今回は株式会社グランドベースにてディレクターとして、デザインポータルサイトCBCNETやデザインカンファレンスAPMTを担当する栗田洋介氏をゲストにお迎えし、2010年のWebの振り返りと2011年の展望について、レギュラーメンバーの3人と語っていただきました。
栗田洋介(くりた ようすけ)
株式会社グランドベース ディレクター
1981年生まれ。GrandbaseInc代表。デザインポータルサイト「CBCNET」やデザインカンファレンス「APMT」の企画・運営を行なう。またそうした活動から、デザインプロジェクトのディレクションやアーティストのコーディネーションなども広く手がけている。
阿部 淳也(あべ じゅんや)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター
自動車メーカで車内のユーザインターフェース設計を約7年間手がけた後、IT部門で約4年間Webデザイン、Flash、CG制作とともに、テクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmoInteractive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサー、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にクリエイティブプロダクション「ワンパク(1PAC.INC.)」を設立し独立。「インターネットとリアルな世界を融合させ相乗効果を生むコミュニケーションをつくる」を合い言葉に、さまざまなクリエイティビティあふれるHOTな作品をリリースし続けている。
長谷川 敦士(はせがわ あつし)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D)。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計』、監訳に『デザイニング・ウェブナビゲーション』などがある。武蔵野美術大学非常勤講師。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCDNet)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。株式会社AZホールディングス取締役。
森田 雄(もりた ゆう)
株式会社ツルカメ 代表取締役社長 UXディレクター
2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役、2009年8月同社退職。読書家と称した充電期間を経て、2010年5月よりめでたく社会復帰。IAおよびUX、フロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。広告電通賞審議会選考委員。米IAInstitute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。Webby Awards、NewYorkFestivals、WebAwards、アックゼロヨン・アワード グランプリおよび内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞など受賞多数。趣味は料理とカメラ。
Webデザインの第三世代
栗田:僕は1981年生まれの29歳です。デザイン系の学校を出て、2002年にポータルサイトCBCNETを立ち上げました。また、2005年からは、デザインカンファレンスのAPMTというのを開催するなど、WebからスタートしてWeb以外の領域まで横断的に取り組んでいます。
また、僕の所属するグランドベースというのは、制作事業が半分、メディア事業が半分という事業展開をしています。
皆さんと比較すると、僕はWebデザインの第三世代にいるのかなと思っていて、20歳当時、Webがちょうど伸びてきそうなところだったので、この分野なら新しいことができるんじゃないか、そう思って足を踏み入れました。また、デザイナーが発信できる時代でもあり、そこに魅力を感じていました。まだブログブーム、SNSブームなんて想像もできない時期でした。
CBCNETを立ち上げたのも、デザイナーの発信力に注目していたからで、メディアアートとか、既存の文脈で語られない、作り手目線で発信していくことを目指したんです。
さらに昔のWebデザイナーって、プログラミングからデザインまで何でもできる雰囲気があって、そこに注目してAPMTというリアルのイベントを開催しました。ちなみに、最近はそういうイベントが増えてきていたんで、2010年は開催しませんでした。
Webを見なかった2010年
阿部:栗田さんというと、海外の情報に敏感で、CBCNETは、海外の新進気鋭のクリエイターやアーティストをピックアップしているイメージがあります。これって意図的に?
