今回は株式会社アクシス岡村祐介氏をゲストにお迎えし、インタラクションデザインとデザインプロセスの観点から見たWebというテーマから、レギュラーメンバーの3人とともにデバイスとWebの概念について語って頂きました。
岡村 祐介(おかむら ゆうすけ)
株式会社アクシス インタラクションデザイングループ マネージャー
株式会社アクシス インタラクションデザイングループ マネージャー
1996年慶應義塾大学大学院政策メディア研究科卒業。同年株式会社アクシスに入社。約4年間Webサイトのシステム開発を経験し、その後、Webサイトの企画、ディレクションを担当。2006年に現在のインタラクションデザインチームの前進となるデザインプランニングチームを設立。現在は、インタラクションデザインチームのマネージャーとして、携帯電話や情報端末等を中心にUIデザイン、サービス企画や研究開発を行っている。東京インタラ クティブ・アド・アワード銅賞、アックゼロン・アワードグランプリおよび総理大臣賞、グッドデザイン賞など受賞多数。
阿部 淳也(あべ じゅんや)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター
自動車メーカで車内のユーザインターフェース設計を約7年間手がけた後、IT部門で約4年間Webデザイン、Flash、CG制作とともに、テクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmoInteractive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサー、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にクリエイティブプロダクション「ワンパク(1PAC.INC.)」を設立し独立。「インターネットとリアルな世界を融合させ相乗効果を生むコミュニケーションをつくる」を合い言葉に、さまざまなクリエイティビティあふれるHOTな作品をリリースし続けている。
長谷川 敦士(はせがわ あつし)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D)。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計』、監訳に『デザイニング・ウェブナビゲーション』などがある。武蔵野美術大学非常勤講師。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCDNet)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。株式会社AZホールディングス取締役。
森田 雄(もりた ゆう)
株式会社ツルカメ 代表取締役社長 UXディレクター
2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役、2009年8月同社退職。読書家と称した充電期間を経て、2010年5月よりめでたく社会復帰。IAおよびUX、フロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。広告電通賞審議会選考委員。米IAInstitute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。Webby Awards、NewYorkFestivals、WebAwards、アックゼロヨン・アワード グランプリおよび内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞など受賞多数。趣味は料理とカメラ。
AXISのインタラクションデザインへの取り組み
岡村:アクシス(AXIS)という会社は大きく3つの業務領域に分かれています。1つ目はコンシューマ向けの領域で、具体的にはショップやギャラリーです。2つ目はプロフェッショナル向けで、現在刊行している雑誌『AXIS』や商用フォントなど、3つ目が、私が属しているデザインコンサルティングの領域になります。
さらに、デザインコンサルティングの中に3つのグループがあります。グラフィック・Webデザイン、インタラクション・プロダクトデザイン、スペースデザインの3つです。私はインタラクションデザイングループに所属していて、リサーチャー、プランナー、デザイナー、エンジニアで構成される6名のチームになっています。これまでの実績としては、本誌でも取材していただいたモリサワさんのコーポレートサイト制作などがあります。
他に、Hiromura DesignOfficeのサイト、G’zGEARや、Touch Sessionという民族楽器のケータイアプリなどの実績があります。
森田:AXISでは何か成果物をつくるとき、運用までは行わないんですか?
岡村:インタラクションデザイングループでは、1つのクライアントと業務は継続しますが、プロジェクトは最終アウトプットを納品して終わるケースが多いです。組込み系のGUIなどでは、Webと比べて品質管理・品質評価が非常に厳しく、製品として出荷するタイミングが明確です。継続的に運用し改善していくWebの流れとはずいぶん違う側面もあると思います。
Webとインタラクションの違い
森田:組織で気になったところとして、Webデザイングループとインタラクションデザイングループの違いは何ですか?
岡村:スタッフは、どちらのチームでも活躍できる能力を持つ人が多いですが、Webデザイングループは、PC上で完結するようなWebを得意とし、インタラクションはセンサーなどさまざまな入出力を使うようなものを得意としています。
阿部:そうすると案件によってWebだけで閉じない場合は、グループが横断的に組むケースもありますか?
岡村:そういうケースを積極的に作ろうとしています。たとえば、新しいネット上のサービスを検討してほしい、というような先行開発の依頼では、プロダクトとインタラクションの横断的なプロジェクトとし、利用経験全体を考えられるようにします。
長谷川:それはつまり、最終納品物とプロトタイプというイメージで分けることができますか?グラフィックやWebデザインは「最終納品物」という形で納品し、インタラクションデザインは「プロトタイプ」という形で納品する、という分け方です。ちなみに、コンセントはそういう切り分け方をしています。
岡村:たしかに。インタラクションデザインは、Webデザインと比べると、製品化前提のものだけでなく、プロトタイプという形で、メーカやデザインセンターとの先行開発の仕事が多いです。具体的な数字は出せませんが、ビジネスサイズとしても、比率は大きくなっています。
プロトタイプの意味
阿部:Webだけをやっている人はUI設計に対しての意識が低い場合も見られるのですが、インタラクションやプロダクトデザインの分野ではUI設計をきちんとする人は多いですか?
