スケールアップの手段としての買収
ITベンチャーの成功とは、Googleに買収されることである。
といってもいいくらいウェブ関連ビジネスの覇者となったGoogle。インターネットやIT革命は、既存の巨大企業の手法が通用しない市場を出現させている。そのため、個人から中小企業にビジネスチャンスを与え、ロングテールはマスビジネスを超えることができる時代になったという。この事実は否定しようもないが、その反面、ウェブビジネスでGoogle以外に安定した成功、成長を続ける企業はあまり聞いたことがない。
YouTubeが典型的な例だが、Google MapsなどGoogleのサービスのいくつかは、ITベンチャーを買収することで拡大していったものだ。成長するベンチャー側も弱小規模のままだと、増大するトラフィックやサーバコストその他の現実的な問題から、ビジネス拡大という面でブレークスルーを迫られる。このときてっとり早いのは、Googleなどの巨大企業に買収されることだ。もちろん、そういうベンチャーばかりではないし、それがウェブビジネスのすべてとは思わない。
フラット化を促進し万人にチャンスを与えるというウェブ技術も、ビジネス面ではあいかわらずマスの理論が展開されている。結局、キーワード広告やアフィリエイトといった広告モデルを前提とした場合、ビューやクリックという「マスボリューム」が勝敗を左右するいちばんの要因となっているわけだ。これは、一般にウェブに対して語られる成功物語や○○ドリームといったイメージと逆行するものではないだろうか。この点については、機会があれば回をあらためて取り上げてみたい。
さて、他の企業や技術を買収することで成長していったという点で、Googleとある企業との類似点を感じないだろうか。
Microsoftだ。
ご存知のように、Microsoftは純粋に自社開発の製品だけでいまの地位を築いたわけではない。第2回でも少し触れたが、Microsoftの原点ともいわれているBASICはビル・ゲイツが開発したものではない。WordやExcelも原型は他社からライセンスを買い取ったりしたものだ。まあ、企業買収によって成長させる手法は、GoogleやMicrosoftに限らず、一般的な上場企業のポピュラーな戦略のひとつに過ぎないのだが。
前置きが長くなったが、現在、Yahoo(※)とMicrosoftがインターネット市場で物議を醸している。
“Yahooをめぐる攻防”の軌跡
ことの発端は、2月1日(現地時間)にMicrosoftが440億ドルでYahooを買収するという提案を発表をしたことだ。Microsoftは、株価が低迷するYahooとその株主に対して、業界1位のGoogleを追い上げるため、企業価値向上のために合併は両社にとってプラスであると主張している。これに対して、Yahooの株主は一定の評価を見せるものの、経営陣は合併に難色を示している。一部報道では、CEOであるジェリー・ヤンが企業文化の異なるMicrosoftとの提携や合併に反対しているという。
Yahooは、株主に対してMicrosoftの買収提案はベストなものではないとする声明を発表したり、2010年までの経営の中期プランを発表したりしている。水面下ではGoogleと接触したり、News Corporationなどとも提携や協業ビジネスについて協議したという報道もある。ただし、YahooはMicrosoftの提案はベストなものではないとしながらも、主張は尊重するという主旨の発言もしている。これは、提案に否定的でない株主、具体性にかける中期プランに不満を持つ株主への配慮といわれている。当初の提案は拒否しているが、交渉の窓口まで閉ざしているわけではない状態だ。これは、買収額を釣り上げる方策という見方もある。Yahooの業績は確かに思わしくないが、海外の資産(たとえば、中国で検索エンジントップのアリババの株、日本でGoogleより検索シェアの高い日本Yahoo株など)も含めれば62%のプレミアムでも不十分だ。AOLやGoogleとの提携をちらつかせて最後の交渉を少しでも有利にしようという戦略だ。
