前回 は、ブロックチェーンの本質的価値(記録が改ざんされていないと証明できること)を、「 遺言書テスト」を用いて、改めて振り返りました。
加えて、第1回 でも整理したブロックチェーンの課題は以下の5点があり、これらの解決が望まれます。
実時間性の欠如
秘匿の困難さ
スケーラビリティの無さ
進化のガバナンスの困難さ(新技術を実地で試しにくい)
インセンティブ不整合性(システムの安全性が仮想通貨の市場価値に依存)
本連載の最終回となる今回は、BBc-1以外の最近の技術動向を、ブロックチェーンの本質的価値や課題に沿って、簡単に検証してみます。
最近の技術として紹介し、簡単に検証するのは、Ethereumの最新開発動向、EOS、Hedera Hashgraph、一連のセカンドレイヤ技術、そしてMimbleWimbleです。
(1)Ethereumの挑戦
2019年2月末、Ethereumは予定されていたバージョンアップのための2つのハードフォーク(コードネームConstantinopleとSt.Petersburgとして知られます)を実施しました。開発者が思い描く最終的な形態へと一歩近づいた形になります。
Ethereumが他のブロックチェーンと比較して頻繁にアップデートが行われていることは、課題のうち「進化のガバナンスの困難さ」がある程度解決されていることを示しています。これは、オープンソースの開発プロジェクトによく見られるBDFL(Benevolent Dictator For Life;優しい終身の独裁者)方式に拠っていて、Ethereumを発案し、ここまでプロジェクトを牽引してきたVitalik Buterinの求心力によるものといえるでしょう。
Ethereumでは、PoSへの移行が計画されていますが、これは実時間性の欠如への対策となり得ます。コードネームCasperと呼ばれるこの方式は、PoSの投票を経てブロックがファイナライズされる仕組みです。
ファイナライズとは、仮想通貨による支払いの場合は決済を完了させること、ブロックチェーンのブロックの場合はそれが正しい歴史(1本のハッシュチェーン)の中に最終的に組み込まれ、それ以降はその事実が覆らないこと、を意味します。すなわち、決着をつけることを意味します。ブロックチェーンにはもともとファイナライズの概念がなく、処理の完了を確率的にしか扱えなかったのですが、Casperが導入されたEthereumでは、処理が有限時間内に完了する前提でアプリケーションを作れるようになります。
秘匿の困難さについては、すでに過去のアップデートによりZoE(Zcash on Ethereum)が動作しています。これはゼロ知識証明の応用で、例えばトランザクションの内容を当事者以外に秘匿できます。
スケーラビリティの無さに対しては、シャーディング(水平分散)やPlasma(ブロックチェーンの階層化)が計画されています。
残るインセンティブ不整合性については、Ether(Ethereumの内部通貨)の価格を維持する目論見が設計当初から入っているのではないかと私は考えています。すなわち、Etherがスマートコントラクトの手数料であるGasとして使われることから、スマートコントラクトの実行者がEtherを買い支える、という論理なのではないかと想像しているのです。
しかし、実情を見ると、Gasとして支払うためにEtherを買っている人は少数派で、多くは投機的目的でEtherを買い求めているのではないでしょうか。だとすると、この目論見は外れる可能性も大きいということになります。投機で売買している人たちの都合でEtherが暴落する恐れもあるからです。
(2)EOS
EOS はブロックチェーンであり、PoSを採用しています。より細かくは、DPoS(Delegated PoS)と呼ばれる方式で、ブロック生成者を投票で決めます。また、個々のトランザクションに、過去のブロックのダイジェストを格納するようにしています。トランザクションはデジタル署名されていますから、署名を破らない限り改変できず、改変できないデータ構造の中に、トランザクションとは直接関係しない(関係しない部分が多いと想像できる)ブロックの存在の証拠を埋め込んでいくわけですから、第2回で紹介された履歴交差の概念 が加わっているといえます。
しかし、報酬としての仮想通貨が設計の中核にあるので、インセンティブ不整合性を解決するものではないでしょう。ブロックチェーンの本質的価値 についても、一般に通貨の持ち分の分布は偏ると考えられますから、PoSの場合、51%攻撃などが可能になるような、何らかの権威が生まれてしまう懸念を払拭できません。
