前回から引き続き、今号の特集でも取り上げている「プロモーション」をテーマに、株式会社電通 螺澤裕次郎(かいざわゆうじろう)氏をゲストにお迎えしてお話しいただきました。
Web制作者が扱う範囲が広がる
――今の話から、Webというメディアは定型ではなく不定型な業務になってきていることが伺えます。つまり、単なる受発注業務で完結するものではなくなってきているということです。では、実際にWeb制作者が扱う範囲はどうなっているのでしょうか?
阿部:今のお話の流れで、コミュニケーションという軸で見ると、プロモーションでも同じようなことが言えるのではないのでしょうか。つまり、コーポレートサイトでもプロモーションサイトでもWebというメディアを軸に据えた考えが最適なものの1つになりうるということです。
螺澤:ええ。とくに認知してもらうことの重要性を考えた場合、マスメディアからWebまで1つの流れで行うことは大事です。Webから他の場所へつなぐこともあれば、Webから入って他の媒体へとつなぐこともあります。
森田:Webが最適であるというよりも、そういう役割があると表現したほうが適切でしょうね。コーポレートサイトであれば、実際にはコーポレートブランディングについて考えなければいけなくて、Webサイトに誰が来てどう伝わったかを考えるわけですが、プロモーションサイトとは最終ゴールの考え方が違う部分であり、役割の違いでもあります。
螺澤:ここまでの皆さんの話を聞いているだけでも、Webの仕事をするうえで考えることややるべきことは大幅に増えているということですよね。ここで、少し視点を変えて、たとえばWebサイトを作ってくださいという仕事を受けたとき、本当ならWebとは違うアプローチが取れます、と考えたことってありますか? つまり、自分にある程度の権限を与えてくれたら、もっと別の組み方をします、というようなニュアンスです。
長谷川:私個人としても、Web自体を目的としているわけではなく、もともと情報をわかりやすくつなぐインフォメーション・アーキテクトの仕事をやりたいと思っていました。その中でその一番主軸となりそうで、かつ商業ニーズがありそうなものとしてWebを選択しました。
そういう背景もありますので、クライアントから課題が持ち込まれたときに、Webを前提とした話であっても、その前提をひっくり返したような提案を行うことがあります。
たとえば、情報共有をするため、イントラネットで掲示板サイトを作りたいという相談が来たとき、図書館的なサロンを作ることで問題を解決したほうが良い、という提案を行いました。これによって、結果的にWebサイト制作のプロジェクトにはなりませんでした。
このようにWebを目的とせず、あくまで1つの手段として考えるべきだと思っています。ただ、会社としてWebの制作を請け負っている場合、これはジレンマになると思いますが。
螺澤:今のお話で「実際に図書館を作りましょう」となった場合、コンセントさんは社内に施工業者を持っているわけではないですよね。そうすると、それを発注する業務が必要で、ディレクションをすることで領域は広がっていきますね。
長谷川:そのとおり、ディレクションする領域は広まっています。実際に、自分たちが不慣れな領域についても関わることが増えています。
しかしそれでも、デザインのプロセス自体には違いはなく、ユーザの分析、コンテンツの分析、ビジネス意図の明確化を行って、それらをもとにプラニングを行います。コンセントでは、Webプロジェクトであれば、情報アーキテクチャ、ビジュアルコミュニケーション、そしてサーバやHTMLなどのテクノロジーの3つを要素としてデザインを行います。
Web以外のプロジェクトでは、これに建築や素材、物理的なUIなどの要素が加わってきたりします。その場合、たとえば建築については自社内にリソースはないので、専門家である建築家とともにコラボレーションすることになります。
螺澤:今、建築のお話が出たからというわけではありませんが、最近ちょうど『建築プレゼンの掟』という本を読みました。いろんな人にプレゼン方法を聞いてみたインタビュー集です。この本に登場するのは建築家だけではなく、広告代理店の人もいます。それで、中身を読んでみると「広告コミュニケーションは、広告制作担当と作るだけではなく、一般の生活者とコミュニケーションを取ること」と書いてありました。その方法の1つとして、マス的な展開ではないとしても、リアルな“場所”を作ることが大切なことになるのではないか、ということが書かれいて、コミュニケーションの誘発点として建築が必要なんだと言っている人がいました。
そういう視点からいろんなことを考えると、考えるべき領域は既に広告という枠でもないし、広告代理店とか制作会社というような業務分担の考え方でもなくなってくるんですよね。
