キーパーソンが見るWeb業界

第20回物質の価値、電子化の意味

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今回は、紙版『Web Site Expert』の最終号ということで、本誌編集長馮が加わり、今年の振り返りから、物質や概念の価値の変化、電子化の意味について議論しました。

阿部 淳也(あべ じゅんや)
Twitter:@1pacfiresoul
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター

自動車メーカで車内のユーザインターフェース設計を約7年間手がけた後、IT部門で約4年間Webデザイン、Flash、CG制作とともに、テクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmoInteractive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサー、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にクリエイティブプロダクション「ワンパク(1PAC.INC.⁠⁠」を設立し独立。⁠インターネットとリアルな世界を融合させ相乗効果を生むコミュニケーションをつくる」を合い言葉に、さまざまなクリエイティビティあふれるHOTな作品をリリースし続けている。

長谷川 敦士(はせがわ あつし)
Twitter:@ahaseg
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D⁠⁠。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計⁠⁠、監訳に『デザイニング・ウェブナビゲーション』などがある。武蔵野美術大学非常勤講師。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCDNet)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。株式会社AZホールディングス取締役。

森田 雄(もりた ゆう)
Twitter:@securecat
株式会社ツルカメ 代表取締役社長 UXディレクター

東芝EMIやマイクロソフトなどを経て、2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役、2009年同社退職。読書家と称した充電期間を経て、2010年5月ツルカメ設立とともにめでたく社会復帰。IAおよびUX、フロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。 広告電通賞審議会選考委員。米IA Institute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞など受賞多数。趣味は料理とカメラ。

馮 富久(ふぉん とみひさ)
Twitter:@tomihisa
株式会社技術評論社 クロスメディア事業部部長代理、本誌編集長
電子書籍を考える出版社の会 事務局長

1975年生まれ。横浜市出身。芝浦工業大学大学院機械工学専攻修士課程修了。1999年4月株式会社技術評論社に入社。入社後から『Software Design』編集部に配属され、2004年1月に編集長へ就任。同2004年9月に『Web Site Expert』を立ち上げ、同誌編集長に就任、現在に至る。その後、2008年9月に設立したクロスメディア事業部に配属。 現在、WebSig24/7のモデレーターを務める。過去にIPAオープンソースデータベースワーキンググループ委員やアックゼロヨン・アワード他各賞審査員などの経験を持つ。

2011年はどうだったのか?

森田:今年の振り返りですが、年初は何がありましたっけ? 1月のグルーポンおせち騒ぎ、2月の京大入試カンニング事件……、インターネット上で取りざたされたものっていうとこのあたりでしょうか。とくにフラッシュマーケティングは今年のはじめはいろいろな意味で盛り上がっていましたね。

阿部:でも、確かに震災以前の1月、2月のことってあまり覚えていないですね。

森田:仕事に関して言えば、1月、2月でやっていたことがなくなってしまった印象です。3月11日の震災の影響で。数字で言うと、5本のうち、1、2本がなくなるような感覚でしょうか。弊社の案件は上流の設計とか企画寄りの段階だったため、そのままリスケジュールで済んだ感じですが、実装やシステム開発をしていた場合、作り上げていたものすべてがなくなる(企画そのものが立ち消え)といったケースも多かったんじゃないでしょうか。

長谷川さんはどうでした?

情報伝達の意義

長谷川:コンセントはそれほど大きな影響を受けなかったほうかもしれません。というのも、コンセントの場合、直接的な実装や開発というよりは、新規商品企画段階のプロトタイプ開発といったプロジェクトも多いからです。ただ、運営サポートをしているサイトに関しては影響を感じました。

とくに、今回のように既存通信網や店舗が影響を受けたりして、リアルでの連絡手段がなくなってしまった企業の場合、Webサイトが生命線になります。 Webにきちんとした情報を掲載し、発信することが大事になるため、我々が頑張らなければ、と強く思いましたね。災害支援を行うにしても、一次情報を発信しないと伝わらないケースもありましたから。

