日本時間で2月10日午前3時。Googleがプレス向けのイベントを開催し、新たなプロダクト「Google Buzz 」を発表しました。
事前の噂では、「 TwitterやFacebookに対抗することを目的とした、Gmailに追加される新たなソーシャル機能」と言われていましたが、Google Buzzは、Gmailが持つコンタクトリストをベースにし、Twitterを含めた各種ウェブサービスのフィードをアグリゲートするFriendFeedやCliqsetに近い、見た目としてはミニブログのようなサービスです。
図1 Google Buzz
ウェブ上では既に「流行る・流行らない」「 Twitterに置き換わる・置き換わらない」といった評価が行われていますが、ソーシャルウェブのテクノロジーを追いかけてきた筆者には、サービスそのものを見ただけでは語り尽くせない、想像以上のコンセプトを持った意義深いものとして映っています。
本稿では、Google Buzzで使われているテクノロジーから、なぜBuzzがGoogleのいちサービス以上の意味を持つのか、その狙いと未来について解説します。
Googleのこれまでのソーシャルに対する取り組み
Buzzを考える前に、Googleのこれまでのソーシャルに対する取り組みを振り返ってみましょう。
GoogleというとorkutやOpenSocial、FriendConnect、Waveが一般的には挙げられますが、実際にはあまり目立たない形でソーシャル化が行われてきました。特に、Gmailが持つアドレス帳機能(つまりGoogle Contactsに連絡先情報を集約したもの)をソーシャルグラフとすることで、様々なサービスの利便性向上を図っています。いくつか実例を挙げましょう。
Google Readerのオートインクリメント機能
Google Readerでは他の人が共有したフィードエントリを購読することができます。購読対象は、Google Contactsのアドレス帳からであれば簡単に探すことができるオートインクリメント機能が備わっています。これはGoogleソーシャル化のひとつの例と言えます。
図2 Google Readerのオートインクリメント機能
Google Docsの共有機能、そしてソーシャルファイルシステム
Google Docsでも同様に、作成したドキュメントやスプレッドシートを共有する際にContactsが活躍します。相手を指定して見せることができるだけでなく、閲覧のみ、閲覧・編集といった権限の付与も行うことができます。
また、最近追加された「どのファイルでもアップロードできる」機能により、Docsはストレージとしても将来、実質的な「ソーシャルファイルシステム」になるという可能性を示唆しました。これはChrome OSが実用化された時、もしくはDropboxライクなクライアントソフトが登場した時にベールを脱ぐ、Buzzも含めたGoogleのソーシャル化が持つ大きな一面です。詳しくは著者のブログ をご覧ください。本稿を読み終わってからこのことについて考えると、もっと面白いと思います。
Androidとの連携
他に分かりやすい例では、Androidとの連携もGoogleのソーシャル化の事例として挙げられます。Google ContactsはAndroidと連携することで、そのまま電話帳として利用することができるのをご存知でしたか? 電話帳は単なるインポートやエクスポートではなく、完全に同期します。iPhoneでも設定すればアドレス帳を連携させることが可能です。Google Talkのメンバーリストも完全同期しているということも、忘れてはいけません。
いかがでしょう? このように、Googleは一般的なSNSのような交流の延長としてのソーシャルではなく、より実用的な、ユーティリティとしてのソーシャルに、実はかなり戦略的に取り組んできたことが分かります。また、GmailやGoogle Talkと密接に連携してきたことから、実はFacebookを上回るリアルさを持っている可能性があることも特筆に値します。
ソーシャルメディアとしてのGoogle Buzz
さて、そんなGoogleがBuzzを始めるに当たり、Gmailというステージを選んだのはなぜなのでしょう?
最近はソーシャルメディアマーケティングということが盛んに言われ、FacebookやTwitter上での宣伝活動を行う企業が急増しています。実際に行われているマーケティング手法として、企業がいちユーザーとしてサービスに紛れ込み、ユーザーと交流して構築した信頼関係をベースに広告やキャンペーンをクチコミしてもらう、というものが挙げられます。日本でもTwitterの注目度が高まり、カトキチの事例やUCCの炎上も記憶に新しいでしょう。
このように、ソーシャルメディアはマーケティングの場としても注目されるほど、影響力の強いものに育ってきました。Buzzの場合、先に述べたような理由から、より結びつきの強いソーシャルグラフが形成されていることもあり、その影響力は想像以上のものを秘めている可能性があります。だとしたら、それを生かす場として、Gmail以上の場所があるでしょうか?
