今回のゲストは、人力検索型サイトMahalo.comの創業者でありCEOのJason Calacanisさんです。Jasonさんは、ガジェット系ブログEngadgetなどを擁するブログネットワークWeblogs,Inc.(後にAOLが買収)の共同創業者、ポータルサイトNetscapeのマネージャなどを務めた起業家です。
Code Jam
Jason:(弾さんの名刺[1]を見て)こりゃ良い絵だ!
弾:ありがとう。
編:(雑誌を見せながら)こういう雑誌のインタビューです。
Jason:すばらしい! アメリカにはないんだよね、こういうのが。
弾:Web開発もしているの?
Jason:かつては。1988年から1993年は、LANを手がけてた。Banyan VINESとか、Novell Netware[2]とか。Token Ringとか、10Base-5[3]でEthernetとか…。
弾:あのぶっとい。
Jason:あのぶっとい(笑)。ああいうのを工作してた。カシメ[4]は任せろ(爆笑)。
弾:もうエンジニア的な仕事はやってないの?
Jason:デザインはやってる。仕様を起こしたりとか…。開発者に細かく口をはさむようなことはもうやってない。その代わり、彼らには方法論を提示している。たとえば今開発しているプロジェクト。まず3人に「どう設計したい?」と尋ねる。彼らは似たような案を持ってくるのだけど、ここで彼らには「お互いの案を見せてはならない」と言明しておく。ある者はMySQLを使いたがったり、別のものはAmazon EC2を希望したり…そのうえで、彼らにピアレビュー[5]をしてもらう。そうすると、そこからお互いの一番良いところが上手にかみ合った、1つのアイデアができあがる。
僕らはそれをCode Jamって呼んでる。デザイナや開発者のチームを10名ほど集めて、1週間好きにやってもらう。月曜から金曜まで。土曜日にはバーベキュー。
弾:土曜日も働くの?
Jason:Code Jam明けの土曜日は(笑)。いつもってわけじゃない。で、土曜日にTesla[6]に乗って…。
弾:Tesla持ってるの?
3つの質問
Jason:16台目に生産されたマシンを。とにかくTeslaに乗ってオフィスに出向いたら、彼らに3つの質問をする。
- この1週間に成し遂げたのは何?
- この1週間でできなかったのは何?
- 今後やらなきゃいけないのは何?
弾:ふむふむ。
Jason:懺悔ってところかな、カソリックの。何ができあがって、何ができあがらなくて、これから何をしなければならないのか。ぼくの哲学は、「開発者には話をさせろ」。ほんと、口数が少ないんだよね、開発者は。彼らの重い口を開かせるのが僕の役目。
弾:日本の開発者は、もっと口が重い(苦笑)。
Jason:彼らに何をするべきかをいちいち言うべきではない。彼らは自分が何をしなければならないかをちゃんと知っているから。彼らがやらなければならないのは、それをきちんと伝えること。伝え過ぎぐらいがちょうど良い。で、編集者は口数がほどよくて、営業の連中は口数が多過ぎる。
弾:(笑)
Jason:営業の連中は黙って持ち場に行くべき(笑)。バランス的には、編集者が一番。これがまさに僕の役目。今の会社(Mahalo.com)は、ぼくの4つ目の会社。5つ目だったっけ? とにかく、やっと納得がいく(役目の)案配が見つかった。
答えの探し方を知っているかどうか
弾:良き開発者の条件って何。
Jason:良き開発者ねえ…答えの探し方を知っていることかな。これ最重要。答えをすべて持っているという人はあり得ない。だから答えの見つけ方をどれだけ持っているかが大事になってくる。そのためには、良い質問を見つけなければならない。逆にだめな開発者は、問題を見てから、過去の事例をさんざん探したあげく、それを無理矢理当てはめようとする。それが本当に過去に回答済みの問題だったらそれでもいいんだけど、技術という問屋はそうは下ろさない。技術というのはたいていの場合、新しい問題を解くということ。過去の経験も足しにはなるけれども…。
弾:さっきのToken Ringとか?
