ThoughtWorks社マネージングディレクターXiao Guo氏インタビュー―アジャイル開発を行うために組織文化をどう変えるか

2009年12月8日に開催されたAgile Conference Tokyo 2009で、基調講演のために来日したThoghtWorks社のXiao Guo氏にインタビューを行いました。ここにその模様をお伝えいたします。

Agile Conference Tokyo 2009のレポートはこちらです。

図1 Xiao Guo氏
図1 Xiao Guo氏

アジャイル開発に組織を適合させるための3つの課題

Q:本日は基調講演をどうもありがとうございました。その中でも、組織文化についてのお話しを興味深く伺いました。日本でもエンジニアを中心にアジャイルプラクティスが知られるようになってきていますが、組織そのものをアジャイル化していくことはまだこれからなのが現状です。アジャイル開発は日本で一般的なウォーターフォール開発の対極にあるものとして捉えられることもあり、アジャイルで開発したい現場とウォーターフォールで管理をしたい管理者の間で齟齬が生まれることもあります。この対立を解く上で良い方法があったら教えてください。

A:大きな組織をアジャイルに適応させていくのは難しい問題です。ただ、管理者の方々がアジャイルに適応できないと考えるのは間違いです。私は仕事柄多くの管理者の方とお会いしていますが、彼らはアジャイルのすばらしさを理解していますし、実行したいと思っています。もちろん、組織全体で実践するのは難しいことです。

私は、アジャイル開発に組織を適合させるには、3つの大きな課題があると考えています。1つはキャリアパスの問題です。エンジニアがキャリアアップするためには、技術者の道をあきらめて管理者にならなければならないことがあります。例えば、10年間技術者として仕事をしてきた人が管理者になり、部下に指示を与える立場になると、今まで磨いてきた技術力が無駄になってしまうことがあります。そうならないように、組織は肩書きに対して報酬を与えるのではなく、貢献度に対して報酬を払うようにしなければなりません。

もう1つの問題は貢献度の測り方です。貢献度を個人単位で測ろうとしてもうまくいきません。メンバーが個別最適化に走ってしまいます。アジャイル開発は、個人の成功よりもチームやプロジェクトの成功を重視しています。成果は誰か一人のものではないのです。ですから、組織は個人で評価をするのではなく、チームやプロジェクトで評価をするようにすべきです。

3つめは、ソフトウェアは従来のエンジニアリングとは違い、知識集約型で高付加価値型の産業であることです。20世紀はマスプロダクションの時代でしたが、21世紀はマスカスタマイゼーションの時代です。ソフトウェア産業ではクリエイティブな意識を持った人がいかに価値を作り出していくかが重要なのです。アジャイルはプロセスより人を重視します。ベストなエンジニアを見つけ、ベストなツールを与え、ベストなチームを作ることが肝心です。

「キャリアパス」「評価の仕方」「プロセスより人」

Q:「キャリアパス」⁠評価の仕方」⁠プロセスより人」という3つの要素はどのような関係になっていますか。

A:この3つの要素の間に優先順位はありません。どうしても1つ選べというなら、⁠プロセスよりも人」ということでしょうか。⁠プロセスより人」という要素があれば、そこからエンジニアを尊重するキャリアパスが生まれ、評価基準もエンジニアのキャリアパスを生かすようなものになるでしょう。

Q:もともと日本の企業は個人での成果主義ではなく、組織やチームで成果をあげようという文化でした。近年の個人の成果主義に走り過ぎていると感じています。

A:そうですね。個人成果主義は西洋的な思想で、日本で過度に広まってしまったのは残念です。非常に昔の話になりますが、誰が一番貢献しているかは、現場を見れば一目瞭然の時代もあったと思います。しかし、現在は貢献度が見えにくい時代になっているように思います。どれくらいコードを書いたか、といった簡単な表層的なものであれば測れますが、仮にそうした指標で測定すると、その尺度に沿って人は動きます。コード数で測るならコード数を増やそうとします。品質や協力といったものは測定しにくいので、いずれ誰も重視しなくなってしまいます。少なくとも、コード数で人を評価するのは今すぐ止めるべきです。アジャイルを始めるとコード数は減っていくので、困る人もいるかもしれませんが(笑⁠⁠。

