アンチエイジング、Webと健康管理
前田:
私自身はまったくアンチエイジングについて知らないというか…興味がないというわけではなかったのですが。この文字面だと、ぱっと見女性のための美容という話で印象付いてしまうのですが、少し調べてみるとクオリティオブライフとか、内面の話が出てきてそこから興味を持ち始めたんですね。
阿保:
おっしゃるように、アンチエイジングというのは、美容という言葉の言い換えとして日本では最初普及したような印象があるんですよね。
'92年にラッドマンというドクターが出していた成長ホルモン補充療法の論文があります。この成長ホルモンというのは、成長期だけに分泌されるのではなく、終生を通じて分泌されるホルモンで非常に強力なものなんです。年齢とともに枯渇していくこのホルモンを少し補充することで、加齢によって落ちていく部分―筋力・脂肪分の増加や皮膚のたるみといった肉眼的なことの他に、心臓機能や呼吸機能の低下とか―を回復できるということを報告していた論文で。
そのスタディが非常に画期的だったんです。何が画期的だったかというと、あらゆる薬や医療の面でもダイエットができなかった部分を、成長ホルモンを補充するだけでかなり改善できたという結果を示していまして。それを逆手にとって、美容医療業界がアンチエイジングをダイエットができる美容という面で喧伝したのだと私は思っています。
アンチエイジングとは、美容医療だけではなく、むしろ医療の本質面で、加齢によって落ちていくいろんな機能を変えていく、それはひいては予防につながるんじゃないかというものなんですよね。
前田:
Webの仕事をやっている人もかなり消耗しているんじゃないですかね、たぶん実年齢よりもけっこう…(笑)。
阿保、校條:
(笑)
前田:
好きなことをやっているがゆえに、自分の疲れを知らない。とくにWebは、病質的というかホリックになる原因がすごく多い。それは、コミュニケーションの欲求を満たしていたり、つながりを豊富に作れるので絶つことができなくなるからなんですね。だから、SNSやソーシャルメディアも、自分の中の友人がどんどん増えれば増えるほど楽しいんだけれども、実は消耗していることに気が付かない。それで自律神経失調みたいになることが割と多発していると思うんですよね。なので、その心身が分離していくようなことを避けるためになにかできないかというのはけっこう悩みではあるんですよね。
阿保:
まあ、仕事で場合によっては趣味的なことをするというのは、これは健康にとっても非常に重要なことだと思いますね。先ほどホルモン補充療法のスタディから話してしまったのでなんですが、あれは別にホルモン補充療法がすべてでもないですし、それがトップでももちろんなくて、要はそういう概念が自身の健康管理につながれば良いというだけの話ですから。
日常的に何ができるかということが実は非常に重要で、日常的なそのベーシックなアンチエイジングスタイルというか、本来はそのへんをまず啓蒙していかないといけないんじゃないですかね。そういう意味では、Webに精通されて注力されている方々の場合のライフスタイルというのは、なんとなくイメージは湧きますが、まだ完全には把握し切れていないところはありますね。
前田:
もちろん、すごく内面が豊かで情報をたっぷり持っていて、いくらその情報のつながりを出していても疲れない、という人はいるんですよ。そういう人たちによると、Webというのは非常に万有感があって、うってつけのメディアだそうなんです。
でも病んでしまう人というのは、(Webの世界は)外側が開けていますから、そういった情報が豊かな人のように自分も拡大できるんじゃないかと思うんだけれども、実は自分には引き出しがあまりなくて、そこでバランスを崩してしまうというか。
だから、我々はその外側の情報、限られた時間や空間の中で、なるべく適合化した情報のつながりや検索とかをしたくて、その方面の技術はすごく磨くんですよね。でも、自分の主体を磨く手段は、実は今できていない部分がある。
最近こちらの技術評論社でも出されている雑誌(※)でもそうですが、“ライフハック”という言葉があったりするのは、オフラインのリアルな生活の中でのライフハック技術を身に付けて、リアルの世界でも情報整理をして、自分のスキルを高めようとか身に付けようとか、そういう反動ではないですが同時にやることがトレンドになっている。
阿保:
日常的な生活で何をリアリスティックな中でやっていくかということになったときに、本当に月並みですけれども、それは運動だったり食事療法だったり、睡眠だったり。まあそれは医学的・科学的な意味での裏付けはありますが、言われてみると非常に短絡的だったり陳腐な話だったりするわけですよね。だけどそういう背景をきちんと確認・信頼していただければ、リアリティの部分でも、1つ1つは単純で言い尽くされた部分ですが、その重みがわかると思うんですよね。そういうポイントがベーシックにはありますよね。
校條:
私は去年たまたまアンチエイジングと出会って、1つの標語を作ったんですね、“イショクタイショウ(医食体笑)”という。これ医学の医を一番中心においていまして…まあこれは一種の安全ネット・予防ネットみたいなものかなと。ショクは食べ物、タイはカラダで、もう1つ、ショウという字は笑うという字を書いて。“医食同源”をもじって作って(笑)、さかんに流行らそうとしているのですが。中でもこの「笑」がけっこう大事かなと。これは文字どおり笑うことも含むんですが、それ以外に自分を表現すること、人とうまくコミュニケーションをとること、そのへんが非常に重要じゃないかと思っているんです。
前田さんのお話の中の、“外に開いているんだけれども、確かな自分というものが感じられない”というような人の改善法は、後半おっしゃったように、リアルの中で誰かと関係を作っていく以外にないんじゃないかと私は思っているんですね。だからそういう意味で、その関係はどう作るかと言うと、笑い合うとか、臆せず自分を出すとか、舞台の上で役者が演ずるような感じでですね、自分をとにかく出していって、それで周りの人がもしかしたら拍手をしてくれる。そういうことが非常に重要じゃないかなと思っているんです。
ギャップを埋め合わせる何か
前田:
今みたいな断片的なエピソードでも、かなりリアルに感じられるわけですよね。そういうことってどうしても平面的な情報からは伝わりにくい部分があると思うんですが、Webでなくてもこういうコミュニケーションの手段だったらうまく伝わるというしくみの事例など、他に何かありますか?