Jason:(笑)。答えではなくて答えの見つけ方を知っていること。相談できる友人がいるのもいい。とっておきのIRCチャンネルを知っているのもいい。質問のしかたさえ心得ていれば、答えそのものを知っている必要はない。ぼくの「豊かさ」の定義がこれ。あまりコミュニケーションを取らない技術者が多いけど、彼らは「豊か」じゃない。答えが見つからない場合、もっと尋ねるべき。なんでそうする技術者が少ないのか、ぼくには不思議。ぼくはジャーナリストでもあり、プログラマでもある。ぼくには双方の視点がある。技術という点に関しては、ぼくは躊ちゅうちょ躇なく人に尋ねる。「元気? ところでこんな問題があるんだけど、君ならどう解く?」というノリ。ジャーナリズムの視点では、逆に、答えを持っている場合でも、わざと知らないふりをして人に尋ねる。いずれにせよ、答えは質問の中にある。
弾:なるほど。
Jason:ところで、この雑誌はどうやって帳尻を合わせてるの? とっても高そうなのだけど。
弾・編:(苦笑)
Jason:いや、わかるの。ぼくも雑誌を発行していたことがあるから。とにかく、知っていることでもこうやってあえて短く質問することで、より理解を深めることができる。
良いニュースと悪いニュース
弾:そうそう。質問といえば、良いニュースと悪いニュースのどっちを先に尋ねる?
Jason:うーん。君がCEOだったとしたら、誰もが君に良いニュースばっかり聞かせる。ボスの機嫌は大事だからね。真実は、CEOってのは最低の職だってこと。毎日、うんざりするような問題がどっさり。CEOになったら、問題が好きにならなきゃ駄目。悪いニュースが好きになるぐらいでないと。そうなれば、成功の公算はずっと上がる。スタートアップなら特にそう。問題にこそ、可能性があるんだから。
たとえばTwitter。落ちまくり。猫や小鳥でまくり。でも問題はそこにあるんじゃない。誰も経験したことがない勢いで利用が増えているから。落ちまくるのは問題だけど、これは良い問題。むしろ、「問題がないことを気にしろ」とぼくはまわりに言い聞かせている。問題がないとしたら、イノベーションが足りないってことなんだから。その逆もある。あるイノベーションを思いついたとしても、1割か2割の人しかそれを理解できないのだとしたら、それは良いアイデアとは言えない。かといって、誰もが即座に理解するアイデアはもっと駄目。
ぼくがWeblogs,Inc.を作ったときには、半分の人は「ブログってそもそも何?」って状態だったと思う。で、4割は「ブログに広告を出す人なんかいないでしょ」って懐疑的だった。
弾:私ももともと懐疑派だったけど、自分のブログで自分の懐疑を否定しました(笑)。
Jason:というわけで、悪いニュースを先に。
弾:今度の世界同時バブル崩壊も…。
Jason:みんなが悪いニュースを先にしていたらねえ。ぼくは2年ほど前に、株からは手を引いて、まわりからアホ呼ばわりされたけど、今やアホ呼ばわりしていたそいつらが、「アドバイスが欲しい」って連絡よこしている。
弾:遅過ぎ!
Jason:でも、また未曾有の買いどきが来た。
弾:不況のときこそ、スタートアップのはじめどき?
Jason:まさしく! Googleの創立はいつだったっけ? YouTubeは? Flickrは?Digg[7]は? みんな市場が下がっているときに始めている。起業家に市場の上げ下げは関係ない。イノベーションの余地は常にある。上がったときにはせっせと金を集めて、下がったときにはせっせと仕込む。どちらにしてもやるべきことは常にある。
人力検索Mahalo
弾:で、最新の起業であるMahaloを紹介してください。
Jason:待ってました!