とはいえ、いくらユーザーに接してもらったところで、価値のない情報ばかり流れたり、誰も投稿しないミニブログでは、邪魔になるだけです。それでもなお、GoogleがBuzzをGmailに組み込んだのは意味がありそうです。
Google Buzzはソーシャルメディアプラットフォームである
Google Buzzは単体でも、記事や位置情報、写真などを投稿することができますが、実はGoogle ReaderやPicasa、YoutubeといったGoogleの持つサービスに加え、TwitterやFlickr、一般的ブログサービス(RSS)といった外部サービスのフィードも取り込み、FriendFeedのように表示する機能が備わっています。
現段階でBuzzのフィード取り込み機能は、単純にRSSやAtomを定期的に読み込むことしか考慮されていないようですが、実は既にAPIも公開されています。内容はまだ絵に描いた餅の状態ですが、実際に使われ始めると、リアルタイム更新やコメントの同期など、さらに柔軟な機能が備わっていく内容になっているようです。Buzz APIを使えば、ブログ記事に「この記事についてBuzzする」というボタンを付けたり、ブログコメント欄をそのままBuzzに連携したり、といったことが可能になるでしょう。
こういったAPIの利用方法は、既にTwitterやFacebookでも行われてきていますので、媒体価値の高いGmailに情報が送れるとなれば、ディベロッパーやマーケターが取り組む価値を見出すには、それほど時間はかからないでしょう。
つまり、Google Buzzは、単体としてTwitterのようなつぶやきを行うためのサービスとして使えるだけでなく、外部ディベロッパーが関わり、APIを活用することで、初めて真価を発揮するサービスだと言えるのです。
さてここからは、APIを掘り下げることで、Buzzに潜むさらに壮大なコンセプトを探ってみます。
ソーシャルウェブとしてのGoogle Buzz
ソーシャルウェブとは、インターネット全体をひとつのSNSと捉えた時に、あらゆるユーザー同士がアイデンティティの帰属するサービスやドメインを超え、ソーシャルグラフで繋がり、情報を共有し、プライバシーを守ることができる世界を指します。
Googleも積極的に取り組んできたこのソーシャルウェブの考え方は、OpenID、OAuth、OpenSocialなど、新たなテクノロジーを次々と生み出し、ひとつの体系を作ってきました。この一連のテクノロジーは、最近GoogleにジョインしたJoseph Smarr氏が2008年に提唱した、OpenStackという概念にまとめられます。
OpenStack
OpenStackは、OpenIDで認証、OAuthで認可、PortableContactsでソーシャルグラフ、XRDS-Simpleでディスカバリ、OpenSocialでソーシャルアプリケーション、という5つのテクノロジーで構成され、この組み合わせでオープンなソーシャルウェブが作られていくのだ、とする考えです。
図3 OpenStackのテクノロジー要素
Google Buzzを考える上で注目すべきなのは、Buzz自体がこのOpenStackに、バージョン2等とも呼ばれるActivityStreamsや PubsubHubbub、WebFingerといった新たなオープンテクノロジーをさらに積み上げて構成されている点です。
それでは、これらのオープンテクノロジーを使うと、具体的にどんなことが可能になるのでしょう? 各APIについて、簡単に解説します。
XFN, FOAF
XFN やFOAF は、HTML上にセマンティックに人間関係を埋め込むための表現形式です。
Googleはクローラーによってこれを発見し、SocialGraph APIを通じて一般にも公開しています。
例えば、<a>タグのリンクにrel="me"を入れる(XFN)ことで、リンク先はこのページの持ち主と同じ人物のものです、ということを表すことができます。ユーザーの方は意識したことはないかもしれませんが、TwitterやFriendFeedでは、このmicroformatsが自動的に挿入されています。
BuzzではSocialGraph APIをフォロー対象や、接続するサイト(外部サービスと記述します)をレコメンドするのに役立っているようです。
ActivityStreams
ActivityStreams は、最近Google社にジョインしたChris Messina氏を中心に、Googleはもちろん、MySpaceやMicrosoft、Facebookをも巻き込み仕様策定された、新たなフィード形式です。これまでにもRSSやAtomといったフィード形式は存在しましたが、ActivityStreamsはAtomの拡張仕様のため、クライアント側が対応していない場合でも、通常のAtom形式として読み取ることができます。
