今回は、ゲストに株式会社アレフ・ゼロ 伝わるしくみ開発室室長 クリエイティブディレクター川崎紀弘氏をゲストに迎え、最近注目を集める電子出版とともに注目を集めるエディトリアルデザインをふまえた、「デザイン」の潮流について語っていただきました。
川崎 紀弘(かわさき のりひろ)
株式会社アレフ・ゼロ 伝わるしくみ開発室室長/クリエイティブディレクター
凸版印刷株式会社、株式会社アスキーなどを経て2000年アレフ・ゼロ入社。リクルート『週刊住宅情報』、産業デザイン振興会『グッドデザインイヤーブック』などのアートディレクターを歴任。また、経済産業省『経済産業省のご案内2009』、東京工業大学『サイエンス&アート研究プロジェクト』など、企業、法人などの広報ツールを中心に『伝わるしくみ』に基づいたプロジェクトの立ち上げ、設計、クリエイティブディレクションを行う。
阿部 淳也(あべ じゅんや)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター
自動車メーカで車内のユーザインターフェース設計を約7年間手がけた後、IT部門で約4年間Webデザイン、Flash、CG制作とともに、テクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmoInteractive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサー、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にクリエイティブプロダクション「ワンパク(1PAC.INC.)」を設立し独立。「インターネットとリアルな世界を融合させ相乗効果を生むコミュニケーションをつくる」を合い言葉に、さまざまなクリエイティビティあふれるHOTな作品をリリースし続けている。
長谷川 敦士(はせがわ あつし)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D)。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計』、監訳に『デザイニング・ウェブナビゲーション』などがある。武蔵野美術大学非常勤講師。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCDNet)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。株式会社AZホールディングス取締役。
森田 雄(もりた ゆう)
株式会社ツルカメ 代表取締役社長 UXディレクター
2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役、2009年8月同社退職。読書家と称した充電期間を経て、2010年5月よりめでたく社会復帰。IAおよびUX、フロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。広告電通賞審議会選考委員。米IAInstitute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。Webby Awards、NewYorkFestivals、WebAwards、アックゼロヨン・アワード グランプリおよび内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞など受賞多数。趣味は料理とカメラ。
企業広報からの案件
川崎:私はこれまで、住宅情報誌やパソコン誌、産業デザイン振興会『グッドデザインイヤーブック』などのアートディレクターをしてきました。現在、アレフ・ゼロでは「伝わるしくみ開発室」という取り組みをしており、ここの室長を務めています。「伝わるしくみ開発室」では、「伝える手法」だけではなく、「伝わるしくみ」を考え、コミュニケーションを実現することについて追求しています。
これまでは、いわゆる出版業界からの受託としての編集・デザインをおもな業務としていましたが、最近は企業を取引先とした案件が増えています。具体的には、企業広報の方が発注者となって、広報誌などのプロデュースおよび企画を請け負うものです。
阿部:企業からの案件というのは紙がメインですか?
川崎:はい、紙が中心となっています。
森田:あいだに誰かを挟まずに、直接広報担当者とのやりとりが発生するのですか?
川崎:そうですね。当初はこちらから提案したものが多かったのですが、いろいろとヒアリングをしてみて、広報担当者からの課題が見えてきて直接やりとりすることが多いです。こういったケースで私たちが受けている仕事の多くは広報誌になるのですが、企業としては社員に情報を共有させたいということを目的に、広報誌に対して品質を求めてきていると感じています。
阿部:そういった案件(が発生するかどうか)は企業規模によって異なりませんか。とくに大企業では、グループ会社内に印刷関係会社が含まれていることもありますから。
川崎:たしかにこれまではその傾向が強かったのですが、最近では大企業でも外部に発注するケースが増えています。大企業の場合、編集を委託する会社とデザインを委託する会社を分けるところもあります。
どのように見せるかが大切
森田:今のお話を伺って、企業は本質的には広報誌に対して何を期待しているのかが気になります。というのも、Web上に広報誌のようなコンテンツを置いたとしても、そもそもそれほど見られないような気がしますが、それが品質の高い紙に置き換わったとしてどのぐらいの社員が目を通すものなのでしょうか? コンテンツを充実させることは大事だと思いますが、根本的解決につながるものなのでしょうか?
