いくら魅力的なサービスやシステムでも、それを使う時間がないと利用できません。Webサービスやコンテンツ制作者なら、誰でも自分たちのサービスを使ってもらいたいと思うでしょう。しかし、ユーザを惹きつけようとする設計が、時間を多く使うために逆効果を生むことがあるのです。今回は「時間」という観点から、サービスやコンテンツの設計について考えます。
マルチデバイスの時代
マルチデバイスの時代になり、PC、スマートフォン、タブレット、テレビなどネットに接続されたデバイスに囲まれた生活が当然となりつつあります。人によっては複数のデバイスを持ち、連携させながら使うこともあるでしょう。
Webには膨大なコンテンツがあり、必要であればすぐに検索して望みの情報を見つけられます。記事をはじめ動画や音楽、ゲーム、さらに書籍の電子化も始まり、実質得られない情報はないと言ってもよいでしょう。しかも私たちは、ネットワークに接続されたデバイスを通じて、時間や場所を問わず自由にそういったコンテンツにアクセス可能です。
ところが、変わっていないことが1つあります。それは、私たちの時間です。時間は1日24時間ですから、いつでもどこでもアクセス可能なデバイスを所有したとはいえ、仕事や生活がありますから、いつでもどこでもコンテンツに接し続けるのは現実的に難しいと言えます。
時間の使いにくさ
こんな経験はないでしょうか──「友達から観たかったDVDを貸してもらったけど、なかなか観る時間がない」「『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』といった大作RPGのゲームが発売されたけれどクリアに時間がかかるからやろうか悩む」「おもしろい記事だけどあとで見る」。魅力的なコンテンツやサービスで、やればたのしいことであっても、躊躇(ちゅうちょ)してしまうことがあります。
UIは道具の使いやすさを決定づける設計論ですが、時間にも使いやすさがあると私は考えます。私はこれを「時間の使いにくさ(使いやすさ)」と呼んでいます。たとえば映画は観るのに2時間かかります。その間ストーリーは途切れないので、30分ずつ観ようとする人はなかなかいないと思います。そのため、まとまった時間を確保する必要があります。同様に、大作RPGもクリアに50~100時間かかるものも多く、やり始めてしまうと数ヵ月間はそのために時間を作る必要が出てきます。それはたのしい時間かもしれませんが、確実に時間は消費されていくのです。
その結果、人は強く興味のあるコンテンツでない限り、ある一定時間拘束されたり、消費に長時間かかるものには、利用するのに覚悟が必要になってしまうのです。
この問題は深刻です。あなたがもし魅力的なコンテンツを作ったとしても、そもそもやってもらうこと、つまり「そのコンテンツや道具のユーザになる」以前の問題だからです。
私たちはサービスの設計と言うと、そのサービスを利用中のユーザを想定しながら設計することが多いかもしれませんが、そのサービスやデバイスがどういった状態で見られるか、空間的周辺、時間的前後を含めて設計しなければ、コンテンツの価値に到達する以前の問題となってしまうのです。
CastOven
「ユーザとコンテンツとの接点を拡大しながらも無理がないようなインタラクション」として、筆者はCast Oven(写真1)という研究開発を行いました。CastOvenは「待ち時間の長さぴったりのYouTubeの動画を再生する」電子レンジです。ユーザが温め時間を設定すると、その長さと同じ時間の長さの動画をYouTubeから検索し再生します。温め時間と同じ長さの動画ですので、その動画を観終わると同時に調理が完了します。
時間ぴったりであることが、生活の流れの中でコンテンツとの接点をスムーズに作るのです。たとえば「あとで観る」としていた動画のリストから時間に合うものを再生すれば、あとで観る時間をわざわざ作らなくても、観ておきたかったコンテンツを日常の中でさりげなく消費できます。
iPodに2時間の映画を入れる?
iPodなどのメディアプレイヤーには120GBなど大容量のストレージを持つものもあります。そこには2時間の映画が数十本保存できるでしょう。しかし、いったい私たちはそれをいつ観るのでしょうか。特に都心部では、電車で映画を観ようとしても、たとえば東京駅から新宿へ移動したとしても15分程度です。15分間あるとして2時間の映画を観始めようと思う人がどれくらいいるでしょうか。もし乗り換え時間ぴったりの動画が観られるとしたら、2時間のハリウッド映画より、15分のYouTubeのほうが選ばれる可能性があるのではないかと私は推察します。つまり少しでも興味があれば、ユーザは「これを観終わると同時に目的地に着くなら、乗り過ごしも防止できるし観よう」という発想です。
あなたのサービスは生活のごく一部でしかない
Webに情報が蓄積され、ネットワークで接続されたデバイスを複数利用する時代になりました。「あなたのサービスはユーザの生活のごく一部でしかない」ことを肝に銘じながら設計することが重要です。ライバルはほかのサービスやアプリケーションだけではないのです。人々の朝食時間や入浴時間、睡眠時間ですらあなたのサービスのライバルであり、同時にうまく共生していかなければならない巨大なプラットフォームなのです。
iOSやAndroid OS上でうまく動くことは当然として、そういった人々のライフサイクルの中で「動かす」発想が今日求められる設計なのです。日常生活の行動分析がインタフェースデザインや新しいサービスを作る際に必要というのは、このためとも言えます。CastOvenの場合は、調理にかかるすき間時間にほかのコンテンツを埋め込む「挿入」によって、生活にうまく入り込もうとする例です。
ほかに「やめやすい、はじめやすい」といった「中断と再開」の設計もあるでしょう。たとえば持ち歩くゲーム機器がありますが、電車の中でRPGゲームをしていてセーブポイントがないと電源を落とせないようでは困ります。ですから「ニンテンドー3DS」や「PlayStation Vita」はいつでもゲームを一時停止できるようにすることで、たとえば電車の中でも「やりやすい」状態を作り出しています。従来は、「いかにハマってもらうか」という発想はあっても、「中断しやすいゲーム」という発想はゲームデザインそのものにはあまりなかったと言えるでしょう。
Webサービスやプロモーション広告も一緒です。いかにユーザを離さないか、滞在時間を長くするかも一つの指標ですが、逆に少ない時間であっても何度も目に触れさせるほうが広告効果は高い可能性もあるかもしれません。
生活パターンや行動を意識したデザイン
いずれも、ゲーム、広告、Webサービスそれ自体よりも、生活の中でのタイミングであったり、やめやすいことだったり、読むのに時間がかからないことだったり、一見本質ではないようなところも重要であることが見えてきます。
これは、それだけコンテンツが私たちの日常生活に親密な関係になってきたことの現れでもあります。私たち設計者は、これからますます人々の生活パターンや行動を意識しながら、サービスのデザインをしていくことが求められるでしょう。