最終回となる今回のゲストは、ネットメディアを中心に話題作を次々と発表している作家、佐々木俊尚さんです。最新作、『キュレーションの時代』(注1)は、本号が出ているころには店頭に並んでいると思います。本書のテーマである「キュレーション」についてお聞きしました。
キュレーションとは、「Business Insider」の記事への佐々木俊尚さんのコメントを引用すると、「情報を収集し、選別し、意味づけを与えて、それをみんなと共有すること」です。インタビューを通してその意味の実感がつかめると思います。
(撮影:平野正樹)
パーソナライゼーションの限界
中島:そもそもキュレーションという概念はどんなふうに生まれてきたんでしょうか?
佐々木:Webの目的は、大きく言えば「情報アクセス」と「つながり」の2つに集約されます。その中で、情報アクセスは1990年代の半ばぐらいにYahoo!のディレクトリ型検索からスタートしました。しかし、情報量がどんどん増えていくと、情報をディレクトリにカテゴライズすることが難しくなり、検索エンジンが登場しました。当初は検索のスパムなどがあったんですが、1998年に誕生したGoogleによって、ページランクなどのアルゴリズムを利用した検索でアクセスする方法が確立しました。
ところが2000年代半ばぐらいから、パーソナライズの必要性が言われはじめ、アルゴリズムによるパーソナライゼーションに向かうだろうという見方が主流になりました。
中島:はい、そうでしたね。
佐々木:それで、その究極がたぶんライフログからの情報の活用だったと思うんですよ。で、僕も実際あちこちでライフログのことを書いたり、自分でも考えていたりしてたんですけど、結果的にはこの方向は発展していませんね。
それと、「つながり」の問題もあります。自分の友人が自分にとって有用な情報を持っているわけではないということです。
どうやってその2つを統合するのかが結構重要な問題だよねっていうことを、2年ぐらい前に『インフォコモンズ』(注2)という本に書きました。
情報アクセスの鍵は「人」にある
中島:『インフォコモンズ』は私も読ませていただきましたが、非常に印象的な本でした。
佐々木:ただあのときは、最終的にはやっぱりパーソナライゼーションだろうと思っていたので、自分が明示的に何かを選択しなくても、暗黙裏に情報が流れていくしくみが必要だと思っていたんですよ。でも、あれから2年経ってソーシャルメディアが普及してきて気づいたことは、いい情報を得るためには人を見つければ大丈夫っていうことです。
中島:はい。そうですね。
佐々木:どこにいい情報があるかはわからないけど、誰がいい情報を持っているのかということは推測可能だよねと。要は、「TwitterでWebの情報を拾いたいならこの人をフォローすればいい」「このブログを見ていればだいたいこの分野の話が入ってくる」というのが段々わかってくるようになる。そうすると必要なことは、情報単体を探すことではなくて、その情報を持っている人を探すためのツールになってきます。
中島:なるほど。
佐々木:たとえば、Facebookはあくまでもリアルな友人としてのつながりだけど、たとえばファンページのような、片方向的な情報の流れが生まれることによって、有用な情報が流れるしくみができていたりします。
あるいは、「食べログ」とか「クックパッド」などの口コミメディアですね。完全に情報の流れとそのつながりが両立している。つまり、今までは「リアルな友人のつながり」と「情報の流れ」という、まったく関係ない2つのものをどうにかして統合しなきゃいけないと思われていました。しかし、実はそうじゃなくて、情報の流れが先にあって、自分にとって有意義な情報を発信する人に対してリスペクトを感じるようになってくる。つまりは、情報の流れそのものが実はそこにつながりを生み出すという、逆流みたいなことが起きてきているんですね。そういう考えがキュレーションにつながっていくんじゃないかという風に最近考えています。
中島:情報そのものではなく、それに関連する人のほうにフォーカスが移ってきて、それを明示的に意識するようになったところから、キュレーションという概念が生まれたわけですね。
キュレーションの実験
中島:佐々木さんは最近、Twitterで毎朝その日の重要なニュースやブログ記事をコメント付きで流されていますが、キュレーションとはあのような感じのものでしょうか?