川崎:一時期、紙からWebへと移行する動きがありましたが、あまり読まれなくなってしまったということがあります。現在は、トップダウンのメッセージを伝える機能として紙の広報誌が使われるケースが多いです。その上で、雑誌のような構成にすることで継続的に見てもらう工夫はしていますね。
森田:それでも、本質的には読むシーンが拡大しないと難しいのではないでしょうか。
阿部:その疑問はわかります。社員が広報誌を読むシーンってそれほど多くないと思うんですよね。たとえば、昼休みのちょっとした時間ができたときとか。また、曜日で言えば月曜の朝イチに配られたとしても目に通しづらいだけではなく忘れてしまうこともありますし、逆に金曜の夕方頃、一息ついたときのほうが気持ちとして読む意識が高まるように思います。
川崎:お二人がおっしゃるとおり、そこが非常に大事なところです。実際に企画するときにも、中身を(どのようなシーンで読んでもらうか)明確にしたことで、読まれるようになったという声を聞きます。
森田:そう考えると、通常のWebサイトとはアプローチが異なりますね。Webの特徴の1つには、外部からの時間的制約を受けずにいつでも見られるといったことが挙げられますから。
雑誌のデザイン、広報誌のデザイン
阿部:少し話を変えて、そもそもとして(企業案件を受けて)ビジネス的な広がりは見えていますか?
川崎:正直なところ、金銭的な面では1つの雑誌を受けたほうが良いことが多いですね。ただ、そうした側面以外に、アレフ・ゼロとしてビジネス領域の幅を広げられるという意識のほうが強いです。
長谷川:私が在籍しているコンセントは川崎氏のいるアレフ・ゼロと同じ「AZグループ」に属しているのですが、編集業務という点では、これまでは数多くの雑誌があったため雑誌案件を受けていたという状況だったのが、出版不況による雑誌数の減少があり、その結果として広報誌などを受けるようになったという判断があると思っています。
ただ、そういった状況的な理由以外に、伸びしろがあるから行っているようにも思います。
森田:それは、雑誌にしても広報誌にしても一定量の負荷が変わらないという前提で?
川崎:雑誌の特性にもよると思うのですが、たとえば週刊誌の場合、かかる負荷が大きくなりますね。週刊で発行するという特性上、毎号毎号の特集が重要になり、結果として瞬発力のほうが重視され、逆に定形の部分が少なくなりますから。
他に、連載重視の雑誌やシリーズものの書籍の場合は、定形に当てはめやすくなります。
Webのデザインとコンテンツのバランス
長谷川:Webデザインで見ると、どこからどこまでをやるかが重なる部分が多くありますが、企業サイトに限って言えば、ナビゲーションとコンテンツの切り分けがしやすく、川崎氏が言う、定型なものになりやすいのかもしれません。
森田:それでも、Webマガジンのようなものは、紙の週刊誌と同じように制作サイドにかかる負荷が大きいと思います。何より実装コストが大きくなりがちです。なぜなら、Webマガジンは基本的にはサイクルで回す運用がメインになるもののはずですが、実際はコンテンツに注力しなければいけないケースが多く、毎回スペシャルコンテンツを作らなければならない状況に陥ることもあるからです。
いずれにせよ、企業サイトでもWebマガジンでも、先進的なケースを除けば、運用サイクルの中でコンテンツを作れるかどうかを考えなければいけませんよね。逆に、単一のフォーマットを汎用的に使って、ただコンテンツを流しこむだけのWebマガジンだったら、他のWebサイトと比較しても格段に見られなくなってしまうと思います。
もう1つ、Webデザインをするときに注意したいのは、一口に“コンテンツ”と言っても、それが(要素などの)内容だけを意味するコンテンツなのか、実装までを含めたコンテンツなのか、そこも明確にしなければなりません。
阿部:それから、企業から請け負うサイトに関して言えば、コーポレートでもWebマガジンでもクライアント依存度が高くなると思います。ただし、本来ならば、我々Webの制作・デザインをする立場の人間が、コンテンツそのものの企画や編集領域から入って実装していかなければいけないはずです。
現状は制作側にそこまでの体力がないのに加えて、予算が少ない、さらには、Web制作・デザインサイドに企画や編集に対する意識が弱いように思っています。
森田:おっしゃるとおり、本来ならばWeb制作・デザインをする立場も、クライアントからの原稿を待つだけではなく、(Webに合う)どういった原稿が欲しいのかまで伝えていくべきです。
川崎:今のお話を聞いていて感じたのが、紙の場合、ページ数という大きな制約があります。そのため、まずボリュームに対してコンテンツの配分を考える必要があり、企業から請け負う広報誌でも、市販の雑誌にしても、エディトリアルデザインをする立場の人間が全体の構成を意識することが前提になっているのかもしれません。
Webのデザインと紙のデザインは同一テーブルには乗らない?