馮:その内容に通ずるものとして、私たちが運営しているgihyo.jpのサイトの広告クライアント企業の話があります。その企業は本社が仙台市にあり、震災により甚大な被害を受けました。事業内容はソフトウェアのパッケージ販売を行っており、サポートなども必要になるのですが、震災以降(その企業に対する)連絡手段がなくなってしまったのです。そこで、なんとか電話ベースでやりとりした後、同社の別営業所を窓口としたサポート体制の振替について、gihyo.jpを経由してお伝えすることになりました。こういった形で、とにかく情報をどう伝えるか、また、その連絡手段の重要性について、震災直後は企業もユーザも改めて考えることになったのではないでしょうか。

阿部:私は宮城県名取市の出身なので、震災の影響が実家にどれだけあったのか把握したかったのですが、直後1週間は電話、メールでは母親と連絡が取れませんでした。やはり、このときにいくらインターネットがあったとしても、家族で使えるプラットフォームやツールがなければ役に立たないことを実感しましたね。

馮:それから、震災直後に情報の絶対量が増えた気がしませんか?

森田:おそらく情報量が増えたと言うよりは、同じテーマ(震災・原発問題)の話題が増え、Twitterなどのソーシャルメディアに掲載されたり、TVや新聞といったマスメディアがこぞって取り上げたので、増えたように感じたのかと思います。別の言い方をすると、⁠とくに震災・原発問題に関する)情報の密度が濃くなったのではないでしょうか。当然、その一方で、ノイズが増えたとも言えますが。

一人ひとりが危機的状況に立ち向かった

阿部:そういった情報が発信されていく中、企業の社会的意義が改めて問われ始めたように思います。震災復興に向けて企業は何ができるのか、企業の存在価値は何か、昨年とは違う考え方で、人、企業、組織が社会に対して真剣に向かい合い始めるきっかけになったと感じました。

また、企業として、たとえば地方に事業所を分散したり、拠点を地方に移すといったケースも見られ、さらに、元々大きな流れであったものの大手の企業は経済の流れを内需以外の、海外、とくにアジアに視点を向ける傾向も強くなったと思います。

その中での、デジタルメディアの役割が大きくなっていった年だったのではないでしょうか。

森田:それはありますね。ただ、最近は海外経済の破綻などもあって、個人的には今後はまた国内に目が向いていくのではと思ったりもしていますが……。

結局のところ、企業の存在意義については、企業が個別に考えたとしても政治不信を背景にしてか、不安定な状態が続いているように思います。いま阿部さんがおっしゃったように海外に目を向けたとしても、海外に行きづらい体制だったり法整備だったり。また、国内に関しても、税金や雇用問題など、非常に先行きが不透明です。

馮:本連載のテーマであるWebからかなり大きな視点になりましたが、震災以降、⁠国や組織、企業の)枠組みの不安定さが露呈したのは実感しています。ポジティブに捉えれば、その中でどう行動するかを真剣に考える組織や企業が増えたとも言えますね。

長谷川:日本という国については、とくに外的要因に対して、幻想に支えられていた部分が大きかったことが認識されてきたんだと思います。震災によって、国民全体が国のシステムを考えなおさなければという思うきっかけが生まれたように思います。原発問題に関しては、運営側は大きく変わっていませんから。

森田:多くの人たちが、この危機的状況に何ができるかというのを考えていますよね。僕自身、会社を設立した当時(2010年5月)の考えと、今の考え方はだいぶ違っていて、当時の理念(老後もそれまでどおりに仕事をできる社会づくり)はまだ甘かったと思っています。老後も大切だけど今この時に自分は何をすべきか?とか、たとえばアクセシビリティの取り組みをしたところで日本のこの状況を改善できるのかとか、考えることが増えました。

阿部:まず、その「考えることが増えた」という点が大きいですね。

強い/弱いという両方の視点で捉える

長谷川:最近、私が参加したカンファレンスで、強い工学/弱い工学、強い科学/弱い科学をテーマに扱ったものがありました。ここでいう強い/弱いとは、⁠強い=緊急時に対応できること、危機的状況を回避できること」であり、⁠弱い=トラブルやリスク以外の部分での取り組み、たとえばロボットの表情を豊かにする取り組み」といったものです。

たしかに、震災によって、緊急時の対応力が求められ、たくさんの人がその重要性に目を向け始めました。しかし、たとえば緊急性のあるところに生身の人間がいたときに、緊急回避の機能以外の部分、たとえばロボットの表情が豊かになっていることで人の気持ちがどうなるか、そういったことが本質であると思っています。これをやわらかい認知過程と表現します。

