今回は「アクセシビリティ」をテーマにお話しいただきました。
昨年12月に、W3CのWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)2.0が勧告され、国内では今年JIS X 8341-3が改正される予定です。
こういった動きとともに、Webサイトのアクセシビリティというものに改めて注目が集まっています。
今回、NPO法人しゃらくにてさまざまな活動を行っている小嶋新氏をゲストに迎え、Webアクセシビリティについて語っていただきました。
小嶋 新(KOJIMA Arata)
特定非営利活動法人しゃらく、ITサポート担当
野村證券株式会社を経て、2006年特定非営利活動法人しゃらくの設立に参画する。NPO法人などを中心にWebサイトの制作・運営に従事する一方、Web標準やアクセシビリティの情報発信も積極的に行っている。
森田 雄(MORITA Yuu)
株式会社ビジネス・アーキテクツ取締役、Quality Improvement Director
東芝EMI、マイクロソフトなどを経て、ビジネス・アーキテクツの設立に参画、2005年より取締役。XHTMLやCSSなどのフロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。 CG-ARTS協会委員。文部科学省ホームページリニューアルアドバイザー委員。広告電通賞審議会選考委員。著書(共著)に『Webデザイン -コミュニケーションデザインの実践-』など。
阿部淳也(Abe Junya)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター
自動車メーカにて電装部品のユーザインターフェース設計を8年間手がけた後、IT事業部異動。約4年間Webデザイン、Flashオーサリングなどを手がけるとともに、営業支援システムや化学物質管理システムなどのテクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmo Interactive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサ、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にワンパクとして独立。
長谷川敦士(HASEGAWA Atsushi, Ph.D)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修了。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年に株式会社コンセントを設立。インフォメーションアーキテクトとして大規模サイトの設計やプロデュースに携わるかたわら、人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事を務めるなど、IA(情報アーキテクチャ)研究や啓蒙活動を牽引している。
しゃらくの活動
――はじめに、今回のゲストである小嶋氏が所属する「特定非営利活動(NPO)法人しゃらく」について、どのようなコンセプトでどういう活動をしているかお話しいただきました。
小嶋氏:私はNPO法人しゃらくという組織に所属しています。しゃらくは、ゆとりあるライフスタイルを提案し、心のバリアフリーを推進するという理念のもと、シルバー層、シニア層と呼ばれる年輩の方を対象に、しゃらく旅倶楽部という旅行のサポートやいきがい.ccという兵庫県を中心とした地域SNSの運営などを行っています。
その中で、ホームページ制作などを通じて、シニアの方にもフレンドリーなWebサイト制作、運用を行っています。そこで、アクセシビリティに関しても積極的に取り組んでいます。
デザインプロセスの考え方
小嶋氏:また、個人的にもシニアの方や障がい者の方をデザインプロセスに巻き込む(インクルーシブ)ワークショップなどをWeb業界の方々と協力して開催しています。また、こうしたユーザ参加型ワークショップの取り組みは京都大学の塩瀬隆之教授に全面的に協力していただきました。
長谷川氏:今のお話を聞いて、北欧諸国で行われてきた参加型デザイン(Participatory Design)を思い浮かべます。これは、エンドユーザにデザインプロセスに参加してもらうアプローチで、ユーザとともにプロダクトができあがるというものです。