森田:Webからスタートした案件が、そういうところまで展開できるようになったときこそ、電通さんのような大手広告代理店がすべての領域をディレクションしているということになっていれば心強いですね。自分たちの会社の規模ではそこまで追随するのが厳しくなりますから。
まだまだ確定した分野ではない
――課題解決のための手段としてWeb以外の領域まで考えることにより、Web制作者の幅がとても広くなるという意見が出てきました。では、Web制作者のこれからについて考えたとき、どのようなスタンスを取ることが大事なのでしょうか。そのあたりについて、さらにお話しいただきました。
阿部:話が非常に広くなってきましたが、たとえばここにいる4人のように、Webの黎明期からWebの制作やデザインに関わっている人にとって、扱える領域って広がっているのでしょうか。
長谷川:ええ、とても広がっていると思います。
阿部:たしかに、僕もそう思います。ただ、広がっていることとそれを自分たちでできるかどうかというところ、たとえば実現するパワーがあるかどうかっていうのはまた別の話にもなりますね。
そうしたとき、先ほどの森田さんのお話にもあったように、領域が広がったときに電通さんが実現できる規模だったり、交渉力などのパワーと、自分たちとの規模やパワーを比較すると明らかに差があるわけです。
では、どうすればいいかと考えたとき、元々Web制作の会社ですべてを完結しようとしていたところを、いろいろな人と組んで実現する、というスタンスが求められると思います。
長谷川:そのとき、Web出身の人であれば、Webを使うプロジェクトをリードできます。これまで広告代理店にプロデュースやクリエイティブディレクションの機能があったのが、最近は独立系のWeb制作企業でも同様の機能を持って、他のパートナーに発注することができるようになってきていると思っています。
阿部:そう考えると、Webをコアにしてきた人材というのが、これからの領域が広がったコミュニケーションプランニングやプロモーションに関するプロジェクトを遂行できるようになりますね。
螺澤:広告代理店でも同じような意識を持つ人間が増えてきていて、「こういうアイデアでやれば、こういう形で全体像が描けて、おもしろいですよね」と考えるようになっています。ただし、大企業だからというわけではないですが、そうするためには社内での部署間調整なども必要になってきて、実はそこに一番労力がかかったりします。
森田:まあ、とはいえそれは社内で解決していただいて、そのうえで外部と連携を取ってもらえればと思います(笑)。
螺澤:そういう大変さも仕事のおもしろさだと思わないといけないんでしょうね。Webというのはここ10年くらいで普及してきたメディアですし、来年はトレンドがまったく変わってしまう可能性もあります。その「どうなるんだろう」という感覚がとてもおもしろくて、いろいろ大変ながらもここまで続けてきています。
それから、少し引いた目で見れば、先ほどの話と同じく自分たちがやれる範囲が年々広がってきていて、年々動きやすく、おもしろくなってきている状態は常に感じています。
阿部:つまり、Web制作者たちにとってようやく土壌が整いつつあるということですね。
螺澤:そうだと思います。ただ、すべてのコミュニケーションに関して自分だけでやろうとするのはとても大変なので、今そういうことを受け持っているマスの分野の人たちや、まったく別のメディアや領域で仕事をしている人たちと、どううまく組んでいくかを考えています。
阿部:Webがこれからの軸になるという流れは、ラジオがメディアとして全盛だった時代からTVが普及し始めたころの流れに似ています。その時代は映画やラジオを作っている方が花形で、TVをやろうという人は異端だったと聞いたことがあります。しかしながらその可能性にかけている方々が今では花形になっています。
実際には今の時代を築き上げるまで、30年かかりましたから。そう考えるとWebもあと20年先ということになりますね(笑)。
森田:ただ、当時はラジオが花形で、そこに入れない人がTV業界に回されたというイメージですが、今Web業界に入ってくる人たちは、自分たちからWebに興味を持ってきています。ここで考えなければいけないのが、やりたい人が増えたことと、実際に実現できる人がいるのとはまったく違うわけです。
たとえば、日本の場合、通常はクライアントから広告代理店に発注があって、そこから制作に下りていく流れです。でも、たとえば、クライアントからWeb制作会社に仕事が入り、そこから広告代理店に発注していくというモデルも考えられるわけです。そうなったときに、どのぐらいの人が全体を見てプロジェクトを回していけるかというところに疑問があります。
今までの話のとおり、やれる領域は広がってチャンスも増えてきていますし、そういう制作プロダクションが増えています。ただ、そのときに関係者全員に適切に予算が配分されるしくみを作れるようにしなければいけないのですが、実際問題として、こういったことを実現していこうとすると、人材不足は否めないように思います。