栗田:最初はそうでしたね。カッコイイって思うWebサイトを集めていました。その後、Webサイトの数は急激に増えて、それにまとめサイトがどんどんでてきているので、僕らの役割はそこにはないかなと思って、最近はやってないですね。
森田:Webが増えてきたって思う一方で、2010年って体感的にWebサイトを見なくなったなって感じています。
栗田:僕も同じです。これって、2010年の象徴的な出来事の1つなんじゃないでしょうか。みんな断片的にサイトを見るようになった。Twitterをはじめとする、ソーシャルメディアの台頭が大きく影響していますよね。1つのWebサイトで完結する、というのはほとんどないですよね。
森田:TwitterとかTumblrの特徴でもありますが、個別の記事やページに、誰もが直接アクセスしやすくなった。これが大きな要因ですね。
阿部:たしかに、Webに関わっている人たちでさえもWebサイトを見なくなってますね。
森田:もう1つ、情報収集の手段といえば定期巡回がありましたが、これも少なくなりました。
栗田:その点ではRSSリーダーを使っている人を一気に見なくなりましたね。代替としてソーシャルメディアが台頭してきているからでしょうが。
阿部:僕も2009年はiGoogleを使っていて、朝PCを立ち上げたらまずRSSでブログの記事をチェックしていたのが、2010年に入ってからはTwitter、そしてFacebookをチェックしていました。これらの良い点は、旬なものをすぐ見つけられるところですね。
栗田:こうした動きに関して、ポータルを運営している立場から見て面白いのが、以前のポータルサイトでは、引用元を掲載することが必須条件で、引用元がないと指摘あるいは怒られるほどでしたが、今では引用などなくとも共有されているわけです。
阿部:(情報の裏付けよりも)情報のリアルタイム性に注目が集まってきたと考えられます。
森田:情報の1つ1つにはたいした意味がなくても、(情報が)集まるということに意味が出てきたとも捉えられますね。
Webサイトにある“情報”の意味、メディアの使い分け
栗田:制作側の立場として、昔との比較という点で言うと、以前はWebサイトを作ることが非常に重要で、カッコイイWebサイトを作ることでコミュニケーションを生み出すなど、作ることそのものがコミュニケーションになっていました。でも、2010年はそういう考えがなくなったように思います。
長谷川:そうなった理由の1つは、“Webサイトは在って当たり前”という時代になったからでしょう。それと、昔であれば自分のサイトを作るという目的があったのが、SNSやブログポータルの登場でその目的がなくなったわけです。環境の整備により、わざわざ作る必要性がないわけです。
森田:そうですね。たとえばブログでエントリを書くという行為は、その時点で、新しい情報を作り出しているわけですが、昔のサイトの場合、自分のPCのスペックを書くだけで終わったりしていました。情報そのものの質よりも、情報を出すこと自体に意味があった時代です。
長谷川:アンダーコンストラクション(工事中)なんていうページも、まさに情報を出すためのものでした。メディアを作るだけでコミュニケーションが作れたわけです。
一方で、サイトを作る敷居が下がったことにより、多くの情報がネットに氾濫しつつあります。そこで、そのアンチテーゼとして、zine(出版物)のような紙に改めて注目が集まったりもしてきています。
あと、オンラインに情報が載る=即座に共有物になるというところも、昔と変わってきている点です。
栗田:もう1つ、日本の中に限った話で言うと、言語の問題によってメディアの意味が変わるように思っています。日本人は、ソーシャルメディアでのコミュニケーションが得意ですし、もし、(日本人が持っている)英語の心理的障壁が取り払えれば、新しいメディアの世界が生まれてきそうです。
思想とネット、Webの成長
長谷川:Webサイトを作ることが目的だった時代から、Webが在って当たり前の時代になってきた一方で、最近ではWebエコシステムの考え方に注目が集まっています。これは、Webサイトが運用されていると同時に、メールやソーシャルメディアなど、他のメディアが同時に動いているという考え方です。今では、それらのトラフィックのほうが大きくなってきていて、そこから訪れたときのサイトの意味がどうあるべきかということが、2008年のIA Summitで取り上げられていました。
SEOに似ているところでもありますが、この考え方では、訪れる人の期待を裏切らないようなサイト設計、ページデザインが必要になります。
森田:Webサイトを設計する場合、ついつい分類をしながらトップページから構成してしまうのが当然のものになりがちですが、今のそういう(Webエコシステムの)流れを見ると、本質的には、“とにかくトップページから”というのはこれからはどうでも良いことなのかもしれませんね。
栗田:今のお話を伺っていて、最近話題になっているインターネット時代の批評家たちを思い出しました。今までWeb制作側としてはあまり接することがなかった分野ですが、インターネットがある世界をどう捉えるか、白熱した議論を交わしていて、これからのWeb制作側にもつながる話なのかもしれません。
森田:自分たちとは違う立ち位置の、業務としてのWebから離れている人たちの動きや考え方だからこそ、新しく感じられる部分があります。
トリプルメディアへの意識
栗田:ここまでWeb全般の流れ、とくに個人目線のWebの話が多かったと思うのですが、企業のWebサイトは2010年でどう変わってきました?