もう1つ近い考え方として、インクルーシブデザイン(Inclusive Design)があります。Inclusiveとは「包括的な」という意味ですが、インクルーシブデザインは、健常者・非健常者という垣根をなくし全員が参加するデザインとなります。インクルーシブデザインは、とくにそのプロセスを重視するものです。これは、国際ユニヴァーサルデザイン協議会で積極的に取り上げられています。
阿部氏:今、出てきた参加型デザインやインクルーシブデザインは、ユニバーサルデザイン(Universal Design:UD)にも通じるものなのでしょうか。
森田氏:インクルーシブデザインはUDとかなり近い考え方です。参加型デザインはUDの実践手法の1つと言えますね。しかし、その前に今回のテーマである「アクセシビリティ」は、UDのごく一部の概念であって、まったく同じものではないということに注意したいです。
アクセシビリティについて
――しゃらくの活動から、いくつかのデザインの考え方まで話が広がりました。ここで、今回のテーマであるアクセシビリティに方向転換をして、話を進めていただきました。
阿部氏:では、具体的にアクセシビリティの話へ移りたいと思うのですが、 NPOとしてアクセシビリティを含めたWebデザインに取り組む場合、どのような組織が関わることが多いのでしょうか。
小嶋氏:しゃらくの場合では、多くが産学協同というように、企業と教育機関が一緒になって動くというパターンですね。もちろん、行政から予算が出てくる場合もあります。
森田氏:Webアクセシビリティを実現するには、単にWebサイトをつくるよりもコストがかかるでしょうから、取り組むことに対して行政なり自治体なりからの補助金が出るということは継続性の意味で重要かもしれませんね。
阿部氏:今「Webアクセシビリティ」といいましたが、単に「アクセシビリティ」というのとで違いはあるのですか。
森田氏:本来「アクセシビリティ」は接近可能性とか可触性といった意味の言葉ですが、「Webアクセシビリティ」といったら、それは一般には「WCAG」や「JIS X 8341-3(WebコンテンツJIS)」といった仕様のことです。
ちなみに僕は、情報をWebに掲載するということ自体が、まず最低限のアクセシビリティだと考えています。“それ”がWebに無ければ何も始まらないからです。そのうえで、“それ”が永続的に参照可能であることと、“それ”への到達経路が複数あることを確保できれば、よりアクセシブルであるといえ、その実現方法として仕様への準拠が1つの方法たりえるというように捉えています。
長谷川氏:たしかに、WCAGやWebコンテンツJISといった仕様は重要ですし、Webアクセシビリティ=仕様で間違いはないと思っています。
しかし、作り手として考えるときに、レギュレーションをチェック項目だけとして見るのではなく、目的に応じてチェックリストを作っていくという考え方もあると思います。仕様に準拠することだけがアクセシビリティではないですよね。
小嶋氏:おそらく、実際に健常者の方が障がい者の視点だったり、シニア層の視点を持ってWebを見る機会は少ないのかもしれません。だから、先にレギュレーションありきとして、仕様準拠だけで考えてしまうことがあるのかもしれません。
長谷川氏:障がい者を含む、非健常者を対象にすると、ユーザ視点、ユーザ観察というのはとても大切です。(これらの視点、観察から)その人たちのコミュニティの中にとけ込んで新しい知見を引き出せるからです。また、非健常者の世界だけではなく、他にも、世界中のいろいろな地域に文化観察をしに行くというようなエスノグラフィーという調査手法がありますが、他の人が知らないものを見たり聞いたりすることによって、視野が広がり、また、新しいアイデアにもつながるということはあると思います。
森田氏:今の話でアクセシビリティに通ずる部分を取り出すと、地域性を知るというのがあるかと思います。たとえば、日本人の障がい者にとってアクセシブルなサイトであっても、日本語を理解できないユーザに対しては情報が伝達されなければ、それは厳密な意味ではアクセシビリティを確保しているとはいえませんよね。
長谷川氏:どんな状況や環境においても可能な限り情報が伝わるようにすることがアクセシビリティだとすれば、単に障がい者への対応といった括りで考えるのではなく、グローバルなサイト展開、そして言語対応だけではなくて文化的な対応、各国の振る舞いまで意識していく必要があります。
森田氏:Webサイトのアクセシビリティ改善といった範囲でできることは非常に限定的ですから、グローバライゼーションやローカライゼーションなどといったコミュニケーション設計の上流工程から、最終的なフロントエンド実装などの末端までを見据えられているかというところが求められるのでしょうね。