岡村:多いと思いますが、デザイン視点を持った設計者はまだ少ないかもしれません。逆に、これからはWeb制作の経験の中で、培ったデザイン視点をきちんと持った人たちが、製品UIを設計する機会が訪れると思います。そうすると、今までにはない新しいデザインが増えてくるのではないでしょうか。
森田:阿部さんが指摘した点はわかりますね。つまり、Webデザインをする人の中に“テンプレートを利用してそれでOK”という人たちが増えてきてしまって、UIを設計するという意識が抜けてしまっているのです。
阿部:それもあります。そして、そもそもWebデザインの場合、プロトタイプという考え方がなくて、成果物=納品物というパターンになりがちですよね。プロダクトデザインのように、プロトタイプという形で、試して何かつくるという発想がほとんどありません。
森田:Webデザインでそうなっている理由の1つは、とくに僕たちのように黎明期からWebデザインに関わっている人間の場合、前例がないために仕事自体が“プロトタイプ”という状況だからでしょう。その仕事自体が試している部分も多くて。そして、今のWebデザインでは、受発注というビジネスモデルなので、試す以前にオーダーが入らないと何もできないという状況はあります。
長谷川:また、プロトタイプと一口に言っても、プロトタイプには2種類あって、1つはリサーチのためのプロトタイプ、1つは現実のためのプロトタイプです。これに当てはめると、Webは現実のためのプロトタイプと言うことができるかもしれません。つまり、極端な例で言えば2つの(プロトタイプに相当する)パターンをつくり、それを選ぶというプロセスです。ある企業の公募では、ノンデザイナーデザインという手法を使っていて、これは、いくつかの成果物から、効果のあるものだけを残していくというものです。
ただ、この考え方はプロダクトデザインでは難しいですね。一度できあがったものを変えるのが難しいからです。これは、先ほど岡村さんもおっしゃっていったように、PL法などの基準、品質担保、安全性の確保といった理由が挙げられます。デザインや開発に対して神経質だとも言えます。
森田:逆の見方をすれば、Webはつねにプロトタイプなのかもしれませんね。というのも、Webは直しやすいメディアだからこそ、プロトタイピングにコストをかけず、いったん成果物として出してしまいます。そして、何かあったときに修正を加えていけます。
プロトタイプとPDCAの比較
長谷川:たしかに、そもそもとしてWebの場合、納品の後の運用や効果改善が本質だと言えます。PDCAの概念です。最近は、プロダクトやインタラクションデザインにおいてもこういう考え方は増えているように思います。プロダクトの場合でも、ユーザの声といったように、ログを取ることはできますから。
阿部:プロダクトやインタラクションデザインにもPDCAという考え方が浸透してきているということですか?
岡村:1つの開発プロセスの中でプロトタイプをPDCA的に改善していくということはありますが、ある製品が次機種さらに次と、進化していく時に、PDCA的なサイクルとして、発注者側が運用しているのかどうかは私たちにはわからないですね。私たちの仕事は部分的なのかもしれません(笑)。
Webの場合、発注側で運用する意識が高まってきていますので、今はPDCAを前提に進めるケースが増えているのではないでしょうか。
長谷川:そういう意味では、Webのほうができあがった成果物について、ユーザ調査をしたり、リニューアルなど手を加えますし、そもそもとしてユーザ像の見直しをしながら、部分的に変えることが前提でもありますね。
阿部:これまでの話を聞くと、プロダクトデザインはつくったらつくりっぱなし、とも聞こえるのですが、実際はどうですか?
岡村:私たちの立場としては、直接ユーザの声を聞ける機会は少ないのですが、実際はメーカからユーザアンケートなどの結果を教えてもらったりします。それらをふまえて次に活かすことはありますが、ユーザフィードバックを捉え切れているかというとそうではありません。
森田:それって、Webとかプロダクトとかに限らず、おそらくデザインの本質でもあると思うのですが、デザイナー自身が直したいか直したくないかの判断は、最終的に自分の感覚で行うものであって、それを発注側やユーザに対してきちんと説明できる理由を持っているかどうかではないかと思います。
長谷川:たしかに、 長期プロジェクトの場合は、説明をしやすいように仕込んでおくことがありますね。長期でできる案件であれば、長期的なストーリーを作り込み、仮説と検証の必要性や価値、またそれぞれの結果を説明することで発注側に納得してもらえます。
森田:それができなればデザイナーではないんですよね。ただ、今のデザイナーの中には、自分はこれが好き、だけどその先の説明ができない人間がいます。本来ならばAD(アートディレクター)のスキルセットも必要です。
岡村:そうはいっても、デザイナーの意見“だけ”ありきではなくて、発注側の意見を採り入れることも大切ですね。発注側が正しいことは当然ありますから。
長谷川:正しい判断材料がない場合、主観だけがぶつかり合ってしまうことがあります。それでも、お互いの意見を尊重し合うことが大切で、実際“フューチャーシナリオプランニング”という、将来を考え、お互いがわかりあうための手法が存在します。これは、プロジェクトに関わっている人間全員でストーリーを考え、お互いの意志疎通をしていく、コラボレーション技法の1つです。
デザインプロセス
阿部:今の流れから、実際のデザインプロセスについてもお聞きしたいのですが、岡村さんはどのようなプロセスを採用しているのですか?
