開発部でカタカタキーボードを叩くは、この春に入社したばかりのT川くん。大学では情報工学を学び、それなりには「学業優秀」という評価で修了。しかも趣味はプログラミングという、生粋のプログラマであります。
「あー、やっとこれを仕事にできたよ、楽しいなぁ」
就職活動の面接では、存分に自身のプログラミングスキルをアピールしました。「フリーソフトを作って公開してる」と言ったのも功を奏したみたいで、おかげで入社後は研修もそこそこに、即戦力としてコード書きを命じられた次第です。
よぉし、ならば期待に応えて、バシバシ素敵コードを生み出してってやりますわよと、その眼には炎を宿し、メラメラと熱き血潮がたぎります。そんなT川くんでありました。
一方こちらは、T川くんが投入された受託開発案件のプロジェクトリーダを務めるM山先輩。T川くんの教育担当でもあります。
「ふむ」
T川くんに対する「即戦力」というふれこみには多少違和感を覚えつつも、確かにガシガシとコードを書いていってくれる姿には、「助かるな」という印象を抱き始めている今日この頃です。
「なぁT川、お願いしてたモジュールって、いつ頃出来上がりそう?最初は来週中に…って話だったけど、そう思ってて大丈夫か?」
「もちろんですよ先輩、むしろ今のペースなら来週前半にでも終わっちゃいそうです!!」
おお、そりゃなんとも頼もしい。
まだまだ覚えてもらわなきゃいけないことは多々あるけども、「コード書き」という部分の教育は、手抜きしちゃっても大丈夫そうだなぁ。
そんなことを思う彼なのでした。
さて、そんなやり取りがあって土日を迎え、週が変わり、気がつけばあっという間に金曜日。
「なぁT川、お願いしてたモジュールってどうなった?もう金曜日なんだけど」
「あ、先輩。本来の機能はもう終わっていて、時間があるんでガシガシ機能追加してたとこなんですよ。それももうじきひと段落するんで、そしたらお見せできると思います」
「へ?」
「けっこうすごいことになってますから!もうちょっとだけ、楽しみに待っててくださいね!!」
果てしなく不安を覚えるM山先輩。一方、そんな様子にはまったく気づく気配もないT川くん。
そして1時間後。
「できました先輩、さささ、見てください、見てください」
彼の笑顔は、しかし凍り付くことになるのです。
「ダメだろコレ」
そう、M山先輩のその言葉によって。
「ななな、なんでですか、なにがダメだと言うんですか!? 元の仕様よりすごく高機能になってると思うんですけど!!」
必死で食い下がるT川くんに、M山先輩は淡々と答えました。
「こんなに機能を膨らましちゃって、それが試験工程での工数をどんだけ嵩ましすることになるかわかってるか?」
「しかも勝手な思いこみで作り込んでるから、他の部分のUIと整合性取れてないだろ」
「そもそもこの部分を高機能にしたところで、それがどれだけユーザビリティに貢献すんだよ、ちゃんとそれ考えたか?」
そりゃもう、1から10までめたくそで。
けっきょくその後、「本来の仕様に戻せ」とのお達しにより、泣く泣く作り直す羽目になったT川くんなのでありました。