。巻き物の最上部からテキストとイメージが流し込まれ、読者は窓枠(リーダーアプリケーションのフレーム)でのぞくわけです。Webページのように、長いページをスクロールしながら見ていくわけではありません。
もし、読者が「文字が小さい」と感じた場合は、文字のサイズを大きくすることができます。文字が大きくなると、画面から文字が溢れますので、次の画面に移動していきます。つまり、画面数が増えていきます。逆に、文字のサイズを小さくすると画面数は減っていきます。リーダーアプリケーションでは、「全体の40%」のようにパーセントで画面の位置を表示しています。
読者は、ページ全体を拡大したり、拡大したページをスクロールしながら読むという煩わしい「操作」をする必要はありません。電子書籍のコンテンツ部分は、最初から読書専用端末やモバイルデバイス、パソコンなどの画面に最適化されているため、クリック(もしくはタップ)するだけで、画面を切り替えていくことができます。
多くのリーダーは、「ページをめくる」という本のメタファを採用していますが、実際の紙の本のページめくりとはまったく異なることを理解しておきましょう。
- リフロー処理によって、最初からデバイスに最適化されている
- 画面全体を拡大したり、スクロールする煩わしい操作が必要ない
- 読者の好みで文字サイズや字体の変更が可能
- 視認性、可読性を重視した仕様
EPUBフォーマットの拡張
前述したとおり、EPUBは文字主体の欧文の書籍に適したフォーマットであるため、レイアウトが消滅すると構造が崩れてしまう書籍では使われていません。たとえば、ビジュアルが多く、複雑な段組みで構成されているような書籍は、EPUB用に大幅な修正が必要になってしまいます(これではEPUBフォーマットにする意味がない)。
現在、レイアウト構造に意味のある書籍については、圧倒的にPDFフォーマットが採用されています。EPUBフォーマットで、レイアウトを表現するには、90年代に流行った物理マークアップ(テーブルレイアウトなど)を使うしかありません。ただし、このようなレガシーな手法を使うと、EPUBの利点を損なうことになってしまいます。
EPUBフォーマットの拡張については要望が多く、次期バージョン「EPUB 2.1」(草案)には、ページレイアウトやインタラクティブコンテンツの埋め込みなどについても、今後の課題として盛り込まれています。
読書専用端末
日本にはまだ読書専用端末がありません。Kindleの国際版は購入できますが、日本語で読める本が揃っていませんので、一般ユーザーに訴求できる製品とはいえません。現在、日本ではケータイやスマートフォンなどのモバイルデバイスやパソコンなどが読書端末として利用されており、本格的な普及にはまだ時間がかかりそうです。
ただ、デジタル化の勢いは止まらないでしょう。個人的に、可能性を感じているのは、ソーシャルメディアを取り込んだリーダーアプリケーションです。まったく新しい読書体験を提供できる可能性があり、動向に注目しています。
さて、次回は電子書籍のリーダーアプリケーションについて取り上げてみたいと思います。
電子書籍関連のPodcast「電子書籍メディア論 - 日刊徒然音声雑記」を毎日更新していますので、ご興味のある方はアクセスしてみてください。