目に見える形で成果の出るもの、出ないもの、それぞれがある中で、私たちが仕事として取り組んでいるのは機能の成立以外の部分ではありますが、とても重要なことだと自信を持って良いのではないでしょうか。

森田:そうですね。ただ、気持ちとして、つい即効性のあるもののほうが良いのではないかとも考えてしまいます。自分の若さ……もう若くないかもしれませんが(笑⁠⁠、こうした若気の至り的なものを即効性のあることにぶつけたいという気持ちもあります。

震災以降に見え始めた個人の心理的変化

長谷川:少し話を変えますが、そういった心理的変化に関しては、消費行動にも現れていますね。本座談会でも何度も話していることですが、ソーシャルメディアの登場、個人発信の敷居が下がったことで、個人の考え方が変わっています。その中で、消費行動も10年前のように、広告を見てモノを買うという意識がだいぶ変わりました。

ただ、これは、消費をする前提がソーシャルメディアに移ったという単純なことでもありません。そもそも消費をしなくても、たとえば(オンライン、ネットの世界で)物々交換をするのでもいいし、家の中で時間を消費するだけでも良いという意識が増えているように感じます。これらすべてに通じているのが、企業が介在する必要性が減ったということです。

震災後の状況を見ても、広告を打たなくても経済活動は動いていました。また、概念的に伝わっていた、シェアやフリーミアムといったものが、より現実的に浸透する時代になってきたと言えます。

森田:図らずも(そういったシェアやフリーミアムといった概念で成り立つ経済が)実験できるようになってしまったということですね。

大きく変わる人・場所・時間の概念

阿部:それは人のつながりに関しても言えますね。結局、企業や組織の大小にかかわらず、それらは人の集合体ですし、人がいることで物事が動き出す。私は、震災後、さまざまな復興支援に取り組ませていただいたのですが、震災前では会えないと思っていた人とつながることもできました。絆と一言で片付けて良いかどうかはわかりませんが、コミュニティがつながって、絆が具現化したように感じています。最近のCo-CreativeやCo-Workingのようなものにも通じているのかもしれませんね。

馮:それから、場所の概念については大きく変わりましたね。インターネットの世界でも、ユーザ寄りでクラウドが浸透しているように思います。たとえば、DropboxやEvernoteなど、自分のPC以外の場所にデータを置きながらも、業務は行える体制が整備されてきました。これってものの所有欲がなくなったんですかね?

森田:それは実は逆で、おそらくデータ自体に対する所有欲が高まったからじゃないでしょうか。常に自分が触れるところに置いておきたい、それがインターネットやインフラの整備によってあたりまえの世界として生まれてきている。その結果、クラウドサービスを活用するといったものです。

長谷川:一方で、物質的な所有欲は確かに減っているように思います。たとえば(自身のMacを指しながら⁠⁠、これをつねに所持していたいかというと、数年前と比べてその気持ちが格段に減っています。同じ環境があるのであれば自分のマシンでなくても問題なくなっていますね。

これは、これからの電子出版の話にも通ずるところではありませんか?馮さんはどう思います?

電子出版から見る物質の価値

馮:たしかに、物質的な「本」としての書籍の価値と、デジタルデータとしての「電子出版物」の価値って大きく違いますね。この違いを認識することが、電子出版ビジネス成功につながると考えています。

言葉遊びな部分もあるのですが、僕は「電子書籍」という表現はあまり好きではありません。というのも、⁠書籍」という言葉から、物質的な印象が強く伝わってしまうように感じていて。なので、電子出版、あるいは電子コンテンツなど、なるべく別の表現を使うように心がけています。心理的なものではありますが、電子出版の本質の1つに「インターネットを利用して、いつでもどこでも読めるということ」がありますから、提供する我々もそれを意識して、読者の皆さんに提供しなければいけないと思っています。

長谷川:私も今グループ会社に出版社があるので感じています。それと、現在の出版ビジネスというのは、紙という物理的特性を意図的に利用して、ビジネスを成立させてきたように思います。⁠本という)パッケージを特定の流通を経由して、店舗で販売し、読者に届けるという流れを確立しているわけです。これはこれとして良いと思うのですが、やはり電子出版のビジネスとは違うように思いませんか?

