変わってきているというのが挙げられます。
たとえば、2000年ごろであれば、コーポレートサイトの制作においては、そのガイドラインを作ること自体にも特別な価値があったけど、今は(ガイドラインは作って)ある意味あたりまえという状況にもなってきていて。このあたりだけでは高い付加価値にはなりづらい傾向もある、と。
阿部:ただ、まだそれ(ガイドライン作成)をメインに受注している同業者もいますよね。といっても、たいていはそこがゴールになっていることが多いようですが。
森田:ええ、それはそれで1つのスタイルというか。ガイドライン作成に特化したビジネスなんですよね。それがゴールという案件もあるようですし。ですからそれがゴールではない場合においての話です。
そもそもとして、コーポレートサイトという箱は必要だっていうのは共通認識としてあるのだろうけど、百科事典のようなものとしてのコーポレートサイトだとしたら、それは何度も作る必要がないっていう認識が一般的になってきたのかなと思っています。そうなると、ガイドラインそのもののリニューアルっていうのもあまりなくなってくる。
一方で、たとえばプロダクトに特化したサイトとか、コーポレートのブランディングに特化したサイトとかの需要が増えてきている。純粋にブランディングサイトを作る、というニーズもありますし。昨今、そういったもののほうが予算がつきやすいっていう事情もあるのでしょうが。
長谷川:たしかに、予算の話で言えばそうなっているのかもしれません。ただ、ブランディングというのは、何か1つのコンテンツで行うものではなく、サイト全体で行うものです。あるコンセプトがあれば、コンテンツはもとより、サイトすべての表現で体現されている必要があります。
森田:ええ、極端に言えば、ヘッダとフッタですが(笑)。
長谷川:たしかに、ヘッダ、フッタは、サイトの全体構造やグローバルナビゲーション項目を体現するものですので、変更するのは大きなことです。この全体構造を検討するためには、企業内でのそれぞれのサービスや情報の位置付けや、考え方を整理する必要があり、大きな意志決定が必要となります。
森田:ヘッダ、フッタの改訂を含めたリニューアルっていうとき、それはブランディングにも大きく影響がありますから、実装がどうだとかガイドラインがどうだとかよりも、一番重要になってくるのはおそらく社内調整なんですよね。
業界とともにクライアントのWebも成長している
――ここで、少し話題を変えて、クライアント側のWeb担当者の変化についてお話しいただきました。
長谷川:今話に出たように、クライアント側での社内調整機能は、クライアント自身が持たなければいけない機能です。最近、このWebガバナンスが機能しているケースが増えてきています。たとえば、三菱電機さんや花王さんの事例はそうですよね。
阿部:たしかに。いろいろなところで参考事例として挙がっています。WSE(本誌)でも取り上げられてましたよね。
長谷川:企業がWebサイトを運営すると言ったときは、サイトのデザインやコンテンツよりもむしろこういったWebガバナンスがきちんと機能しているかどうかが重要となります。リニューアルを完全に外注してしまうと、制作会社や担当者が変わるたびに、これまで何をやっていたのかがわからなくなり、一から作り直しとなってしまいます。そういった状況に比べて、企業側に主体が存在して、ノウハウをためていけるのは望まれるかたちだと思います。
阿部:クライアントの体制や意識の変化という点で言えば、3、4年前だと「何も知らないけどWebマスターになりました」という人はけっこういたけど、最近は担当者自身のリテラシーが高くなってきていると思います。(コーポレートサイトであれば)コーポレートの経営戦略とか、コミュニケーション部門の担当者もコミットすることが増えています。
全体的にWebやインターネットがコミュニケーションの手段としてきちんと使えると認知され、そこに人が投入されてきているという現実があります。これは間違いないんじゃないでしょうか。
長谷川:ええ、そうですね。
森田:実際、僕たちがやっているコミュニケーションデザインというのは、企業内のコミュニケーションを作るのではなくて、デザインの力でコミュニケーションがうまくいくことを支援することですからね。
