毎回、さまざまな分野の方をゲストに迎え『関心空間』代表取締役 前田邦宏氏との対談をお届けする『Web Site Expert Academia』。
今回からは“実践編”として連載をリニューアル! 第1回目は、これからの都市空間を有効活用するためのWebアプリケーションに関するヒントを、慶應大学経済学部 武山政直准教授にお伺いしました。
都市と都市性
前田:
関心空間命名のきっかけは7年ほど前に先生の論文を拝見したことです。その内容というのが、'60年代にウェッバーという学者が行ったこと(※注1)をPCを使って仮想的に可視化していく変遷を書かれたものでしたよね。
先生は地図上に人々の関心を可視化したINTEREST COMMUNITYのことを日本語で“関心空間”と表現されていまして、これは言い得て妙だな、ということでプロジェクト名にさせていただいて。プロジェクトメンバーたちが「“関心空間”という名前はイマジネーションの湧く言葉ですごく良い」と言うので、商品名にもさせていただいて。実際その名前でリリースした商品がもとの社名より有名になるというきっかけを経て、今の社名に変わったんですね。ですので先生には非常に感謝しています(笑)。
その論文中に、都市というのは、物理的なレイヤであるcity(都市)と、その上にメタなレイヤであるurbanism(都市性)が組み合わさって、“らしさ”ができあがっていると書かれていて。その都市性というのが、非常に抽象度が高くて本当に可視化できるのかという意味ですごく哲学を含んでいて、社会学に近いニュアンスを受けました。社会学や地理学の中では、都市性というのはどうやって定義付けられているのですか?
武山:
私の専門の地理学では、まず物理学的な空間(Space)と捉えるアプローチが1つあります。幾何学的な形で距離を測ったり、分布の具合を統計的に分析したりするものですね。そしてもう1つは、人間とのかかわりの中で形成される空間(Place)と捉えるものです。人々の都市への思いや感覚、生活様式など、人間と環境をセットで考える場合には、Placeという概念を使うんです。
ですから、たとえば情報空間を示す際にサイバースペースという言葉がよく使われますが、私はその概念に対して、サイバープレイスという概念を推しています。人と人とのコミュニケーションを含めて情報世界を空間として捉える場合は、SpaceよりもPlaceのアプローチに近いのではと考えています。
豊かさを示す指標
前田:
なるほど。都市性が人間とのかかわりの中で捉えられるものだというのはわかります。それを踏まえて、たとえば、こっちの都市性よりもこっちの都市性のほうが優れているとか、何か比較できるイメージってありますか? 1つの尺度では測れないと思いますが。
武山:
難しいですよね。ジェイコブス(※注2)は、都市として一番重要なのは、近隣性・多様性―いろんな人種や業界や年齢の人々が一定の範囲の空間の中で出会うチャンスが多いほうが良いことだと説いています。
都市計画の合理性だけでゾーニングをしていくと、異質なインタラクションが起こりにくくなってくると批判的に指摘していましたね。
前田:
それは出会いが単に多ければ良いということではなく、異質なもの、おもしろい出会いが多いということが、都市性に豊かさを示すという考え方なんですね。
武山:
はい。あと、見えていることも重要だと。厚い壁で覆ってしまうと、その建物の中で何をやっているのかわからない。要するに、建物と道路の間の境界をもっと曖昧にして、何かをしている様子を外から覗くことができる状態が都市として重要だと。いろんな情報が生活の中で飛び交うことが街の活気を呼ぶということです。
前田:
以前、レム・コールハース(※注3)が書いていたエスカレータとエレベータのメタファが近いですかね。エスカレータは途中の風景が見えることで意外な消費動機がかきたてられる。たとえば4Fに行こうとしていて、3Fの婦人服売り場が見える。自分はそこに用事はないのに、隣に立っていた妻が反応したりとか。
