キーパーソンが見るWeb業界

第10回2010年がやってきた

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今回、本連載第1回目以来、約2年ぶりにレギュラーメンバー3人のみによる鼎談が行われました。Web業界、そしてそこに関わる人にとって、2009年がどういった一年だったのか、また2010年がどういう一年になるのか、お三方が感じたこと、経験したことを交えながら熱く語っていただきました。

阿部 淳也(あべ じゅんや)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター

自動車メーカにて電装部品のユーザインターフェース設計を8年間手がけた後、IT事業部異動。約4年間Webデザイン、Flashオーサリングなどを手がけるとともに、営業支援システムや化学物質管理システムなどのテクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmo Interactive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサ、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にワンパクとして独立。

長谷川 敦士(はせがわ あつし)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D⁠⁠。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計⁠⁠、監訳に『デザ イニング・ウェブナビゲーション』などがある。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。

森田 雄(もりた ゆう)
読書家

2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役。ディレクター、プロジェクトマネジャー、インフォメーションアーキテクトとして多数のプロジェクトに携わる。2009年8月に同社を退職、現在は読書家と称して充電中。HTMLやCSSなどのフロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。広告電通賞審議会選考委員。IA Institute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。アックゼロヨン・アワードグランプリおよび内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞、Webby Awards、New York Festivals など受賞多数。

2009年を振り返って

阿部:2009 年を振り返ってみると、代理店の決算報告は前年と比べてかなり悪い数値が出ていました。これは、とくに4 大メディアのうちキー局を中心としたTV における広告費の削減、それに伴なう制作費削減が大きく影響しています。その中で、Web を中心としたインターネット、OOH、交通広告、販促領域などへ予算がシフトしているように感じた一年でした。

森田:たしかにインターネット関連への予算が増えていましたが、気になるのは広告予算総額が減っている点です。

長谷川:加えて、Webに限らずインタラクティブなコンテンツに関しては、広告がなくても仕組みがあれば成立するということが認識され始めたことです。結果としてまとまったお金が必要のないコンテンツ・クリエイティブが生まれてきているのではないでしょうか。

また、経済活動そのものが鈍くなっているがゆえに、広告に頼らない、顧客と提供者との直接的なやりとりでのビジネスが多くなったということも見受けられます。

仕事の受発注の動きが変わってきた

阿部:この一年の厳しい状況の中で、僕自身が感じたのが、ビジネスモデルの在り方の変化です。本連載の第7回にご登場いただいた三菱電機の粕谷さんとお話する機会があったのですが「これまでは広告代理店(以降代理店)に発注しておけば広告もWebもつくられていた。ただ、それが今は企業側の知識もリテラシーも高まり、代理店を経由しなくても実現できると考える人が増えている」とのことです。また「代理店が持つプロデューサーとしての機能は必要ではあるものの、まさか10年前に小さな独立系の制作会社と直接仕事をする時代がくるとは思わなかった」ともおっしゃっていました。

森田:たしかに自社メディアとして展開するのであれば代理店の存在意義は小さくなっています。ただし、他のメディアの枠を抑える、いわゆるメディアの枠買い(メディアバイイング)という点で、代理店と取引することの価値はあると思います。それでも、最近は代理店が代理する部分の仕事は減ってきています。

阿部:その結果として、代理店が広告以外の部分、具体的なビジネスにまで関わるようになってきているように思います。

森田:たとえば、企業に対するコンサルティングビジネスとかみたいなものですよね。それらには広告まで到達しないところで完了しているというのも含まれているように思います。

阿部:逆に、僕たちのような小規模な企業にとっては、発注する企業がこちらの提案に耳を傾けてくれるようになったことが非常に大きな変化だと感じています。これは、企業側がきちんと何をどこに頼めば良いのかを自ら取捨選択して、発注をかけようと考えているためだと思います。それによって専門性を持った我々ののような企業の位置付けが高まったとも思えます。

