キーパーソンが見るWeb業界

第7回継続は力なり―成功するコーポレートサイト(後編)

前編では、大規模サイトを構築・運用する担当者が意識すること、またその課題と対策について語られました。後編では、さらにその先に踏み込んで、粕谷氏ご自身の経験、そこから見られる成功へのヒントについて話が進みます。

社内向けメディアとしての役割を果たすWebサイト

阿部:今のお話だけを聞いても、やはりとても大変なことだったと思うのですが、こうした横串を刺すような調整は大企業の場合、ついつい及び腰になってしまいますよね。それをわざわざ宣伝部が買って出たのはなぜですか?

粕谷:正直、スゴイ大変でしたよ(笑⁠⁠。連絡会を立ち上げる前は、関係部門全部からアポをもらって、訪れて、同じ説明を何度も何度も繰り返しました。⁠製品サイトに送客するからページビューが増える⁠とか、⁠SEO的にこういう効果がある⁠⁠、⁠事業別にログ解析結果を毎月報告する⁠などなど、ノートPCとデータプロジェクターを部門の会議室へ持参して、プレゼン資料を見せながら説明しました。宣伝部でやろうと思ったきっかけは、Webという新しいメディアだからこそ、横断的に取り組めるチャンスだと思ったからです。

また、先ほどもお話ししたように、宣伝部の方針が「企業価値向上」⁠商談機会創出」を掲げていて、とくに今お話ししたことは、後者の「商談機会創出」に繋がることを目指す動きと言えますね。

阿部:定例の会議は月1回で足りましたか?

粕谷:全社横断の連絡会は月に1回ですが、宣伝部内では企業サイト/事業サイトの両方を兼ねた事務局ミーティングを毎週やっています。しかし、立ち上げ当社、とくに事業情報サイトのほうは毎週毎週二度三度とミーティングを繰り返して、皆が知恵を絞ってなんとか軌道に乗せた感じです。

今も、このプロジェクトへの事業部門からの関心が途絶えることのないような工夫を続けています。たとえば、BtoBメインの事業情報サイトにもリッチコンテンツを導入することがその1つです。

その初回を今年の6月にリリースしました。テーマは最近注目されている「デジタルサイネージ」です。これは、当社製品をアピールするだけでなく、ご覧いただいた方にすんなりと新しい時代のキーワードである「デジタルサイネージ」がご理解いただけるようなストーリーになっています。

阿部:まさに事業部が情報を発するためのメディアを作っているわけですね。

森田:今の粕谷さんのお話はすごくわかりやすいです。⁠三菱電機のWebサイトは)事業部向けのメディアプラットフォームとしての役割も果たしているんだと思いました。

苦労は買ってでもする―炎上経験のススメ

粕谷:裏話になりますが、この事業情報サイトの取り組みは、最初の3ヵ月くらいは連絡会を開く度に提案したプランに対して厳しい意見をもらっていました。とにかくたくさんの意見で喧々諤々な状況を、事務局メンバーの間では「炎上」と呼んでいました。それを建設的な意見と捉えて、もっといい提案はできないかと、事務局メンバーでは「炎の事業情報会議」と呼んでいたミーティングを重ね、連絡会や個別での説明を続けた結果、今では各事業本部から積極的に活用してもらえるようになりました。

阿部:こうした話は、ぜひ他の企業サイト担当者にも伝えていくべきと感じます。制作・デザインや代理店からの提案に言われるがままで進めていると、自社内の事情に適合できずにプロジェクトが破綻してしまうこともありますから。

森田:やはり先を見据えるうえでは、一度プロジェクトをある意味では炎上させるように仕向けるのも必要な場合がありますよね。ただ、炎上後の調整とかは本当に難しいと思いますけど。

粕谷:企業の担当者の立場で言うと、発注を出すことだけでは会社にとって資産にはなりません。発注してできあがったサイトがどういう結果を出して、それが会社にとってどのように貢献できたかまでを意識することが大切です。そのためには、あたりまえですが、出来上がった結果にどんな効果があるのかまでを、我々がしっかり考えて発注する必要があると思っています。