武山:
そうですね。環境の中に埋め込まれている情報や、おもしろいものと偶然出会うということが都市の魅力の1つだと思います。
都市性の可視化
前田:
ところで都市を3DCGで可視化することは皆さん思いつきますが、僕の中のテーマとしてずっとあるのは、都市性を可視化するための手法なんです。『関心空間』もその手法の1つですが、まだハッとするようなサービスに出会えていない。Web 2.0 ブームのせいか、皆似たようなWebサービスばかり考案していたりする部分もありますので、そこから一歩先に行くには、都市性を可視化する手法が必要なのではないかと思っています。
武山:
アカデミックに言うと、私は都市の空間を表す手法とWebの空間を表す手法とが共通の土台で語れるようになることが必要ではないかと考えています。図式化もそうですし、概念なんかも。たとえば都市空間のコンピューティングやプログラミング、そういう形で両方のデザインを共通言語で語れる方法も少しずつ生まれてきています。
前田:
僕もすごくそう思っていて。ちょうど慶応大学ORF※注4に行ったとき、知人が話していたことですが、IT業界はWebブラウザのインターフェースやインテリジェンスばかり考えているから最近はそれが少し嫌になってきていて、街に出て何かやりたいと。たとえば野球場があったら、会場に入る前の広告と出るときの広告を変えるとか、そういうフィジカルなものを取り入れて。街をマーケティングしている人から見れば相当わかりやすい動きをデジタルとうまく連携する仕組みを作りたいと。
武山:
場所とタイミングを合わせて情報を提示する仕組みですね。
私はそちらも取り組んでいますが、最近興味を持っているのは、ITを使って仮想ファンタジーの世界を現実の日常空間に埋め込むことです。それによって、子どものときにやった“ごっこ遊び”を再現する。子どもって、物理的には何の価値もないガラクタ置き場をリアリティのあるファンタジーの世界にすりかえたりしますよね。そういう発想を大人の現実の日常世界に持ってこれるんじゃないかと。
つまり、日常生活の世界を使って仮想的なドラマを展開していくという形で、現実のいわゆる当たり前の生活環境を、いわゆる当たり前の見方で見るのではなく、そのような環境で捉えてみたらどう変わって見えるか、という形のことをやっていきたいですね。
前田:
建築の世界で言うコンバージョン、VRやITの技術用語で言うと“Augumented Reality”でしょうか。
武山:
最近のデジタルエンターテイメントの世界で言うところの、“Alternate Reality Gaming(ARG: 代替現実ゲーミング)”ですね。
現実の街の世界では、生活者が自分から街の世界に関与して、一度できたものを全然違う文脈に読み替えていく、というのが一部では行われてきたかもしれないけど、デジタルの世界のようには簡単に行われていない。CGMじゃないですけど、おそらく今後、街の使い手が、街のあり方や意味・ストーリーみたいなものを自分たちで参加しながら読み替え作り変えたりしていくということが起こっていくのではないでしょうか。ユビキタスと呼ばれているものが、そういうことの可能性を広げてくれるんじゃないかなという期待もしています。
ちょうど今Webの世界がWeb 2.0的になって社会とくっついてきて、社会的な人間の知性とプログラミングによる人口知性が相乗効果を発揮しやすくなってきていますよね。さらにそれが街とつながることでどういった遊びができるか、どういったビジネスが可能になるのか、非常に楽しみです。
分散化・雑多な機能と即応性
武山:
先ほどお話ししたように、これまで地理学というのは、人間が暮らす環境について、空間や場所という切り口で研究されてきた分野です。そこに情報通信技術が入ったことで、情報空間、いわゆるバーチャルの世界の地理学が、地理学者の研究対象として新しくできたんです。
