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第172回BBC(英国放送協会)ロシアのウクライナ侵攻で見せた誇りとインターネットの“つながり”

今回紹介するのは、イギリスの公共放送であるBBC(英国放送協会)が、アクセス制限されている国からでも情報を取得できるよう構築したウェブサイト、BBC - Homeです。

もし時間があるならば、一度、このウェブサイトにアクセスしてみてください。今、あなたが使っているブラウザに、きちんとBBCの情報が表示されたでしょうか?

図1 イギリスの公共放送であるBBC(英国放送協会)が、アクセス制限されている国からでも情報を取得できるよう構築した『BBC - Home』
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“通常⁠のブラウザからは、このウェブサイトにアクセスできません。閲覧するには、Tor(トーア)と呼ばれる技術に対応しているブラウザ(Tor Browser、Braveなど)が必要になります。

図2 インターネットの接続経路を匿名化するTor(トーア)を開発している「Tor Project」のウェブサイト
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Torは「たまねぎのように、ルーター経由のたびに暗号化を行う」ことから命名された、接続経路を匿名化するための技術です。発信元が特定されると命の危険や妨害活動をされる危険性のあるジャーナリストや活動家などが、身の安全を確保しながら通信する場合によく使われます。

近年、民主化運動の「アラブの春」や、エドワード・スノーデンによるNSA(アメリカ国家安全保障局)の盗聴実態の内部告発でも利用されました。一般的には、ダークウェブ(検索エンジンにインデックス化されていない、専用のツールが必要となるウェブサイト)の閲覧手段として知られているTorですが、本来は⁠通信の自由⁠を確保するためのものです。

ロシア政府が行ったウェブサイトへの通信遮断に対して、BBCはロシア国内から誰もが安全にアクセスできる方法としてTorを選択し、ロシア国内の人々に情報発信が行えるウェブサイトを構築したのです。

迅速なBBCのウェブサイト構築は、昨日や今日に始まったわけではありません。2019年10月、中国やイランなど、BBCのウェブサイトへのアクセスを遮断してきた国々の国民に対して、Torを使って国際ニュースの配信を行っています。今回のBBCの迅速な対応は、こうした事前準備に裏付けられたものなのです。

図3 ロシアのウクライナ侵攻後の2022年3月4日に更新されたBBCニュースへのアクセスに関するアドバイス。オープンソースのインターネット検閲回避ソフトウェアである「Psiphon」の使用とBBCのTor用サイトのURLが英語、ロシア語、ウクライナ語で記述されている
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インターネット接続遮断に踏み切ったロシア

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻後、米国や欧州はその報復として、金融制裁(国際的な決済ネットワークからの排除⁠⁠、ロシアへの輸出(ハイテク製品⁠⁠・輸入(原油、天然ガス)規制、ロシア政府関係者やロシアの超富裕層(オリガルヒ)の資産凍結などの制裁を課してきました。

3月4日、ロシアのプーチン大統領は「ロシア当局が軍の活動に関する報道や情報発信の内容をフェイクニュース(偽情報)と見なした場合、報道した記者らに対して最高15年の禁錮刑を科す」という新たな刑法に署名しました。

この結果、ロシア国内に取材拠点を持つ多くの欧米ニュースメディアやロシア国内の独立系メディアは、⁠取材で刑事訴追される可能性が高い」として取材活動を停止します。

さらに、ロシアの通信規制当局ロスコムナゾル(Roskomnadzor)は、FacebookやInstagram、TwitterやTiktokなどのSNS、イギリスのBBCやドイツの公共放送Deutsche Welle、Radio Free Europeなど国外メディアのウェブサイトへのアクセスを次々と遮断する厳しい情報統制を始めます。

国内外のウェブサイトやウェブサービスにアクセスできなくなったロシア国内の人々は、個人間での情報のやり取りや国外の情報獲得が難しい状況になっていきました。

アクセス遮断に対抗するメディアと個人

ロシア政府の厳しい情報統制に対して、多くのニュースメディアとSNSは、ロシア国外からの情報提供を続けています。メディアのウェブサイトの多くはロシアの情報遮断を避けるため、BBCと同様にTorを利用してロシア国内にいる市民へと情報を提供し続けています。

図4 2022年3月8日、Twitterはサポートブラウザの項目を更新。Torネットワーク経由でTwitterを閲覧できるリンクを追加した
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ロシア国内では、個人がTorブラウザやVPN(仮想プライベートネットワーク)などを駆使して、アクセスを遮断された国外からの情報を得ようとしています。Torはロシアのウクライナ侵攻が噂されていた昨年の11月頃から利用者が増え始め、ロシアのウクライナ進行後も利用者が急増しています。