エンジニアをどう評価するのか

Q:Xioaさんがいらっしゃる北京のThoghtWorksでは、どのようにエンジニアを評価しているのですか。

A:我々は包括的な評価を試みています。どういうことかと言いますと、エンジニアが一緒に仕事をした人々から評価を集めるのです。チームメンバー、お客様、そしてサポートメンバーといった関係者からのフィードバックで評価を行っており、定量的な測定は一切していません。この評価方法を360度レビューと呼んでいます。あらゆる角度からフェアに見るということです。定量的な測定をしなくても、この方法では誰が一番有能なのかはすぐにわかります。数字や統計がなくても、人間同士なのですからちゃんと見れば判断できるのです。

Q:外向的な人と内向的な人との間に差が付くことはありませんか。

A:エンジニアにもいろいろなタイプの人がいますから、外向的な人も内向的な人もいるでしょう。それでもフェアな評価は可能です。北京のThoughtWorksではフィードバックを得る上で、評価のカテゴリーを4つ作っています。1つめは、その人が一番得意としている分野での技術力です。2つめは、コミュニケーション能力です。

3つめは、その人の貢献度の深さと広さです。詳しく説明しますと、会社にとって、そして業界にとって、そしてチームにとって、その人がどういう貢献をしているのかを測ります。例えば、ある人は空いた時間でオープンソースの開発をしているかもしれません。ある人は、外のカンファレンスで論文を発表しているかもしれません。業界そのものにどれくらい貢献しているかを見るようにしています。

4つめは、我々の企業理念にどれだけ合致しているかです。⁠情熱があるか」⁠一貫性があるか」⁠社会的な責任があるか」⁠個人よりもチームを重んじているか」という観点です。我々は4つのカテゴリーに分けて様々な人からフィードバックを頂いて評価をしていますので、かなりフェアな評価ができていると思います。

ソフトウェア産業の国際化をどう生かすか

Q:ソフトウェア産業の国際化についてお尋ねします。日本ではオフショア開発を中心としてソフトウェア産業の国際外注化は進んでいますが、まだ海外のIT企業に比べると会社自体の国際化は遅れているように見えます。ThoughtWorksでは、国際化を進める上でどのような施策をとられていますか。

A:国際化はソフトウェア産業に留まらないとても大きな問題です。その国にとって国際化にどのような意味があるのか、その業界にどういう意味があるのかという広い文脈で捉えるべきだと思います。国際化には単に仕事や知的所有権が奪われるという印象もあるかもしれませんが、世界が今まで以上に繋がっていくのは避けられない流れです。肯定的に受け入れたほうがよいでしょう。まさに「変化を受け入れる」のです。

国際化はチャンスでもあります。1つの組織のスキルセットは限られていますが、国際化によって新しいスキルセットが手に入るかもしれません。また、外からプラスのプレッシャーを得ることができます。昨日まで通用していた技術が今日はもう陳腐化しているかもしれません。外から来た人のほうがもっと優秀で中の人は危機感を感じるかもしれません。こうしたプレッシャーをうまく使うことで、国際化からもっと恩恵を得ることができるのではないでしょうか。新しいエコシステムの中では、もっとビジネスのことを考えないといけなくなるでしょう。良い意味で追い詰められるのです。新しい世界で生き抜いく力を身につければ、個人も組織も業界も発展していくはずです。変化を抱擁する、そして変化の良い面を見る、ということが大切です。

今中国ではどんなIT企業に人気があるのか

Q:Xiaoさんがいらっしゃる中国ではどのようなIT企業に人気がありますか。

A:Googleや百度のようなインターネット企業に人気があります。若い人たちは、イノベーションが盛んで、活気があるところに集まります。大きな会社のほうが安定感はあるのでしょうが、安定よりも機会が求められているようです。