(3)Hedera Hashgraph
Hedera Hashgraph は、ハッシュグラフという名が示す通り、チェーンの代わりにグラフ構造を用いる仕組みです。トランザクションはイベントと呼ばれるデータ構造により包まれますが、各イベントには、ノードが観察した過去のイベントのダイジェストが埋め込まれています。すなわち、ここでも履歴交差の概念が採用されているといえます。コンセンサス(唯一性の合意)はPoSのように投票により得られます。
こちらも、仮想通貨を設計の中核に置いており、インセンティブ不整合性を解決するものではないでしょう。また、ブロックチェーンの本質的価値についても、通貨の持ち分による投票を行う限り、何らかの権威が生まれ得るのではないでしょうか。この辺りは、私はEOSと同様の評価をしています。
(4)セカンドレイヤ技術
セカンドレイヤは、一般に、ブロックチェーンにアンカリングする上位層を指します。セカンドレイヤの技術としては、Bitcoinにおけるペイメントチャネル(2者間でBitcoinでのデポジットを置き、そこから値を切り出すことで高速支払いを行う技術)や、ペイメントチャネル間をホップすることで任意の参加者の間で高速に支払いを行うライトニングネットワークが知られています。Ethereumにも同様の仕組みがあります。
セカンドレイヤ技術では、証明機能は下位で動くブロックチェーンに依存しています。その実時間性の欠如やスケーラビリティの課題を解決できる期待はありますが、トータルなソリューションだとはいえないでしょう。
(5)MimbleWimble
MimbleWimble(Grin およびBeam )は基本的には匿名化のための技術であり、送金の入出力の関係を秘匿し、他の無関係な送金と混ぜ合わせて1つの仮想通貨トランザクションの中に記述することで、スケーラビリティの問題をも解決しようとします。
こちらも証明機能はベースとなるブロックチェーンの仕組みに依存しており、トータルなソリューションではないといえます。
表1 最近の技術が取り組むブロックチェーンの各課題への対策とその状況
実時間性 秘匿性 スケーラビリティ 進化のガバナンス インセンティブ不整合性
Ethereum Casper(PoSへの移行計画) ZoEですでに対策済み シャーディングやPlasmaによる対策を計画中 Vitalikの求心力により、頻繫にアップデート Gasによる目論見はあったが課題として残る
EOS
DPoSで対策済み
課題として残る
シャーディングが可能な設計
Block.one社が主導
課題として残る
Hedera Hashgraph
独自コンセンサスでファイナライズ
ゼロ知識証明の導入を計画
シャーディングを計画
協議会により進める
課題として残る
セカンドレイヤ技術
オフチェーンでファイナライズ
ブロックチェーンにあまり書き込まない
オフチェーンにオフロードする
オフチェーンでは新技術を試せる
ベースとなる台帳技術に依存
MimbleWimble
ベースとなる台帳技術に依存
全取引がデフォルトで匿名で行われる
トランザクションのデータを縮小
ベースとなる台帳技術に依存
ベースとなる台帳技術に依存
BBc-1
ファイナライズのための既存技術を利用可
ドメイン間で秘匿、ドメイン内の暗号化も可
ドメイン単位でスケールアウト可
ドメイン内は自治により新技術を試せる
内部通貨をもたない
以上のように最近の技術について紹介し、簡単に評価を述べましたが、仮想通貨による報酬、という概念が出てくる限り、インセンティブ不整合性 を解決しづらいだろう、と私は考えています。
また、セカンドレイヤ技術やMimbleWimbleはブロックチェーンの本質的価値を提供する部分ではありません。課題への取り組みとして課題すべてを解こうとするものではなくて、効果は特定の部分に対するものでしょう。
本質的価値を提供する任意の技術と組み合わせて使うように設計することが可能で、今後いろんな可能性が追求できるのではないかと思います。例えばBBc-1においてMimbleWimbleをどう応用できるかは、おもしろい課題だといえるでしょう。
一方、BBc-1は、第2回 で簡単に検証したように、ブロックチェーンの本質的価値を満たすとともに、上述の課題に対してトータルに取り組む試みです。その価値がこの連載を通して広く知られるようになったこと、そして今後はBBc-1を応用するたくさんの試みが立ち起こっていくことを祈りつつ、ここでひとまず筆を置く(もちろん、比喩的な意味で)ことにします。
これまで、この連載をお読みいただき、誠にありがとうございました。