森田:ようするに、発注側の担当者自身が自分事にしていかないと資産にはならないっていうことですよね。苦労は買ってでもしろというか、その苦労をきちんと資産に変えられるようにしていかなければならないという。

長谷川:受注側としても、すべて自分たちに任せてもらえるほうが、仕事の量としては大きくできますが、実はそれは本質ではなく、発注側の企業で考えるべきこと・判断すべきことは外に出さずに、企業側で考え、ノウハウは継承して活かしていくべきです。

森田:CMS やツールなど各種のプラットフォームがある現状では、すべてを丸投げしてしまったほうが(コストとしては)得になることがあります。ですがそれよりも、きちんと関係者全員で話し合って、自分たちができること、すべきことを考えて予算を使ってもらったほうが良いと思います。

粕谷:やはり意識を持つこと、つまり企業マインドとして何を持っているのかが大事だと思いました。私たちの場合、プロジェクトが炎上したことでたくさん考えさせられることがありましたが、今はそのおかげもあって非常に良い方向に進んでいます。

根本にあったマインドの1つは「事業本部の皆さんからモテたい」という点ですかね(笑⁠⁠。つまり、相手にとって役立つものをつねに提供していく姿勢、これをユーザだけではなく、社内に対しても持ち続けました。複数部門にまたがるほどに部門間の調整は大変ですからね。

長谷川:これは、長期でやってきた経験があるからこそ言えることですね。企業の中で、インハウスとして主体性を持ってやってきた結果、その経験を含めて資産として残っているのだと感じます。

森田:今、粕谷さんは中の調整のほうが大変とおっしゃっていて、実際、事業部にモテることを目指して企業内の調整を円滑に進めたと思うのですが、これは僕たちから見ると、結果的にユーザセンタードになっているように思います。つまり、中の人たちにとって円滑だからこそ、外部に対してもわかりやすく的確に情報を伝えられているわけです。

また、ユーザ視点だけを先に考えてしまうと、自分たちが何をしたいかが消えてしまって、サイトとして持つべき要点などが薄れてしまいます。三菱電機のサイトは、社内調整とユーザ視点を両立させる土壌があるのだろうなと思います。

画像

ユーザテストとデザインのバランス―多様なユーザ属性へのアプローチ

阿部:ユーザセンタードということについて少し掘り下げたいのですが、先ほどの2つ目で質問させてもらった、法人向けと個人向け情報が混在しているサイトとして、何か意識されているポイントを聞かせてもらえますか? また、これを実現するにあたっても実際に宣伝部側で調整しているのでしょうか?あるいは事業部ごとに調整しているのでしょうか?

粕谷:まず、個人向けについてお話しすると、製品ごとのキャンペーンは通常は宣伝部や製作所の機種担当と広告代理店、制作会社で動いています。というのも、Web以外の宣伝メディアと関わるケースがあるからです。

直接、自分がそこに関与することはあまりないのですが、コーポレートサイトを管理する立場としては、フォーマットを規定してデザインガイドラインを配布したり、トップページのインターフェースを設計するなど、ユーザにとって使いやすいサイトにするための施策は私の方で実施しています。

BtoBに比べて家電製品などのBtoCの場合、上はお年寄りの方から下は小・中学生までユーザ属性が幅広く、そのリテラシーに開きがあることを前提に使い勝手を考えています。具体的には、誰が見に来ても着実に製品にたどり着けるようにするといったことです。

この取り組みには当社のデザイン研究所でのユーザビリティーテストが役に立っています。さまざまなケースのユーザテストを行い、実際にユーザーに当社サイトを使ってもらって、あるページへのアクセスの方法やページの移動の順序などを、毎年のように調査しています。

こうした調査結果は、ボタンの配置やメニューの名称などページのデザインを改善するという即効性ある効果につなげるだけでなく、デザインガイドラインに反映して、ノウハウをサイト全体に浸透させたいと思っています。そのために、できるだけ数値化したり、イラストを使って図式化したりして、誰にでもわかりやすいデザインガイドラインを目指しています。

阿部:ユーザテストを実施するとき、調査が目的になってしまって、その結果を次に活かせていないケースもよく耳にしますが、いかがですか?

