今やエンゲージメントはブランドにとって欠かせない評価指標となっています。しかし、多くのマーケターにとってエンゲージメントの向上は、従来のメディアや広告の指標とは異なり、難しく不確実な目標だと言えるでしょう。消費者の生活に一方的に割り込む広告から、消費者が自らの意志でブランドとつながるマーケティングへシフトしなければ成功することはできません。エンゲージメントを高めるマーケティングはどのように行うことができるのでしょうか? また、成功しているブランドからは何を学ぶことができるのでしょうか?
様々なグローバルブランドの事例からは「コンテンツマーケティングへのシフト」という大きな動きに加え、ブランドをストーリーの一部として表現し、「 広告とエンターテインメントの絶妙なバランスを実現するブランデッドコンテンツ」 、そして「消費者の反応を見て伝えるリアクティブストーリーテリング」というエンゲージメント向上のための2つのポイントが見えてきます。
Coca-Cola Content 2020
コンテンツマーケティングへのシフト
2011年にコンテンツマーケティングの推進を宣言したコカ・コーラは、かつて1987年から10年間発行していた社内向けの雑誌に合わせ、コーポレートサイトを『Coca-Cola Journey』へとリニューアルしました。さらに、デジタルコミュニケーションとソーシャルメディアを担当していたマーケティングチームは、社内の様々なニュースを積極的に吸い上げる編集部として再編成されたと言います。
この大手によるコンテンツマーケティングへのシフトは、エナジードリンクブランドのレッドブルが牽引しているとも言えるでしょう。レッドブルが持つYouTubeチャンネルはブランドが持つチャンネルの中でダントツの登録者数を誇り、昨年の成層圏からのスカイダイビング のライブ配信は、それまでのYouTubeでの同時接続者数の記録を16倍の800万人で塗り替え、シリーズ累計で3.6億回も視聴されました。
しかし、すべてのブランドがレッドブルのようにな潤沢なコンテンツ制作費を持っている訳ではありません。レッドブルは他にもスノーボードの映画 の制作に200万ドルを費やしたりもしています。このような巨額なコンテンツの制作費が無くても効果的なコンテンツを作ることはできるはずです。その秘訣は何でしょうか?
エンターテインメントと広告の絶妙なバランスを実現するブランデッドコンテンツ
DollarShaveClub.com - Our Blades Are F***ing Great
髭剃りのサブスクリプションコマースで有名なDollar Shave Clubは4,500ドルの制作費で1,000万回以上の動画再生回数を獲得しました。映像はCEOのMikeがOld Spiceの広告を真似てサービスを紹介するというアメリカ人にとってエンターテインメント性の高いものに仕上がっています。ポイントは映像が単に面白く、拡散されやすいというだけでなく、自社製品の品質・低コストと簡便性のベネフィットに加え、競合製品の無駄な機能との比較を強調するうえに、さらに雇用を通じた社会貢献までも表現する広告に仕上がっていることです。Dollar Shave Clubは、このエンターテインメントと広告の絶妙なバランスを実現する映像を通じて1週間で25,000人の新規会員数と、180万ドルの売上を獲得したと言われています。
Dollar Shave Clubのコンテンツの成功は注目すべきものですが、それを再現することは容易ではありません。ブランデッドコンテンツにはエンターテインメント性が欠かせないため、その効果は純粋な広告よりも大きな不確実性を含みます。Dollar Shave Clubの2本目の動画も良い評判を得ていますが 、1本目の効果を超えることはとても難しいでしょう。
クリエイティブの質が大きくエンゲージメントを左右するのであれば、マーケターは継続的な改善を通じてその効果を高めていく必要があります。コンテンツマーケティングとは言っても、制作費のほかにもそれなりのPRや広告費が想定されるため、ある程度の確実性が求められるのです。そのためには日頃から頻繁に、多くのコンテンツを配信し、効果が見えたものに積極的に投資をする──ユーザーの反応を見てコミュニケーションを最適化する、リアクティブストーリーテリングに取り組むべきです。
消費者の反応を見て伝えるリアクティブストーリーテリング
Back to the Start
2011年に公開されたChipotleのアニメーション、『 Back to The Start』はユーザーの反応に対して、ブランドがマーケティングを最適化した良い事例です。大規模な近代農業が抱える倫理的な問題に焦点をあてたこのアニメーションは、YouTubeでヒットした後にGrammy AwardsのCM枠で2分の尺のままで放映され、大きな脚光を浴びました。普段はTVへの投資を行わないChipotleが事前にプランニングしていたわけではなく、YouTubeの反応を見て直前で大きなメディア投資の判断を行ったのです。
ユーザーの視聴行動を見るだけでなく、直接的な対話をすることも重要です。メルセデス・ベンツは2012年に、ある消費者が発信した「鳥の糞でSmartが大破」という内容のつぶやきに対し「実際にSmartのボディを破損させるためには450万以上の鳩の糞が必要」という内容のインフォグラフィックを返信しました。この返信はCNNなどのメディアにも取り上げられ、結果ブランドイメージの大きな改善につながりました。
消費者の反応に応じてメッセージやメディアプランを変え、コミュニケーションを最適化するリアクティブストーリーテリングの試みは多くのブランドによって行われています。例えば、先ほどのDollar Shave Clubの元ネタである2010年のOld Spiceの事例 はまだ記憶に新しい方も多いでしょう。私がデジタルストラテジーディレクターを務めるVMLでも、消費者との対話から効果的な生まれたブランデッドコンテンツの事例があります。
VMLはGatoradeのデジタルエージェンシーに任命された2010年に、ソーシャルメディアのリスニング、解析、レスポンスを一挙に行うMission Control を設立。多くの消費者と直接的に対話し、コンテンツに対するフィードバックを集め、コミュニケーションの改善に役立てました。また、翌年にはそのユーザーの興味関心に対する知見を活用し、NFLのルーキー選手たちを追うドキュメンタリー番組を配信しました。その後、様々なブランデッドコンテンツの配信を通じて、消費者のエンゲージメントとGatoradeの話題性を10倍以上に伸ばすことに成功しています。
消費者のエンゲージメントを高めるためには、マーケターは編集者となり、単なる広告ではなく、消費者が興味を示すコンテンツを提供しなければなりません。購買に向けた態度変容だけではなく、つながりを作ることを目的としたコミュニケーションが求められます。しかし、そのために必要なものは決して巨額なコンテンツの制作費ではなく、消費者と直接的に関わることではないでしょうか。まずは消費者の声に耳を傾け、積極的に対話し、様々なコンテンツに対する反応を見てみることこそがエンゲージメントを高める第一歩なのです。