阿部:まず、大きな企業と仕事をするときは、これまでと同じくすぐに新しいことを始めるというのは難しい状況です。たとえば、ソーシャルメディアを使うにしても、まずガイドラインの整備、というところからスタートすることが多くあります。
それでも、数年前と比較すれば、どの企業もチャレンジにすることに対して肯定的で、失敗してもいいからそれを活かそうと考える担当者は増えているように思います。
これは、2010年のWeb広告研究会でもよく話されていた、トリプルメディアの考え方が浸透してきているからだと思います。
企業にとって、Paid Media(広告)、OwnedMedia(自社メディア)、Earned Media(クチコミ・CGM)があって、企業がその違いを意識してWebサイトを運用していくことが求められてきている時代になっています。さらにこの流れの中では、ソーシャルメディアは避けて通れないものなので、そこを通じて顧客とコミュニケーションを取っていこうっていう企業の動きは多く見られた1年でしたね。
森田:それに付随して、企業の社員教育にも影響が出てきていて、ソーシャルメディア上でのリスクにどう対応するか、それを整備する動きも生まれてきました。
阿部:僕自身の経験では、企業の担当者とのコンセンサスをまとめる(打ち合わせを行う)ために、人との関わりがソーシャルメディアを経由することが増えています。それまではリアルな打ち合わせのみで行っていたのが、ソーシャルメディア上でのつながりが増えて、密接につながれるようになった1年でした。
森田:ソーシャルメディアは、企業にとってメリットがあるだけではなく、小さい商店や小売、レストランなどのサービス業にとってもメリットが生まれています。六本木にある「豚組」は、オーナーの@hitoshiさん自身が積極的にTwitterを活用して、来店する人を増やしていますし、Twitterの本まで書いていますからね。
お客さんとのコミュニケーションという観点で、ソーシャルメディアには大きな力があるのでしょう。
ソーシャル時代の情報の扱われ方
栗田:それでも、ソーシャルメディアの使い方が上手い人、下手な人っていますよね?
森田:たしかに人によってはコミュニケーションが取れなかったり、フォローが増えなかったり。あとは、何かを批判しづらくなってきた雰囲気はあります(笑)。
栗田:そういう(批判を書きたい)ときはブログを書くのも1つの手段ではないですか?
長谷川:今の時代、それが難しいところで、論として成立するのであればエントリを書くべきですが、単に感情的なものであれば書かないほうが良いこともあります。今のネットのつながり、スピード感では、言葉が独り歩きして、間違って伝わる可能性、転送される可能性があります。どんな文脈であってもどう使われるかはわからない時代です。
森田:その点で言うと、自分たちがネットに触れてWebサイトを立ち上げたころは、その(情報を扱う)リテラシーを持ち合わせていたように思います。最近は、情報の扱いに対する意識が希薄になってきましたね。
栗田:リテラシーに関しては、年代ではなくて“個”に寄るところが大きいと思っています。年齢関係なく、情報の扱いに長けている、コミュニケーションを取れる/取れないがすぐに出てしまうのもソーシャルメディアの特徴です。
森田:普及という点では、ソーシャルメディアを使う人が増えたことで変わったのが、2009~2010年はじめ頃は、自分のタイムラインには小さな井戸端会議がたくさんある状況で、それを、少しずつ共有できるのが面白く感じていました。
ところが、今はもうTwitterはTwitter有名人の場、みたいなものになってきていて、自分が選んだタイムラインは面白いけど、全体で見ると同じだったりして、面白いの質が変わってきているように感じます。
阿部:いずれにしても、TwitterとかFacebookに振り回されている感はあります(笑)。
長谷川:あと、Twitterの場合、30分なら30分という時間の中で、限定されたリアルタイムの動きが見られるわけで、それが見ている側に取っての満足につながります。見ていない時間を気にしなくて良いという意味で、通常のWebサイトを30分見るというのとは意味合いが異なります。
冒頭で話されていたWebを見る時間がTwitterに削られてきている要因はこのあたりにもありそうです。
引き継ぎからの調整が増えた企業サイトの動向
長谷川:企業サイトの振り返りに関して私が2010年で特徴的と感じたのは、フルリニューアルや部分的リニューアルよりも、今あるサイトを引き継いで調整したいという案件が増えたことです。たとえば、“効果改善は目指すが、リニューアルはしない”といったものです。
この要因は、2000年頃からの企業サイト構築、リニューアルといった動きが続いた結果、企業側にもWebサイトの意味やリニューアルの効果が見えてきたことで、今あるものを使って、特定の要件だけを改善していく意識が高まっているのだと思います。また、企業側からもWebを通じた戦略を前提にした発注をしてもらえることが増えてきています。
もう1つ、あまり大幅にリニューアルをすることで、従来の顧客(ユーザ)が離れてしまう危険性についても意識が向いているようです。良い意味で、円熟してきていると感じています。
森田:そういうのってすべて作り直すことよりも難しかったりしませんか?
