「だーかーらー、違うって言ってんだろ! お客さんの話ちゃんと聞いてたか?なんでこんな作りになっちゃうんだよ!? 」
今日もオフィスにひびく怒鳴り声。その後には、毎度毎度のお約束と化した「す、すみません!!」というM川くんの悲痛な叫びが続きます。
入社から、もうすぐ1年が経とうかというM川くん。最近は先輩の後についてお客さんのもとへ伺う機会も増えてきて、製造時の担当部分も増えてきて、ようやく自分も「この会社の仲間なんだ、戦力の1人なんだ」と思えるようになった今日この頃。
ですが…。
「お前、話聞いてない以前に仕様書も見てないだろ!! しっかりしろよ!! してくれよ!!」
こうして怒鳴られるのだけは、入社当初から今に至っても変わりません。
M川くんを前に大声でがなり立てているのはO嶋先輩。入社当初から、彼の教育担当として公私にわたり、お世話になってる先輩です。
「すみません…」
とても良い先輩なのですが、怒らせるとちと怖い。そして、今ひとつ抜けたとこのあるM川くんは、どうにもこの先輩を怒らせてばかりいる。そしてオフィスに響く怒鳴り声…と。
でも、怒った後はサバサバしたもんだし、M川くんの方でも後に尾を引いてる感じはないしで、周囲もすっかり慣れたものです。「ああ、またやってるね、仲がいいね」くらいのもんで、「どつき漫才コンビ」として、この2人は社内に認知されつつあるのでした。
「お前さぁ、もうすぐ後輩も入ってくるというのに、そんなんで本当に大丈夫なのか?」
M川くんがもうすぐ入社一年ということは、必然的にまもなく次年度の新入くんたちがやってくるということでもあります。つまりM川くんはじきに「先輩」という立場になる。
「あ、そうか、ボクももうすぐ先輩って呼ばれるようになるんですね」
ほんと激しく不安だよという表情のO嶋先輩をよそに、M川くんの方はやたらと目をキラキラさせています。
「そうかぁ、もうすぐ下の子が入ってくるのかぁ」
そんなことをつぶやきながら、もやもやと妄想をはじめる彼。その脳裏には、「よろしくお願いします、センパイ♥」なんていって、にっこり笑う女の子の映像が、ぽわわ~んと浮かび上がっているのでした。
「ボクは良い先輩になりますよ、先輩!!」
「あーあー、それはいいから、まず良い後輩になってくれよ後輩」
そんなどこか抜けた会話を交わしながらも、まだまだ爆裂妄想中のM川くん。頭の中は、新人の子(※かわいい女の子)が「これはまずい」という失敗をしでかしてしょぼんとしている図に切り替わっていました。
『む、どうする。叱らねばいけない。しかし相手はいたいけな新人の子(※かわいい女の子)だ。どう言うべきか。どう叱るべきか…』
ちなみに鼻の下は伸びまくりです。
「時にO嶋先輩、先輩のしかり方は、ちょっといけてない気がしますね」
「後輩を指導するにあたり、ボクならばこう優しく諭すようにですね…」
妄想は未だ止まらず。M川くんの頭の中では、新人の子(※かわいい女の子)に、やさしく指導する彼の姿が描かれていました。
「なに言ってんだよ、お前みたいに抜けた奴相手なら、そもそも新人の子の方がよっぽど優秀な可能性の方が大なんだよ」
あきれたように言い放つO嶋先輩。M川くんの頭の中で、新人の子(※かわいい女の子)がパッと顔をあげ、「てめぇに言われたくないですよ、このグズ!!」と…。
「そ、それマズイじゃないですか!?」
「だからしっかりしろって言ってんだよ!!」
この日、M川くんは一日中ピシッとした顔つきで仕事に邁進していたといいます。果たして三日坊主で終わらずに済んだのか否か。それは神のみぞ知る…なのです。