Q:若い人たちにThoughtWorksはどのようなアピールをなさっていますか。

A:ThoughtWorksには優秀な人々が揃っており、革新的で協力的な環境があることをアピールしています。ThoughtWorksに入ると、様々な国でいろいろな人と出会い、多種多様な仕事を経験し、世界で通用する最新の技術力を身につけることができます。一流のIT専門家になることができるのです。⁠情熱があるか」⁠一貫性があるか」⁠社会的な責任があるか」⁠個人よりもチームを重んじているか」という我々の企業理念ももちろん大きくアピールします。こうした理念のもとに集まった優秀なメンバーと一緒に仕事ができることは大きな魅力になっているはずです。

図2 ソフトウェア開発の国際化とこれからについて熱く語って頂いた。
図2 ソフトウェア開発の国際化とこれからについて熱く語って頂いた。

ThoughtWorks社員は現在1500人

Q:ThoughtWorksの社員数は大きく伸びているそうですが、ソフトウェア開発には規模も大事ですか?

A:ThoghtWorksでは全世界で1500人のエンジニアが働いています。10年前に私が入社した頃は100人規模でした。そのときは、大きくなっても500人くらいだろうと話をしていましたが、現在はそれを大きく上回る規模になりました。企業が大きくなればなるほど世界に対してのインパクトも大きくなります。大きくなることも1つの抱擁すべき変化として受け入れています。他の業界のことはわかりませんが、私達はサービス産業ですので、サービス産業なりの独自の成長の道のりがあるのではないかと考えています。

Q:多くの社員をどのようにまとめているのでしょうか。

A:ThoughtWorksは世界には15のオフィスを持っています。そして、すべてのオフィスが独自の運営をしています。新入社員研修もそれぞれ個別に行っています。どこのオフィスが上で下ということもありません。オフィスという名のチームとして運営されているのです。将来は、いわゆる本社という大きなものを作るのではなく、小さいオフィス、つまりチーム数がもっと増えていると思います。小さいオフィス同士の有機的な関係をどう作っていくかがこれからの課題になると考えています。こうすれば必ずうまくいく、という方法はないのですが、1つの試みとして、定期的に人事交流を行うようにしています。オフィス中で10%の人は、必ず他のオフィスに出張するというルールを設けています。北京のオフィスでも、常に10%の人がイギリスや日本、オーストラリア、インドなどに飛んでいます。同様に他のオフィスから北京に出張してきている人もいます。すべてのオフィスで10%が常に入れ替わっている状態を作っています。

ThoughtWorksでは社員の30%が女性

Q:日本のIT業界には女性が少ないという問題がありますが、ThoughtWorksはどうですか?

A:ジェンダー問題は日本だけではなく、世界的な課題だと思います。ThoughtWorksでは現在のところ30%が女性です。30%を切るようなことがないように手を打っていますし、女性の比率がもっと増えるように努力しています。そのためには、業界のイメージを改善しないといけません。延々とキーボードを叩いているような業界イメージを変えないといけません(笑⁠⁠。もっとクリエイティブで魅力的な職種であることを訴えないといけません。ThoughtWorksでは3ヵ月ごと、6ヵ月ごと、そして1年でどれくらい新規に女性を雇用しかを重視しています。素晴らしいアーキテクト、デザイナ、マネジャのロールモデルになってくれるような女性を増やしたいと考えています。北京のオフィスではCTOが女性です。とても優秀な人たちで構成されているオフィスなのですが、そのトップが女性なのです。北京にいらしていただければ、私の言っていることが嘘でないことが分かるはずです。

これからの若い人たちに向けて

Q:日本では若い人の間でも安定した職を求める人が増えています。

A:世代が上になってくればそれもいいと思いますが、大学卒業した時点では失うものはないわけですから、もっと冒険してもいいかもしれませんね。家庭を持つようになれば、無理を避けなければいけないこともあるでしょうが、過度に保守的になってチャンスを逃すのはもったいないことです。

Q:今日本のIT業界は、⁠きつい」⁠帰れない」⁠給料が安い」の頭文字を取って3Kと呼ばれています。

A:ThoughtWorksでは残業や休日出勤は原則禁止です。特に、週末に働いてはいけません。⁠Good Quality, Good Rest.」です。やむを得ず週末に働いた場合は、かならず代休を取るようにしています。そうしないとミスが増えるのです。

本日はお忙しい中日本にいらしていただき、基調講演、そしてインタビューをどうもありがとうございました。

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