長谷川:企業側の担当者の中には、主体性を持ち始めてきている人が増えているのは確かだと思います。本連載でもずっと話していますが、ここにいる3人が10年前に考えていた状況に、ようやくなってきたと言えます。スタート地点に立ったわけです。

また、たとえばサイバーエージェントなどのネット広告を扱う企業、メディア広告全般を扱う電通といった企業も、先ほど話に出たメディアバイイング以外の部分で利益を生み出そうという動きが見えます。その動きが整備されれば、これらの企業しか扱えない規模に対しての必要性が高まるでしょう。

逆に、たとえばワンパクやコンセントといった規模の企業が、それら大手企業と対抗して(案件を横断的に)すべて見られるかというと、難しいと思います。大事なのは、私たちが、ブレインとしてパートナーになれる時代になってきたことでしょうか。

阿部:おっしゃるとおりで、今は得意な分野ごとに専門性を持った人がアサインされていく。いわば人材のマッシュアップが生まれてきています。2009年のように厳しい経済状況において、業界全体が「予算ができたときに本格的にやろう」という意識を持ちながら、最初のきっかけ作りをすることに積極的になってきました。

また、⁠企業側が)話を聞いてくれるということは、個を見てくれるようになったことでもあります。インタラクティブメディアという領域の中で得意分野のプロフェッショナル達を集めて、プロジェクトチームをつくる。その中で各々が最高のパフォーマンスを発揮していくという流れが出てきていると思います。

森田:その理由の1 つは、企業側にインタラクティブコミュニケーションの専門家が少ないという点が挙げられるのでしょう。こういった状況において、企業側は自社メディアでのインタラクティブ構築のために専任のスペシャリストを置く動きがあればと思いますが、これは外部に頼んだほうがコストを抑えられるからかもしれません。

長谷川:あとは(技術やデザインのトレンドなど)状況に応じて担当者を変更しやすいというメリットもあるのではないでしょうか。それでも、今の動きが進めば、いずれはコンテンツの責任者、ディレクターのポジションを置く企業が出てくると思います。

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フリーランスや独立系としての働き方

阿部:自分たちの働き方という点で、2009年で意外だったのが、フリーランスになる方が増えた点です。僕は減ると思っていました。

森田:何かを目指してフリーランスになったという人だけではなく、結果としてなってしまったという人も多いでしょうね。

長谷川:日本では2005年ぐらいから企業のWebの取り組みは一般化しています。この時期はまだWebサイト構築に関わる仕事はほぼアウトソーシングされていたため、多くのWeb制作会社が立ち上がったり、また独立してフリーランスになる流れもあったと思います。

2009年の今、この流れは一旦収束し、だんだんとそういった立ち上げのプロジェクトは減ってきていると思います。

阿部:我々を含めてまたあらたにチャレンジしていかなければいけない時代になってきているわけですね。

長谷川:フリーランスとして個人で仕事を請け負っている場合に比べ、会社として仕事を請け負っている場合には、納品物の品質は仕組みで担保できる面があると思います。今のように予算の絶対額が低い状況では、何かしらの成果物が出てくることでよしとされてしまっていることが往々にしてあります。しかし、問題なのは、これから景気が回復したり予算の組み方が変わり、成果物に対する評価基準が高まったとき、そういった人たちがそのレベルに対応できるものを作れるかどうかということです。

森田:代理店もそうですし、フリーランスや独立系企業でも広告関係の受注額は今後もしばらくは厳しいでしょう。そういう状態が通常だとすると、品質の低下にならないように、必要な基準とか落としどころにすべき評価の指標みたいなものを、今後ますます考えていかなければなりませんね。

不景気下において求められるもの

森田: 繰り返しになりますが、2009年はとても厳しい経済状況だったわけですが、この先もすぐに回復するとは思いません。その中で、固定費削減に加えて、変動費の削減も増えているのが顕著に現れています。運用費であったり、単純な制作におけるフリーランスへの仕事の発注は減っているように思います。

