at the front―前線にて

第4回若きCTOが語る、経営とエンジニアリングのこれから

DMM.comのCTO就任が話題を呼び、多くのメディアに登場している松本勇気さん。本誌ならではの切り口でお話を伺いました。

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松本 勇気 さん

合同会社DMM.com 最高技術責任者(CTO⁠⁠。
株式会社GunosyでCTOおよび新規事業開発室室長を務めたのち、2018年10月より現職。DMMのテックカンパニー化を推進している。

Twitter:@y_matsuwitter
URL:https://medium.com/@y_matsuwitter

DMMならいくつもの事業に取り組める

竹馬:今回のインタビューにあたって、同世代、30前後のエンジニアで一番出世したのは誰か、と考えて思いついたのが松本さんでした。この機会にお話を聞けたらいいなと思って。

主に経営と技術の2つについて聞きたいと思っています。まず聞きたかったのが、今のDMMのCTOChief Technology Officer最高技術責任者)というポジションとやっていることについてです。

松本:では自己紹介がてら、キャリアの話から。最初は学生起業をして、次にLabit[1]⁠、次がGunosyそして現DMMという経歴です。Gunosyは機械学習のエンジニアが多くそれ以外のことをやることにしていたんですが、なんやかんやでCTOをやっていました。

Gunosyまでで一通りのレイヤで開発を経験して、組織も作ってきたので、やってみたいこともあり起業を考え始めました。そのタイミングでDMMの当時のCTOの城倉和孝さんに誘われて、起業するべきか、他の選択肢はないかと考え、そこから悩みに悩んで最終的にはDMMに行くことを決めました。

竹馬:決め手は資本というか、パワーというか。

松本:パワーですね。自分で事業をやると、基本的には一つのことしかやれない。でも、やりたいことはいっぱいあったんですよね。DMMのリソースって、売上が2千数百億あって社員が4,000人いるんです。この規模なら、いろんな事業に取り組めると思いました。

経営に必要なことは全部やる

竹馬:DMMで何をやっているのか、簡単に紹介してもらえますか?

松本:とりあえず、全部やっています。一番がDMMテックビジョンというもので、会社のカルチャーを変えて新しい事業に取り組めるような文化を作ろうとしています。それに従っていろんな開発のこと、人事のこと、広報のこと、データの活用系とか買収とかマーケティングとか、会社を経営するのに必要なことは全部やっています。

竹馬:思ったよりおもしろそう。以前から経営に近いことはやっていたんですよね?

松本:Gunosyの時代が一番勉強になっています。たくさんの師匠がいて、叱られながら覚えてきました。

竹馬:僕もベンチャーにいたときが長いんですけど、ベンチャーにいると経営とか調達とか身近ですよね。

松本:そう、お金のことが近くなるんですよね。たとえば、100万円渡されたときに正しく使うのはすごく難しい。それは額がどうあれ難しい。使い切るのも難しい。1億円を事業のために正しく使うってのはとても難しいんだ、ということをひたすら突っ込まれながら学んでいました。

給料とは技術でなく問題解決への対価

竹馬光太郎氏
竹馬光太郎氏

竹馬:採用と技術はちょうど聞いてみたいと思っていたんです。エンジニアの気持ちとしては、自分の技術にお金を出してくれる会社に行きたいし、そのお金に見合うだけの価値を出したいと思っている。でも経営者からすると全然話が違いますよね。会社の目的があって、売り上げがあって、そこで支払える額が決まるわけで。

松本:給料は何に対して払っているかというと、自分は抽象的な問題に立ち向かえる能力の高さだと思っているんですよ。⁠この技術を使えるぞ」とそれだけを表明されても、そこに「お金出します」とは言えないんです。その技術を使って問題を解決することに、僕はコストを払っているんだと思っています。

たとえばmizchi(竹馬)さんなんて、JavaScriptめちゃくちゃ強いじゃないですか。でも、いきなり社内で「俺はこの最新技術についてこんなに強いんだ」って言われても困るんですよ。そうじゃなくて、事業の売り上げとかユーザー満足度に対して「私の技術を使えば貢献できます」という話だと、それはちゃんと「価値があるよね」と言えるようになると思うんですよね。

僕は経営とエンジニアの双方に歩み寄りが足りないと思っています。まず経営陣の技術理解がすごく低いのがあって、現場のエンジニアはちょっと専門性が強すぎるのかなと思っています。双方、相手にわかる言葉に翻訳してしゃべることが大事ですね。