粕谷:たしかに調査は疲れますね。こちらがそのサイトに仕込んだ仕掛けを、意図通りに操作してくれないことも被験者によってはありますから。それを見て調査現場で悔しがったりしてます(笑⁠⁠。しかし、今お話ししたように、それを着実に実際のサイトの改善に盛り込む流れになっています。

森田:そのユーザテストというのは、制作プロセス中に盛り込むのですか? あるいは大きいリニューアルの前後の運用中に盛り込んで改善をかけているのですか?

粕谷:制作プロセスの前後に盛り込むようにしています。具体的にはリニューアルの前と後に、そのリニューアルの効果がわかるようなかたちで実施するのが理想だと思います。

森田:なるほど、それは大きな強みですね。

長谷川:企業にデザイン研究所があるのは大きいですね。しかも、それがサイトにまできちんと応用されている点に注目したいです。

阿部:繰り返しになりますが、今回のお話はぜひ他の企業担当者の方に見てもらいたいですね。座談会が始まる前から考えていたこととして、大企業の場合はとくに事業間の壁がものすごく大きいと思っていましたが、実際に壁はものすごく大きいのではないかと思っていて、そしてそこに横串を刺して、横断的に情報を共有しサイト運用にこぎ着けたという成果はとても素晴らしいと思います。

粕谷:企業にとってWebは、ビジネスチャンスを創るための重要な手段だということは、もはや誰にでもわかっていることかと思います。そのWebがもっと有効に利用できる方法を提示できれば、つまり売りにつながることを見せることができれば、たくさん事業部門があっても、各々とのつながりをより深めていくことができるのかと思います。

また、部門ごとにばらばらにサイトを運営している状況で、それをまとめることは他の一部門には難しいことですから、そんなタイミングだからこそ本社スタッフ部門である宣伝部の前々から培った横のつながりをフルに活用することができたわけです。

森田:僕たちbAは、従来の会社構造に対して、Webこそが横串が刺せるものであると考え、企業コミュニケーションの本質的な支援に直接携わることのできるデザインファームの確立を目指してきました。

この10年間、体感としてそういった構造が大きく変わったのかというと、あまり変わらなかったのかもしれないという判断もあり、正直いうとくじけそうにもなることもありました(笑⁠⁠。しかし今回、三菱電機のサイトのお話を聞いて大変勇気づけられました。この規模感で(横串を刺すことを)実現できたというのは、素晴らしいです。

粕谷:皆さんにそういっていただけるのは光栄です。でも、まだまだやるべきことはありますし、もっともっとモテたいと思ってますよ。もちろん社内だけでなくユーザの方々からも。

継続は力なり

長谷川:他にもさまざまなエピソードがあるかと思いますが、そういったストーリーが一貫しているところに着実性を感じます。一回のリニューアルですべてを実施するのではなく、長期計画に基づいて着実に進化していっているのは、企業側でしっかりとしたポリシーを持って運営ができているたまものだと思います。そうした意味で、三菱電機のサイトは「積み上げ」を感じさせてくれるサイトと感じました。

粕谷:コーポレートサイトを組織間で連携して構築していくことで、それを統治するためのWebガバナンスのきっかけを生み出せたと思っています。先に企業ガバナンスから取り組むのは難しいかと思いますが、Webを統治するためのガバナンスを作ったことで、それが企業ガバナンスにもつながっていけば当初の期待を超える効果と言えるかと思います。

森田:たしかに企業ガバナンスありきをイメージしてWebに当てはめるのではなく、まずはWebのためのガバナンスとして、Webガバナンスから企業ガバナンスの構築に取り組むというのは成果も見えやすい分、進めやすいと思います。

今回の三菱電機のサイトは、コーポレートサイトの制作・運用事例としてあるべき姿の1つではないでしょうか。継続してきたからこそ形になり、成果を生み出しています。

長谷川:先ほどのBtoB/BtoC向けコンテンツの話や横断的な事業部の話を聞いていて、エンタープライズ情報アーキテクチャの教科書のような事例と思いました。

森田さんもおっしゃったように、継続したことで資産が蓄積され、自社にディレクション機能が備わっています。これは、コーポレートサイトの運用においては大きな強みです。

阿部:コーポレートサイトに限らず、Webの世界ではPDCAを回していく必要があります。それでも、実際にはここまでPDCAを実現している例は、あまり見たことがなかった分、担当者の意識次第でしっかりできるものなんだと実感しました。Plan、Do、Check、Action、それぞれにおいてどう行ったかが見えているサイトだと思います。

