日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第4回オープンソースはどうやってユニコーン企業を生むか

2021年10月30、31日の2日間、⁠中国オープンソース年度大会」⁠COSCON21、China Open Source CONference)が開かれました。毎年開催されている大規模な大会で、今年は成都にてオフラインで行われるはずが、コロナ禍でオンライン+上海/北京/深圳/珠海/無錫など各地の会場をつないだハイブリッド開催になりました。

すべての動画は中国の技術ニュースサイトSegmentFaultビリビリ動画などでオンライン配信され、今も見ることができます。全体のプログラムリストはTencent Docs(Googleドキュメントそっくりのオンラインのドキュメント環境)で公開されています。

COSCON21のキービジュアル
COSCON21のキービジュアル

2日間まるまる、メイントピック+16のサブトピックで行われた盛りだくさんのイベントですが、メイントピックから注目のセッションをいくつか紹介します。今回は、オープンソースから生まれたユニコーン(時価総額10億ドル以上の未公開企業)です。

「OSSはVCから見てとても魅力的」オープンソースに50億ドル以上を投資する云启资本(YUNQI PARTNERS)ファンド

2014年に創業した云启资本(YUNQI PARTNERS)は、オープンソース技術のスタートアップを中心に投資しているベンチャーキャピタルです。投資先は、PingCAP、Zilliz、Jina AI、TigerGraph、Graviti、Cloudchef、数睿数据、德风科技、智齿科技、擎朗智能、元戎启行、新石器など。データベース、データ可視化、クラウドサービス、自動運転など幅広い分野に渡るスタートアップに投資しています。

中国オープンソースカンファレンスでは、そのYUNQIからパートナーの陈昱が登壇しました。彼はGoogleでエンジニアとして働いた経歴があり、かつMBAも取得している、エンジニアリングとビジネスの両面で実績があるスピーカーです。

YUNQIはすでに50億ドル以上の投資を中国のオープンソース企業に対して行っており、4年間で投資に対する時価総額は2~300億ドルほどに上昇。現在も年間170%ほど上昇を続け、かつ年間5%ぐらいの速度で上昇に勢いがついているといいます。

「90年代は投資した会社がExitするまでに平均15年ほどかかっていたが、今は3~8年ほどと半分ぐらいになっている。時間が短くなったのは、インターネットによって市場開拓が早くなったからだ。OSS(オープンソースソフトウェア)企業はその速度の恩恵を最も受けているため、VCから見てすごく魅力的だ」

陈昱は、OSS企業への投資をそう語ります。

クラウドネイティブはOSSビジネス4.0

このトークで陈昱が紹介した表は、OSS商用化の整理としてすばらしいものです。トークでのほかの資料を含めて、日本語訳しました。

代表的なプロジェクトユーザーの要求ビジネスモデル解説
OSS 4.0
2015-Now
MongoDB、DatablicksなどのPaaSクラウドネイティブ、OSS前提スケーラブルでコストパフォーマンススケーラブルでクラウドネイティブのシステムは、OSSベースのもの以外を見つけるのが難しくなる
OSS 3.0
2005-2015
Cloudera、Confluent、KafkaなどのSaaSソフトウェアから開発エコシステムにOSSが直接ソリューションを提供するOSSのほうが巨大な開発チームとして優れたSaaSが適用できるケースが増え始める
OSS 2.0
1995-2005
Red Hat、MySQLEnterpriseなエンジニア(大規模なソフトウェア)技術情報をサポートとして有償提供LAMP(Linux、Apache、MySQL、PHP)によるWebシステム時代
OSSだけでシステムが構築できる(棲み分け)
OSS 1.0
~1995
GNU/Linuxパーソナルなエンジニアなしオープンソース黎明期
プロプラエタリソフトウェアへの対抗としてのOSS開発者が増加し始める

OSS 1.0とも言えるGNU/Linuxは、商用可よりも「フリー/オープンなソフトウェア」が価値でした。これにより、世界中で開発者がすごい勢いで増え始めました。

