入社3年目を迎えるO崎くん。
「次は1人でやってみろ」
グループリーダと先輩が揃う席に呼び出されて、そう告げられたのは先月のこと。いつも先輩と二人三脚で開発するのが常だったもんで、「突然そんなことを言われても…」と正直腰が引けたものでした。
「まぁ、それだけお前もな、一人前になってきたってことだよ」と肩を叩かれてちょっとその気になってきて、ついでに案件の内容が社内の会計システム改変だと聞いて肩の力が抜けました。
『社内用のシステムだったら、仮に失敗したとしてもまぁ安心かも』
安心…ってことはないんですけども、確かにお客さんとこで失敗するよりマシというのは言えるかもしれません。つまりはO崎くんが今後独り立ちできるか否かの、お試しを兼ねたプロジェクトでもあるのでしょう。
「あ、そうそう、ちょうどSI事業部のK元の手が空いてるみたいだから、DB部分はアイツに任せるようにな。同期だからやりやすいだろ」とは課長の言葉。
もちろんそのために必要な、作業の切り分けや設計の取りまとめはO崎くんの仕事です。
「K元なら確かに良く知ってますから大丈夫です! んじゃ頑張ります!!」
元気よくそう答えて、席に戻って必要部署にメールを書いて、打ち合わせして設計して…。
そうして気がつけば1ヵ月。
今日の午後にはDBまわりのモジュールをK元くんからもらい受けて、軽く試験動作させてみようという手はずになっていました。
「あれ?おかしいな…」
さて、予定通りK元くんからDBまわりのモジュール一式がやってきたので、さっそくこれまでのダミーと差し替えてみたO崎くん。エラーもなく組み込みができたので、APIまわりは設計通りに仕上がってきてるみたいだとほっとしたんですが…。
「なんでだよ、アレ?アレレ?」
どの画面を開いてみても、出てくるのは真っ白な画面ばかり。社員一覧を見ても白。発注履歴を見ても白。白白白…と、白ばかり。
不思議に思って受け取ったDBの中身を確認したところ、テストデータはおろかマスタデータすら一切そこには入ってません。
「こ、これじゃ試験動作できるわけないじゃんか!!」
あわててO崎くんは、受話器を取って内線番号をまわしました。もちろん内線の相手はK元くんです。
「お前、DB空じゃんか。これじゃ試験動作できるわけないだろ!?」
「は?何言ってんだよ、オレは言われた通りのもん納めただろ? 試験用データ入れとけなんか聞いてないぞ?」
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「先パイとはいつも…」と、そんなO崎くんの叫びを受けて、「いや、そんなん知るかよ、寄越せって言われたもん納めただけだしさ…」とK元くん。
受話器の向こう側で、K元くんの苦笑する声が聞こえます。続けて「まぁいいや。必要なんだったらさっさと作って送るからさ、どんなデータが必要なのかメールしてこいよ。そもそもマスタデータの内容だって正確なのはもらってないんだからさ」…と。
その言葉で、O崎くんはハッと我に返りました。
『確かにどんなデータが必要とか、そのあたりの情報すら伝えてなかったわ』
けっきょく、試験動作に必要なデータはO崎くんの方で作ることにして、マスタデータだけは最終版に入れておいてもらう話となりました。もちろんそのためには、マスタの詳細をこの後でメールしなくちゃなりません。
「ああ、こーいうお膳立てを、いつもやってもらってたわけだなぁ」
どうやら自分は、思ってたよりも先輩の手のひらで泳がされていたようだ。そんなことに今さらながら気づくとともに、これが外注さんとかでなく、社内の人間相手で本当に良かったなぁと嘆息するO崎くんなのでありました。