第1回でAndroid Wearが生み出す新しい体験についてのお話、第2回でUIデザインについてのお話をお届けしてきましたが、今回は最終回ということでAndroid Wearスマートウォッチをハードウェアとしての側面から見ていきたいと思います。
Android Wearは腕時計なのか?
筆者は日頃から腕時計を身につけていますが、そこで感じることは、腕時計とは“時間”を伝えるための情報端末であるということです。一方、Android Wearは“時間以外の情報”も伝える情報端末としての位置づけになります。これは音声伝達の役割だけを担っていた電話が、スマートフォンというあらゆる情報発信をする端末へ進化したのと似ています。普段身につけているものに付加価値を付け、より自然に、より身近に情報端末へのアクセスを可能にするのがAndroid Wearの目的です。
時計としての機能は?
しかし残念ながらAndroid Wearの現状は、腕時計に機能を追加したというよりは、情報端末に時計機能を付けたような位置づけになっている気がしています。例えば筆者が使っているLG G Watchは腕時計としての基本要件を満たせていませんでした。
腕時計という機能を日頃から欲している身としては、何よりも気楽に時間を確認できることがスマートウォッチの最低要件です。しかし、現存するAndroid Wearの端末は、使っていないときには省電力の観点から液晶表示がOFFになっており、液晶表示をONにするには、腕を水平にして加速度センサーを反応させる必要があります。この機能は非常に理にかなっており一見良いものだと思えるのですが、いざ使ってみると腕時計をきちんと水平にして時間を確認するという機会は意外に少なく、ちらっと一瞬だけ時計を見る機会のほうが多いことがわかります。結果としてその瞬間に時間を確認できず、ストレスを感じることが多くありました。荷物を持っているときなどはなおさらです。
Android Wearには「常に画面表示」というオプションがあるので、現在はこちらを利用していますが、省電力の観点からいえば、機種ごとに画面表示のタイミングをもう少しチューニングして欲しいところです。また、強い日差しの下で時計が見えにくいことも液晶の特性上の問題と言えそうです。逆に、夜何も考えずに暗い場所でも時計が見えるのは、思いのほか便利でした。
時計は情報端末? ファッション?
スマートフォンはそれまでの携帯電話と違い、デザインの自由度が低く、また大きく重かったのにも関わらず、ものすごい勢いで普及しました。しかし、それはあくまで情報端末であるという考え方が根本にあったからだと思います。
スマートフォンを首からぶら下げている人はあまりいません。ポケットやカバンにしまっている人が大半ではないでしょうか。一方、腕時計は常に露出をしているものであり、機能性とファッション性の両方を備えたアクセサリーとしての一面も持っています。だからこそ腕時計にはものすごい種類がありますし、贈答品などとしても選ばれることがあるのです。
しかし2014年7月現在で発売されているLG G WatchとSamsung Gear Liveはお世辞にもそういったファッション性を意識しているものとは言えません。Samsung Gear Liveは、多少はデザイン性が考慮されている端末のようにも見えますが、ファッションとして身に付けるのにはやはり違和感があります。数十万円~数百万円というような製品が存在するジャンルの製品としては、チープな印象が拭えません。機能性を抜いた端末としてのデザインは、正直数千円レベルのものでは無いでしょうか……。やはり“特別な端末”を身につけているという感覚が常につきまといます。
この違和感を拭えない限り、一般的に普及するのは難しいのではないでしょうか。たかだか時計のデザインでここまで違和感を感じるのですから、Google Glassなどが広く普及する日が来るのはいつになるのか、想像もつきません。一部のガジェット好きが、ガジェットとして楽しむ粋をまだ超えられていないと筆者は感じました。
スマートウォッチだからこそのアプローチ
筆者と同様の考え方を持つ人は多いようで、既に新たなスマートウォッチの形を模索する動きも出てきています。前回ご紹介したmoto 360のデザインコンテストもそうですが、他にもスマートフォンと連動する健康機器メーカーのWithingsが面白い試みをしています。
Withingsでは、歩数計や体重計などの機能を使ってあらゆるライフイベントを記録し健康を管理するためのデバイスを数多く作っています。今までの端末はどれもスポーツウェアに合わせることを前提としたNIKE+ FUELBANDを代表とするようなデザインのウェアラブルデバイスでした。しかし、ビジネスシーンなどで身につけるデバイスとしては、これらはあまりふさわしいものとは言えません。そこでWithingsは新たに“Withings Activite”を発表しました。Withings Activiteは、新しいデザインのデジタルデバイスというよりは、昔ながらのアナログの腕時計です。これはAndroid Wearの端末ではないのですが、今後のスマートウォッチの一つの未来を描いた製品としてご紹介させてください。