みんなの気持ちのモニタリング

松本:会社が改善しはじめてすごいエモいなって思ったのは、数字でガチガチにちゃんと見えるようにしていこうって話と合わせて、一人一人コミュニケーションしていこうという、すごいウェットな話が同時に進行しているんですよ。超ドライと超ウェットとの両極端な2つ。両方ないとまわらないところが、個人的には経営のエモいところだなと思います。

竹馬:やっぱり人間って機械じゃないですもんね。

松本:そう、人間は機械じゃないんで、本当に見えるようにして納得できるようするためにはコミュニケーションが大事なんだという。社会性を大事にしないといけないですね。

竹馬:それは心理的安全性みたいな話になるでしょうし、最近思っていたのは、たぶん心理的安全性、お金の不満、コードの不満。正確にはもっとあるんだけど、1つではなく2つの不満が重なると人間って壊れちゃう。

松本:もう嫌だってなりますからね。

竹馬:その不満って、機械的に処理しても出てこないパラメータですよね。

松本:最近はモチベーションの可視化みたいなものもやっていますけど、なかなか見えないところでもあったりしますよね。仕事と全然関係ないところでもモチベーションは下がりますしね。

竹馬:リモートワークをやって思ったのが、結局コミュニケーションしないと人間って何も表明しないですよね。ある種の刺激を常に与え続けないと、出てくるはずの情報が拾えなくなって、気付いたら裏側で勝手にキレて辞めますみたいな話になっていることもある。

松本:そうですね。人間って常にいろんなところからインプットを受けているので、そういう総体として見ないといけない。こまめに聞いて、システムのモニタリングと一緒じゃないか? と思っています。システムは毎日モニタリングしているのに、みんなの気持ちについてモニタリングをちゃんとしていないだけなんじゃないかって。

課題が明確になったブロックチェーン

竹馬:ここから技術の話をしましょう。僕の中の松本さんのイメージって、Gunosyでブロックチェーンをやっていた人。ブロックチェーン周りの技術って、これは言い方が悪いかもしれないけど、まあ一段落したタイミングだと思うんです。

松本:課題が浮き彫りになったって感じですね。

竹馬:前向きに言うと、次のバブルに向けて仕込みましょうみたいなフェーズだと思うんですが、松本さんがどう思っているのか聞きたいです。

松本:あくまで僕の見ている限りの話をすると、ブロックチェーンっていう技術の突破しないといけない問題が明確になったよね、っていう一年だったと思うんです。あれだけの人と資本が投下されたにもかかわらず、結局ほとんど前に進んでいない。特に非中央集権の実現っていう意味では全然先に進めていなかったなと思っています。

非中央集権、中央はないんだけどみんなが一つのしくみの上で生活できる自然みたいなもの。自然は人間に何もしないけど、人間は自然の上で生活している。こういうものを作れるんではなかろうかと思って盛り上がり始めたのが、スマートコントラクト[2]を備えたイーサリアム[3]が登場したあたりの2016年。

でも結局、ステートマシンというかデータベースとしてブロックチェーンを見たときに、突破しないといけない問題がそもそも根本にあって、それを無理矢理スケールしようとしたんだけど、時間かかるよねって失望が生まれて今ですよね。

データベースを触ったことがある人ならすぐにわかるはずなんですけど、要は非中央集権にデータを扱おうとするのは、スケーラビリティの問題があるんですよね。今の技術では秒間で数千トランザクションくらいしかこなせない。それをもっと超えようとすると、プライベートブロックチェーンのような、本当に非中央集権なの? みたいな領域に突入してくる。結局マネーゲームになってしまったり、お金がある人たちが中央にいたりするんだったら、これって今のしくみと何か変わるのかみたいな話になってしまうんですよね。

P2P技術の進化と安全性の担保

竹馬:クライアントから見た側面なんですが、仮想通貨ブームのおかげでP2PPeer to Peer技術がだいぶ発展した気がしています。特にIPFS[4]のようなものが。

松本:P2Pの進化、すごいですよね。

竹馬:ただ、時期が悪かったと思っています。最近サーバレスとかあるじゃないですか。クライアントにとって、サーバを作るコストが高いので可能な限りマネージレスなものが欲しくて、その選択肢としてP2Pとサーバレスがやや近い位置にあった。

松本:たしかにFirebaseで全然作れるじゃん、みたいな話、結構ありますもんね。

竹馬:実際IPFSを使ってみると、どうしても速くはならないし、使い勝手も良くない。スループットが不安定だし、消せないんですよね。一度リリースしたら消せないというリスクを背負える人が多分あまりいない。

