前号から始まった「Web Site Expert Academia」。2回目の今回は、武蔵野美術大学デザイン情報学科教授の今泉洋氏を対談相手に、ネットサービスのデザインの話から中間ドキュメントの話へと盛り上がりました。
世の中、何がずっと続いていくのか
前田:
僕は一時期法政大でWebデザインを教えていたのですが[1]、今あるWebデザインの技術でなく、10年後も通用するだろうと思える仕事の仕方やモノの見方というものを中心に授業内容を構成しました。なるべくWebの業界だけでなく、他の世界に行っても通用する企画や発想のスキルを向上させようとしていたのですが、今泉先生は「Web」を学生向けにどう教えられているのでしょうか?
今泉:
難しいですよね。Webってものすごい可能性があるんだろうけど、どういうふうに関わるかっていうのが。今の話、Webという前に、教えるということを考えなきゃいけないと思うんです。まず、世の中、何がずっと続いていくのだろう、どういうふうに関係を作っていくべきなんだろうということがベースにある。
うちの学科は1年生のときに「課題発見」という演習をやるんです。新入生を全部集めて、5人一組で会社を作っちゃう。そして、とにかく世の中を見て、問題を見つけて来い、見つけてそれを改善する提案をしなさい、ということをやらせるのね。高校生のときまでは先生が問題を生徒に与えているんだけど、大学に入ったらもうお前らは生徒じゃなくて学生なんだぞ、と。自分で問題を見つけない限り、美大生になった意味がない。とくにデザイナーなんかそうで、他人が作った問題を解いている限りタグ打ち職人で終わっちゃう。クリエイターとして自分でコンテンツを作って成功していくというのは、要は自分で問題を見つけてそれに対するソリューションをデザインすることなんだから、それをテーマにしてグループでやりなさい、っていう授業なんです。うちでは、そういう関係づくりの技能の1つとしてWebを扱っているということになるのかな。
前田:
僕は15年くらい前に、QuickTime 1.0β[2]とかを見て「ああ、CD-ROMっていう媒体があるんだ」ということで興奮してこの業界に足を踏み入れたんだけれども、いつのまにかCD-ROMが媒体でもなんでもなくて、雑誌の付録みたいなものになってしまって…消えてしまったわけじゃないけど、自分のやった仕事が世の中に残っていない、悔しい感じがあるんですよね。
Webも、10年くらい前に作ったサイトはほとんど消えてなくなっちゃっているんですよね。だから、自分達の仕事が世の中に残って普遍的になることに強い欲求があります。今やっている仕事が、たとえば小さな子どもたちにも説明できて、その子どもが大きくなってもまだあるような…そういう仕事や業界にしたい気持ちがあります。
そういう意味で僕はつながりを作るとか、つながりをデザインをするとかということに長い時間を費やしているので、その仕事のプロになる、もしくはプロを生み出す仕事にも携わりたいなと。それをたまたまこちらの編集長に言ったら、そういうつながりのアカデミズムみたいな対談っておもしろいよねって言って始まったのがこの連載なんです。だから毎回つながりがテーマで、それの授業をいろんな先生とやるっていうコンセプトなんです。
情報をプレゼントする
前田:
さっそくなんですけど、昨日今日の話でなくて、20年前、10年前、5年前の自分の中で、そこだけはあまり変わらず今もこだわっている、というような自分だけの普遍的なつながりって何ですか?
今泉:
僕の場合、人とのつながり方でいうと、できれば皆にサービスしたいなっていう気持ち、「心地よい裏切り」的なつながり方ですかね。期待されたとおりのことをやったら誰も振り返ってくれないですけど、「まさかそんなこと…」とか「ちょっと意外だな」という感じの関係がいいですね。でも、それは気持ちの悪いものではなくて、心地の良い発見みたいなもので、そういうものを人にあげることができたら、すごく良いなって思いますね。子どものときに自分でプレゼント作って、あげたらすごく喜ばれたというのがあって、それをずっと続けている感じですかね。話としてかっこ良すぎますか(笑)。
前田:
そもそも今泉先生との出会いは、以前『関心空間』を授業で使ってくれていると聞いて、どんな授業かと思って僕が大学にお伺いしたんですよね。5~6人を集めて、その人がどういうことをされたら喜ぶかを確かめるインタビューをして、それが確認できたら、『関心空間』の中からいろんなキーワードを見つけてきて、編集してA4サイズ2枚くらいのペーパーにする。そして、その情報を提供したらそれで喜んだかどうか確認してくださいっていうワークショップをやられていて、これはすごく『関心空間』の真髄をつかんだ授業だと感銘を受けました。
つまり我々は無報酬で人につながりを与えることを好んで行うんですよ、「ありがとう」って笑顔が返ってくることを期待して。これはお金が返ってくることとは全然別質なんです。情報をプレゼントする行為を良しとする世界なんです。このことを「クチコミ情報を投稿したらポイントが返ってくるサービス」と言ったらなんか重要なことが欠けてしまう気がするのです。これはすごく言葉にしにくい。
今泉:
贈与の話ですよね。
前田:
たとえば、ソーシャルウェアのひとつで『gifttagging.com』というサービスがあって、なんとなくそういう予兆を感じるんですよ。物をあげるプロセスの前後に発生する気持ちや動機をシェアするサービスというか…購買の背景にあるデータのやり取りを視覚化するビジネスみたいなもの。
たとえば、『関心空間』でも「クリスマスに何をあげますか?」というような企画をやっていて、その喜ばせ方のうまい人っているんですよね。「相手の欲しいものはわかっているんだけれども、想像の範囲を超えて、意外さも演出したい」というような技術があって。そういう技術を持った人が『関心空間』にはすごく多いなと。そういうユーザの能力を活かしたサービスが他にもあるんじゃないかとは思っています。
(つづく)