図5 Tor Metricsによる、ロシアからの⁠ブリッジ⁠経由で接続するクライアント(推定数)のグラフ。⁠ブリッジ⁠はTorによる接続をブロックしている国・地域で、そのブロックを迂回するために利用される仕組み。ロシア国内では、ウクライナ侵攻が噂されていた2021年11月頃からTorの利用が急速に増加している
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ロシア国内からのVPN利用も増えており、日本国内でも筑波大学が無償で提供しているVPSサービス「VPNGate」のロシアからの利用者が増えていることがニュースにもなりました。

アメリカのCIA(米中央情報局)は、Instagramで市民が安全に情報提供をするための手順をロシア語の解説付きで投稿して、ロシア国内からの情報提供連絡を受け付けるなど、厳しい情報統制が続くロシア国内とのつながりを保とうとしています。

ロシアの準備とその後の動き

2019年、ロシア政府は国外からのサイバー攻撃が起きた際、国内のインターネットを国外から切り離せる「ネット主権法」を施行しました。この法律では、政府が通信経路を管理して特定のウェブサイトへの接続遮断や、国外の情報流入を防ぐことが可能です。

「ネット主権法」の施行時には、⁠ロシア国民の通信経路を国内に限定して、ロシア内のコンテンツにしかアクセスできない⁠という実験も行っています。今回のウクライナ侵攻時のような事態に備え、素早い対応ができるよう、事前に万全の準備がされてました。

こうした経緯を見ると、今後もロシア政府による厳しい情報統制はまだまだ続いていくと考えられます。

事実、3月には「クレムリンの見解と異なるロシアのウクライナ侵攻に関する情報を削除しない場合、最高400万ルーブル(約600万円)の罰金を科す」とウィキペディアに通告、⁠YouTubeの動画削除に従わない場合は最大800万ルーブル(約1,200万円)またはロシアでの年間収益20%の罰金を科す」とGoogleにも警告しています。

5月下旬には、YouTubeに対しても「ロシア外務省報道官の会見動画を視聴できないようにした場合、記者を追放処分にする」と表明。さらにロシア下院では「西側諸国がロシアのメディアに対して非友好的な場合、モスクワの海外メディア支局を閉鎖する権限を検察当局に与える」という法案も可決されています。

インターネットのつながりとこれから

今回のロシアのウクライナ侵攻で脳裏に浮かんだのは、わたしがはじめてインターネットに触れた学生時代、⁠これで世界中の人たちが距離に関係なく、いつでもつながれる」という説明を受けた場面でした。侵攻で起きた出来事を追っていくうち、こうした理想の実現は難しく、そして非常にもろく崩れやすいという現実を突きつけられています。

それでも、ロシアのウクライナ侵攻に際して、インターネットを通じてつながりを感じる出来事もありました。その1つがロシアの侵攻で大きな被害を受けたウクライナの人々への支援です。

48時間の間にウクライナで61,406泊が予約され、困窮したホストに190万ドルが寄付されたことを知らせる、AirbnbのBrian Cheskyによる⁠空予約⁠に関するツイート

民泊サービスのAirbnbのシステムを使って、⁠実際に現地で宿泊しないにもかかわらず、ウクライナで宿泊施設を提供しているホストに予約をして料金を支払う」⁠空予約⁠という援助行動は、インターネット時代ならではの非常におもしろい事例となりました。その後、Airbnbでは正式にウクライナ難民への援助協力を始めています。

また、ロシアの攻撃によって利用できなくなったインターネットに関して、スペースXのCEOイーロン・マスクがウクライナからの要請に答えて、自社の衛星インターネット接続サービスを提供したことも話題になりました。

ロシアのウクライナ侵攻から2日後、ウクライナの副首相Mykhailo Fedorovからの「ウクライナにスターリンクステーションを提供してほしい」という要請に対して、わずか10時間後に返答されたイーロン・マスクのツイート、⁠ウクライナでスターリンクのサービスが開始された。」

スターリンクによって提供されたインターネットは、その後、ウクライナ軍のによるドローン偵察や攻撃、公的機関や市民によるSNSへの戦況報告投稿にも利用され、ウクライナの国土防衛において重要な役割を果たしています。

ロシアとウクライナの戦闘は、すでに長期戦の様相をみせています。影響も世界全体の経済や政治、国民生活にまで波及しています。企業活動に関しても、ロシアで事業を行っていた多くのグローバル企業が事業を停止・撤退しています。

最終的には消耗戦となり、ロシアが米国やNATO(北大西洋条約機構)からの経済制裁に、米国欧州諸国が食糧やエネルギーの価格高騰・需給問題に耐えきれるかが焦点となるでしょう。同じ世界にはもう戻れませんが、この戦闘が終了した後には、再び⁠つながりを感じられる⁠理想の世界へ変化することを期待せずにはいられません。

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