地道でもきちんと続けていくことで、それが報われているケースです。僕も繰り返しになりますが継続の力だと思いますね。

粕谷:私が所属するデジタルメディアグループのマネージャーは、当社のデザイン研究所出身の方が二代続いており、そのことが大きなターニングポイントの1つになっています。広告宣伝の見方とプロダクトデザインの見方、それぞれの持ち味を組み合わせて、新しいサイトを築いてこれたのかと思います。それに、グループのカルチャーとして、トップダウンで「これを全部やりなさい」という雰囲気ではなく、すべきことや、やったほうがいいことを自発的に考えさせてもらえたことにより、さらに前に進みやすくもありました。

結果として、クリエイティブやマーケティング的な視点と、ユーザビリティ的な視点が融合した当社独自のWebサイトが実現できたと思います。

まとめ

三菱電機のコーポレートサイトは、本誌でも注目事例として#20にて取材をさせていただきました。今回はとくに大企業では避けて通れない横断的な事業部間へのアプローチ、多様なターゲットユーザへの取り組みについてお話しいただきました。

阿部、森田、長谷川の三氏も述べているように、結果を残せているのは「継続」があったからこそです。Webのように進化の流れが速い業界において、継続的に新しい取り組みを行うのはとても難しいことです。しかし、粕谷氏が取り組んだような地道な動きというのが実を結ぶというのを、ぜひ本誌をお読みいただいている企業担当者の方にも参考にしていただきたいです。

画像

三菱電機株式会社

画像

1921年1月創業。連結従業員数約10万人を擁する総合電機メーカ。技術、サービス、創造力の向上を図り、活力とゆとりある社会の実現に貢献することを企業理念とし、重電システム、産業メカトロニクス、情報通信システム、電子デバイス、家庭電器など、その事業分野は多岐にわたる。

事業情報サイト URL:http://www.MitsubishiElectric.co.jp/index_b.html
会社情報サイト URL:http://www.MitsubishiElectric.co.jp/index_c.html

株式会社ワンパク

画像

リクルート「スゴイ地図」⁠L25.jp」⁠R25.jp⁠⁠、日本マクドナルド「メガマックショウ」などを手がけてきた中心メンバーがスピンアウトし、 2008年1月に新たに立ち上げたWeb制作をメインとしたクリエイティブプロダクション。HOTなアイディアとHOTな技術をベースにHOTなマインドを持ったHOTなメンバーでHOTなものづくりを行い、クライアントやエンドユーザの心をHOTにするため日々奮闘中。

株式会社ビジネス・アーキテクツ

画像

顧客企業の事業を支援するコミュニケーション戦略を提案・実施する国内最大規模のWebデザイン企業。顧客企業の経営課題を的確に捉え最新の情報技術を活用し、デザインという切り口から多面的なサービスを提供することにより、大企業の新事業立ち上げや事業の再編・再構築を支援。制作したWebサイトを通じて国内外のアワードを多数受賞している。

株式会社コンセント

画像

「Web時代の設計事務所」として2002年設立。ビジュアルコミュニケーション、情報アーキテクチャ(IA⁠⁠、テクノロジーを融合して、おもにWebや情報プロダクトを活用した問題解決を行っている。大規模コーポレートサイトの構築、サービスサイトの最適化、インタラクティブコンテンツの企画・制作、運用によるサイトの効果向上、Webサイトやサービスでのユーザ経験のデザイン、情報プロダクトのコンセプトモデルの企画など、活動は多方面にわたる。コンセントブログにて活動実績など情報発信中。

人間中心設計推進機構(HCD-Net)

特定非営利団体 人間中心設計推進機構(略称HCD-Net)は、2005年に設立された、人間中心設計(Human Centered Deisng)を広く広めることを目的としたNPO。HCD-Netでは、ペルソナ法、ペーパープロトタイピング、情報システムのためのユーザリサーチ手法などのチュートリアルやワークショップを開催しており、HCDの普及につとめている。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