螺澤:たぶん、これは日本に限った問題ではないですよね。
長谷川:ちょっとまたWebから離れてしまいますが、建築の業界でも同じような課題を扱っています。最近の大規模な建築プロジェクトでは、素材や工法などで実験的な要素も含まれているため、資材開発、調達、設計といった工程が入り組んでいます。これに加えてサイン計画や情報システムの構築なども同時に実施する必要があります。
昨年の情報アーキテクチャサミット(IAサミット)では、レム・コールハース設計事務所にて米シカゴにあるシアトル図書館プロジェクトを担当した、ジョシュア・プリンス・ラムス氏による基調講演が行われました。このプロジェクトはかなりの大規模プロジェクトで、かつ図書館という性質上、情報設計についてもかなりの要素が含まれています。こういった複合的なプロジェクトでは「プロジェクト・アーキテクト」という役割が必要だ、ということを提唱していました。
建築のプロジェクトでも、建築設計に関わるスキル以外にも関連するすべての事項に関しての知識が必要とされます。
森田:つまり、スーパーマン的な存在が必要だということですか。
長谷川:スーパーマンとまではいかなくても、プロジェクトに関する専門知識に加えて、プロジェクト運営やさまざまなステイクホルダーの利害調整を行う能力が必要となります。広い視点を得るという意味で広告代理店はキャリアパス上有利です。
螺澤:今、コールハースの話が出ましたが、彼らは建築物に関する課題を定量化し、定量化によって顕在化させることで回答を導き出すということを行っています。自分たちで課題を見つけ出したり設定したりして、それに対しての課題解決法を提案する。これって、まさに広告代理店の考え方に近いですね。
長谷川:課題を明確にし、それを解決する、というのは今後プロジェクトが複雑化するに伴って、より必要とされていくと思います。ただし、企業ごとにそれぞれ自社の機軸にしている分野があり、それを用いないような解決案というのは出しにくいと思います。
コンセントでは、課題分析、ユーザ分析などをフェーズを分けて行うことで、Webにとらわれない解決策を出せる体制を作っています。
これとは別に、コーポレートサイトなどでは、長期的にWebのトレンドを追いながら、企業といっしょにサイトをより良くしていく取り組みを続けていくようなプロジェクトも必要です。
この両方を会社として進んでいく方向と考えています。
森田:一方で、クライアントから見た場合は、全体的な傾向として、まずWebを作ってというのが基本スタンスとしてあると思います。領域が広がっていくということは、その「まずWebを作って」ということに対応し、やっていくうちに信頼を勝ち得たときにこそできるのではないでしょうか。つまり、成功事例を提供してあげられることによって、次の展開にも進むわけです。
つまり、プロモーションにしても、さまざまなチャレンジをしながら結果を出し、クライアントと二人三脚で進んでいくことで広がっていくと思います。そのときに、Webではないものも出てくる可能性があって、そのWeb以外のものに対しては別のところからの予算が付くというところまでできると理想的ですよね。ただし、現実はWebの予算として付いてしまっているので、提案やその結果もWebだけになりがちでしょうけども。
螺澤:クライアント側も、最近は意識が変わってきていて、こういうおもしろいことができる人がいるから、その人にお願いしようというような動きも見えてきていると思います。
阿部:とくにWebに関して言えば、ユーザ環境としてブラウザ以外での表現力が格段に進歩していますし、また、使えるデバイスもiPhoneやニンテンドーDSのように多様化しています。こうなると専門性の重要性がますます高くなり、僕たちの強みが活かせますね。
森田:ええ、それは絶対に強いと思います。
阿部:そこからリアルにつながるものがあったり、Webと親和性が高いものとの融合があると思います。あるいはTVにつながるかもしれません。となると、やはり僕たちがやってきたことが活かせる時代になってきつつあるように思います。
長谷川:まさにそうだと思います。だからこそ、今Web制作をしている人たちが、目先の業務に追われてしまっておぼれるのはもったいないですし、どのぐらい視点を広げて考えていけるかというのが重要になります。
森田:ちょっと乱暴にまとめてしまうと、とにかく今後の可能性について考えられることについては「すべてやっておくべき」だと思います。すべてやっておけば絶対に後々活きてきます。あくまでWebは手段なので、そこでできることをすべて実現できるという状態を作っておくというのは明白な強みです。