その一方で、Webやデジタルコンピューティングという世界が、もはや別世界ではなく、リアルな生活空間の中でいろんな影響を及ぼし始めてきている。Webが普及することで経済活動の基盤も変わってきますし、建築的な構造もどんどん変わってきています。どうもこれはバラバラで捉えるよりも、両方の相互作用や、融合した世界をこれから研究対象として取り上げていくべきじゃないかと問題意識が変わってきまして。
前田:
コンピューティングが入る前と入った後での街づくりや環境づくりは、大きくは何が違うのですか。
武山:
簡単に言うと、情報通信ネットワークがない時代は、いろんなモノや活動や施設を集積する原理が強く働くわけですよね。一ヵ所に集めてそれで都市というものができる。
Webが入ってきますと、ご存知のように分散化の力が働いてきますので、一通りのメッセージをやりとりするだけだと、必ずしも同じ街に住んでいる必要はなくなってくる。この活動については、ここに集まらなくても好きなところでやっても良いよ、という別のロジックが入ってくるんですね。そうすると、なるべく物理的に集まってやろうという論理と、好きなところで分散してできるよ、という両方の論理がかみ合わさって新しい経済活動の配置が決まってきたり、建物の移り方が変わってきたりするんです。
たとえば、Amazonのように倉庫は拠点をいくつか集めてあとは店頭をバーチャルで作ってしまえばどこからでも注文ができるわけで。そうすると物流や販売の仕方も変わっていくし。銀行なんかもATMが普及することでお金を出し入れする場所が分散化して、都市の経済活動も変わってくる。それがさらにユビキタス化が進んでくるともう一歩先のほうに行けるんじゃないかと。
前田:
最終的にどうなるかという片鱗が見えている実例はありますかね。
武山:
私が注目しているのは携帯電話というメディアです。今、都市空間のもたらす働きやサービスと情報ネットワークからつながってくるサービスをうまく組み合わせながら生活をしている人が、モバイル化によってかなり増えてきていますよね。
前田:
今の学生さんたちなんてまさに携帯電話世代ですよね。個人的に自分の世代では考えられない接触の仕方とかはありますか?
武山:
最近ですと、PCをまったく使わないで携帯で全部済ませるという人がだいぶ増えてきていますね。電子メールも、私はPCで出すんですが、学生は携帯で。そうすると携帯は名乗らない文化ですから、たとえば“先生、◎時に相談に伺っても良いですか?”という内容のメールに対して“お前誰なんだ”と名前の確認から入ったり(笑)。
前田:
なるほど(笑)。
武山:
検索の仕方1つをとっても、PCを立ち上げてGoogleで検索するのと、TVを見ながら気になったことをすぐに携帯で検索するのとではだいぶ違う印象を受けますね。
前田:
それはライフスタイルやメンタリティにどういう影響を与えていると分析されます?
武山:
長期的に見ないと難しいですが、即応性というところですかね。その場で気になったことをすぐ調べたり、思ったことをすぐに行動に移したり。我々の世代の人間は、何かを行おうとするときに、きちんと計画を立てて準備をしようという習慣が付いていますが、彼らはすぐやっちゃう。すぐできる手段も持っていますし。そういう意味では起動力というのは高まっていると思いますね。もう少しちゃんとやってよ、というのもありますが(笑)。
こういう傾向があたりまえになったとき、効率的なものを映す鏡や価値観が少し変わってくるんじゃないかと思います。ですから、工業社会における計画的にきっちりと進めていくやり方を100%良しとして接していくと、逆にこれからの価値観を読み違えてしまう可能性もあるかなと、慎重に見ているところですね。
前田:
その起動力がどんどん動き始めたら都市にどうやって返ってくるのかとか、未来のイメージはお持ちですか?
武山:
どんな場所でも活動ができるようになれば、あまり今のように用途に分けて空間作りをする必要はなくなってくる。むしろ、雑多な機能を持った空間作りをしたほうが、携帯世代の人達にとっては都合が良いんじゃないですかね。
前田:
それは具体的には?
