疾走するネット・ダイナミズム

第6回ネット企業か通信キャリアか――ソフトバンクの進む道

5月8日、ソフトバンクは平成20年3月期の決算発表を行った。数字としては、売上2兆7,762億円(前年比9.1%増⁠⁠、営業利益3,243億円(19.6%増⁠⁠、経常利益2,586億円(68.6%増⁠⁠、当期純利益は1,086億円(277%増)と、大幅な増収増益に加えキャッシュフローや債務比率など財務体質の改善をアピールするものだった。ソフトバンクグループ全体の連結決算だが、セグメント構成は携帯電話事業であるソフトバンクモバイルによる移動通信分野の貢献が目立つ。営業利益3,243億円のうち半分を占める1,745億円が移動通信分野の利益だ。次いで1,152億円はインターネット・カルチャー事業(Yahoo!JAPAN)となっている。

ソフトバンク業態の変遷

ソフトバンクというと、我々古い世代にとっては、パッケージソフトの卸販売から出版事業で成長した会社というイメージが強いが、いまや出版を手がけるソフトバンク クリエイティブは、決算発表においてプロ野球などを含む「その他の事業」に組み込まれている。まさに隔世の感あり、だが、ソフトバンクが事業ドメインを出版から通信事業に移すにあたって、ADSLによるプロバイダ事業や直収電話による固定通信事業を経ている。ADSL事業参入当時のNTTとの「バトル」を覚えている人は多いだろう。

当時NTTは銅線の光ファイバー化を計画しており「ブリッジテクノロジー」であるDSLを推進するつもりはなかった。しかし、ソフトバンクが安価なDSLによるインターネット接続事業を展開すると、NTTはアナログ音声信号を前提に設計された電話回線と設備では広帯域のデジタル通信には限界があり品質がでないと抵抗していたNTTも参入せざるを得なくなった。結果として日本のFTTHの普及が遅れたという見方もなくはないが、通信業界に競争原理を導入したことで、世界有数のブロードバンドインフラ大国になったのも事実だ。途中テレビ局の買収騒動などもあったが、その後、1兆円を超える借金をして2006年4月に1兆7,500億円でボーダフォンを買収することで、ソフトバンクは携帯電話事業への参入を果たしている。

ソフトバンクモバイルとしての実際の営業は2007年からだが、この1年の動きは破竹の勢いといっていい。端末ゼロ円という宣伝が問題になった割賦販売方式は、端末奨励金の不公平をなくすという動きから、携帯各社もこの分割払い方式を導入している。48時間以内に他社同等の料金プランを提示するという公約(現在は終了⁠⁠。同一キャリア内の無料通話。白い犬が話題のCM。ディズニーやティファニーとの提携やシャア専用携帯。そして毎月のように発表される契約純増数No.1(2007年度通期でも1位⁠⁠。これだけメディアに話題を提供し続けてくれる企業も珍しい。

ちなみに、ディズニーモバイルは、キャリアから回線設備を借り受ける通信事業であるMVNOと誤解されていることがあるが、ソフトバンクモバイルはMVNOではないと明言している。むしろディズニーをライセンサーとした商品開発、ブランドおよび販売チャネルの提携といったほうがいいだろう。

シェア推移だけではわからないソフトバンクの「正体」

これらのメディアの報道だけを見ていると、ドコモは一人負けで、そのうちソフトバンクが業界2位、1位と拡大していくのではないかと思えてしまうが、じつは、そう簡単にはいかない、できない事情もある。

十数回も純増数No.1を続けていればそのうち順位が入れ替わっても不思議はないが、一人負けのドコモとて純減しているわけではない。4月にツーカーを終了させたKDDIが純減を記録したが、auブランドも純増を続けている。1億契約を超え、飽和状態といわれる携帯市場において、シェア順位が入れ替わるには大幅な純増と純減が発生しなければならないが、いまのところどこかが大幅な純減をする要因までは見当たらない。2007年4月と2008年4月での主要3キャリアの契約数シェアの動きで見てみると、ドコモは54%から52%、KDDIはツーカー終了のため29%と変わらず、ソフトバンクは16.5%から18%だ。数字の動きはあるが、順位逆転までは5~10年、同じ傾向が続かなければならない。

ところで、ソフトバンクの家族間無料や学割など、なんであそこまで無料通話プランを設定できるか不思議に思ったことはないだろうか。ビジネスとして成り立つのか。確かに拡大路線を続けるフェーズにおいてシェア拡大のコストと顧客増による収益がバランスすることはあるが、通信や交通などインフラ事業において、顧客拡大は管理や設備維持、品質管理コスト増に直結する。小売業などの薄利多売やコストの飽和点のような現象がでにくい。売れなくても商売にならないが、売れすぎても儲からない、維持できないというジレンマを抱える事業だ。

現状において無料通話のビジネスモデルが機能しているのは、他社間通話の料金が支えているという意見がある。つまり、シェアの低い事業者は、自分の網内の通信を安くしても、それよりシェアの大きい網からのアクセスの課金でまかなえる可能性がある。つまり、網内無料や割引サービスも過渡的なフェーズでは有効だが、シェアが一定の規模になると戦術を変える必要が出てくる。もしこのままソフトバンクのシェアが増え続けるなら、ホワイトプランの見直しは避けて通れないかもしれない。