Withings Activiteはスマートフォンと連携してさまざまなアクティビティを記録し、あらかじめスマートフォンで設定した目標値に対しての相対値を、アナログの針で表示しています。また時計としても高機能で、スマートフォンと連携することにより常に正確な時間を表示できるだけでなく、海外などに行った際は自動的にその場所のタイムゾーンに合わせてくれる機能なども持っています。
常に身につけるものだからこそ違和感の無いものをデザインしたい、というコンセプトを前面に打ち出した製品です。また、アナログ時計の盤面に液晶を配したデジタルとアナログ複合型のスマートウォッチも、各所で見受けられるコンセプトです。
Android Wearは、これまでの時計のあり方に+αをする製品ですので、今後もさまざまな展開をしていくことが考えられます。ただ、この回までで解説しているように、常にスマホと連携させて利用する端末ですので、その住み分け方法もどんどん変わってくることでしょう。今のところ、Android Wearにスマホの全ての機能を持たせることは考えられていません。電話やメールなどを使ったコミュニケーションをするための道具としては難しいかもしれないので、そのあたりは今後もスマホにその機能を委ねることになっていくでしょう。その代わりに、スマホにはさらなる情報量が求められ、液晶が大型化していくかもしれませんし(iPhoneも大型化のウワサが出ていますね)、スマートウォッチを身につける代わりにスマホはカバンの中にしまいっぱなしといったように、使い方のスタイルも変化してくるかもしれません。車載用として開発されているAndroid AutoもAndroid Wearと同じく、スマホを情報端末の親機として考え、利用シーンに合わせた子機を用意していくという考え方がもとになっています。
スマートウォッチはキャズムを越えられるのか
Android Wearは非常に魅力的なアプローチの端末です。まだまだ荒削りな面は見られますが、一度使ってみるとAndroid Wearを身につけていないとスマホの不便さが目につくシーンがあります。
ただ、これを街行く人全員が使う光景はまだ想像できません。筆者は腕時計に向かって「OK Google!」と人前でつぶやくことには大きな抵抗があります。これはスマートフォンでのハンズフリー会話が日本でイマイチ浸透していないとの同様に、日本人の国民性による部分もありそうです。iOSのSiriも同様のものだとは思いますが、Siriは車社会であるアメリカでは非常に重宝されているそうです。そういった意味では、Android Wearに対してみんなが「OK Google!」と叫ぶ日が来るのは難しそうです。
携帯電話の普及で腕時計を身につける人が減り、腕時計の利便性を忘れてしまった人が多いのは確かでしょう。しかしやはり腕時計は非常に便利なものであり、そこに機能が付加されたAndroid Wearはさらに利便性の高いものでした。実際に、Android Wearを身につけている間は、スマートフォンを見る時間が激減しました。これはおそらくどんなに口で説明しても、実際に使っていただかないとわかってもらうのは難しい感覚かもしれません。
今後はおそらく以前あったPRADA Phoneのように、いろいろなメーカーとのコラボ商品も増えてくるでしょう。こういった、デザイン性が高く単純にアクセサリーとして「これを身につけたい」と思うくらいの端末が出てきてはじめて、スマートウォッチ普及へのスタート地点に立てるのです。
今回、Android Wearが先行しましたが、以前よりAppleのiWatchなども発表間近であるとのウワサはされています。今後どうなるかはわかりませんが、各企業が新たなウェアラブルデバイスを模索しているのは間違いありません。
さいごに
少なくとも今回のAndroid Wearが、本格的に次なるライフスタイルの変化を及ぼす端末として大きな舵を切ったことに間違いありません。スマートフォンが生活にさまざまな影響を与えたように、今後生まれてくるであろうウェアラブルデバイスが新たなる体験を生み出していくことでしょう。Google Glassも近々日本に上陸するという話ですし、いずれはコンタクトレンズに情報デバイスが埋め込まれる日がくるかもしれませんね[1]。
ウェアラブルデバイスの世界はまだまだ生まれたばかりです。Android Wearに限らず、ここから更に新しい世界が広がっていくことを楽しみにしています。また、それを生み出すきっかけを少しでも本連載を通して感じて頂けたならば幸いです。
本連載は今回で最終回となりますが、新たなデバイスが生まれたときにまたお会いしましょう!