武山:
オフィスも住宅もお店も大学のような場所も、かなり混合しているようなスタイルのほうが都合が良いのではと考えます。
前田:
たとえば今日の会場(※注5)とかもそうですよね。
武山:
かなりアナログっぽい空間ですが、ブロードバンドや無線LANもつながっている。キッチンもあってご飯も食べられるし、お酒も飲めるし、授業をすることもできちゃう。そうですね、こういう雰囲気はモバイルと親和性が高い気がしますね。
前田:
今日ここに来るいきさつも「たまたま空いているからここで」という(笑)。
武山:
そうですね(笑)、その場で決めて。
前田:
計画的ではない(笑)。
武山:
まずいですね(笑)。でもこういう偶然のインスピレーションというのは大事にしたいものですね。
空間へのストーリー付け
前田:
都市というのは自己拡張能力を人から引き出す強さがありますよね。東京、NY、ロンドン…、自分にはもっと可能性があるのではという気持ちにさせるような、場の力があると思います。
こういう、人にやる気を与える場、人を活き活きさせるような場を作るにはどうしたら良いと思いますか?大学もそういった場の1つだと思いますが。
武山:
大学で言うと、より自由度を与えて伸ばしてやるというのが、教育の世界では重要になってきていますね。今いろいろな教育改革が行われていて、この場所も、そういう新しい教育の場を探そうというプロジェクトの一環で作られたものです。物理的な空間も含めて、教育の在り方というものを学生たちと一緒に変えていかないといけないということは実感していますね。
前田:
実際、この空間がベースとして1つあるわけですよね。Web上でそういう場を作ることは試されていますか。
武山:
SecondLife的なものを作ろうという動きがありますが、あれだけでは難しいかなと。自分の研究テーマに戻ってしまいますが、やはり人とリアルな街を連携していくようなやり方で進めていきたいですね。私自身、街歩きをするんですが、そのときにWebにアクセスしてそこに書き込んだりといった循環過程のスタイルには試行的に取り組んでいます。
前田:
コンピュータの側面から街の活性化をしてほしいと言われたときに、もともと歴史が深いとか、いろんな要素がその街にあるのなら、そのバックグラウンドをうまく引き出して組み合わせたら成功しそうですよね。でももし、要素が何もないといったときにはどうしますか。
武山:
そこで今注目しているのが先ほど話題に出した架空のストーリーの世界なんです。物理的なストックのないところには、ドラマ的なストーリを人工的に含ませたら、地域おこしみたいなものができるんじゃないかと。たとえば、何の変哲もないこの1本の木がストーリを持っている…というように。まだ構想の段階ですけどね。
前田:
おもしろいですね。
武山:
物理的な空間にバーチャルの世界をうまく結び付ける方法があるんじゃないかと思うんですよね。こういうのは人口の減っている地域でぜひやってみたい。実際に携帯の国盗り合戦ゲーム(※注6)で、その駅に行くと何ポイントという形で観光を進めている仕組みがありまして。その線をもう少し詰めていくと地方都市にも人の集まる仕掛けができてくるんじゃないですかね。
前田:
さっきの子どものコンバージョンではないですが、ここから先はこのシマだ、みたいな。
武山:
そうそう。そういう、何もないガラクタを、豊かな想像で宝に変えるという発想ですよね。ストーリさえうまく付けてやれば大人でもできるわけですよ。でも大人は頭が固くなっていますから、そこにうまくWebやモバイル器具を使ってやると、眠っていた想像力が喚起できるんじゃないかと。
前田:
日立の“この木なんの木”の木じゃないですけど、サービスを始める際に何か象徴的なものを一緒に作るとか。この前、長野に行ってきたんですが、ちょうど風林火山がブームになっているということで、去年までまったく誰も見向きもしなかった場所にすごい人が。
武山:
メディアで取り上げられると盛り上がるというのはありますよね、メディア自体がストーリーを付けていると思いますが。単発で終わってしまうものではなく、もう少し継続的にバーションアップしてストーリを展開して伸ばしてやると良いんじゃないですかね。