佐々木:そうですね。あれはキュレーションという言葉を意識するようになって、それを自分で実験的にやってみようと思ったものです。
それまでも、毎朝膨大な量のブログをGoogle Readerでチェックしてブックマークしていました。そのブックマーク先をDeliciousに加えて、Twitterにも流せばそれで済むじゃないですか。FirefoxのTomblooというツールを使っていたので、チェックを1つ増やすだけなんですね。
中島:私もよく拝見しているんですが、あれはやっぱり、佐々木さんのピリッとしたコメントがついていることで、おもしろみがあると思うんですよね。単に重要な記事だけを羅列しているツイートならほかにもたくさんありますが。
佐々木:そうなんです! 主観をなるべく入れて…なぜ私がこれを紹介したのかがちょっと伝わるのを心がけています。
キュレーションで大事なことは、キュレートしている側の世界観とか価値観が見えるということ、そして人を経由して情報が流れることで、人の世界観の違いから生じる「ゆらぎ」が生まれることです。
総合Webメディアというフロンティア
中島:『WEB+DB PRESS』は技術系の媒体ですが、Web開発者の方へのメッセージやアドバイスをお願いできますか?「ここが狙い目だよ」のような。
佐々木:メディアビジネス的に言えば、日本にはキュレーションをする場がないんですよね。Twitterぐらいしか。
最近おもしろかったのが、GMがWebのメディアと組んだ事例です。GMは自動車メーカーだから社内に専門家がいっぱいいるわけです。それで、その専門家が持っているいろんな専門知識をもとにキュレーションを行って収集している情報をみんなに紹介する。
そうすると、Webサイトとしては専門家がキュレートすることで質が上がる、GMとしては自社にこんなすごい専門家がいるっていう良い宣伝になる、読者は良い情報が入るという、三者がWinWinWinの関係になる。そういう形でキュレーションをうまくビジネス化するというのは、あり得ることなのかもしれません。
さらに言うと、そのキュレーションのマーケットプレイスのような、マッチングサービスみたいなのも出てくるかもしれないですね。膨大な数のキュレーターがいて、その人たちとそのフォロワーをうまく結び付けると。
ただ、キュレーションそのものは基本的にはボランタリーな世界ですから、直接お金をもらうビジネスはたぶん成り立たないんじゃないかなと思います。
中島:なるほど。
佐々木:アメリカでは、「The Huffington Post」が結構人気があります。その日のいろんなニュースを集めてきて、そのアグリゲートした記事に、「The Huffington Post」が選んだ人、ブロガー、識者がコメントを加えるWebサイトですが、日本ではそういうのがない。
単なるTwitterの集合知としてではなくて、もう少し専門的な知見を持っている人の意見を聞きたいというニーズはたぶんあると思います。
はてなブックマークの残念な所(注3)
佐々木:それで、一瞬「はてブ」(はてなブックマーク)がその分野をカバーしていた時期がありました。ただ、はてブの場合技術系の話題に寄り過ぎなことと、設計が悪くて、ものすごく荒れてしまったのが残念ですね。
中には割にまともなコメントもあるんですが、単純に時系列で表示するので、あとから投稿されたディスりたいだけのどうでもいいコメントが先頭に表示されて、全体がどうでもいいって感じに見えちゃう。
中島:私は、自分がコメントされる側としてはあれが好きです。全部フラットにばーんと出る感じが。でも、人の記事へのコメントを読もうとすると、確かに気がそがれる面はありますね。
佐々木:はてなの人は、人の善意を信じ過ぎなんですよ。何もしなければ善意だけが浮かび上がってくると近藤さん[4]は信じているんだけど、放っておけば悪意もいっぱい浮かび上がってくるわけで、その悪意がいかに見えないようにするかというのが、今のWebメディアの設計で非常に重要なテーマだと思います。
中島:悪意を見えないようにするためにももう一工夫?
佐々木:Twitterはそこがうまくできていますよね。フォロー・フォロワー関係を作ることによって、自分に悪意を持っている人をフォローしなければ悪意は見えないしくみで、シンプルだけど効果的ですね。
専門知識とバックグラウンド
中島:佐々木さんは新聞記者出身で、今は独立してフリーとして活躍されています。我々の業界では、単純な受託開発の仕事がなくなって新しい道を模索している人がたくさんいるのですが、そういう人たちに、佐々木さんの経験されたことから何かアドバイスはありますでしょうか?
佐々木:まずは専門知識だと思います。会社員は何に力を入れるかというと、僕自身の新聞社時代を思い出すと、人間関係に力を入れるんですよ、だいたいの場合。でも、それは会社からそれたときには役に立たない。
新聞社はものすごい専門知識があっても「専門バカ」みたいなこと言われてあまり評価されなかったりする。これは、たぶんほかの会社でもそうだと思います。でも、実は専門バカのほうが、外に出たときには評価されることが多いということを意識しておかないといけないと思います。
中島:佐々木さんのお仕事だと、ブロガーとの競争みたいな面もありますよね。
佐々木:ブログは一人の個人、生活している個人、仕事している個人が自分の見える範囲で書くわけですよね。僕は全然関係ないところ、音楽の話を引っ張ってきたりとか、大きなバックグラウンドから取りかかるということを意識しています。今回の『キュレーションの時代』でも、現代アートの話を書いたりしています。
日本で言うと山下清みたいな、自分のことをアーティストと考えていない人が、アートをやっているのをアウトサイダーアートというんですけど、その世界では、普通のアートの世界でアーティストが一番偉いのとは違って、それを探し出す人が重要なのです。だから、アウトサイダーアートの世界は、キュレーションに通じるんですね。
そういうふうに、文章を書くときには書いていることの外側に何か広い世界が見えるようにしようとしています。
中島:いつも読ませていただいて、取材力や視野の広さを感じています。たとえば『電子書籍の衝撃』(注5)では、iPadの話からいきなり携帯小説の作家たちの話になったのが印象的でした。
佐々木:あれもその前に『ケータイ小説家』(注6)という本を書いていたんで、それが役に立ちました。携帯小説の作家、ほとんど無名の女の子たち10人に取材して、その女の子たちの半生を描いています。それぞれの。驚くべき世界。まったくWebとは違う。
中島:あの流れはちょっとびっくりしました。携帯小説における作者と読者のつながりの意味から、ソーシャルリーディングやキュレーションのような、電子書籍の未来の方向性を探るという構成になっているんですね。あれはおもしろかったです。
あとがき
佐々木さんの記者からフリーライターへの転身のお話は、我々プログラマの今後にも参考になる面が多々あると思います。組織の外から評価される専門知識と、プロならではの一歩引いた広い視野は、組織の中で仕事をするか外に出るかにかかわらず、これからのプログラマにも必要になるでしょう。
1年間ありがとうございました。この連載でお聞きしたお話は、私にとっても今後の財産となると思います。当たり前のことですが、Webは人が生み出すものであることを実感しました。