森田:ここまでのやりとりをしてみて、僕自身はWebのデザインと紙のデザインはやはり異なると思っています。たとえば、今の全体の構成を意識する・しないに関しても、紙の場合はデザインする側が読み手に提供する一方向性のものなのに対し、Webの場合は情報は提供するにしても、デザインした結果については見る側が判断し、ユーザが決められる状態にあるわけです。極論をすればデザイン側のビジュアル的な意図はまったくなくなります。
阿部:それは、紙は情報が一方向に流れるメディアであり、Webは双方向に流れるメディアだからということになりますね。
長谷川:たしかにメディアとしてはまったく異なるのですが、実際のWeb制作の現場では「紙のままの情報を使ってほしい」「紙の情報をWeb用に再編集してください」といった要望を聞く場合があります。そういうときに「紙とWebではメディアが違う」という答えでいいのかどうかは考えるべきところではないでしょうか。
森田:そもそもとして、空間的な制限から、紙は情報を切り捨てやすく、Webは蓄積しやすいものなので、そういう観点も含めメディアが違うと答えることは必要かと思います。ただしもちろん原稿または素材として、紙の情報を使ってほしいというのは当然ありますし、それ自体にはとくに問題はないかと思います。
Webのコンテンツをどう伝えるのか
長谷川:とは言うものの、私自身がWebのデザインをしていて気になるのは、「UIを使いやすくする」という意識はあっても「表現を良くする」という意識が表に出てくることはあまり見られないことです。自分たちがデザインしたWebに関して、どうすれば読みやすくなるのか、表現が豊かになるのか、よりよく伝わるのか、これからのWebのデザインはそういったところまで踏み込む必要があると感じています。
森田:僕はWebの本質として、そこまで作り手がコントロールしなくても良いというか、すべての環境に対してという意味で、できないだろうと思っています。
長谷川:非常に難しい判断ですが、どこまで表現(エディトリアルデザイン)にこだわっていけるかは、私自身とても大事だと思っています。
最近の例で言うと、先日私はアレフ・ゼロと一緒にiPad向けの電子書籍コンテンツを制作しました。そのときはUIデザインについてはコンセントが担当し、文字組み・レイアウトはアレフ・ゼロが担当するという分担で実装しました。たまたまiPadというデバイスではありましたが、実際にデザインをしてみて、UIデザイン以外の、文字サイズや文字組みなどを含めたデバイスに特化した表現のチューニングの大切さを感じました。
阿部:おそらく、今の二人の議論の要因の1つは、エディトリアルデザインとWebデザインの出自が違う点ではないでしょうか。紙はもともと、タイポグラフィの考え方など表現の部分を含めて進化してきています。そこに付随するのがエディトリアルデザインです。
一方、Webというのはハイパーリンクの考え方から生まれてきているもので、当初は情報を構造化した上で、情報と情報をどうつなぐかという考えがあり、その後、Webブラウザが登場するなど視覚的な考え方が付いてきています。最近では、FlashのクリエイティブやCSSによるデザイン、また、ベンダーからのAPI経由でのフォント提供などビジュアル面への意識が高まってきていると思います。
こうした背景の下、最近は、Webのデザインをしたい人が、エディトリアルデザインの基礎やタイポグラフィの概念を知らずにデザインに入ってくることがあります。ここはまだまだ発展途上だと感じています。