なお、Yahooの示している経営改革プランにはリストラも言及されているので、Microsoftは人材の流出に配慮して、役員の派遣や経営に干渉するようなことはしないと言っている。Microsoftは4月5日(現地時間)、最後通牒ともいえる手紙をYahooに送付した。3週間以内に明確な返事がなければ株式の公開買い付け、委任状争奪戦など強硬手段も検討せざるをえないという内容だ。市場価格に62%ものプレミアムをつけているのだから、不当に安いという評価はあたらない。提案に応じる株主は少なくないだろうということだ。Yahooはカウンターコメントを発しているが、内容は以前の回答から変化ないものだった。しかし、タイムワーナーとの提携とAOLの買収、自社株買いが報じられ、Googleの検索連動広告の試験導入が発表されるなど、Yahoo側の動きがここにきて活発になっている。
Microsoftも、YahooとGoogleの接触は、検索市場の90%を集中させることになり競争を阻害するという声明を発表した。その後、Yahooは2008年第1四半期の決算で増益は果たしたものの、その貢献はアリババ株のIPOによる収益が主なもので、本業の傾向は変わっていない。Microsoftは、これまでの提案に自信を深め、強硬手段のトーンを強めたり、逆に買収はしなくてもよいという報道でYahoo株主に揺さぶりをかけたりもしている。さらに、米国の反トラスト小委員会も注視するなど、事態はまったく予断を許さない。
ここまで、2月から現在までの状況をざっとまとめてみた。Yahoo経営陣や従業員にしてみれば、株主の利益や独占禁止法がどうあろうとも、オープンプラットフォームの対極にあるような企業との提携は絶対的に避けたい事態かもしれない。
「オープンな市場独占」はユーザにとって幸せか?
個人的には、MicrosoftとYahooの提携は、健全な市場競争という意味では悪くない選択肢だと思っている。仮にダブルクリックのように、GoogleによるYahooの買収や提携が実現したとして、両社の事業ドメインはまったくかぶっている。この場合、条件はどうあれ、実質的に吸収されるのは市場規模の小さいほうだ。つまり、Yahooは、Microsoftの傘下に下る屈辱はまぬがれるかもしれないが、検索エンジンの機能としてはGoogleの一部、YahooはGoogleのアドネットワークの一部になるだけという可能性が高い。Googleにとって最大の収入源がキーワード広告であるなら、彼らにとって必要なのはトラフィックでありクリックだ。それも大量の。
ウェブメールやオフィスツール、スケジュールやサイトログ分析などを無料で提供できるのは、膨大な個人情報が欲しいとか企業秘密などを入手するためではない。膨大なトラフィックがキーワード広告による収入をもたらすからだ。Google程度にスケールすれば、アプリケーションやサービスを無償提供するくらいは、広告のクリエイティブを作るための原価なのだ(テレビCMなどはタレントや有名人を使えば億単位の制作費だって珍しくない)。
そういうビジネスモデルのGoogleがさらにYahooまで傘下に治めることがあると、Googleの一人勝ちを確固たるものにするだけで、健全な市場といえないのではないか。
この懸念を大げさに過ぎる、誇張した表現だととらえる向きもあるだろう。私自身も現段階ではそう思う(とくに中国、日本などアジア市場は米国の延長にあるわけではなく、独自の展開をみせている)。また、MicrosoftとちがってGoogleはサービスをすべて無料で提供している。独占だとしてもユーザに悪影響はない。いっしょにするな。といった反論はあるだろう。しかし、WindowsやIEの寡占状態が問題視されたときの議論に、選択肢が狭められるというものがあったはずだ。また、ユーザにサービスを無償提供できるのは、まさに独占的な地位や富を持っているからだ(たとえば、大企業が財力を背景に無料キャンペーンや高価な景品をつけることは独占禁止法で規制されている)。市場における第2位以下の役割は重要だと思う。
- 2008年5月4日追記:
- 日本時間5月4日、米MicrosoftはYahoo!買収を断念する談話を発表した。直前には、当初提案から1株あたり33ドルまで値上げするという内容でいったんは両社は交渉の場についたが、Yahoo!側が35ドル以上を譲らず、Microsoftは提案を取り下げ、買収を断念する決断を下した。
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この発表では、委任状争奪などの敵対的買収についても否定的な見解を述べている。おそらくMicrosoftは、MySpace、Facebook、AOL、あるいは中国、日本の有力サイトなどと提携などの道を探るか、自社のサービス(MSN、Windows Liveなど)でのオンライン広告の拡大を目指すものと思われる。