ActivityStreamsの特徴は、そのセマンティックな書式にあります。フィードの各エントリはユーザーのひとつのアクティビティを司り、動詞や目的語を指定することで、例えば「文章をポストした」「 ~をブックマークした」といった行動を意味的に表現することができます。
このセマンティック性により、フィードアグリゲータは、複数のアクティビティを視覚上まとめたり、多言語化したりすることが可能になります。
Buzzでは下記のURLからユーザーひとりひとりのアクティビティをActivityStreams形式で取得することができます。
http://buzz.googleapis.com/feeds/{user}/public/posted
また、外部サービスから取得するフィードについても、いずれはActivityStreams形式であることが求められてくるものと思われます。
Salmon Protocol
Salmon Protocol は、鮭をヒントに名前が付けられたプロトコルです。ひとことで言うと、同じエントリに対するコメントが複数箇所に散らばるのを防ぎます。
例えばFriendFeedでは、すべてのフィードにコメントを付けることができますが、これが例えば外部ブログの記事だった場合どうでしょう? FriendFeed上のコメントと、実際のブログのコメントで書き込まれている内容が別だと、どちらも追いかけなければならなくなります。
Salmon Protocolはこのコメントをフィードの発信元に戻すことで、同期することを可能にするプロトコルです。
なお、このプロトコルはGoogleのJohn Panzer氏を中心に提唱されていますが、まだドラフトですらない段階のため、まだ実用段階に至っていません。これから徐々に作り上げられていくものと思われます。
OAuth
OAuth は既に馴染みの深い方も多いかと思いますが、難しく言うと、認証を必要とするリソースのデータを、クレデンシャルを第三者に渡すことなく利用可能にするプロトコルです。OAuthを利用すれば、例えばTwitterにFriendFeedからつぶやきを書き込む場合に、FriendFeed自体にパスワードを渡す必要がなくなります。
既にOAuth1.0、1.0aは広く使われ始めていますが、現在はOAuth WRAPという新しい方式が検討されており、ネイティブアプリケーションでの利用例も増えてくるものと期待されています。
Buzzでは、外部からAPIを経由して書き込む際などに活用されます。
PubsubHubbub
PubsubHubbub は日本でもlivedoorがブログのRSSに採用して話題になった、フィード伝達のリアルタイム化を可能にするプロトコルです。パブサブハバブと読み辛いため、PuSH(プッシュ)と略されることが多いようです。
Twitterに始まるリアルタイムウェブの流れは、テレビを見ながらおしゃべりしたり、Ustreamを見ながらちゃちゃを入れるといった同じコンテキストを共有するユーザー同士で楽しむというユースケースを生み出しました。また、複数サービスに跨るフィードのシンディケーションにおいて、コミュニケーションの同期を図るためには、時間軸も重要になってきます。
Buzzでは、ActivityStreamsやSalmon Protocolを利用する上で、応用されることが想定されます。
WebFinger
WebFinger はOpenIDやOAuthといった既存プロトコルも含めた、様々なアイデンティティから導かれるリソースのエンドポイントを、URLやXRIではなく、一般ユーザーにも馴染み深いメールアドレス形式で引き出すことを可能にしたものです。
OpenIDは当初、URLでアイデンティティを表すことが提唱されていましたが、ユーザーエクスペリエンスの観点から、ホワイトリスト化したサービスアイコンで代替する方が主流になってきました。
ただ、ホワイトリスト化は、ユーザーが自分のIDを自由に選択できるというOpenIDの意義を損なうだけでなく、ロゴマークの乱立で混乱を招く (NASCAR問題)元にもなるため、別の方法が検討されてきました。WebFingerであれば、ユーザーは自分の使い慣れたメールアドレスを入力するだけで、いつものログイン画面にリダイレクトされるため、一般ユーザーにも受け入れられやすいのではないか、ということのようです。
Google Buzz APIの活用例
さて、各テクノロジーの内容が分かったところで、これらが実際にどのように活用されるのか、例をご紹介します。
BuzzのAPIを使って作れるサービスとしてパッと思いつくのは、ブログ用のコメントプラグインです。コメントプラグインといえばDisqusやJS-Kitといったサービスがありますが、Buzz APIを使えば、オープンな仕様のみを使って作ることができます。