孫正義 ソフトバンク⁠株⁠代表取締役社長

もちろん、成長フェーズに合わせた戦略や経営が必要なのは当然といえば当然である。ソフトバンクを移動通信事業者として捉えた場合、上記のような問題点を克服していく必要があるが、孫社長は携帯電話事業を、インターネットを含めたネット関連事業のインフラのひとつとして位置づけようとしているのではないか。実際、決算発表でも孫社長は、うちは携帯電話の企業ではなくインターネットの会社だということをしきりに強調していた。これは、ボーダフォンを買収したとき、テレビ朝日の主要株主になろうとしたときにも繰り返していた言葉だ。とりあえずその時代でいちばん金儲けができそうな事業に手を広げているだけ、という元も子もない分析も可能だが、パソコンソフトの流通、出版のころから、コンピュータを軸としてユーザに情報やサービスを提供するというスタンスは変わっていないともいえる。出版もインターネット接続も携帯電話も、その時代に即した情報提供「メディア」を追い続けているというわけだ。

今回の決算発表では、孫社長自身も使っているというブラウザ、フルキーボード搭載の「インターネットマシン」携帯を、これからの端末だと強調していた。現状ではギミック感をぬぐえない製品だが、目指すところは、パソコンや携帯電話、ウェブといった枠にとらわれない「情報端末」をイメージしているのではないか。

Googleとは別の道(レイヤ)を狙う

KDDIやドコモは、インターネットとの接続がビジネスとして無視できなくなったとき、Googleとの提携を考えなければならなかった。単純なサイト接続はすでに実現していたし、ウェブサービスと同等の各種サービスもメール機能をはじめ公式メニューその他で課金モデルが機能していた。必要なのは新しいビジネスモデルとしての広告トラフィックつまり、検索連動型といわれる広告収入だ。Googleのビジネスモデルは、ウェブ全体をあたかも自社メディアとしてそのトラフィックに広告モデルを適用することだ。メールやスケジューラやその他のサービスを提供するのは、トラフィックを増やし、検索をしてもらうために必要な「コスト」でしかない。Googleにとってウェブ上で提供されるサービスやサイトはなんでもよい。検閲が入ろうとも検索できないよりはマシというのはそういう意味だ。

これに対して、ソフトバンクはヤフーを持っている。しかもヤフーは、日本においてはGoogleの検索よりシェアが高い(米国でのGoogle、Yahoo!ほどの大差ではないが⁠⁠。ソフトバンク携帯にY!ボタンが搭載されたのは必然なのだ。しかもその見ている先はウェブだけではない。ウェブだけを見たら巨人Googleとの勝負は避けられない。簡単な相手ではないし、ひょっとするとすでに勝負がついているかもしれない。とくに米国・英語圏で考えたらなおさらだ。ソフトバンクは日本で強いヤフーを生かすように、中国やヨーロッパの市場を重視した。決算発表でも日本企業や日本市場での買収やグループ拡大からいまは中国、アジアにシフトしていると述べている。アリババ(B向け調達サイト)やシャオネイ(中国最大のSNS)の株を取得し、主要株主となったのがその代表例だ。

加えて、ボーダフォン、チャイナモバイルと共同でJoint Innovation Lab(JIL)という会社を設立している。インターネットではないが、ヨーロッパと中国、そして日本の携帯キャリア3社が共同でサービスプラットフォームの研究を行うとしている。現段階では事業の詳細などは発表されていないが、これら3社の契約数は7億に達するという。7億あればオープンなネットワークでなくても十分にスケールするし、巨大SNSがクローズとはいえないのと同様に、オープンとかクローズとかの議論は意味をなさない(まあ、ネットワークそのものはトポロジー的にすべてクローズなのだが⁠⁠。この7億というユーザを背景に、音声、データを含む移動通信サービスのビジネスを考えられるわけだ。インターネットへのコンテンツ提供に積極的でない企業でも、7億の課金ユーザ網への提供ならハードルが低いともいう。

Joint Innovation Labのユーザ分布
ソフトバンク⁠株⁠2008年3月期決算説明会資料より

Joint Innovation Labのユーザ分布

研究するプラットフォームは、3社の通信網の上位レイヤのAPIなどの共通化を担うものになるはずだ。端末ハードウェアでいえばミドルウェアより上のレイヤで、さまざまなサービスやアプリケーションを開発しやすくするものだ。これがうまく機能すれば、携帯電話網をインフラ(インターネットでいえばレイヤ2あたりまで)とした新しいサービスネットワークを構築できることにもなる。もちろん、既存のインターネットとの接続は重要な要素となるが、ビジネスモデルという点で独自の課金モデルという点で、Googleのアドネットワークに依存しないメリットがある。このときの端末として、前出の「インターネットマシン」⁠のような端末)が発展したものになるのかもしれない。

米国の700MHz帯の事業免許は、今後Googleがインターネット以外の世界に拡大していくために重要だった。免許取得ができなくなった現在、Verizon Communicationsにオープン化を徹底するよう求めるとともに、Sprintらの合弁企業への出資や寄付などWiMAX事業への参入を表明している。Googleがこれだけ切望しているモバイルネットワークをソフトバンクはすでに持っているわけだ。考え方によってはMicrosoftよりGoogleを追撃できるポジションにいる。今後の動きに目が離せない。

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