弾:日本では残念ながらまだ知名度が高くないので。
Jason:このままずっと上がらないかも(笑)。
弾:それはないっしょ。
Jason:でもまずは米国から。MahaloというのはWikiと検索の組み合わせなんだけど、一部、日本のYahoo! も真似してるっぽい。それはさておき、まず、Web検索の精度ががた落ちになっているという現状がある。スパムも増える一方だし、広告しかないサイトもしかり。GoogleもYahoo! もMicrosoftもあんだけ金があって、それを湯水のごとく投資しているのに、なんで検索の質は劣化する一方なのか。
で、自問自答してみた。「なして?」って。問題は、情報が多過ぎることにある。どうでもいい情報でWebはあふれ返っている。"Coee"についてググったら2500万ページがヒットした。こんなのチェックしきれないよね。0.1%でも25,000ページ。多過ぎ。0.01%で2,500ページ、これでもまだ多過ぎ。0.0001%の25ページ。これくらいならなんとか。でも、本当に必要なのは数ページのはず。2500万分の2とか3。現状は「東京で一番の寿司屋を3つ教えて」っていう質問したら電話帳をぶん投げられるのと同じようなもの。機械は電話帳を放ってよこすことしかできない。だったらいっそ最初から手作りしたほうがまし。
で、それをWikipediaっぽくやったところ、バカウケした。あるトピックはなるべく1ページに収まるように。今では10万ページのトピックに、400万人のユーザがアクセスする。満1才のサイトとしては上々の出来。
ぼくの韓国人の妻に言わせると、Mahaloは「隣人」とのこと。韓国ではご近所さんこそ最高のサーチエンジン。Mahaloは「隣人の知恵」をアメリカで展開しているということになる。
単純なアイデアこそベスト
弾:どうでもいいものを捨てるために、Mahaloを作ったのだと。
Jason:そういうこと。実に単純なアイデア。複雑なところはない。それを言ったらDiggもそうだしFlickrもそう。Weblogs,Inc.もそうだった。単純なアイデアこそベスト。そこには複雑なアルゴリズムもAjaxもない。あるのは選りすぐりの情報だけ。
弾:でも、人間がやってるからといって選りすぐりにならない可能性も。人間はときどきノイズ増幅器としても機能してしまう…。
Jason:そう。偏向問題。Wikipediaもこの問題を抱えている。記事は不正確で、誤字だらけで、文法がなっていない。でも世の中にそれしかなければ、人々はそれで我慢しちゃう。ぼくの項目を書いている連中は、ぼくのことを嫌っている連中ばっかりだろうね。
弾:(笑)
毎週採点で偏向と戦う
Jason:Wikipediaに自分の名前の項目を持っている人は、「Wikipediaはクソだ」と思っているに違いない。匿名のおかげ。匿名はひどい。偏向を直すというインセンティブがまったく働かないという意味で。Mahaloの書き手は違う。Mahaloで書くには、身元をきちんと証明する必要がある。
そのうえで、Mahaloの書き手は、全員1週間ごとに採点される。全員、例外なく。スコアは10点満点で、瑕かし疵ごとに減点される。事実と相違があればマイナス1点、偏向があればマイナス1点。マイナスが3点以上あったら、アウト。
弾:それは厳しい。
Jason:それが偏向をなくす一番のやり方。Mahaloでは、「ウェザーリポート」を毎日発行している。こんな感じ。
弾:(覗き込んで)あわわ…。
Jason:Mahaloには、フルタイムの検査員もいる。彼はディテールに実にうるさい。で、「ウェザーリポート」。ひどいのも結構あるけど、たいていの記事は7点か8点。たいていの減点はスペルミスとかの単純なもの。でも我々の採点は厳しい。
弾:私には無理だ(笑)。
Jason:まあでも9点とか10点というのは不可能に近いからある程度安心してもいい。とにもかくにも、このウェザーリポートで我々は偏向と戦っている。
弾:英語以外で展開するつもりは?たとえば日本語は?
Jason:オファーはすでにある。でもやるとしたら2年後か3年後。まずは英語を固める。次の市場に行くのはそれから。アメリカで700万から1,000万ユーザを獲得したら、海外展開も考える。現在460万人だから、1年後に、良いパートナーが見つかったら始めるかも。
良いニュースとして、英語がどこでも通じるようになってきたということがある。Wikipediaもそうだけど、英語を押さえれば英語を母国語としない人もとりこめる。実はMahaloのトラフィックも3割は海外から。
弾:でも、それって英語でアイデアを表現できない人を結構とりこぼしているっていうことでもあるかも。
Jason:確かに。実際にイノベーションを見ると、英語圏から遠いほうがホットだったりする。今海外ツアーの真っ最中だけど、ドイツは英語サイトの真似ばっかり。オリジナリティが高いのは、イスラエル、韓国、そして日本。
弾:ほらね。
Jason:イノベーションには英語から離れるほうが良いけど、でも市場は英語が一番。ちょっと悩ましい。