長谷川:出自の違いがあるにしても、たとえば、企業サイトで長文を掲載した場合、どうすればたくさんの人に快適に読んでもらえるか、それはデザイン側で工夫できるポイントです。そこに、Webデザインの中へエディトリアルデザインの考え方を取り入れる余地があると思っています。
川崎:紙だけをやってきた人間からすると、たとえば先ほどのiPadの事例に関して言えば、これまで自分たちは紙というメディアの上でしかデザインをしてきていなかった、いわば静的なコンテンツしか扱っていなかったわけです。そのため、インタラクションとかユーザエクスペリエンスとか、アクションとかまったく知らなく勉強になる部分が多くありました。
森田:今のコメントで誤解があると感じたのですが、Webのデザインは、インタラクションとかユーザエクスペリエンスだけを行うものではありません。情報をどう伝えるか、またはどう伝わるであろうかということも考えているわけです。
そこは単にビジュアルだけの話ではなくて、情報をビジュアルではなく音声データとして届けることもできるわけですし、将来的にはほかの感覚で伝わるような表現することができるかもしれない。つまり、ビジュアルのデザインという枠ではなく、Webのデザインの根底には「情報がどう扱われるか」があるわけです。
阿部:従来の紙との比較で言えば、体験ができるというのは大きいと思います。とくに日本の教育分野では、これまで暗記型の勉強スタイルが多く、紙はそれに最適でもありました。ただ、今後は技術の進歩により、体験型の学習ができるようにもなるはずです。
そのとき、自分たちが持っているWebのデザインの知識や技術、ユーザエクスペリエンスをいかにつくるかといった経験、インタラクティブやインタラクション領域の経験はかなり役立つと思っています。
また繰り返しになってしまうのですが(笑)、エディトリアルデザインの知識を持っていることで、自分たちが作り出すものの表現力が高まるのではないでしょうか。
大事なのは基礎を学び、軸足をしっかりすること
森田:僕の中では、Webデザインというのは、そもそもとして今皆さんがお話したことをすべて、つまり、あらゆる体験とその実現を包含していると思っています。その上で、今後のWeb業界を考えると、Webとは何であるのか、Webで何を知っておくべきなのか、やはり本質を学んでもらいたいです。Webは未来を作れるメディアだと思っています、Webデザイナーを目指す人にもすでにやっている人にも、隣の領域に手をのばすという姿勢ではなく、Web目線での取り組みだったり学習として実践してもらいたいですね。
川崎:私はこれまで紙を中心にやってきたので、お話を伺っていて、Webというメディアの難しさを感じました。とくに、ユーザ側に一任できるということは、デザインをより注意深く行わなければいけないのですね。
長谷川:私は視覚的なデザインの先にあるのがエディトリアルデザインだと思っています。そのため、たとえばUIデザインのあとの形に落とす段階になった場合、もっとコンテンツへの意識を持って、表現を高めることを知っておくべきだと思います。
阿部:根本の部分は森田さんと同意ですが、やはり私自身もエディトリアルデザインの考え方が不足していると思いますし、その部分は取り入れていきたいと思っています。その考え方・知識を身に付けることで自分たちがやれることが増えるはずですから。
以上、今回はエディトリアルデザインとWebデザインという切り口から、コンテンツの作り方、表現、情報の届け方など、デザインをするうえで重要なポイントについておはなしいただきました。今、電子出版がブームと言われ、Webと紙の融合と言われることもありますが、どちらのデザインをするにしても、何を意識すべきなのか、表層的なところだけではなく本質的な部分を捉えていかなければいけません。