馮:おっしゃるとおりで、流通部分がまったく異なること、これは電子出版⁠ビジネス⁠に関わる立場の人には、つねに意識しておいてもらいたいですね。

今、出版不況と言われてはいますが、2010年で紙の出版ビジネス市場が1兆8,000億円、一方、電子出版市場は550 ~600億と言われています。電子出版市場のうち500億以上は携帯電話(ガラケー)コンテンツのもので、世の中で騒がれているコンテンツの割合は非常に微々たるものです。

この金額差は、時間的背景、ビジネスの成熟度などがありますが、それとは別に特殊な流通体制に寄るところが大きいと感じています。少し専門的な話になりますが、現在の日本の出版ビジネスは、再販制度(小売業者に対し商品の小売価格の値段変更を許さずに定価で販売させること)といったルールがあること、また、流通における取次(在庫管理や流通管理を行う)の存在が大きいことが挙げられます。

電子出版の場合、再販制度の適用はありませんし、流通に関しても直接取引やキャリア課金など多様な展開がありえます。また、パッケージ展開以外にもライセンス展開として行えるメリットがありますので、その広げ方を間違えないようにしたいですね。

森田:その、取次というのはなくてはいけないのですか?直接、出版社から書店や読者に届けるというのも考えられるのですが、取次を経由するメリットを教えてください。

馮:取次の価値の1つに、日本全国の書店に対して、きちんと配本(本を届ける)できることが挙げられます。ただ、今は流通にインターネットが活用され始めていますし、そもそも業界全体として在庫を抱えるリスクを避けたい(現状は出版社にかかる在庫リスクが大きい)ということから、取次中心の出版ビジネスの形態そのものが変化している最中とも言えます。取次の存在が何か、それは紙の出版ビジネスに関わる人たちが今直面している問題の1つです。

電子出版の価値と現状

長谷川:結局は物理的特性に依存している部分ですよね。最近、雑誌で流行っているような付録モデルも、コレクターなど特定の属性に対しては成功しているとは言え、出版ビジネス全体としての本質ではないように思います。

モノを売るということではなく、サービスを売る、その視点から考えていかないといけないのではないでしょうか。最近、アメリカからHuluが参入してきましたが、ああいったようにストリーミングでコンテンツを配信することは、⁠ダウンロード以外の経路があることで)ユーザにとって利便性が高いことがわかるわけです。

モノのデザインでもそうだと思うのですが、ユーザの課題を解決することまで考えないと、良いモノ、良いプロダクト、良いサービスを生み出すことは難しいですね。

馮:その点で言うと、やはり電子出版ビジネスはまだまだ未熟です。1つの例として、ある出版プラットフォームの代理店の方から、コンテンツ配信依頼の提案を受けました。その方たちと話をして、最後に「ちなみに皆さんはご自身で電子出版(コンテンツ)を購入して読んだことがありますか?」と聞いたときに、そこにいる全員が未体験だったのです。結局、まだまだ言葉だけが先行してしまっていて、ユーザとして体験できる環境が整備できていない、それが今の電子出版の姿だと思っています。ですから、コンテンツを提供する側としてはコンテンツを増やすことを最優先に考え、この座談会を読んでいる皆さんには、ぜひ一度、電子コンテンツを買って読んでいただき、その体験をブログなどにフィードバックしてもらえると嬉しいですね。少なくとも、現状のように、テレビや新聞といったメディアで報道される、部分的な情報だけが先行して誤解が生まれてしまうことは避けたいです。

それと、これはとくに出版社の課題として考えているのですが、電子出版ビジネスの成功に向け取り組まなければいけないことがあります。1つは、過去の資産、すなわち紙の書籍・雑誌を電子化して展開すること、もう1つは、新規の電子コンテンツとして展開していくことです。前者は制作フローの話でもあり、今は、自炊と呼ばれるようにPDF化することが1つの解となっています。僕も半分賛成で、無理やり紙のレイアウトを、電子出版専用フォーマットに落としこむ必要があるのか、と悩んでいます。