阿保:
今すぐには思いつかないですが、私自身HP上で質問を受けているのですが、今行っている手術や治療のことの他にも、ものすごい量の質問がくるので対応しきれないわけですよね。
校條:
それは患者さんからだけとかですかね。
阿保:
いや、一般の方からもですね。
校條:
それじゃ大変だ(笑)。
阿保:
そのへんが何かうまくキャッチボールできれば。悩まれている内容にはある程度共通項があるんですよね、その共通項が集まったところに、医者側から何かメッセージが投じれるとか。あと、我々側にとっては一般的な常識が、患者さんたちには伝わりきれていないところがたくさんあると思うんですよね、その我々側の常識がある程度伝わりやすいシステムがあると良いかなと思いますね。
前田:
医者側からみると、そういった“常識”は明らかなわけですよね。
阿保:
誰でもわかっているだろうなと思っていることが、実はわかっていないということがあり得ますよね。もちろん専門的な部分はある程度やむを得ないとしても、医療サイドが「一般の方でもこれはわかっているだろう」と思っていても、実は患者さん側はわかっていなかったり。逆に、患者さんサイドが「医療機関はここまではわかっているけど、ここから先はわからないんじゃないか」「ここから先はわかっているはずだ」と思っていることがあるじゃないですか。医療の限界点がわからないじゃないですか。
前田、校條:
うんうん。
阿保:
そのへんのギャップを埋め合わせる何かがあればすごく良いなと思いますね。
校條:
その点についてはですね、お医者さんのような専門家の立場の方と、一般の消費者患者の方の間の人材が必要かなと私は非常に感じるんですね。お医者さんの言葉もわかるし、消費者の言葉もわかる。お医者さんとの直接対話ももちろん重要だと思いますが、間に立つ人が、お医者さんの言葉を翻訳したり、その消費者の立場にたって気持ちを汲み取ってからそれをお医者さんにまた伝える、というような役割を持つ人材が必要だと思うんですね。
たとえば食の分野だったら管理栄養士の方とか、体の部分だったらフィットネスインストラクターの方とかですね、そういう方とお医者さんがお付き合いをして、相互に情報交換をし、とくに医学的な今の流れとか背景的な認識を伝えていただくということが実現できると非常に良いなと。
阿保:
もうおっしゃるとおりだと思います。たとえばですね、アメリカの医療が進んでいるという見解がある理由の1つに、アメリカの一般の患者さんたちの意識レベルが非常に高いということがあると思います。
これはよく話すことなんですが、日本人の患者さんたちは「風邪をひいている、明日から仕事をやるからとにかくすぐ治してくれ」という、我々からしてみるとそれは無理だと思うような、そういう要望が非常に多いんですよ、無理をきかせて。「今週末は重要な会議があるからそれまでにパシっと治してくれ」とか(笑)。
かたやアメリカの患者さんというのは、こちらに来られている患者さんとネイティブの患者さんとではもちろん違うとは思いますが、「今自分の免疫力を上げたいからコレとコレを処方してくれ」と言うわけですよ。この差はものすごいですよ(笑)。
校條:
うーん(笑)
阿保:
ここに歴然とした差を感じるわけですよね。これはもちろんアメリカ人の医者のレベルが医療として進んでいるという理由もあると思いますが、かといって日本の医者が太刀打ちできないのかというとそんなことはなくて、むしろリードしている分野もありますし。医者の差はあまりないと自分では思ってはいますが、患者さんサイドでの差異というのは非常に印象的に感じるんですね。
じゃあ日本人の患者さんが勉強していないのかというとそんなことはなくて、日本の環境がそうなってしまっているんですね。我々も我々で患者さんからしてみると、「日本のドクターはこんな感じだし、全然わかっていないんじゃないか」と見られているかもしれないですよね。
そのあたりが、さっきおっしゃたような、いわゆる通訳ではないけれども、双方の間に立っていただくことができれば、お互いが高まるんじゃないかと思いますね。アメリカ人の患者さんのほうが優秀だとは思ってはいませんが、そういうエピソードはつねに印象的ですね。