内容は以下のようになるでしょう。例えばWordpressのプラグインの場合であれば、コメント機能をごっそり置き換えます。
ユーザーはコメントする際、メールアドレスの示す好きなID(WebFinger)でログイン(OpenID)することができます。Buzzであればgmailのメールアドレスを使ってログインすることができるでしょう。
ログインが完了すると、ユーザーのプロフィール情報が読み込まれ(OAuth) 、ユーザーアイコンやニックネーム(PortableContacts)がコメント欄と共に表示されます。
ユーザーがコメントを書き込むと、フィード(ActivityStreams)がブログ上に生成されます。
フィードは即座に(PubsubHubbub)Buzzと同期され、また別の人がそのスレッドを見ることができます。ブログ上のコメントと同期しているため、Buzzを閲覧している人はブログそのものを見ることなく、議論に参加(Salmon Protocol)することができます。
ポイントは、オープンな仕様のみでこれが実現できる、という点です。
ソーシャルウェブが変える未来のインターネット
今後ウェブ上のソーシャルサービスは大きく2つに分かれます。アイデンティティやプロフィール、ソーシャルグラフを持ったソーシャルグラフプロバイダと、それ以外の連携サービスとなるソーシャルグラフコンシューマの2つです。
今回GoogleがBuzzとして実現したサービスは、このソーシャルグラフプロバイダを、1ノードとして具現化したものなのです。DeWitt Clinton氏の発言 からも読み取れるように、今後他社が同じ仕組を利用してソーシャルグラフプロバイダを用意するであろうことは、織り込み済みです。
他のソーシャルグラフプロバイダに成り得る可能性のあるサービスとしては、すでにOpenStackの一部を実装しているYahoo!、MySpace、 Windows Liveが挙げられますが、Facebookも忘れてはいけません。実はFacebookがこの一連の流れに参加してくる可能性は、完全には否定できないのです。ActivityStreamsには、仕様策定の議論から参加し、既に実装済みであることに加え、OpenIDにも対応することを表明している等、ソーシャルウェブの動きに足並みを揃えている部分もあるからです。
いずれにしろ、Google Buzzは、Google自体にとってというよりも、ウェブ全体にとって、非常に重要な意義を持ったサービスであり、今後さらに進んで行くであろうウェブにけるソーシャル化の、始まりでしかないと理解するのが正解です。
また、このように考えると、Buzzがヒットするかしないかは、些細な問題です。Buzzにとって重要なのは、Buzz上でコミュニケーションされることよりも、ディベロッパーがいかにソーシャルウェブを盛り上げ、様々なサービスがそれに対応していくかどうかであり、その結果は自ずとBuzzをヒットへと導くからです。
Google Buzzの今後
現状のBuzzは、まだまだサービスとして粗削り感が否めず、個人情報が漏れる危険性が指摘されたり、プロフィールのページ分かりにくいといった問題はありますが、これまでのGoogleの取り組みを見る限り、時間の問題で改善されていくでしょう。
また、いくらオープンテクノロジーを使っているとはいえ、Googleが差別化要因を作らない理由はありません。次に考えられる展開としては、例えば FriendConnectのインテグレーションがあります。これまであまり活用されてこなかったアクティビティの連携は当然として、ブログにプラグインとして導入したFriendConnectコメントガジェットの投稿内容が、そのままBuzzでも表示されるとなれば、FriendConnectを導入する理由にもなります。FriendConnectと連携すれば、Buzz上でもブログ上と同期したコミュニケーションが可能になるのです。
Googleは今後、オープンなテクノロジーの普及を目指すために活動を始めるでしょう。オープンテクノロジーの伝道師ともいえるJoseph Smarr氏、Chris Messina氏、Will Norris氏らがGoogle入りしたのは、そう考えればとても自然な流れです。ディベロッパーを味方につけ、テクノロジーを啓蒙することで、ソーシャルウェブはさらに進化して行きます。
全インターネットを巻き込んだソーシャルウェブは、まだ産声をあげたばかりです。SocialWeb Japan では、日本のソーシャルウェブを盛り上げるため、ソーシャルアプリケーションや認証技術など、ソーシャルにまつわる様々な技術の情報交換を行っています。第5回勉強会も近いうちに開催いたしますので、ぜひこの機会にご参加ください。
日本にもソーシャルウェブの波を起こしていきましょう!