Webデザイン業界の三位一体モデル

第2回インタラクティブ道のサムライ 阿部晶人(前編) Webキャンペーンにこめる、おもてなしの要素

キャンペーンサイトなど広告のWebデザインに関わるキープレイヤー、広告主、Webクリエイター(制作会社⁠⁠、広告代理店、の三者のそれぞれの立場をインタビューすることで、これからのWeb広告、Webデザイン業界の未来を探ろうという趣旨で始まったこの連載。

第2回目は私と同じ広告代理店の立場からオグルヴィ・ワン・ジャパンでインタラクティブ・クリエイティブ・ディレクターとして活躍されている阿部晶人さんにお話を伺った。

阿部さん。⁠撮影:白石奈緒美)
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阿部さんは今年出版された著書の「Webキャンペーンのしかけ方。」の中でWebキャンペーン実施のポイントを宮本武蔵の五輪書になぞらえて説明されている。

ご自身でもライフワークとして剣道をたしなまれており、まさにインタラクティブ道のサムライのような方。以前から交流させていただいている私の尊敬する業界人の一人だ。

価値基準がないものの真価を自分で確かめることが好き

新野:

阿部さんが、そもそもWebの仕事をすることになった経緯を聞かせていただけますか。

新野。
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阿部:

学生時代はSFCにいたんですが、特に広告に興味を持ってやっていたわけではなく研究室に入って表現とコミュニケーションを勉強していました。

その後電通に就職することになり、コピーライターとしてスタートしたんです。

当初CMとグラフィックをやっていたのですが、社内でコンピューターのことで質問があったりすると、⁠あいつSFCだからコンピュータのことも詳しいだろ」と添付ファイルの送り方とかいろいろ相談を受けたりすることが多かったんですね。そんなこともあって社内のネット関連の部署から声がかかって期間限定でWebの仕事もすることになりました。でも、やっているうちに面白くなってきて期間限定でなくてそのまま兼任して続けてました。

新野:

阿部さんというと、電通当時、PIP(Person in Presentation:実写の動画をFlashに取り込み、人物がユーザーに語りかける形式のWebコンテンツのこと)を日本で広めた立役者のひとりだと思っているのですが。

阿部:

たまたまあの頃に技術的にPIPができるようになったんですね。それで使ってみたいなあと思っていたんです。

最初に手がけた自動車メーカーのPIPのサイトが好評で、本当は半年の出向がそれで終わる予定だったんですが、そのままネット関連の仕事を継続するきっかけになったんですよ。

新野:

常に新しい領域を切り開いてきてますよね。

阿部:

まだ手垢がついていないと言うか、価値基準がないものの真価を自分で確かめることが好きな性格みたいです。

SFCもAO入試(自己推薦入試)という当時はまだ一般的でない方法で受験しましたし、今住んでいる家もコーポラティブハウスなんですが、これも日本でコーポラティブハウスがまだあまり認知されていないころに入居したんです。

新野さんはご存知だと思うんですが、僕が個人で運営しているベビーカーのブログがあって、それは子供が生まれたときに満足のいくベビーカーがなかなかなくて、いろいろ探し回った結果、海外のもので自分の希望に合ったものを見つけたんですね。それを海外からネット経由で購入して、使ったかんそうをブログに書いたりしているうちに評判が広まりました。今ではそのベビーカー界ではちょっとした有名ブログになっています。

新野:

僕も、学校を選ぶときに新設の大学にしたんですが、一期生として開拓することを楽しんでいるような仲間が何人かいて、いい経験ができましたね。

阿部さんの本の最後のくだりに、そんな心構えを例えて「誰もまだ歩いていない場所は、かぎりなく空気が澄んでいる。」というようなことを書かれているのを読んですごく共感しました。かっこいいなあと。

新しい試みを取り込む柔軟な発想

新野:

電通からオグルヴィーに移られてまだ1年くらいですよね。

その短い期間のなかで阿部さんらしい実績をいくつも世に出されていてさすがだなあと関心してたんです。

いくつかの事例を詳しく聞かせていただけますか。

阿部:

8月でちょうど1年なんですが、ずいぶんといろいろやりましたね。

最近ですと自分の中で特に面白いと思っているのは、電話と連動した仕掛けのアデランスのディランのやつですね。

阿部さん。
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新野:

アデランスヘアシーダ直電LIVE ディランに訊け!※1ですね。

電話の音声認識を使ってWebを操作するというアイデア自体はこれまでも思いついた人はいたと思うんですよ。

普通だと技術的にできるかどうかわからないや、とそこであきらめちゃったりしそうですが、これは技術的な裏づけをとって、実際のアイデアとしてプレゼンして実現させたのはすごいですよね。

阿部:

あのアイデアは、前から考えていたものなんです。携帯電話をアナログ的に使ったら面白いなと。

実は以前に自動車メーカーのキャンペーンでVポータルを使ったことがあって、そのときVポータルの担当者と仲良くなったんですね。

それで技術的にこういうことができるというのは知っていたんです。

WEBキャンペーンを企画する上で、できるかできないか技術的なところを知っているっていうのも大事ですよね。

新野:

やっぱりVポータルを使ってたんですか。僕もあれを使って何かできないか考えたことがあったのですが、なかなか機会がなくて。

阿部:

アデランスさんはもともとテレマーケティングを重視している会社なので、電話を使った試みをやるにはちょうどいい機会でした。

ブログとかでこのキャンペーンの反応をみていると2種類の反応があって、新野さんのようにWeb業界の関係者からは「技術的にすごい」っていうのがあるのと、もう一方で「ディランが面白い」っていう反応の2パターンですね。