松本:まあそうですね。

竹馬:スマートコントラクトをデプロイしたことがあるんですが、バグってないか検証することがめちゃくちゃ難しい。

松本:めちゃくちゃ難しいです。その難しさに向き合うと、やっぱりそこを中央に担保してもらっているんだよな、っていうのが見えてきておもしろいですよね。民主主義とか組織ってのはよくできていて、長官を物理的に攻撃したとしても、できる範囲は限られている。

竹馬:そういう人の信頼みたいなものがコアになって国ってのは運営されているんだな、っていうのが仮想通貨から学んだことだった気がします。

松本:パフォーマンスの問題が解決しても、次は安全性をゲーム理論的にどう担保するかだと思います。経済的インセンティブを、たとえばコンシェルジュ的なことをやってくれる人に対して仲介のコストをちゃんと払えるとか。そうすると信頼できるブローカーを自分のコストで選ぶことができる、みたいなのが出てくるとより安心して取り引きできる。全体の経緯が自立的に育っていくよね、っていうのをブロックチェーンを研究しているときにディスカッションすることが多かったです。

竹馬:まだそこを検証をできる段階に人類がいないですよね。結局ナカモト・サトシ論文[5]みたいなのがあと2つくらい出たら先に進めそうですが……。

松本:そういうコアな人たちがここ5年から10年で大きくまた次の価値を作ってくるんじゃないかと期待しながら、うちの社内の研究チームにもコアな技術も見ていこう、追っていこうと伝えているところです。

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そもそもビジネスは機械学習が前提

竹馬:仮想通貨が良かったというより、暗号技術とか数理的なものがわかりやすくお金にできるっていう世界観が来たのは、エンジニアとしてはおもしろい対象だったと思っていたんですよね。

松本:そうですよね。ゲームとしてもおもしろいですよね。

竹馬:ゲームそのものだったと思うし。

松本:プロダクトを作っていて非中央集権で何かやろうとすると、収益モデルまで全部含めてプロダクト作りになってしまうので、すごくおもしろいんです。こういう風に手数料率を設定すると何が起きるんだとか。ユーザーは集まるのかとか。これで普通の行動をとったときにユーザーに期待される収益ってこれくらいだよねとか。それも含めて我々の手もとでこのプレイをやったときにこれくらい入ってくるよねと、全部設計可能で。これはエンジニアにとって楽しい事業だなって思います。

竹馬:そういう事業が今後もたくさんあるといいなと思います。

松本:ただ、最初のほうの経営の話ともつながるんですが、計測してモデルを作ってという話がもっと一般的に普及してくれば、僕は普通の事業も一緒だと思うんですけどね。単にそこのノウハウを持っている人が少なくて、ブロックチェーンは強制的に考えなきゃいけなかったからだと思っています。

竹馬:たとえば、機械学習の話とかそのあたりをどう考えていますか? 個人的に、機械学習って最終的には個別のライブラリに落とされて終わる世界のような気もしているんですが。

松本:うーん、どうなんでしょう。ずっと機械学習ビジネスをやってきての話なんですけど、ライブラリを使うだけとはやっぱり限らなくて、問題設計が重要になってくるんですよね。ディープラーニングでやりましょうって話に対して、ロジスティック回帰で十分パフォーマンスは出るんだけどって話もできるわけですよ。そういうところのさじ加減はやっぱり専門性が必要です。

僕は機械学習的な話をするときによく言うのですが、機械学習でビジネスをするんではなくて、そもそもビジネスは機械学習が前提なんだと思ったほうがいい。どんな領域であれ、機械学習を使うことで効率化できる余地が生まれてくると思うんですよね。どのライブラリを使うっていうのと同じくらい、機械学習でどう効率化するっていう知見を持っている人が今後は社内に求められていくんではないかと。

竹馬:数値の最適化って切り口はエンジニアが好きなテーマですよね。ただどのメトリクスを最適化すべきかという選択自体にバイアスが発生している気がしています。

松本:そうなんですよ。そのへんもあって、BIBusiness IntelligenceツールなどはSaaSとして提供されることが多いけど、内製にシフトすると思っています。これから事業をやろうという会社の中にそもそもデータサイエンティストが入ってくるのが常識になってくる。

竹馬:結局データドリブンで動きましょう、という単純な話に落ち着きそうな気もします。それを社風として根付かせましょうと。

松本:それは当たり前の話ですよね。⁠DMMテックビジョン」でも当たり前と言っているのはそのあたりですが、意外とみんな当たり前がやりきれてない。やるだけですごい変わってくるよって思っています。それでこの会社はまだまだ伸びるって思っていますね。

竹馬:お話を聞かせていただきありがとうございました。

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