じっとりと噴き出す汗によって、夏の近づきを徐々に肌で感じる今日このごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。今回も個人的に感じた、素晴らしいサイトの特徴をいくつかお話したいと思います。
午後9時からの缶けり大会
UCC上島珈琲株式会社(以下、UCC)が3月に発売した無糖ミルク入り缶コーヒー「UCC THE CLEAR」のプロモーションサイト、『 THE CANKERI THE CLEAR(ザ・カンケリ ザ・クリア) 』です。
図1 ウェブサイトを使った缶けり大会、『 THE CANKERI THE CLEAR』
午後9時からウェブサイト上で開催されるこの缶けり大会は、Twitterのキャンペーン公式アカウント から発信される情報を手がかりに、ブログやYouTube、Googleマップなどのネットメディアに潜む逃亡者の名前を入手し、ウェブサイトに入力することでクリアとなります。
図2 手がかりから得た逃亡者の名前を入力するとクリア
缶けり大会は6月18日から7月2日まで予選が開催され、クリアタイムの上位成績者1,000名による決勝戦が7月7日に行われました。また決勝における上位入賞者50人は、元Jリーガー4人が参加する実際の缶けり大会「ザ・リアル缶けり大会」への出場権を獲得しました。
図3 ウェブサイト上だけでなく、実際に缶けり大会が開催される
ソーシャル・メディアで変わる企業の姿
UCCは、以前Twitter上のキャンペーンで大きな失敗(2010年2月、Twitterのbotを使って、ユーザーの了承なしに宣伝メッセージを一方的に送信したことが“ スパム的行為” だと非難を浴び、開始後2時間でキャンペーンが中止となった)をしています。
となれば、その後の活動は「失敗を恐れ、より慎重になるのでは」と思ってしまうのですが、今回のプロモーションサイトを見る限り、ウェブサイト上でのコミュニケーションだけでなく、実際にユーザーが缶けりを行うイベントを開催するなど、むしろ今までの失敗から学び、より積極的にソーシャル・メディアとかかわっていこうとするUCCの姿が見て取れます。
以前、この連載でも紹介したドミノ・ピザの『New Domino's Pizza - Oh Yes We Did. 』のように、一度ソーシャル・メディアで失敗した企業が、より積極的にユーザーとコミュニケーションを交わしながら、関係を深化させていく姿を見ると、思わず応援したいという気持ちが生まれてきます。
まだまだソーシャル・メディアへの参加に対して及び腰の企業も多い中、積極的にソーシャル・メディアを利用する企業が、何を得て、どんなものを生みだし、そして企業自身がどう変わっていくのか。ユーザーとの新たなコミュニケーションを作り出す企業が変化する姿に、これからも注目していきたいと思います。
もし、原油流出がすぐ近くで起こったら…
2010年4月20日、アメリカ・ルイジアナ州のメキシコ湾沖で発生した、石油掘削施設の爆発による原油流出事故を視覚化したウェブサイト、『 If It Was My Home - Visualizing the BP Oil Spill』です。
図4 メキシコ湾で起きた原油流出事故の状況を可視化したウェブサイト
"See what the BP oil spill would look like if it happened in your backyard.(BPの原油流出があなたのすぐ近くで起こったなら、どうなるかを見てください)"ということで、ユーザーがウェブサイトにアクセスすると、現在地を中心としたGoogleマップの上に、現在の原油流失状況が重ねて表示されるという仕組みです。
図5 日本の地図上にオーバーレイされた、原油の流失状況
非常に単純な仕掛けですが、“ 史上最悪の原油流失事故” と呼ばれている「今回の事故が、もし自分の周辺で起きた場合、どのような範囲に被害をもたらすのか」がよくわかる、アイデアが素晴らしいウェブサイトです。
ユーザーの持つ基準を生かす
今回の事故における甚大な原油の流失量は、「 バレル」という日頃聞き慣れない単位を使って伝えられています。このような聞き慣れない単位で説明される場合、単純な数値の表現(例:5000万バレル)だけでは、その量や広がりを頭の中で想像することすらできません。
この『If It Was My Home』では、原油の流失量について、想像しにくい数値を可視化し、さらにユーザーの身近な場所を基準にすることで、非常に明確で想像しやすい表現を実現しています。
どんなウェブサイトでも、ユーザーの理解を深めるための表現方法やアイデアが求められるのではないでしょうか。そんな時、今回のような「ユーザーが基準としている単位や表現」を上手に使うことで、より大きな効果が生みだせるかもしれません。
誰もが本をつくる時代へ
株式会社paperboy&co.が開始した、本の制作に関する特別な知識や技術を必要とすることなく、簡単に電子書籍を作成・販売できるウェブサービス、『 ブクログのパブー』です。
図6 簡単に電子書籍を作成できる『ブクログのパブー』
『ブクログのパブー』でユーザーが作成した作品は、無料公開だけでなく、有料で販売(売上の70%が印税として作者に入り、残りの30%が手数料)することも可能です。さらに公開された作品は、電子書籍フォーマットのePubとPDF形式に自動で変換されるため、iPadやKindle、iPhoneなどでも読めます。
図7 制作された電子書籍はePubとPDF形式でダウンロードできる
また作品をページごとに公開できることや、読者からのコメントを参考にしながら作品を仕上げられるなどのユニークな機能も魅力的です。今後はBlogなどからインポートする機能や、作品を複数のクリエイターで制作できる編集機能の強化、さらにAmazon DTP、iBooks storeへの登録代行も行われるとのこと。サービス開始後1週間で約1,000作品が公開されるなど、今後の広がりが非常に楽しみなサービスです。
「読む」から「つくる」へ
KindleやiPadの登場によって注目を集めている電子書籍ですが、「 自炊(既存の本を裁断後にスキャンして電子書籍を作成すること) 」を除き、一般のユーザーが電子書籍を制作する場合には、解決しなければならない問題がまだまだ多く存在しています。
特に「コンテンツをどのように電子書籍へと変換するか」という部分については、かなりの時間と手間を費やさなくてはなりません。例えば、制作ツールを考えてみても、すでに出版業界で採用されているアプリケーションを使うという方法があるものの、ユーザーにとっては金銭的な負担が大きく、仮にその負担が解決されたとしても、新たな知識や技術の取得がどうしても必要となります。
図8 『 ブクログのパブー』の編集画面は、Blogのエントリーを書いているかのよう
そうした中で、この『ブクログのパブー』では、電子書籍の作成から販売までをブラウザのみで可能にしたり、Blogのエントリーを書くように電子書籍を制作できる仕組みなどを用意したりすることで、今までユーザーが感じていた電子書籍を出版するまでの“ 壁” を可能な限り低くしています。このため、ユーザーは余計な手間に煩わせられることなく、「 つくる」ことに集中できるのです。
より多くの人がコンテンツへと集中できることで、本は「読むもの」から「つくるもの」という考え方へとシフトしていく可能性を感じるこのウェブサービス。既存の“ 出版” という枠にとらわれない、みずみずしく新鮮で、驚くような作品が、これから続々と登場することを期待しています。
というわけで、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。それでは次回をおたのしみに。