長谷川:たしかにその点はある程度予想ができていました。ただ、不思議なのは、いまだに企業が案件を発注する際にコンペを行うことです。私の経験上、コンペに上がる企業(の特徴や質)にとてもバラツキが多く、ここにはまだ無駄が多いように感じています。中長期のパートナーを選ぶ方法としてはあまり適切ではないと思いますね。

森田:それはHTMLを書くこと(手を動かす部分)はコストが高いからです。つまり、発注側としては、制作側に期待する部分の中に1社にまるまるお願いして予算を抑えられないかという意識があると思います。ただ、本来であれば、いろいろなデザインを掛け合せたときに生まれる可能性というのがあるはずです。だから、企業側としてもどこまで横の領域にまで手を出せる(複数に発注できる)かが大事だと思います。

長谷川:それは(HTMLやCSSを書く)デザイナーではなく、異なる特徴の制作プロダクションを増やすということ?

森田:いえ、僕たちが言っている広義のデザイナー(設計まで考えられる人材・企業)が必要ということです。

阿部:今の話を聞いていると、今後はますます僕たちが持っている知見が活かせる時代が来るのではないかと期待します。たとえば、Web を知っていながらも、広告領域を知っていたり、ユーザインターフェースデザインを知っているという強みがあることで、掛け合わせるデザインの幅が広がるからです。

長谷川:私たちコンセントの場合では、プロセスコンサルティングに対してのニーズが増えました。おそらくWebと組み込み系といったWeb以外のインターフェースの両方を知っていることが強みとなって、ニーズが増えているのだと思います。

ただ、これは単純なテクニック論の話ではありません。デザインという知識に対してインタラクションデザインを知っているかどうかということです。それがわからなければ(Webを)他の領域へ応用できるわけがありません。

これは、ぜひ雑誌や書籍といった情報を提供する方たちにも、もっと意識してコンテンツを提供してもらいたいです。

森田:Webに関わってきた人たちが全員そういう強みを蓄えてきたわけではないかもしれませんが、これから益々そういう方向性が求められていくのだなということを意識的に捉えていきたいですね。

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意識の共有と自立心を持つ

長谷川:『Web Site Expert』の読者の皆さんにも、ぜひトレンド志向・技術志向などで視野を狭めてしまうのではなく、トレンド・技術以外にも目を向けてもらいたいです。もちろん、⁠その技術については日本一というような)スーパー技術者であれば問題はないのですが、全員がそうなるのは難しいですから。

とくに、ビジネスの観点は意識してもらいたいです。私見ですが、最近Web業界を見渡したときに、ビジネスマナーを持って話せる人が少ないように思います。この点においては、広告業界から入ってくる人はとても強いですね。職業柄、つねに相手目線に立つという案件が多いため、仕事をするうえでとても重要なマナーを身につけています。この観点から、単に「Webが好きだからやりたいです」という人にとっては、ますます厳しい状況になっていくでしょうね。

阿部:ビジネスへの意識、 ビジネスへのマナーについては、この連載で繰り返し発信してますよね。2009年11月に行われたFICT Tokyo 2009でのBig SpaceshipのJoshua Hirschの講演を聞いたのですが、彼はBig Spaceshipでは、ストラテジストもプランナーも、デザイナーもエンジニアもすべての業務領域・職能がクリエイティブであると言っていました。業務を分業制・縦割りにするのではなく、業務領域として横に配置するそうです。これにより、プロジェクト関係者全員が、プロジェクトの目的、スタートのきっかけなどを共有しながら、全員がクリエイティブに関わるという発想が持てるそうです。このようにビジネス的な考え方を持ちながらクリエイティブを生み出す考え方は、これからのスタイルとして定着してほしいです。

長谷川:それでも、残念ながら現実はその状況にはなっていないですね。

森田:自立心が必要なんです。とくにプロデューサーのような仕事をする場合、自分で考えて動けなければいけない。そして、こういう厳しい状況だからこそ各自が強い自立心を持ってもらいたいです。

長谷川:まさにそれです。あとは、これだけ技術が進化していろいろなことができるということは、求められることも増えるわけです。10年前であれば手探りでできていた規模だったものが、今からこの業界に入ってくる場合には、いきなり色々とキャッチアップしなければいけない。最初から知っておくべき知識が増えていることも知っておいてもらいたいです。

森田:とくに経験者として転職したり、フリーランスに転向する人にとってはそうですね。ひとつの肩書きにとらわれないで、デザイナー、ディレクター、エンジニアすべてを名乗れるようになるとか。

一方で、これから僕たちと同じ業界に入ってくる、業界新人にはどういうアドバイスがあるでしょうか?