螺澤:今、阿部さんがおっしゃったWeb領域の人の強みとしてあたらしいデバイスがつなげるというのはまさにそのとおりだと思います。それに加えて、いわゆるマスの広告制作の人がやっているような「これだ」という明快な旗になるようなコミュニケーションが成立するものをつくっていけると本当の意味で強くなるはずです。具体的には、よりどころとなる考え方やコンセプト、ビジュアルといったものです。クライアントに対して、どういうポジションでどう関わっていくかということにもつながります。
長谷川:現在のWebに関わっている人たちの、クライアントとの接し方はクリエイティブディレクターとしての総合的なブランディングに関するものです。あとは、Webにとらわれない企業の総合的なコミュニケーションに関する方向性があって、その両方の方向性ができるはずです。
森田:Webにとらわれないというのは、Webディレクターではない“ディレクター”としての方向性ですよね。
ただし、これからデバイスが増えていったり、Webの領域が広がっていったときに、Webを専門的に扱える、Webにとらわれたスペシャリストが必要になる時代も近づいてきていると思います。
長谷川:プロジェクト全体のディレクターになるのか、Web専門のディレクターになるのかは個人のやりたい方向性次第だと思います。どっちも今後より必要になってきますから。
森田:それと、ディレクションだけではなくて、オペレーションに特化していく道というのもありうると思います。Web制作の中で定型化できる業務を増やしていくということです。最近は大量生産や品質管理などに特化したサービスを提供する企業が少しずつ増えてきています。
つまり、Web制作はより不定型なものが増えて対象となる専門領域が広がっていく一方で、テンプレートを利用したページ制作やコーディングなど、定型化できるものもどんどん増えてきているということです。クリエイティブの領域を円で表すと、それがどんどん広がっていきつつも、内側から削られていくという、ドーナツ形のようになっていく感じです。そういう点でも、その不定型なものを早く身につけていかなければ自分たちのコアな事業領域が狭くなっていくということになりかねません。
阿部:最終的には、自分たちがどこを目指したいのか、ということにもなりますね。
長谷川:以前の座談会でも話が出ましたが、対価というのは相手のニーズに応じて発生するのであって、何かをやれば勝手に発生するわけではありません。好きなことをすること自体は良いと思いますが、仕事として考える場合、どういった価値があるのかをまず意識する必要があります。あたりまえの話ですが。
森田:領域が広がっているということは、好きなこと、やりたいことを実現できるようになっていくということでもあります。モチベーションやクオリティにも好影響があると考えられ、多くの成果につながっていくことでしょう。ただ、それは単にやればいいということではなくて、自分たちが誰のどのような問題解決をしているのかという視点と使命を持って取り組んでいくことが大事だと思います。
顧客企業の事業を支援するコミュニケーション戦略を提案・実施する国内最大規模のWebデザイン企業。顧客企業の経営課題を的確に捉え最新の情報技術を活用し、デザインという切り口から多面的なサービスを提供することにより、大企業の新事業立ち上げや事業の再編・再構築を支援。制作したWebサイトを通じて国内外のアワードを多数受賞している。
「Web時代の設計事務所」として2002年設立。ビジュアルコミュニケーション、情報アーキテクチャ(IA)、テクノロジーを融合して、おもにWebや情報プロダクトを活用した問題解決を行っている。大規模コーポレートサイトの構築、サービスサイトの最適化、インタラクティブコンテンツの企画・制作、運用によるサイトの効果向上、Webサイトやサービスでのユーザ経験のデザイン、情報プロダクトのコンセプトモデルの企画など、活動は多方面にわたる。最近開設したコンセントブログにて活動実績など情報発信中。
リクルート「スゴイ地図」「L25.jp」「R25.jp」、日本マクドナルド「メガマックショウ」などを手がけてきた中心メンバーがスピンアウトし、2008年1月に新たに立ち上げたWeb制作をメインとしたクリエイティブプロダクション。HOTなアイディアとHOTな技術をベースにHOTなマインドを持ったHOTなメンバーでHOTなものづくりを行い、クライアントやエンドユーザの心をHOTにするため日々奮闘中。
2008年、創立107周年を迎えた広告コミュニケーション企業。米国に次ぐ世界第2位の広告市場である日本で長年にわたりナンバーワンのシェアを持つ。同社グループの経営ビジョン「価値創造パートナー」に含まれる、クライアント、メディアコンテンツホルダー、生活者の皆さまの満足感や幸福感をも含む多種多様な価値を創造するパートナーであることを目的としている。