岡村:皆さんに公開できるように体系化はしていません(笑)。あえて固定したプロセスを持たないようにしている、と言ったほうが良いかもしれません。
ただ、はじめの話題にも戻りますが、私の場合、プロトタイプをつくることを重視ししています。プロトタイプをつくりながらプロジェクトメンバーの理解を深め、触って体験してもらうのが最も効果的で早いと思っています。
森田:それはプロダクトやインタラクションデザインのケースですよね。Webの場合、どうされていますか?
岡村:Web の場合というか、検討段階から制作段階になるとプロセスを重視します。
検討段階では、画一的なプロセスだけではなくて、案件によって新しいアプローチを考えたりもしていて、新しい試みはメンバーのテンションも上がります。ですから、たとえば同じテーマで2回目の仕事が来たときでも、異なるアプローチを採るなど、新しいプロセスは意識しています。
たとえば、これは知人からアドバイスだったのですが、ペルソナ設定をするときに、データ上のペルソナではなくて、社内にいる人の中から想定ユーザに近い人に、ペルソナとしてチームに入ってもらい、意見を聞くことがあります。生身の人間ですから、視点が変わっておもしろいですし、思いも寄らないアイデアや実装が生まれることがあります。
阿部:そのユーザとなった人に、実際にヒアリングをしたりもするのですか?
岡村:はい、具体例として、トンマナを聞いたり、実際に使ってみて気になったことを聞いたりします。発注側にも、その人をペルソナ像であることを、きちんと説明して提案します。
ポイントとしては、(ペルソナとしてのユーザには)あくまで外野として入ってもらって、プロジェクトの中にはコミットしてもらわないことです。そうすると、より客観的な意見が見つけられます。
コンセプト設定とユーザバリュープロポジション
阿部:僕から質問ばかりをしてしまうのですが(笑)、今、プロジェクトを進めるときに、コンセプトをガッチリ決めて進めるのが良いのか、あるいは後付で調整するのがよいのか、悩むケースがあるのです。こういうとき、岡村さんはどうされていました?
岡村:ケース・バイ・ケースでもありますが、私は手を動かしながらコンセプトを固めていくのが良いと思っています。そのほうがリアリティがあります。
つくりながらできあがるコンセプトというのは、実は後付ではなくて、ある方向性に向かってできあがったものだとも言えますね。デザインする人間が、いくつかの方向性の中から言語化せずに選んでいったもので、深く考えると後から言葉できれいに説明できる。最初に言葉で考えすぎる弊害もあるように思います。
長谷川:おそらく阿部さんが言っているコンセプトというのは、コンセプトのためのプロトタイプコンセプトのようなものだと思います。プロジェクトミッションとはまた違うものですね。何かをデザインをするときには、コンセプトだけではなく、ユーザバリュープロポジション(ユーザへの価値)をしっかりと決めることが重要でもあります。
阿部:プロダクトデザインの場合、それが明確ですね。
デザインの範囲、Webの概念
岡村:コンセプトにも関連することとして、以前は、サービス内容をまず固めて、その後にデザインするということが多かったのですが、最近は、サービスの設計と、コアになるインタラクションデザインを同時並行で進めることが増えています。可視化して、経験できるものがベースでないとサービスの設計が難くなっているということの裏返しなのかもしれません。
長谷川:要因の1つは、世の中が分断化、細分化されてきたからですね。
岡村:結果として、デザイン業界として、たくさんの人が入りやすくなってきたと思います。そして、個人、企業という枠がなくなっていますね。
森田:そういった細分化が進む状況の中で、たとえば、人だったり、対象領域だったり、それらをすべてつなぐインフラとしてWebがあると思います。みんなが付き合うインフラ、それがWebの概念だと思います。さらに、今はWeb自体が、単発のメディアではなくて継続的なものとして捉えられてきているので、その点をもっと活かしていけるようにしたいです。
今、Webに関わる人の課題は、(細分化された状況をふまえて)プロジェクトをきちんと回す能力を備えている人が少ないことですね。そこはこれから解決していきたいです。
今回は、プロダクトやインタラクションデザインの特異点から、デザインの本質、最後はWebの概念について1つのまとめが出た内容となりました。プロトタイプをつくるという意識、つねに新しいアプローチに取り組む姿勢を忘れず、そして、Webに関わる人であれば、Webの可能性を最大限に活かして、人やものを繋げていく意識を高めていくことが大切なのではないでしょうか。