日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第2回中国の独自OSSは世界に広がるか?

ここ数年で急速にOSSコミュニティが拡大している中国。クラウドネイティブ、スマートフォン前提の開発コミュニティだけに、OSやプログラミング言語といった、これまでの代表的なソフトウェアとは違うOSSが登場してきました。いくつか代表的な分野のOSSを紹介しましょう。

「世界の工場」を形作る、ネットワーク前提の組込みOS

アリババ集団のAliOS Things、テンセントのTencent OS Tiny、ファーウェイのHarmony OS Embeddedと、中国テックジャイアントが、それぞれオープンソースで、ネットワーク接続が前提の組込みOSを公開しています。

アリババは、このAliOS Thingsに合わせた専用のCPUと開発ボード、HAAS(Hardware as a Service)シリーズも販売しています。いずれも複数のARMコアを備えたCPUで、低速のコアでネットワークへの接続を担保しつつ、高速のコアで画像処理などのエッジコンピューティングをおこなうものです。アリババのクラウドと連動した自動販売機や工業用工作機械などを効率的に開発するためのセットと思われます。

経済大国となった今も、中国の一人あたりの賃金は安く、これまでの産業集積を背景に「世界の工場」であり続けていると言えます。コストは年々上がり続けていて、労働集約的な服飾や食品加工などは東南アジアなどに移転しつつありますが、半導体や自動車、ICT機器については、むしろまだまだ新しい工場が続々オープンしています。

今も続々と開設される工場の多くは「スマート工場」です。ベルトコンベア上の機械はすべてインターネットにつながれ、別の工場とも連携してサプライチェーン全体が管理されています。それにとどまらず、出荷されて販売されて消費されるまでのモノの流れすべてを、IoTによりトラッキングすることが求められているのです。Factory as a Computerとでも言えるでしょうか。

そのために必要なのは、既存の組込みOSと少し設計思想を変えて、クラウドとネットワークにつながり続けることを大前提にし、ネットワーク関係の機能は活かし続ける前提での組込みソフトウェアです。かつてSunなどが提唱していたThin ClientやJavaの思想を彷彿とさせるような考え方で、アイデアごと画期的なわけではありませんが、携帯キャリアの料金が安く5Gの普及率が高い中国で再発明される意味は大きいでしょう。

ファーウェイはHarmony OS Embeddedを発表しつつ、CentOSの派生形であるopenEulerも組込み用として推奨しています。ネットワーク機器やスマホなど、より多様な機器を抱えるファーウェイだけに、サポートの対象も多くなるのでしょう。

この分野のOSSはユーザーの大半が中国人であることもあり、ドキュメントなども中国語で、リポジトリもGiteeやCODE CHINAなど中国のリポジトリが使われることが多いと言えます。海外の開発者が中国のリポジトリに参加することが、今後はあるのでしょうか。

大規模トランザクションを支えるクラウド前提のデータベース

アリババが11月11日におこなう「双11(独身の日⁠⁠」は、世界最大のオンラインセールとして知られています。自社のモール天猫では、1日で4674億人民元(約7.6兆円⁠⁠、ピークで秒間58万件の購入トランザクションを記録しました。初期のアリババはオラクルのDBを使用していたのですが、2010年に自社の分散型データベースOceanBaseを発表、OSSと言いながらリポジトリのメンテナンスが怪しい状態が続いていましたが、現在はGitHub上で活発に開発がおこなわれています。

また、オープンソースのTiDBを開発しているPingCAP社は、2021年の資金調達で評価額30億ドルを突破し、ユニコーンとして規模を拡大しています。TiDBはMySQL互換のシンタックスを持つ分散型DBで、米Squareや日本のPayPayなどで使われています。TiDBはオープンソースで公開され、PingCAPがクラウドでの課金サービスを提供しています。

中国からのGitHubへのコミットを分析した「中国オープンソース年度報告2020」では、TiDBは最もコミットの多いプロジェクトになっています。

OceanBaseは今も中国語のドキュメントが先に公開されているのですが、TiDBはIssueなども英語で寄せられるものが多く、国際的な開発がおこなわれています。

スマホネイティブの中国らしさが目立つUIフレームワーク/ツールキット

スマホネイティブなユーザーが多い中国だけに、フロントエンドのUIツールキットは多く開発されています。代表的なのは、日本でも解説本が何冊も出版されているVue.jsでしょう。開発したエヴァン・ヨーは、GoogleでAngular JSを開発した後にVue.jsを発表しているので、中国発とも言いづらいかもしれません。

Vue.jsを利用したツールキットElement(Vue.js2.0用)とElement Plus(Vue.js3.0用)は、アリババグループの出前サービスEle.meが開発しています。Star5万、コントリビュータ総計は500を超える人気のプロジェクトで、Issueなどを見ると開発者は中国人に限られません。

アリババグループが公開したAnt Designは、Reactで書かれたUIツールキットで、GitHub上で73900のStarを集める人気を誇っています。日本でも利用している人は多く、2021年にGitHub上から突然消去されたときはTwitterの日本語タイムラインでも困っている人が見られました(原因は非公開、数日で復活しています⁠⁠。

この分野では多くの中国OSSが開発されています。最初からI18N対応されているので、日本からも使いやすく、今後注目の分野となるでしょう。

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