OSS 2.0の時代は、RedHat、MySQLなどがOSSの技術サポートを有償で提供していました。当時のWeb開発の中心だったLAMPなど、OSSだけでビジネスシステムが構築できるようになったことで、そのようなビジネスモデルが生まれたと言えます。

OSS 3.0では、Cloudera、Confluentなどのクラウドサービスが、直接サービスを提供するようになりました。ユーザーから見ると、月額課金しているサービスのソフトウェアがOSSなのかプロプラエタリなのかをあまり意識しなくなった時代とも言えます。

OSS 4.0は、MongoDBやDatabricksなど、クラウドネイティブのサービス全盛期で、スケーラブルでクラウドネイティブのシステムはOSS以外のものを見つけるのが難しくなっています。YUNQIが投資している企業は、このOSS 4.0時代の中国企業が多いです。

ユニコーンになるようなOSSで最重要なのはコミュニティ

とはいえ、ユニコーンになるような巨大スタートアップとなるためには、いくつかの段階を踏む必要があります。陈昱は、そこを3段階に分けて説明しました。

第1段階:資金調達前-Pre Aあたり

ビジネスモデルなどを考えず、⁠とにかく良いOSSを開発し、多くの人に使ってもらう」という段階です。資金調達前なら、投資家のプレッシャーもありません。

第2段階:A-B投資ラウンドあたり

この時点で、自前のクラウドサービスを立ち上げて商用化に踏み出せます。しかしそれ以上に大事なのは、GitHub上などのコミュニティ運営に力を注ぐことです。自社以外のメンバーも含めた開発コミュニティの大きさを意識する必要があります。コミュニティを強くするために、オフラインのイベントなども頻繁に行い、関係あるOSSファウンデーションにスポンサードし、公式プロジェクトとしてインキュベートしてもらうことを目指す必要があります。

第3段階:Cラウンド以降

大きな資金調達に成功したら、その資金をベースに自前のクラウドサービスを強化し、クラウドサービスが強化されることでコミュニティも大きくなるような循環を作っていく必要があります。

このように、商用化活動とコミュニティの活動を両輪として大きくしていくのが、クラウドネイティブ以降のOSSユニコーンのありかたです。コミュニティとの付き合い方を失敗すると、ElasticsearchとAWS(Amazon Web Services)の間で起きたOSSフリーライド問題のようなことが発生し、⁠それはいちばん大事なコミュニティを分断させることにつながり、投資家にとってもリスクとになるので気をつけるべきだ」と、陈昱は締めくくりました。

「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

陈昱のトークは、コミュニティによるオープンソース開発と市場化、そして投資家の期待をそれぞれ満足させ、全体が1つのエコシステムとしてまとまる素晴らしいものでした。クラウドサービスはOSSにとって功罪どちらが多いのか、まだ結論が出ていない問題ですが、1つの回答を指し示すようなものです。中国オープンソースカンファレンスのテーマとしてこのような投資家からのセッションが行われるというのは、⁠嫌儲」⁠原理主義」のないOSS文化を読み解く』というこの連載のサブタイトルに見合うものでした。

このような流れは、日本のOSS文化や、ひいては社会そのものについても良い影響を与える可能性があります。日本の学会には「中国の研究」「イノベーションの研究」という大きな分野がありますが、そこでOSSや中国のOSSがトピックとして出てくることは、あまりありません。

そこで、神戸大学現代中国研究拠点と中国オープンソースアライアンス「開源社⁠⁠、そして筆者が共同発起人をしている「ニコ技深圳コミュニティ」が連携して、3月15日にオンラインイベントを行います。今回のレポートの内容を膨らませた、学際的で実験的なイベントになると思います。申し込みお待ちしています。

「中国のオープンソースムーブメント:その現状と可能性」

登壇者:山形浩生(翻訳家)/八田真行(駿河台大学)/伊藤亜聖(東京大学)/牧兼充(早稲田大学)/梶谷懐(神戸大学)/高須正和

おすすめ記事

記事・ニュース一覧