長谷川:もちろん難しいところもありますが、リバースエンジニアリングの観点で対応することで可能です。また、予算的な面でも、効果改善に対して、これまでリニューアルにかけていた費用と同等の予算を用意する企業も出てきました。
森田:おそらく、単純な技術スキルで対応できることよりも、人的な部分、属人性が求められる部分のリニューアルが増えてきたのでしょうね。2011年以降は、これまでの企業サイトの構築やリニューアルという仕事とは質が変わるかもしれません。
2000年のワクワク感が戻ってきた
阿部:最近の傾向として、海外でキャンペーンなどを行う場合は必ずと言っていいほどソーシャルメディアを活用しているため、有名なデジタルエージェンシーもソーシャルアプリ開発を請け負っているという話も聞きます。このあたりどう思います?
栗田:やはり流れとしてはソーシャルメディア上でのビジネスは大きくなっていて、注目もされていますし、そういったプラットフォームで仕事をする人は増えているのだと思います。初期の頃のWebデザイナーはデザインもプログラミングもできるハイブリット系の人が多かったのですが、どんどん分業化され、それぞれの専門性も高くなってきている印象はあります。
阿部:なるほど。もう1つ、ソーシャルアプリを含め、iPhoneなどのデバイスと絡めたアプリケーションというのも1つの流れになっていますよね。ここで僕が面白いと感じているのが、Webサイトデザインであればデザイナーが前面に出てきたのが、ソーシャルアプリやiPhoneアプリになると、エンジニアが前面に出てくるシーンが増えてきていることです。今は着実に技術ドリブンのアウトプットが増えています。
結果として、これまでは、ユーザ→デザイナー→エンジニアという人のつながり方だったのが、ユーザに対して、デザイナーもエンジニアも対等のポジションにいるわけです。これは、2011年以降でも増えていきそうな予感がします。
森田:こういう動きに関しては2000年に多くの人が感じていた、何かが生まれるワクワク感が戻ってきたともいえるかもしれませんね。
栗田:この流れをさらに促進する意味でも、作って終わりではなく、作ったものを広めていく、その意識、その動きを大切にしたいですね。そのためには、きちんと評価できるメディア、ユーザを教育できるメディアの必要性を感じています。個人ではコンテンツをコントロールすることが難しい時代でもあります。
2011年は、改めて言語力に磨きをかけて、何が良いのか、何が正しいのか、もう一回立ち返る良い機会になりそうな年になるのではと感じています。僕らは小さなメディアなのでが、そうした意識を持ってやっていければと考えています。
この座談会は、2010年12月に収録されたのですが、会話の節々から聞こえてくるTwitter、ソーシャル、この2つというのが今のWebを象徴していることを改めて認識できた座談会でした。一方で、栗田氏が述べたように「伝えるメディア」「ユーザを教育するメディア」というのが次のフェーズで求められていると思います。2011年は、その2つに着目しながら新しいWebの展開に期待しましょう。