長谷川:これまで自分たちは、時代とともに成長し、また、他の業界の人の背中を見て育ってきた部分があります。だからこそ、これからは新しい人に対してのきちんとした教育プログラムを作る必要があると感じます。

森田:そう考えると、たとえばWebディレクターという職種が実に広すぎですよね。

長谷川:はい、そう思います。この連載の最初でも言いましたが、実はWebディレクターという肩書きはないのではないかとも思います。というのも、アメリカのキャリアパスを見ると、ある職種に付くとき、ジュニア、シニア…というように段階を追ってパスが作られていきます。それは、その職種の専門家であるということの裏付けです。日本におけるWebディレクターというポジションはあまりなくて、逆に日本のWebディレクターはスーパーマンを求められてしまうように思います。

森田:Webという職種の専門家だとしたら、僕たちすべての人がそうですからね。職能で仕事をとらえていかないと、スーパーマン以外はだめとなってしまいますね。

阿部:それから、自分たちを振り返ってみて、なぜ今この仕事をやっているのか、これまでやってこれたかを考えると、とにかく楽しいことをやってやろうと仕事に熱中していたということがあるように思います。そういったものをこれから入ってくる人にも持ってもらいたいですね。

2010年に向けて

阿部:これまでWebデザイン・制作に関わる人の多くは技術的なアプローチが強かったように思います。2010年に向けて、これからは美術系や情報工学系というように、多様な分野からWeb業界に入ってくるケースが増えると思いますし、増えてほしいと期待しています。

1つの例として、大垣市にあるIAMAS(情報科学芸術大学院大学)や多摩美(多摩美術大学)情報デザイン学科、慶応義塾大学SFCなどから入ってくる人材には期待したいですね。彼らははじめからインタラクティブ・クリエイティブ領域から出てくるわけですから。

森田:ただ、そういう(インタラクティブ・クリエイティブ領域の)仕事だけではないというのは注意してもらいたいです。それでも、自分たちの10年前と比較してみると、彼らが持っているスキル、能力というのはとても高いと思います。また、状況が整っています。

長谷川:たしかに、たとえば大学であれば4年間ないしそれ以上、特定の学問に打ち込むことで、技術を突き詰めていくというアプローチが大切だと思います。これから仕事を始める前に、自分にとって1つ根ざしているものを持っているのは大切です。ただ、繰り返しになりますが、仕事はそれだけでは成り立たないということも知っておいてもらいたいです。

森田:阿部さんがおっしゃったようなインタラクティブ領域の新し担い手たちと、10年以上この領域で経験してきた僕たちが、彼らと人材のマッシュアップをはかっていきつつ、直接に同じ土俵で勝負するのではなく次の土俵へ、たとえばこれまで培ってきた経験、能力を活かして、業界の枠を広げていかなければいけないと思っています。そして、そのプロセスの中で業界のインフラを作っていけば、2010年以降もさらに先が見え、広がっていくのではないでしょうか。


今回は、久々の3人による熱いトークでした。内容をご覧いただくとわかるように、本連載で伝えたいことは第1回目からずっと変わっていません。とにかく今あるWebの力、可能性を信じて広げながら、各自が当事者としての意識を持つことによって、良い環境・良い世界を作り上げていけるのではないでしょうか。

最後のコメントにもあるように、Webが登場して時が経ち、今また次のステージに進もうとしています。これからは経験者たちが業界としての枠を安定させていく一方で、これからWeb業界に入ってくる人材たちが裾野を広げて、新しいものを取り入れていく、2010年がそういった未来の最初の年になれば良いと思います。

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