予算の話に戻ると、こういう状況から、広報とか宣伝部門からの予算組みが今まで以上に主流になっていくのかもしれませんね。
阿部:予算に関しては、コーポレートサイトなどはある程度の規模の企業であれば、成熟しつつあるため、そこに割く予算は減ってきていると感じています。その一方でこの1、2年は景気の拡大とともに広報・宣伝費も含めて予算枠が大きくなって、結果として、プロモーションサイトがたくさん作られているように感じます。
ただ、もどかしいのはそういったプロモーション系のサイトを代理店さんと仕事をする場合に、僕たちのミッションがやはりWeb制作“のみ”に限定されてしまいがちなことです。
以前よりは他のメディアを担当する方々と一緒になって考える機会は増えてはいるものの、やはり僕らはWeb制作や開発担当でしかない。実はそうではなくて、いろいろなメディアと密接にやっていくためにはコアの部分に僕らが食い込んでいかなければいけないと思うんだけど、現状はなかなかうまくいかない。
森田:結局、受発注のスタイルの場合、Webサイトに対して何らかの成果物が求められてしまうし、そういう契約で進んでしまいますからね。
本当であれば、クライアントと僕たちがお互いパートナーとして認識できる関係作りを行いながら、いろいろなコミュニケーション手段として他のメディアも統合的に手がけられるべきなんだろうなって思います。
Web業界で生き抜くために
――業界全体、さらにクライアント側の変化など、Web業界がここ数年どうなってきたか、実際の経験をふまえてお話しいただきました。これをもとに、最初のテーマにあった、個人レベルの話題にフォーカスを移して話が進みます。
長谷川:ここまで、クライアント企業側の話題が中心でしたが、この部分の議論を抜きにすると個人のことは見えてきません。
森田:たしか最初のテーマは個人の生活レベルを上げるという話でしたけど、そのためには、業界全体(の売上)がまず上がらなければいけないわけですから。
阿部:ただ、個人という見方になると、まずその人が何をしたいかにもよりますよね。職種はもちろん、どういうレイヤで仕事をしたいかと。
森田:ええ。たとえば、HTMLだけを書く仕事があったとして、それで良い生活ができるかどうか。あくまでコーダーであるっていう話ならば満足感はあるかもしれないけど、デザイナーであると考えているならそうではないかもしれない。フリーランスなのか会社員なのか次第で、「良い」の価値が異なるところもあるでしょう。
ただ、今言われているWeb業界って、実はWeb制作業界、もっと言えばWebフロントエンド制作業界のことを指しています。良いとか悪いとかではなくて。この質問は制作業界のことを指しているって考えていいでしょうか。
長谷川:もちろん制作もWeb業界の中の重要な役割ですが、社会におけるWeb業界、企業から見たWeb業界ということを考えると、制作業界だけがWeb業界というわけではありません。
森田:たとえばNTTデータのような企業でも、業務によってはWeb業界に入ってしまうわけで。そう考えると、どのジャンル、どのレイヤでのWeb業界なのか、というのも生活レベルを上げる基準が変わると思います。
おそらくということで、Web制作業界だとして、その中で、低賃金と認識している場合、たとえば残業代が出ない/少ないというか、徹夜みたいな稼動が多くて時間あたりの単価っていうものを鑑みたうえで、生活レベルが満足できないということでしょうか。
阿部:お金がすべてではないけど、仕事としていくうえでどうすれば良いか、という観点が必要になってくるんじゃないかと。
長谷川:そういった、制作内容に対しての対価が少ない、という認識であれば、まずはきちんと給与を払ってくれる会社。つまり、評価システムがまっとうな会社に勤めることが前提になります。
阿部:そのうえで、自分の価値をどう作るかが重要なんでしょうね。
森田:そう。僕らのようなWeb制作業界の人に限らず、業界問わずどこの会社員であってもそれは同じでしょうね。会社の中で、当人の価値を評価してもらうわけですから。
自分だけの「価値」の作り方
――個人の生活レベルを上げるカギ、その1つとして「自分の価値」が重要ということになります。引き続き、「価値」の表明の仕方について、話し合っていただきました。