出演しているディランが面白いっていうのは、業界のひとじゃなくて普通のユーザーの声ですね。

彼を起用したのは、ちょうど人気が出始めてきた芸人さんだということと、ヘアスタイルがほら、髪のボリュームが多いでしょ(笑⁠⁠。今回のキャンペーンにぴったりだろうと。

阿部:

技術面だけのアイデアではなくて、ちゃんと理由があって成り立ってますよね。

携帯電話は以前から興味を持っていて、やはり自動車メーカーの別のキャンペーンで携帯電話で撮影した自分の顔写真をWebに取り込んでゲームのキャラクターにするっていうのをやったんです。

新野:

あのキャンペーンも技術的にも新しいことをやってましたよね。

阿部さんのお話を伺っていると、Webだけでなく携帯に着目したり、新しい技術を積極的に取り入れたり、幅広い視点でどんなことができるかを柔軟に考えているのがわかりますね。

著書「Webキャンペーンのしかけ方。」の反響

新野:

今年「Webキャンペーンのしかけ方。」を共著で出されましたが、本を執筆された反響はいかがでしたか?

阿部さん。
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阿部:

まず、あの本を読んでくれた自分の母が、やっと私の仕事内容を理解してくれました。⁠笑)

それに、いろいろな方からお問い合わせをいただいたり、反響は大きいですよね。

これまでたくさんのWebサイトを作ってきましたけど、そんなのが及ばないくらい、手に取れるものだったり、自分の意思で買ったものというのは影響力が強いなと実感しました。本というプロダクトの持つ強さというか。

結構知らない人から連絡をもらったりもします。本の内容に共感してくれて、ベンチャーキャピタルみたいな会社の方から連絡をもらったりもしましたよ。

新野:

ベンチャーキャピタルの人ですか! 意外ですね。

畑違いのようにも思いますけど、Webとか広告とかってことにとらわれず、ユーザーに対してのコミュニケーションの方法という観点で普遍的な内容もたくさん含まれているので、そういう捉え方もできますよね。

ひとつ質問ですが、あの本に書かれているいろいろな押さえるべきポイントっていろいろありましたが、ご自分の仕事で自己採点して全部合格点を取るってかなり大変じゃないですか?

阿部:

大変ですよ! でも一応合格しているものしか出してません。

でも、たまに採点ミスで合格してしまうものも、あるような、ないような(笑⁠⁠。冗談ですけど。

新野:

ここだけは譲れないっていうポイントだけは守る感じですか?

でもそれは、端から拝見していてもわかりますよ。

MOTORAZAR モトレーザー M702iS(公開終了)や、Fiat ScienceXArt ドライビング アート プロジェクトとか、必ずどこかエッヂが立ってる。

阿部:

100点は無理でも、自分が絡んでいるかぎりは一定のレベルは守りたいってのはありますね。

「おもてなしの要素」の必要性

新野:

著書の中でWebキャンペーンでの「おもてなしの要素」の必要性について書かれていましたが、実は僕もecotonohaの時から「おもてなし」を大事にすることをずっと心がけているんですよ。

最近阿部さんの手がけられたグアム政府観光局のごほうびアイランド GUAMはまさにプレゼントが盛りだくさんで、おもてなしにあふれてますよね。

阿部:

これは、もともとグアムへ行くこと自体を「ご褒美」ととらえて、OLや主婦の方に「自分にご褒美をあげるならグアムへ」というコンセプトでやろうと提案したんです。

ただ、単純にグアムのキレイな写真という「ご褒美」だけでなく、ちょっとした賞品の「ご褒美」もあればより楽しめるだろうということで、賞品の提供を広告主に相談したところ、予想してなかったほどすごい数の賞品をクライアントが用意してくれて。

プレゼントは、ただ何でもいいからあげるのではなくて、実際にグアムにいかないと価値のないもの、たとえば宿泊券とかそういうものを用意していただきました。

新野:

そうだったんですか、広告主が見せたい情報とプレゼントやゲームなどのエンターテイメントをセットにするやり方はよくあると思うのですが、ここまで徹底してすごい数のプレゼントを用意しているのは、思い切っていてわかりやすい、いいアイデアだなと感心していたんです。

だけど最初から数で勝負のアイデアではなかったんですね。

阿部:

ええ、でも、大量のプレゼントを用意いただいたのでそれを活かした形のプランに少し軌道修正したんですよ。

他のサイトとの差別化は重要ですから。

Webっていろんなことができちゃって、サイトにあれもこれもとつめこみがちですが、目的に合わせてシンプルにしたほうがいいことも多い。

このサイトも、グアムの魅力的な写真を見るとご褒美がもらえるっていうわかりやすい構造です。

だから、プレゼントの量が多いだけでなくて、グアムの写真は6000カットくらい撮影した中から厳選したものを掲載して、魅力的に見せることにもちゃんと注力してます。

新野:

Webはいろいろなことができる分、詰め込みすぎに気をつけないといけないというのはすごくよくわかりますよね。

目的にあった直球勝負のアイデアはいいですよね。

阿部:

Webって結構芸術的に作らなければいけないって思っている人が多いように思います。

目的次第で時にはベタなものや、シンプルなものなど、もっといろいろあっていいと思ってます。

新野:

ポータルサイトなどのタイアップページなんかは、ただ応募フォームがあるだけみたいなベタものもまだ多くて、そういうのはもっとちゃんと作ったらいいのにと思ったりしますが、ほんとリッチなやつだけとか、ベタなことだけとかじゃなくてバランスが大事ですね。

(つづく)

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