一方、新規の電子コンテンツであれば、本誌読者を含めた、Webデザイナー、Webクリエイターと言ったWebに関わる皆さんの力を借りて、良いコンテンツを提供していけるのではないかと思っています。

森田:なるほど。電子出版の問題って一括りにされがちですけど、今のお話のように紙のモノを電子化することと、新規で電子コンテンツを作ることだけでも大きな違いですね。その違いと展開のさせ方は、出版社の皆さんから積極的に発信していったほうが良いと思います。

馮:ええ。⁠電子出版」という言葉が意味する対象が広すぎることも意識していきたいです。

長谷川:まさに、Webでサービスをデザインするという考え方と同じで、誰に対して何を提供するかが重要です。また、紙や電子にかかわらず、そもそも出版ビジネス自体が紙を売ることが本質ではなく、著作物のライセンスをどのように展開するか、紙の印刷物として配布していくのか、あるいはデータとして利用許諾を提供するのか、そのあたりを意識しないといけないのではないでしょうか。

電子ならではのアーカイブ

阿部:ちなみに、改めてお聞きしたいのですが、電子出版の強み、読者のメリットってなんですかね?先ほど、馮さんは「いつでもどこでも」とおっしゃっていましたが、それ以外に、⁠オンライン上にアーカイブできること」なんかは僕にとっては大変魅力的なのですが。

馮:アーカイブ性を持っていることは大きいですね。とくに日本でも東京のように、物理的な場所が確保しづらい場合、電子化することで有限な場所を有効活用できるのは良いと思います。

長谷川:アーカイブしたときの問題点は、きちんと後で検索できるようにしておかなければいけないことですね。あと、そもそもとしてユーザ自身が過去のものを思い出したいと思うかどうか。それは、全コンテンツにあてはまるものではないので、ユーザが思い出すかどうかという点に対して、きっかけを提供できるかどうかが大事になります。

たとえば、連載のように連続性のあるものであれば、前のものを思い出すフックがありますが、1回1回の読み切りのような場合、何かしらの検索クエリがないと難しいわけです。

もう1つ、外部にアーカイブを置いてしまうリスクとして、そのサービス提供者が消滅したときに、データ自体がすべてなくなる危険性がある点も触れておきたいです。

森田:それと、データ化することで翻訳しやすくなることにも期待したいですね。膨大なアーカイブを日本語で読めるようになるとか、他の言語で書かれたものも日本語で検索できるようになるといったことも考えられます。

物質の価値、電子化の意味

馮:いよいよ締めくくりです。

阿部:結局、モノにしても電子にしても、ユーザがその価値を感じるかどうかが大事なわけですよね。インターネットが普及したことで、場所と時間の概念は大きく変わっています。たとえば、今回、僕はSkypeを通じた参加になっているわけですが、⁠座談会」という体裁を実現できているわけです。しかしながら、そもそもリアルだとかデジタルだとか言う以前にユーザがどんなことに価値を感じるのかを踏まえた上で、ユーザにとって価値のある体験とコンテンツを我々が考え提供していかなければならない時代になってきています。

森田:1つ1つを同じ土俵に置くのではなくて、ユーザのニーズが多様化する中、細やかな価値提供をしてくことが大事なのではないでしょうか。震災以降も、物質的な価値が下がったというのではなくて、電子にしたほうが良いこと、モノが見えてきた。そうした中、その状況下で何が最も価値があるのか、ということを先入観にとらわれずに考えなければいけません。

ですから、たとえば今日の話で言えば、紙の出版物がすべて電子に置き換わると考えるのではなくて、何が電子に適しているのかという視点が必要です。

長谷川:森田さんの話に重なりますが、震災から人の意識が変わっているとは言っても、モノをデザインする本質は同じです。ただ、考えられることはすべて起きるという前提で物事を考えて、予想外のことが起きた場合に、どう対処するか、それもデザインすることが必要になっていくと思います。

馮:今回で本座談会も20回を迎え、また、紙版の『Web Site Expert』が最終号となります。本当にありがとうございました。

また、2012年に入り、デジタル版『Web Site Expert』を展開していきますので、その際には、ぜひ電子版ならではの価値を提供しながら、引き続きよろしくお願いします。50回、100回と長く続けて価値あるアーカイブになると嬉しいですね。

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