長谷川:基本的には、自分の価値をどう表明するか。「自分にはこういう能力があり、この会社の中ではこういった価値を発揮している」ということを、きちんと客観的に説明できるかどうか、ということです。
森田:簡単に言えば、見積もりを出せるかどうか。これに尽きますね。質問した人がフリーランスであれば、自分の作業やプロセスが生み出すデザインの価値を、相手に認めてもらうしかありません。「その金額であれば他に頼む」と言われれば相手との価値観の共有ができなかったということでもありますよね。ただ、ここでダンピング的なことをしてしまうと低収入という感覚からは逃れにくいと思います。
長谷川:僕はディレクターにしても、問題解決をする、という意味で、広い意味でのデザイナーだと思っていますが、さらに、デザイナーという職種であれば、そもそも、自分の価値表明をお客さんなり、会社なりにできない人は、クライアントのビジネスのコンセプトを設計なり、視覚表現なりで伝えられない、と判断されます。また、どんなに良い案を生み出しても、それをクライアントに適切に伝えられない、と判断されるでしょう。
森田:問題解決こそがデザイナーのミッションですし、そういったものを言語化できないというのは厳しいですね。デザインに対しても説明責任があるので。
長谷川:ええ、それができないのに「良い仕事ができたと思うからお金ください」というのは成り立ちません。
阿部:価値の作り方とともに、評価の仕方、され方も大切ですね。価値を評価するのは、自分ではなく第三者ですから。であれば、第三者に対しても価値を伝えられる能力を身に付けておかなければいけないと思います。言い換えれば、それができるのなら、どこに行っても通用する。
長谷川:そうですね。たとえばこの鼎談に参加している3名の会社、bA、ワンパク、コンセントでもそれぞれ独自の評価軸があるわけで、そういった各社の評価観点を見据えたうえで、自分をアピールすれば効果的だと思います。
個人のプレゼンテーション能力を付ける
――最終的に、「価値」を作るためにはどうするか、そのために説明・表現能力、すなわちプレゼンテーション能力が必要になります。実社会における現実について、経験豊富なお三方からのコメントを聞いてみましょう。
森田:よく勘違いされやすいけど、一生懸命やったから、ではないですよね。
長谷川:はい。徹夜したから凄いわけではなく、むしろ徹夜しなくてもきちんと成果を出せるほうが評価できます。
森田:もちろん、一生懸命やる姿は周囲にも良い影響を与えますが、一生懸命がゴールではありません。
阿部:結局、競争の世界ですから「この人に頼みたい」と思われなければいけないんです。多少(かかる金額が)高いとしても、その人が良い仕事をすると理解してもらえれば依頼しますし、会社もその人に対して対価を払います。その集合体として、すごいメンバーが揃っているこの会社でなければできないから、この会社に頼むということにもつながります。ここにいる3人とも、それぞれの会社の強みがあってやっているわけですし、そこで勝負をしているから仕事をいただいています。
それは世の中に対して「価値表明」ができているということでしょう。これはフリーでも会社でも、個人でも一緒です。
森田:結局、社内の関係であっても、動きがいまひとつな人は敬遠されてしまいますからね…。
阿部:そう、そうですね。逆に、良い仕事をして、自己アピールができる人ならば、おそらく社内でも「この人と仕事がしたい」って思われます。そういう人は価値表明ができている人ということになりますよね。
長谷川:まあ、とはいえ作ったものの説明は面倒ですし、できたものが良ければ説明の必要がないということもあるので、一般にクリエイティブ業界では説明が敬遠されることがあったと思います。また、プログラミングにしてもデザインにしても、作ること自体がおもしろいので、給与にはあまりこだわらないで仕事ができれば良い、という価値観もあります。
しかし、Webという仕事は、見えるところだけでなく、構造やユーザインターフェースといったルールを構築することが多く、こういった部分では、どういう理由付けがされているのかはきちんと説明されなければ良いか悪いかの判断もできません。
こういった意味でも、Webの仕事に関わるデザイナーであれば、フリーであれ、企業に所属しているのであれ、まず大前提としてきちんと自分の仕事を説明することが重要です。それで価値が伝われば、きちんとした対価がそこで支払われます。
当然これは支払う側にもそれを見る目が必要になるわけで、制作側の会社、という点では業界としてもきちんと判断できる価値観を成立させていく必要があります。もちろん、クライアント側にもそこをわかってもらう必要があります。
森田:その点では、良いお客さんに出会うというのは大きなポイントですね。
阿部:成果物の評価に関しては、すべて結果でしかないですからね。たとえプロセスが重要だとしても。
長谷川:そのために最初の目標設定が重要です。何のためにこのWebサイトが必要なのか、そのためにはどのぐらいコストがかかるのか、というプロジェクトのゴールが見えていないと、プロジェクトが始まってから「あとからこういうはずだった」みたいな話になってしまいます。
森田:場合によっては、見積もりの項目別の詳細な単価まで提示しなければいけないこともありますし、そのうえで調整が入ってきたりもしますが、それはそれで必要なことではあるのだけども、実はその調整にも大きなコストがかかってきてしまうっていうことを、クライアントも含めた全関係者の共通認識にしたいですね。
今後の連載
――以上、Web業界の生活レベルアップという切り口から、業界全体の流れ、業界での働き方など、幅広いテーマでお話しいただきました。今回お話しいただいた話題は、職種に限らず、どんな人にも当てはまることだと思います。ぜひ皆さんも意識の中で心がけて、実践してみてください。
最後に、これからの連載についてお話しいただきました。
森田:今回、gihyo.jpでアンケートを取ってそのテーマについて話すというスタイルでしたが、おそらく、アンケートの中にあった特定の技術とかトレンドに焦点を絞って話すっていうのは、この3人が最適だとは思わないんですよ。僕らは、もっとリアルなものをWebにするためにどういうデザインが必要か、ということをやっている立場だから。
長谷川:技術は目的のための手段であり、そういう意味では目的に合わせて必要な技術を深掘りするというのが実際です。新しい技術自体は好きですが。
阿部:技術とかソリューションというテーマより、僕たちがどうやって仕事をしているのか、とか。たとえば、mixiのようにユーザ数が1,000万人を超えるサービスがあったとして、mixiを使っていない残りの数千万人のユーザに対してどういうアプローチをすれば良いのか、というのが僕らの役割なのかな、と。
Webやインターネット業界だと、すぐに「その先は」という話になりがちですが、もっと根本的な部分であるコミュニケーションについて討論したいですね。
……ということで、引き続き、次回に関して読者の皆さんからアンケートを取りたいと思います。詳しくは、http://gihyo.jp/design/serial/01/key-person/questionnaire/2008webをご覧ください。
顧客企業の事業を支援するコミュニケーション戦略を提案・実施する国内最大規模のWebデザイン企業。顧客企業の経営課題を的確に捉え最新の情報技術を活用し、デザインという切り口から多面的なサービスを提供することにより、大企業の新事業立ち上げや事業の再編・再構築を支援。制作したWebサイトを通じて国内外のアワードを多数受賞している。
「Web時代の設計事務所」として2002年設立。ビジュアルコミュニケーション、情報アーキテクチャ、テクノロジーを融合して、Webサイト構築から情報プロダクトデザインまで幅広く、ユーザ経験を重視した問題解決を行う。大規模コーポレートサイトの構築、サービスサイトの最適化、インタラクティブコンテンツの企画・制作、運用によるサイトの効果向上、サイトやサービスでのユーザ経験のデザイン、情報プロダクトのコンセプトモデルの企画など多方面にわたって活動を行っている。
リクルート「スゴイ地図」「L25.jp」「R25.jp」、日本マクドナルド「メガマックショウ」などを手がけてきた中心メンバーがスピンアウトし、2008年1月に新たに立ち上げたWeb制作をメインとしたクリエイティブプロダクション。HOTなアイディアとHOTな技術をベースにHOTなマインドを持ったHOTなメンバーでHOTなものづくりを行い、クライアントやエンドユーザの心をHOTにするため日々奮闘中。